「物流業界の革命児」として注目を集めるCBcloud代表取締役CEOの松本隆一さん。かつて自分も経験した運送業ドライバーの待遇改善と地位向上に徹底してこだわり、配送マッチングサービスをはじめとするITの力で業界の変革に取り組んでいます。
深刻な「物流クライシス」が叫ばれる昨今、CBcloudは巨大な物流業界にどのように挑み、ドライバーの労働環境をどう改善しようとしているのでしょうか。そして、その先に描く未来とは――。
今回はCBcloud代表取締役CEOの松本隆一さんに話を聞きました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、人物撮影:永山 昌克)
※インタビュー中は「ドライバー様」「荷主様」とお話しいただきましたが、本文では読みやすさを考慮して「様」を省略しております。
ドライバーの労働環境をテクノロジーの力で改善へ
――積極的な事業展開で、『ガイアの夜明け』(テレビ東京系)にも取り上げられるなどメディアからも注目の企業です。内閣府主催の「日本オープンイノベーション大賞」で「国土交通大臣賞」を受賞したのもさすがでした。もともとは亡くなった義理のお父さまとの出会いから物流の世界に入り、そこで軽貨物運送に従事するドライバーの労働環境に義憤を感じたのが起業のきっかけとのこと。あらためてですが、御社の配送マッチングサービス「PickGo(ピックゴー)」はどのような点でドライバーの課題解決に役立つのでしょうか。
端的に言うと、ドライバーが仕事をしやすい環境作りへの貢献です。そこからドライバーの待遇改善と地位向上を実現していきたいと考えています。
もともと私は航空保安大学校を卒業して、航空管制官を務めていたのですが、軽自動車の販売会社を経営していた義父との出会いから運送業界に関わることになりました。
運送業というと、BtoCの宅配便をイメージする人が多いと思いますが、実は企業同士を結ぶBtoB運送のほうが5倍くらい大きな市場があります。そのBtoB運送を担うのが全国に約6万社ある中小の運送会社と個人事業主のドライバーです。
驚いたのは、個人事業主のドライバーの車両が全国で約23万台あることです。タクシーが約25万台ですから、タクシーと同じくらい運送業で働く個人事業主がいることになります。運送業の場合、街で手を上げて「荷物を運んでください」と頼むお客さまはいませんが、タクシーにはいます。この違いは大きいと考えました。
これまで個人事業主のドライバーは基本的に、電話で仕事を受けてきました。大手企業の担当者でも運送会社に直接電話をし、運送会社が個人事業主にまた電話をして発注するというフローだったんです。
中には「この荷物を大急ぎで運んでほしい」という依頼もあります。そのときにドライバーの都合が悪くて断ると、次の日からもう電話がかかってこなくなる状況が普通にありました。それを防ぐために、ドライバーは自分の都合が悪いと、知り合いのドライバーに仕事を振っていくんです。タクシーのように街でお客さまを乗せるという能動的な仕事選びをしにくい運送業のドライバーは、こういった多重下請け構造が常態化した物流業界で、仕事を断りにくい環境に置かれていました。
CBcloudが提供する「PickGo」のメリットは、そうした条件の悪い環境に置かれているドライバーに対して、配送ニーズを可視化することで、街でタクシーが拾われるようにドライバーが自分で手を上げて仕事を取りにいける状況をインターネット上で実現したことです。
これまではドライバーが自分で営業活動をするといっても、どこに行って何をすればいいのかわかりづらいところがありましたが、日々品質の高い仕事をしていれば仕事のオファーを受けやすくなる環境を「PickGo」によって少し整えられたことで、ドライバーの働きやすさ向上に多少なりとも貢献できたと考えています。
努力した人が稼げる仕組み作りと即日入金機能の導入
――「物流クライシス」という言葉があるように、ドライバー不足が日本中で深刻な問題になっています。「PickGo」のドライバー登録数の伸びはいかがですか。また、ドライバーのエンゲージメントを高めるためにどのような手を打っていますか。
ドライバー登録数は我々の計画を上回ってずっと右肩上がりで来ています。荷物を運んでほしい企業や荷主に対してスピード感のある運送を実現できているのは、ドライバー登録数の伸びに負うところが大きいと言えます。
では、なぜドライバーにたくさん集まっていただけるかというと、ドライバー目線を徹底して事業やサービス・機能を作ってきたからだと考えています。荷主もドライバーも両方お客さまですが、どちらかといえばドライバーの課題を解決したいという思いが強くあります。なぜなら荷主の課題解決を先行すると、どうしても「ドライバーは誰でもいいので、安くて速く届けてくれる人がいい」となって、受注したドライバーが知り合いのドライバーに仕事を渡していく多重下請け構造を許さざるを得なくなります。それでは既存の業界構造と何も変わらず、ドライバーの労働環境改善にはつながりにくいと考えました。
――ドライバー目線の機能設計とは具体的にどのようなことですか。
「努力したドライバーが稼げる」ようにしたことです。例えば、1つの案件に対して複数のドライバーがエントリーし、その中から荷主が評価や顔写真付きのプロフィールなどを基にドライバーを選択します。つまり、荷主とドライバーの両方に意思決定権を持たせるとともに、早い者勝ちではなく、丁寧かつ迅速な仕事を積み重ねてきたドライバーが受注しやすいフェアな環境にしたのです。良質のドライバーほど仕事を獲得しやすいという立ち位置でのサービス作りがドライバーのモチベーション向上につながっていると思います。
また、個人事業主が初めて仕事を始める際に頭を悩ませる販管費。ドライバーなら、売り上げを立てる前にガソリン代や高速料金、駐車料金などが先に出ていってしまいますが、我々は販管費をすぐ補填できるよう「即日入金」機能を業界で初めて導入しました。
こうしたドライバー目線に基づくサービス設計への取り組みが、好調な登録数の要因になっていると捉えています。
リスティング広告でドライバー登録数が急増
――そうすると逆に「登録したけど、なかなか仕事を受けられない」という不満がドライバーから上がることはないんですか。
現状では残念ながら少し頂いております。我々のプラットフォームは、1つの案件に複数のドライバーがエントリーします。要するに1人は受注できるのですが、ほかの方々は受注できないわけです。一方、早い者勝ちのプラットフォームですと、仕事を受ける意思表示をしたのに受けられなかったという体験は実は少なくて、タイミングよく仕事を見つけられなかった自分が悪いという理解ができてしまいます。
そこは我々も需要と供給のバランスがまだ不十分だと認識しています。必要なのはまず人員です。そのため、昨年(2019年)9月にシリーズBの資金調達をして採用強化に投資し、手が回っていなかった荷主や企業からの会員登録、オファーに対応するとともに、マーケティングの部署を立ち上げて、我々のサービス内容を積極的に情報発信しています。そうした業務を通して、より多くのドライバーに仕事が行き渡るような環境整備を急ピッチで進めているところです。
――ドライバーとネットとの親和性はどうですか。アプリなどを使いこなして受注するというイメージがなかなか湧かなかったのですが…。
私も驚いたのですが、まだ会社の規模が小さかった頃に、「ドライバーをどのように獲得しようか」と話し合っていたところ、ある社員が「リスティング広告をやってみよう」と提案したんです。「リスティング!?」と半信半疑だったのですが、これが当たりました。というのも、個人事業主のドライバーは、休憩時間や仕事がないときに車の中で「軽貨物 仕事」などのキーワードで検索して仕事を探しているんです。私ひとりだったら、発想できなかったと思います。リスティングでドライバー登録数がかなり増えたことで、マーケティング施策に対して先入観を捨ててフラットな視点を持つという点で学びになりました。
レガシーな壁を打ち破るマーケターへの期待と役割
――マーケティングの部署ができたということですが、最初はどのように「PickGo」の認知を取っていったのでしょうか。
最初は泥臭いところから始めました。例えば大手宅配便会社のグループ企業に営業をかけて、我々の想いや起業のストーリーを話す中で、共感、応援してくださる方が現れ、そこから大きなクライアントの獲得につながったことがあります。ほかにも、どこから当たればいいかわからず、荷物の追跡窓口に電話をさせていただいたこともあります。その会社には、お客さまの声を必ず上まで届けるすごい仕組みがありまして、結局そこから我々の声が上層部まで届き、実際の取引につながったこともありました。
――それはすごいですね(笑)。本当に泥臭い営業からスタートしたんですね。
物流業界の名だたる企業がまだ規模が小さかった我々のことを評価してくださり、そこからご紹介による横展開で取引が広がっていったのは感謝の気持ちしかありません。
一方、応援してくださる方からのご紹介に支えていただいている感は否めず、新規のクライアント獲得については不十分です。
現状、マーケティングの部署を立ち上げたことで、我々の会社やサービスに関する情報発信が少しずつ軌道に乗り始めています。例えば、新型コロナウイルスの影響で「買い物代行」サービスを始めましたが、きちんとメディアに伝わっていると感じますし、マーケティングやPRの取り組みの中で、新しい企業が「一緒にやりませんか」と声をかけてくださったりして、成果が出始めていると思います。
――確かに「PickGo 買い物代行」では大阪府やSoup Stock Tokyoなど流通・販売・飲食の3社、「PickGo」ではANA Cargoとの空陸一貫輸送の提携を発表されて、BtoB、BtoCを問わず、積極的な事業展開と情報発信を感じます。これは認知を一般層へ拡大しようという試みでしょうか。
そうですね。運送業界の中と外で、認知は大きく異なると考えています。我々のサービスを使うかどうかは実際に運送を依頼する現場の方々の判断に委ねられています。そうした現場の方々に「PickGo」を選んでもらうには、まずマスというか、一般消費者の多くが知っているレベルにまで認知を拡大することが重要です。そうすればビジネスユーザーも自然と増えていくと思います。
例えば、赤帽さん、ヤマト運輸さん、佐川急便さんなどは物流業界だけでなく、一般の知名度も抜群です。そこに匹敵するくらいにまで認知を上げていかないと、なかなか第一想起として「PickGo」「CBcloud」の名前が出てくることはないでしょう。
さらに、我々の競合優位性の1つである「緊急配送」(スポット配送)についても、荷主が「荷物を今すぐ届けてほしい」「すぐ取りに来てほしい」となったときに、頭に浮かぶのはバイク便がメインで、「急ぎのときはPickGoが便利」と思いつく人は物流業界、一般消費者を問わず、まだまだ少ないのが現状です。集客における課題はたくさんありますので、マーケターの方には興味深く取り組んでいただけると思います。
――やはりまだ認知が十分でないのが課題である、と。
そうですね。例えば「PickGo」を一度使っていただくと、ほとんどの荷主が「こんなに早いの!」と驚いて、リピートしてくださいます。ただ、そこに至るまでが難しい。長年、電話だけで仕事を発注してきた方々は、「電話よりネットのほうが早いなんてウソでしょ?」「電話なら口で言うだけだから簡単だけど、ネットは入力する時間も必要なのに、なぜ?」と考えてしまいがちです。そのハードルをまだ越えられていないんです。だからマーケターにはそうした疑問に答えられる的確な方程式を作り出してほしい。そこを面白いと思ってもらえると、やりがいのある仕事になると思います。
ドライバー目線へのこだわりで培われた差別化要素
――プロダクトへのこだわりのようなものはありますか。
こだわりは、ドライバーというペルソナを常にイメージすることです。社内でも「GoogleやFacebookの最近のUIは…」のような話がよく議論に上りますが、それをストレートに当てはめると、我々のユーザーは多分使ってくれないと思います。だからトレンドは参考にしつつも、我々としては本当にユーザーが使いやすいかどうかにフォーカスして設計しています。
――「どんなプロダクトにするか」などの意思決定については、社長である松本さんがしているんですか。
最後はそうです。弊社の課題として、プロダクトマネージャーの育成や採用がまだできていなくて、その立ち位置で私が関わっていることがあります。将来的にはデリゲーション(権限移譲)していきたいですね。
――競合のサービスと比較したときに「PickGo」は何が優れているんですか。
これまでのお話でも述べさせていただきましたが、我々がドライバーの立ち位置、目線でサービスを作っているところに尽きると思います。お客さまからすると、「車が荷物を運んでくる」という体験はあまり変わらないでしょう。しかし、我々は多重下請け構造を許さず、ダイレクトにドライバーとつなぐことを立ち上げからポリシーにしてきました。それはドライバー、実務をする人にきちんと対価を渡すべきだと考えているからです。一方、競合サービスでは、既存の業界構造や慣習に合わせてサービス提供する形が多いように思います。ドライバーの待遇や地位向上に根差したサービス設計は我々の強みであり、ポリシーを貫いた結果、ドライバー登録数も競合に比して多くなっています。
ほかにも仕事の取捨選択に特徴があります。プラットフォームに流れている案件も、「PickGoのドライバーが行うべき仕事かどうか」という判断基準をしっかりと設けています。だから高額案件であっても、あえて受けないという意思決定をこれまで何度もしてきました。我々のビジョンでもある「『届けてくれる』にもっと価値を。」の実現に向けて、本質的かつ中長期的にドライバーの価値向上につながるサービス提供を忠実に取り組んでいますので、そこは差別化要素であり、ドライバーにとっての安心材料になっていると思います。
今しかできない体験を社員みんなで分かち合う
――これからさらに事業を拡大するために最も必要だと考えていることは何でしょうか。
最も必要なのは人です。私一人でできることには限りがあると考えており、いろんな強みや個性を持った人たちに助けてもらいながら進んでいかないと大きな成果は決して出せません。事業や組織づくりへの想いを不器用でも誠実に伝えていきながら、共鳴してくれる仲間たちと共にトラディショナルで巨大な物流業界に挑んでいきたいと思います。
――大々的に募集をかけているんでしょうか。
採用は精力的に動いています。ただ、ここにもまた認知の壁があって、まだ企業ブランディングが十分できているとは言えませんから、まずはそこにしっかりと取り組んでいく必要があります。正直に言うと、僕自身が性格的にあまり表に出るのが得意なタイプではないので、会社としてもこれまで見せる力が弱かったと反省して、今改善に取り組んでいます。
――チーム作りや育成という点で意識していることは何でしょうか。
いろいろな挑戦機会をきちんと提供していくことです。「買い物代行」も新卒2年目の従業員に旗振り役を任せました。私は社長としてではなくプロジェクトメンバーとしてチームに入ったのですが、指導や指摘を受けながらも、新卒2年目でサービスを作り上げた経験は、本人にとっても大きな成長機会になったと思います。リリースした後にプロモーションをかけて、ユーザー数が伸びなかったら泥臭い営業をして…と、たくさん汗をかいた思い出はきっとその社員たちのキャリア形成につながるはず。シリーズBまで終えて、守るものも、攻めるべきものもある難しいフェーズの中で、失敗や成功を繰り返しながらサービスを作るという今この瞬間にしかできない体験を、従業員のみんなと分かち合いたいと思っています。
義父から渡されたバトンの責任
――最後、少し情緒的な質問になりますが、創業のきっかけとなった義理のお父さまに今伝えられることがあるとすれば何でしょうか。
「ここまで成長できたよ」と伝えたい一方で、「まだまだ先は長いので、これからも見守ってほしい」という気持ちですね。義父と出会わなければ物流をやっていなかったですし、 現在のCBcloud もありませんでした。半面、義父がずっと私のそばにいたら、その背中に隠れていた部分があったかもしれません。そういう意味で、「バトンを渡されたんだろうね」と親族や周りの人たちから言われています。私自身もそう思っていて、渡されたバトンをしっかりと握って、ゴールをどこに設定するかはわかりませんが、成果として社会的に価値のあるインフラを実現するために全力で取り組んでいきたい気持ちを強く持っています。非常に大きなチャレンジになりますので、引き続き見守っていてほしいですね。
――その成果の1つはドライバーの価値や地位の向上だと思いますが、目指す姿はあるのでしょうか。
そうですね。実は以前、「息子をドライバーにしたいんですけど」という問い合わせがあって、本当に驚いたことがあります。
――CBcloudにですか。
はい、「ドライバーにさせたいのですが、どうしたらいいですか?」という話だったので、おそらく「PickGo」を知って、ドライバーに対する親御さんの考え方が変わったのではないでしょうか。
――それはうれしいですね。ドライバーの地位向上への思いや目標に少しずつ近づいている証しですね。
そういう声を頂くと本当にうれしいのですが、一方で本心を言うと、まだ道半ばにも到達していないと思っています。例えば、私の友人が「ドライバーをやりたいのでPickGoに登録させてほしい」と言ってきたときに、大手を振って「よし、やろう」と言えるかというと、躊躇するところはあると思います。それは儲かるかどうか以前に、ドライバーの社会的な地位向上という点で、我々が大きく結果を残せた状況にはまだ至っていないからです。
逆に言えば、これからが我々の腕の見せどころとなるわけで、非常に大きなやりがいだと捉えています。子供たちが学校で「私の父親はPickGoのドライバーをしているんだ」と胸を張って言える世界を作れた日が来たときに、義父から渡されたバトンの責任を果たせたと言えるのではないでしょうか。
――本日はありがとうございました。
東京・秋葉原のオフィスには実際のパイロットが研修で使用する本物の操縦席が設置されている。
Profile
松本 隆一(まつもと・りゅういち)
CBcloud株式会社代表取締役CEO。
1988年生まれ、沖縄県出身。高校時代に独学でプログラミングを習得。航空保安大学校を経て2009年に国土交通省入省。航空管制官として羽田空港に勤務。2013年に退省、同年CBcloud株式会社を設立。2016年6月「PickGo(旧サービス名:軽town)」を正式リリース。現在は、“物流を現場からスマートに”変革する物流DXシステム「SmaRyu」も提供。
https://cb-cloud.com/
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