オンライン販売へ完全移行する「びゅうトラベルサービス」が「Adobe Experience Cloud」を導入した理由

2022年春に個人型旅行商品をオンライン販売へ完全移行する「びゅうトラベルサービス」。しかし、販促においては足りない部分も多かった。オンライン移行を目指し、「Adobe Experience Cloud」を導入した理由を沓名(くつな)氏に聞いた。

2015年に現在の主力商品である「JR東日本ダイナミックレールパック」を発売し、オンライン予約ができるシステムを導入した、JR東日本グループの旅行会社「びゅうトラベルサービス」。発売当初の2015年はWebでの販促という考えが社内にあまり浸透していなかった。しかし、2022年春にJR東日本の駅にある「びゅうプラザ」での個人型パッケージ旅行の販売を終了し、オンライン販売へ完全移行することになった。「びゅうトラベルサービス」が国内個人旅行商品のWeb販促のために、マーケティング支援ツール「Adobe Experience Cloud」を導入したその背景と、利用していて感じるメリットとは?

びゅうトラベルサービスのWeb販売戦略部でスペシャリストを務めている沓名(くつな)恵氏に話を聞いた。同氏はWebデザイナー職を経て、2016年にびゅうトラベルサービスに入社。現在は国内旅行事業部門に在籍し、個人旅行の販促担当・マーケターとして活躍。また、これまでの職歴を活かして、2022年春に刷新するWebオンライン販売システムの開発企画・改善に関する業務にも携わっている。

びゅうトラベルサービス Web販売戦略部 スペシャリスト 沓名恵氏

2022年春で店舗「びゅうプラザ」営業終了、その後はオンライン販売へ

びゅうトラベルサービスは、JR東日本のグループ会社の一社で、関東、東北、信越エリア内の新幹線を利用した旅行を中心に人気の北陸・北海道への旅行商品を提供している旅行会社だ。個人旅行・団体旅行のパッケージツアーなどを企画し、これを駅ナカの旅行代理店「びゅうプラザ」で販売している。しかし近年、それら旅行商品はWeb販売に移行している。

JR東日本では、2022年3月末までに「びゅうプラザ」全店舗の営業終了を発表。このうち一部の店舗については、「売り場」としての役割から、新たな顧客接点の拠点にすることを目的とした、「駅たびコンシェルジュ」へ転換する方針を打ち出している。

つまり「びゅうプラザ」終了後、販売の核となるのはオンライン販売。その環境整備は、企業全体の業績拡大にとって、極めて重要なテーマである。

びゅうトラベルサービスのWebサイト「びゅうトラベル」。検索を進めていくと、最終的には「えきねっと」で予約が完了

びゅうトラベルサービスは、店舗販売からオンライン販売への一本化という大転換を表明しているものの、実はオンライン販売へ乗り出した時期は遅かった。以前は「メールオーダー」と呼ばれるものが一部導入されていたが、Webだけで予約が完了できるシステムが導入されたのは2015年だ。ちなみに、じゃらんnetがサービスを開始したのは2000年、楽天トラベルが「旅の窓口」を買収したのは2003年のことである。

びゅうトラベルサービスが今まさに運用しているオンライン販売システムは、2015年に稼働を開始した。ただ、常に刷新が続けられるWeb事情を鑑みると、どうしても古さ・遅れが目立ってきていた。

これまでのWeb運用は外注でした。社内の制作部門でバナー作成は行っていたものの、ページを修正したい場合は、PowerPointに更新内容をまとめて外注会社に依頼していました。また詳細なサイト分析をしたくても、その都度管理している別会社に依頼せざるを得ない状況でした(沓名氏)

Webの利用実像は収集できているが、その活用がスムーズにいかないという課題に、入社直後の沓名氏は苦慮したという。

PDCAを語る以前に、そもそも分析ができていない。詳細分析をしようとすると、とにかく時間がかかるというのが問題でした(沓名氏)

利用者にとって、列車・宿泊施設の手配はWeb中心になってきている。店舗で接客してもらうことなく、旅行者自身が自発的に行き先を決め、宿泊プランや列車の空席確認から予約まで行っている。

デジタルマーケティング推進前に抱えていた課題

入社当時、以下のような課題を沓名氏は感じていた。

  • デジタル広告のコストパフォーマンスが悪い
  • JR東日本独自のセキュリティをクリアできるシステムでないと会社の承認が得られない

まず、デジタル広告のコストパフォーマンスが悪いという課題を解決するために、沓名氏は情報収集からスタートした。セミナーや各種イベントに積極的に参加していく中で、MAツールとDMPの導入事例に触れ、「顧客理解」のための手段充実が必要だと考えるようになったという。

広告をばらまくのではなく、自社のデータを活用したセグメントをして、正しく理解したうえで広告を配信するという施策を知りました。まずはそこからやってみたいと思ったのがスタート地点です(沓名氏)

さらに、セキュリティ面も大きな懸念だった。システム開発・改修仕様ではJR東日本が定めるセキュリティ基準を満たしている必要があった。これらの課題に対しても、セミナーに出席しながら気になる製品について担当者から細かい話を聞き、情報を収集するという地道な作業を沓名氏は繰り返した。

導入したのはアドビの「Adobe Experience Cloud」

最終的に導入したのはアドビのマーケティング支援ツール「Adobe Experience Cloud」だった。コンペなど他システムとの直接的な比較は行っておらず、あくまで沓名氏ら「現場部署が求める機能・要件を満たせそうなもの」という理由で選ばれたのが同製品だった。

しかし多くの会社では、こうしたITシステムの導入にあたって、上層部・管理部門を「どう説得するか」はハードルだ。これについて、沓名氏は以下のように語った。

新しくシステムを導入するにあたり、投資に見合う効果があるかという観点での可否はもちろんですが、セキュリティ基準を満たしているかも重要でした。投資対効果とセキュリティについての承認が必要だったのです(沓名氏)

びゅうトラベルサービス社内の承認にあたっては、経営層にIT用語を理解してもらわなければならない場面もあった。CV、CTRなどはマーケターにとってお馴染みの言葉だが、部署が変わればどうしても“難しい専門用語”になってしまい、苦労も多かったようだ。

用語を理解してもらうことが重要ではありません。今ある売り上げを伸ばすために多くの広告費をかければ、多少は伸びていくでしょう。しかし、ツールを導入することで費用帯効果が高くなり、結果として広告の無駄も減ります。また、自社で運用できるデジタルマーケティング手段を持つことで、将来の売り上げをさらに伸ばすことが可能という話をしました。そして、少しずつではありますが社内でのデジタルマーケティングへの共感や期待感が高まっています(沓名氏)

また、社内の「投資判断会議」では、およそ5年を1つの区切りとして投資・回収の計画を立てていった。「Adobe Experience Cloud」の導入によってどれだけの売り上げが期待できるかという数字的な予測も用意していった。さらに、1ヶ月PoC(概念実証)を行い、導入における効果を実証し、その結果も会議での判断材料として活用した。

CMSから段階的に導入

こうしてびゅうトラベルサービスに、「Adobe Experience Cloud」が導入された。とはいえ、「Adobe Experience Cloud」は、Webの構築から訪問者分析、その先のキャンペーンまでをも包括する巨大製品群だ。オンライン販売システムの改修は年単位の計画となるため、一気に組み込むのは難しい。そのため、時期をわけてツールを1つずつ実装していくことになった。

最初にびゅうトラベルサービスに導入されたのは「Adobe Experience Manager(以下、AEM)」だ。AEMは、Webページの作成・管理、デザインの一括変更ができるCMSツールだ。

通常、公開サイトの新CMSへの切り替えには、1日~数日程度のメンテナンス期間を確保して一気にシステム刷新をすることが多い。しかし、びゅうトラベルサービスでは2つのサイトを平行運用し、数か月~1年超の期間をかけ、数ページずつじっくりと移行していった。インタビュー時の2020年11月段階では、びゅうトラベルサービスのWebサイトのうち、予約のページを除いたほぼすべての静的ページがAEMに移行完了している。

沓名氏が所属するWeb販売戦略部は、販促チームと制作チームにわかれている。制作チームはこれまで、リソース不足によりWebコンテンツの制作を外部会社に頼っていた。しかし、AEM導入によって、コンテンツ管理が効率化でき、内製化できるようになった。これにより、コンテンツ企画からページ公開完了までの工数と外注コストが大幅に削減された。

さらに、沓名氏がAEM導入効果の一例としてあげたのが「商品の価格表記」だ。

「Adobe Experience Manager」の導入効果。JR東日本ダイナミックレールパックのの価格がページ内に表記できるようになった

びゅうトラベルサービスが取り扱う価格変動型商品「JR東日本ダイナミックレールパック」は、文字通り価格が日々変動する。そのため、販促ページを作っても価格を表記できず、価格訴求という面において、とても弱かった。

しかしAEM導入後は、別で開発したAPIから商品価格を読み込み、販促ページにも直接表記できるようになった。こうした部分は、ある程度のカスタマイズは必要だ。しかし、どうしても必要な機能だったため、拡張要求に応えてくれたのもAEMを導入した理由だったと沓名氏は明かす。

分析環境が完成、メルマガ配信の自由度もついにアップ

続いて顧客運用の基盤として「Adobe Audience Manager(以下、AAM)」を導入。「AAM」は、各種データベースとの連携を担う、いわゆる「DMP(Data Management Platform)」だ。同時にWebサイト利用者解析ツールとして「Adobe Analytics」も運用を開始した。

AAMでは、予約1件ごとの売り上げデータなども管理しています。導入によって、実際に購入した履歴がある方だけに広告を配信する、配信しない、などという選択ができるようになりました。結果として、お客様が不要な広告を見る機会も減りますし、弊社としては広告費を節約できるのは大きいです(沓名氏)

さらに、びゅうトラベルサービスでは「サイト分析の自由度が低い」という課題があった。しかし、「Adobe Analytics」では、びゅうトラベルサービスが求める分析ができるようにカスタマイズが可能だった。これにより、サイト分析がとても簡単になった。特に、以前はコンバージョン計測の設定が本来望んでいるものと違っていたが、「Adobe Analytics」の導入によって完全に問題が解消。ようやく求めていた“深掘り”ができるようになったという。

最後に、クロスチャネルキャンペーン管理アプリケーションである「Adobe Campaign」の利用を開始。

びゅうトラベルサービスでは、これまでメルマガ配信を実施していた。しかし、その配信は外注する体制となっており、コストもかかっていた。機能面でも細かなセグメント配信はできず、全宛先にすべて同じ内容のメールを送ることしができなかった。

メルマガ配信はずっと『自社でやりたい』と思っていました。ただ、メールアドレスは個人情報という扱いのため、おまかせできる外部の事業者を見つけるのが大変でした。しかし、Adobeと何度もヒアリングを重ねた結果セキュリティの承認をクリアし、Adobe Campaignでの配信がようやく実現しました(沓名氏)

「Adobe Campaign」の導入により、メルマガ配信施策は一気に高度化した。それまでコストの都合で月1回だったメルマガ配信は週1回へと拡充。また、ユーザーが購入した時点での情報をもとに、配信内容の出し分けを積極的に行うようになった。

旅行商品は、出発地によって商品内容や価格がまったく違うという特性がある。都内居住者に「秋田県発」の商品を紹介しても販促効果は限られるし、また「東北エリア発東京行き」の旅行商品であっても、出発地が仙台か青森かで料金は大きく違う。まさにメルマガの出し分け機能は、沓名氏らが渇望していたところだった。効果も上々で、施策によってはコンバージョン率が導入前と比較して250%向上した例もあったという。

導入後のフル活用のためにも、サポートは重要

びゅうトラベルサービスのWebサイトではこの他にも、訪問者ごとにコンテンツをパーソナライズ(画面の出し分け)するために「Adobe Target」が導入され、売り上げを3~4%向上する効果が確認されている。

「Adobe Experience Cloud」の導入決定には、求める機能が実装できるという部分はもちろんだが、沓名氏はサポート体制の充実ぶりについても大事なポイントだったと振り返る。

沓名氏の所属部署は販促チームが5名、制作チームが10数名と少数精鋭だ。そのため、一部の部門メンバーはAdobeのトレーニングに足を運んで、「Adobe Experience Cloud」の使い方をしっかり学び、部内の他メンバーのサポートをしている。

またアクセス解析ツールの「Adobe Analytics」の使い方は、勉強会を週1回、有償の保守サポートの一環として開催。個別の質問に適宜回答してくれる体制も確保した。

広告担当、メルマガ担当、画面のA/Bテスト担当とそれぞれ人員がいます。お互いにコミュニケーションを頻繁に取っているので、広告担当がA/Bテストについて意見を出すといったことも簡単にできます。施策の結果の共有もしやすいですし、いろいろな切り口を見せあうことで、成果も上がっています(沓名氏)

「数字をもとに考える」を全社に浸透させたい

沓名氏に、今後の目標を聞いてみた。

私が所属する販促部門では、デジタル化はもう当たり前で、数字を分析して施策を決める方法が定着しています。ただ、これが旅行商品を開発する部門や、他の部門だとまた事情が異なります。ですので、まず『なにかをやるときにはまず数値を見て、それに基づいて実行する』という文化を、社内に広げていきたいです(沓名氏)

びゅうトラベルサービスでは、BIツール「Domo」を導入しており、Adobe Experience Cloudで集計したデータをマーケティング部署以外でも素早く、わかりやすく把握するための体制も構築した。“データ文化”を社内に浸透させるための取り組みは、少しずつ始まっている。

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