資生堂の社員インフルエンサープロジェクト フォロワー10万人超の美容部員を生み出す秘訣
資生堂では、2021年7月からデジタルに特化した美容部員「オムニPBP」の育成に注力し、ライブ、動画、SNS、オンラインカウンセリングなどのデジタルチャネルを通じて顧客とのコミュニケーションを進化させている。オムニPBP開始から3年、フォロワー数が10万人を超えるインフルエンサー社員を生み出すことに成功している。
「Web担当者Forum ミーティング 2024 春」のセッションでは、デジタルコンテンツ活用のプラットフォームを提供するvisumo(ビジュモ)の井上純氏がインタビューする形式で、資生堂インタラクティブビューティーの河原由香理氏に運用のコツや成果を出す秘訣を聞いた。
デジタルで活躍する美容部員「オムニPBP」
資生堂では、美容部員をPBP(パーソナルビューティーパートナーの略)と呼ぶ。店舗で美容カウンセリングなどの接客を行うのが主な仕事だが、そのPBPの中からデジタルチャネルで活動するメンバーを公募し、「オムニPBP」としてさまざまな美容情報を発信する取り組みを行っている。
河原氏が所属する資生堂インタラクティブビューティーは、資生堂とアクセンチュアによってコロナ禍の2021年7月に設立された。デジタルへの急速なシフトとテクノロジーの更なる利活用という、資生堂グループ全体が直面した課題に対応すべく始動した。
このデジタルの取り組みが始まったきっかけは、当時の河原氏の上司が「デジタルの力で美容部員をエンパワーメントしたい」と考えていたことだった。2021年1月頃というから、ちょうどコロナ禍で世の中の活動が停滞していた時期だ。
「美容部員はもっと活躍できるのに、お店でお客さんを待っている。デジタルを活用することで、美容部員がお店以外でもお客さんとつながるようなことができないか検討してほしい」――これが、その上司からのオーダーだった。そこで、PBPが個人のSNSアカウントで発信し、顧客とのエンゲージメントを高めるというプロジェクトをPoCとしてスタート。
オムニPBPは以下の基準で人員を集めた。
- 美容部員が別の仕事を体験する既存の人材交流制度を利用して、公募で募集
- 応募、合格したメンバーは原則として2年間オムニPBPとして活動する
現在までに4回の公募を行い、メンバーは50名ほどに増えた。ボリュームゾーンは20代の女性だが、30~40代の女性や、男性スタッフもいる。SNSの運用は代理店に任せるケースもあるが、「多くのケースでは自分たちでPDCAをまわしながら個性を活かしたアカウントを構築したい」(河原氏)という考えにより、PBPによる運営を行っている。
また、資生堂のユーザーは年齢層が少し上で、今はYouTubeやInstagramで情報を収集する50代~70代の方も珍しくない。そのためオムニPBPも上の年齢層を増やしたい意向だ。世代的にはSNSの運用に不安を感じる人が多いが、トライしてみると楽しんで取り組んでくれるケースが多いという。
社内インフルエンサーを始めようと思っているときに尻込みしている方がいたら、『やり始めるとできます。お客さんは待っています』と背中を押してあげるといいと思います(河原氏)
デジタルの施策を進めようとすると、経営層から「デジタル人材の確保を」と要求されるケースが多い。しかし単純にデジタル人材を採用するだけではうまくいかないし、教育するのも難しい。このような人材交流制度は、解決策の1つと言えそうだ。
4チームで展開するオムニPBPの活動
オムニPBPの具体的な業務内容は以下の4つに分類され、業務ごとにチームが編成されている。オムニPBPは半年を目処にジョブローテーションし、できる限り多くの業務を経験するというイメージだ。
- SNS:Instagram、Xの投稿・管理
- 動画:YouTube、TikTokのコンテンツ作り
- ライブコマース:自社ECサイト「watashi+(ワタシプラス)」のプラットフォームで週2回ライブコマースを行う
- オンラインカウンセリング:お客様の問い合わせに対してビデオ、電話、チャットで応対する
複数のアカウントを併用してソーシャルメディアを運営
資生堂が運用しているソーシャルメディアは4つあるが、それぞれ複数のアカウントを併用して効果の最大化を狙っている。一覧にしたのが以下の図だ。
一番上の赤枠部分がPBP個人のチャネルで、2段目がオムニPBPのプロジェクトとしてのグループ公式アカウント「資生堂ビューティージャーニー」。そして一番下に、資生堂の企業としての公式アカウントがある。
PBP個人のアカウントは、基本的にはInstagramとX(旧Twitter)で、一部のメンバーはTikTokを始めているという状況だ。資生堂ビューティージャーニーは4つのSNSでアカウントを持ち運用している。
YouTubeについては、最初は企業公式アカウント「資生堂 Shiseido Co., Ltd.」で運用していたのだが、「コーポレートが管理していて、コメント欄を閉鎖しているなど、SNSの良さを活かせなかったので、独立した」(河原氏)という。「資生堂ビューティージャーニー」では、コメントもライブも有りで運用している。
PBP個人のアカウントは、コンプライアンスや薬機法の遵守を必須とし、それ以外は自由に運用している。運用スタート時は社内から「もっと美容部員らしく」「チープすぎる」などの苦情があったそうだが、実績が出てくるとそのような声も減ったという。
会社からの評価・評判より、お客様がいいと思ってくれるかを第一に考えています。お客さまに価値を提供できないなら、再生数は伸びません。そこを大切にして育ててきました(河原氏)
熱量のあるコンテンツをコンスタントに投稿し、フォロワー10万人超えのインフルエンサーも誕生
PBP個人のアカウントで注力しているのはInstagramだが、細かいレギュレーションは決めていない。たとえばコンテンツ制作や投稿のタイミングなどは各PBPに任せている。これが、それぞれのPBPで特色が出ることにつながり、熱量を持ったコンテンツが生まれる理由の1つになっている。
私がこう作りなさいと指示を出したら、受け身の姿勢になってしまい、熱量は低くなってしまうでしょう。『こうすると喜んでもらえるかな?』と主体性を持って制作し、それに対して反応があるからこそ、熱量のあるコンテンツが生まれるのだと思います(河原氏)
ただし、投稿数とフォロワー数には、明らかな相関関係がある。投稿数が少なければフォロワーは増えず、PDCAも回せないので、フォロワー数があまりに少ない場合は、それを指摘する。
投稿数は「がんばっているメンバーで月に10本ほど」(河原氏)だそうだ。その結果、プロジェクト開始から3年で、フォロワー数が5万人、10万人というトップインフルエンサーが複数誕生している。
どうすればフォロワーが増えるのか知りたいところだが、「PBPそれぞれ個性や得意分野は異なるので、正解は1つではない」と河原氏は語る。たとえば、化粧品というと憧れの対象となるようなきれいなクリエイティブが定番だが、すっぴんからメイクを始めるような等身大のコンテンツが人気のアカウントもあれば、ライブのコミュニケーションが得意というメンバーもいる。美しい静止画が人気を得るケースもある。「それぞれ自分の道を見つけていってもらいたい」というのが河原氏の考えだ。
ちなみに、ライブコマースは、オフィシャルとPBP個人の2つあり、それぞれ役割が若干違う。ライブコマース自体、リアルなショッピングとは違う楽しさがあるので、その楽しさを体験してもらいつつ、「売り上げを作る」というのが、自社ECサイトでのライブコマースの目的。一方、現時点では個人の方はファンを作る「エンゲージメント」が主な目的になっている。
また、ライブコマースも自前の手作りで、スタジオはない。「社内の食堂でちょうどいい高さの椅子をみつけてきたり、ホワイトボードを使ったり、オフィスの備品を使って運用している」(河原氏)そうだ。それでも、個人のアカウントのライブコマースで、同時接続が400人に達することもある。
もちろん、最初から400人も集まったわけではありません。継続することが大事。ライブコマースは単発でやっても、お客さんは存在に気づかないものです(河原氏)
PDCAの回し方としては、オムニPBPが月に一度集まって、分析結果の意見交換をしている。
デジタルなのでデータを得られます。それを1人ひとりしっかり見て、成功事例を横展開していることが一番大きいですね(河原氏)
また、管理職が自身のデジタルリテラシーを向上させることも必要だと河原氏は訴える。PBPの人たちがどれほどのプレッシャーを感じながら日々運用しているか、しっかり理解して取り組まないと、理不尽な指示につながりかねない。
そのためには、「まずは私も含めた管理職もInstagramやオムニPBPの投稿を見ることです。そして、できれば投稿してみる。やってみると、写真の簡単な加工すらうまくできず、PBPのスキルやコンテンツ制作の大変さを理解できるはずです」と河原氏は語る。
クリエイティブの有効活用を支える「visumo」
頑張ってコンテンツを作っているPBPたちに対して組織としてサポートできることは、コンテンツができるだけ多くの人の目に触れるようにすること。そのための仕組みとして、資生堂では「visumo」を使って日々更新されるInstagramのコンテンツを自動的に集め、オウンドメディア「watashi+」に掲載している。
オウンドのコンテンツなので、再利用も二次利用も費用はかかりません。visumoのようなツールを使って、よりお客様の目に触れるよう心がけています(河原氏)
一般的な話として、1つの商品に対して、複数部門がクリエイティブを作ることがある。部門ごとに予算があり、施策が生まれて、クリエイティブを作るためだ。予算をかけて良質なクリエイティブを作ったのに、スポット施策で1度使っただけで埋もれてしまうケースもある。
一度作ったクリエイティブを再利用することで、そのクリエイティブの価値を最大化できる。それをテクノロジーで解決したいと考えて作られたビジュアルマーケティングプラットフォームがvisumoだ。現在、資生堂を含む800社以上が利用している。
せっかく作った、届けたいという思いの乗ったクリエイティブを、できる限り皆さんに届けられるように、クリエイティブ活用の最大化をコンセプトにしています(井上氏)
コンテンツやクリエイティブを統合管理することで新たな展開が生まれる可能性もあるので、一度社内にある広告アセットを棚卸ししてみてはいかがだろう。
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