広報だからできる事業貢献とは? メルカリの「事業インパクトを最大化するPR戦略」
第8回は、次々と新しい事業を行い、パーセプションチェンジをはかっているメルカリのグループ広報責任者 矢嶋聡さんを訪問(2020年3月4日に取材実施)。戦略的広報の在り方、動き方のポイントなどを伺った。
今回、インタビューから得た主な知見は、以下の通り。それぞれの項目については、記事後半のインタビューで詳しく紹介している。撮影:永友ヒロミ
広報の基礎知識アップ Tips
経営層に理解してもらう
経営に効果的な広報活動を行うには、経営層とのコミュニケーションが必須。きちんと理解されないと、単にプレスリリースを書いて出すだけの活動になりがち。経営層と話す際に広報の専門用語を前面に出しては伝わらない。相手がわかる用語で適切に、理解してもらえるまで繰り返し伝えることが重要となる。経営層が広報の重要性を理解すれば、活動がうまく回るようになる。そのためには経営やファイナンス、マーケティングの勉強をしたり、本を読んでおくといい。広報だけに限定せず、他のコミュニケーション領域とともに連携して考える
記事を通じて企業のメッセージを届けるだけでなく、広告で伝える、イベントで伝えるなどの方法もある。手段を広報に限定せずに、いわゆるマーケティングコミュニケーション全体の文脈で考える習慣をつける。これにより、より一層効果的な活動を行えるようになる。たとえば、マーケティング部と広報部、宣伝部等がバラバラに動かずに連携を取ることで、企業としてのブランディングなどでより一層の効果が見込める。戦略をもってPR活動を行う
広報担当は闇雲に1つ1つの活動を行うのではなく、包括的な戦略をもって実際の現場のPR活動に落とし込み、最終ゴールとして受け手の認識(パーセプション)や行動(ビヘイビア)を変えることを意識する必要がある。この戦略PRの考え方は2009年頃から注目され、今までなかったマーケットを作り、その認識を浸透させ、購買に至るように設計した包括的なPRとして認識されるようになった。そして2017年に発売された本田哲也氏の著書『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン:刊)で再び大きく注目を集めた。同書では戦略PRが「社会性」「偶然性」「信頼性」「普遍性」「当事者性」「機知性」の6つの法則で整理されている。パーセプションチェンジ、ビヘイビアチェンジに至るピラミッド型のモデルはカンヌライオンズのPR部門の審査でも重視されてきたフレームワークである。
あとで振り返りできるように記録し、活動の精度を高める
これから行う活動は何のために、なぜ今行うのか、それによりどんな結果が想定されるかあらかじめ仮説を考えて記録(可視化)しておくことで、後で振り返り、次に生かして進歩していくことができる。一度のプレスイベントだけでなく、そこから逆算し、イベントを連携させて実施することでモメンタム(勢い、弾み)を作る
一度プレスリリースを送っただけ、発表会をしただけで企業側のメッセージが正しく浸透するわけではなく、情報の受け手の認識(パーセプション)は変わらない。よって大きな発表を単体で実施するのではなく、その瞬間を盛り上げるために、前後に複数の活動を行って、全体で出したいメッセージを盛り上げていく仕掛けにする(イベント後の受け皿を作る、会見の内容もオーディエンスによって変化をつけるなど)。
世論は誰が形成する? ユーザーや見込み客以外の人にも目を配る
企業の外部からの評判は、ユーザーだけが作り上げるわけではない。さまざまなところで発言する人、ネットに書き込む人はその商品やサービスを使ったことがなく、自分のもっている認識(パーセプション)のみで語っていることがある。そのような人たちにも正しく理解してもらうためには、「ユーザー(になりそうな人)が読むメディア」だけをターゲットにするのではなく、「世論をつくる人が読むメディア」もターゲットにして情報発信を行う必要がある。使ってくれる人、買ってくれる人のことだけにフォーカスしてしまうと、広報の向いている方向はズレてしまうこともある。
NYでみつけたパブリシティの向こう側
加藤: まずは、改めて大学を卒業されてからメルカリに入社するまでの略歴を教えていただけますか。
矢嶋聡氏(以下、矢嶋): 2000年に大学を卒業後、インターネットスタートアップの会社でマーケティングの仕事を行っていました。ただ、自分の専門性が見えなくてキャリアに悩みまして、会社を辞め、ニューヨークに留学したんです。
留学先で受講したPRの授業の中で、「これまでのPRはマスメディアを使ったパブリシティが主だったが、今後はデジタルを通じてお客さまと直接対話するPRも大事になってくる」という話を聞きました。それで、ネットとかデジタルと、マスメディアを掛け合わせた新しいパブリックリレーションズの領域を突き詰めたらユニークなキャリアができるんじゃないかと思いました。それでこの領域にフォーカスしようと決めて2005年に帰国。2社のPR代理店を経て、2008年にネイバージャパン(現:LINE)に入社したんです。
加藤: そうしたキャリアを経て、なぜメルカリに入社されたのでしょう?
矢嶋: ネイバーでは、スマホへのパラダイムシフトが起こる中で、新規事業として開始したLINEが爆発的に流行して、私自身の役割もマーケティングやブランディングなども担当するようになりました。広報としてもリスク対応や日米同時上場コミュニケーションなども経験し、個人としては「やりきった」という思いがあったんです。そこで、LINEで学んだ経験を、LINEのような「次のインフラを担うスタートアップ」で活かしたいと思うようになり、メルカリに入社しました。
フォーカスエリアを決め、経営陣と握る!
加藤: メルカリには「コーポレートの広報」と「プロダクトの広報」があると思いますが、どのように取りまとめて実行されているのでしょうか?
矢嶋: 今は10名体制で、「コーポレートPR」「プロダクトPR」「メルペイPR」の3つのチームがあります。相互に密接にからんでいる部分もあるので、私の役割は、各事業や世の中の動きをみながら「どこにフォーカスしたら最も事業インパクトが出るかを見極めること」だと思っています。
チームとしてフォーカスするエリアと、それに基づいたKPIを決めた後に、それを経営陣と個別に握りにいくことも大きな役割ですね。会社の規模も2,000名弱になり、PR戦略について役員陣に説明し、理解を得ていくことも大事なフェーズになりました。
加藤: 経営陣の中にはPRに知識や理解のある方もいればさまざまな方がいらっしゃると思いますが、どのようにコミュニケーションをとられているんでしょう?
矢嶋: たとえ経営陣にPRの理解があったとしても、経営陣の見ている目線とズレがあるのは当然なので、粘り強く丁寧にディスカッションを重ねていくしかないかなと思います。「PRではこのプランで行きたいと思っています」と伝え、逆に経営側からは「今、課題だと思っている点は何か」「PRで解決してもらいたいことは何か」などを聞いて、キャッチボールをし、目線を合わせるようにしています。
加藤: お互いにすり合わせる期間が必要ということですね。
矢嶋: そうですね。わかってもらった上で実際に期待した成果が出たときには、経営陣からの信頼も上がりますから。それに、経営陣とPRの目線がシンクロしていると現場も自由に動きやすくなります。
事業貢献を最大化するメルカリのPR戦略
広報発案のイベントでモメンタムを最大化
加藤: メルカリのPR戦略について、具体例をあげていただけますか?
矢嶋: 2月20日にメルカリ初のカンファレンス「Mercari Conference 2020」を実施しましたが、これは広報からの発案によるものです。昨年秋ころから、一部投資家やメディアからメルカリグループ全体の方向性が見えず、成長が鈍化していくのでは?という懸念が出ていた中で、新サービスや新事業の動きを「点」で見せていくだけでなく、「中長期としてのメルカリのビジョンや構想」を発信する機会を作っていかなくてはいけないと考え、経営陣に提案しました。
カンファレンスでは、「パートナー企業との連携を通じて、リアル店舗の展開など、オンラインだけでなくオフライン領域にも拡大していきます」という話と、「メルカリのもつ膨大な二次流通のデータを軸に一次流通の企業と連携を開始していきます」ということを発表しました。
トップ取材でテーマを発信
矢嶋: このメルカリカンファレンスを一番大きなモメンタムとして、逆算でいろんな手を打ちました。まずは「トップ取材」です。
昨年後半から、メルカリ代表取締役CEOの山田ほか主要経営陣と、キーメッセージや施策の議論を行いました。そしてまず最初に、主要企業を対象に毎年恒例で行われる1月の年頭所感取材で、「メルカリの二次流通データをパートナー企業にも開放することで、我々自身もスケールしていくし、一次流通の企業様にもソリューションを提案していきたい」というメッセージを、山田から発信してもらいました。
その後、1月中旬にメディアとメルカリ経営陣の懇親会を開催して、山田に加えてメルカリ日本事業の責任者である田面木、執行役員の野辺ら新しい役員を紹介。そこでメディアと役員との顔が見える関係を築きながら、改めてメルカリはデータの会社を目指していく、ということをインプットしたんです。
勉強会でメディアにインプット
矢嶋: さらに、カンファレンス直前には「メディア勉強会」も実施しました。国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一先生監修のもと、「メルカリ」に代表される「二次流通市場の動向が一次流通の消費にどのような影響を与えるか」調査を行いまして、定量的なファクトといっしょに、フリマアプリの利用が新品商品の消費喚起に効果があるという説明を行いました。
基本的に、我々広報は「PRとして、いつ・どのタイミングで、何にフォーカスしたら一番事業機会を最大化できるのか」を決めて、そこからの逆算で、PRとして何をしていくかを決めていきます。一発の打ち上げ花火では、メディアはもちろん、世の中のパーセプションは変わらないので、トップ取材や勉強会、イベント等で同じキーメッセージを何度も繰り返し発信して、徐々にパーセプションを変えていきます。
戦略的PRとはパブリシティの対局にあるもの
加藤: そもそも、戦略的PRって何でしょう?
矢嶋: 私の考える戦略的PRは、いわゆる通常のパブリシティと対局にあるものと考えています。目的が明確ではない表面的な露出を積み上げても、事業貢献、事業インパクトという観点では本質的には意味が無いのではないかと思います。「事業貢献、事業インパクトの最大化にどうPRとして寄与するか」というところから、PRの戦略・戦術を考えることが戦略的PRじゃないかと思います。
加藤: その考え方じたいは、たとえ組織が小さく、まだ無名の会社だったとしても同じですよね。手段は異なると思いますが。
矢嶋: そうですね。ただ、スタートアップ期には、そもそも会社やサービス自体の認知度が充分でない状態だと思いますので、一義的に「露出量」を上げることをPRのゴールとすることも良いと思います。会社の認知がされていないために採用や事業のグロースに課題があるのであれば、パーセプションチェンジ云々の前に、まずは会社としての認知度を上げていくことがPRとしてやるべきことかと。
パーセプションチェンジで意識していること
繰り返し発信する
加藤: 先ほど、徐々にパーセプションを変えるというお話をされていましたが、パーセプションチェンジは多くの企業が悩まれている課題でもあります。パーセプションチェンジで気をつけていることはありますか?
矢嶋: 先ほどの話と重複しますが、一発何かやったからパーセプションが変わるものではないので、同じメッセージを手段や切り口を変えて、繰り返し言い続けることが一番重要だと思います。メルカリでいえば、「二次流通データを提供することがメルカリにとって意味のあることなのか」については、咀嚼しづらく、記事にもしづらい内容ではあるので、有識者や調査のファクトを使って繰り返し発信していくことで、少しずつ理解を促していくようにしています。
見込み客に向けて発信する
加藤: メルカリは社会的にも影響力が大きくなっていると思います。ユーザーだけではなく、ユーザーではない人たちに思いを届けるために何かされていますか?
矢嶋: まさに2018年6月のマザーズ上場の際のコミュニケーションがそれでした。サービスを利用しているお客さまは「メルカリ」を良いね、すごいねと思ってくださっているかもしれませんが、世の中全体で見れば、「メルカリ」を利用したことのある方はまだまだ少数派。当時は現金や盗品の出品問題などもあり「得体のしれない怪しい会社」「急成長のイケイケベンチャー」とネガティブに捉える方も多かったと思います。
我々広報として、上場という世間的な注目度が集まるモメンタムを最大限活かし、まだ「メルカリ」を利用したことがなく、ネガティブに捉えている方々にも会社のことをご理解いただき、応援してもらえる存在になってもらいたいと考えました。そこで、上場会見を含む前後の一連のPR施策では、山田進太朗(社長)に、「メルカリ」を創業したときの想いや、世界に挑戦していきたいという今後のビジョンを発信してもらう機会を集中的に作りました。
また、「メルカリ」が単なる「お小遣い稼ぎ」のアプリから、若者の消費行動にまで影響を与える(無視できない)存在であるというパーセプションに転換しようと、慶應義塾大学大学院経営管理研究科の山本晶准教授に監修に入っていただいて調査を実施しました。そしてその結果を、メディア勉強会で説明を行いました。
「メルカリ」をはじめとするフリマアプリの勃興で、フリマアプリ利用者の半数以上が「売ることを前提に新品を購入」するようになっていたり、20代の半数以上が「中古品に抵抗がない」といった、現代の若者消費を牽引する存在だと発信したことで、「アエラ」などでも特集を組んでいただきました。
これらは一例ですが、このように切り口や視点を変えてメッセージを発信することで、これまでネガティブにメルカリを捉えていた方々に対して「メルカリって実は良い会社なんだな」とか、「サービスを使ってみようかな」と思っていただけるきっかけを提供 していく。これは「PRだからこそできることだ」と思います。
加藤: 使ってもらおうということよりも、使っていない人にも正しく理解してもらうために、いろいろな方法でのコミュニケーションに力を入れているんですね。
矢嶋: PRは、行動まで変えるのはなかなか難しいですが、認識を変えることはできると思います。ちょっといいな、使ってみようかなと思わせるまでがPRの大きな役割で、パーセプションが変わってニーズが顕在化したときに背中を押してあげるのがマーケティングとかプロモーションの領域。ニーズを作るのはPRが強い領域だと思いますね。
若手の皆さんへ 戦略的PRを身に付けるためにやっておきたいこと
さまざまな情報をインプットする
加藤: 戦略的な広報、PRとして意識して学んだ方がよいことは何でしょう?
矢嶋: 事業会社の広報はスキルだけではなくて、経営側やマーケティング側とどう連携していくかが大事になってくるので、彼らと同じ目線で話せるにようになることが大事です。
具体的には、
- 経営についての書籍を読む、マーケティングを勉強する、あるいはロジカルシンキングなど領域を広げて学ぶ
- 常日頃から新聞、雑誌などのメディアを読み、記者とも直接コミュニケーションすることで、彼らが何に関心をもっているかを理解する。また、自社の事業領域だけでなく、世間的に何への関心が高まっているのかを把握しておく
こうして情報のインプット量を増やすことで、より立体的な戦略が考えられるようになると思いますね。
加藤: 経営の定番の本は読んでおくことが大切ですよね。
矢嶋: そうですね。たとえば社内で経営陣やマーケティング部門とPR戦略について話をする際に、「こうすれば露出します」とだけ言っても意味が無くて、彼らが気にするのは「それでどれくらい売上が上がるのか?」「それでどれくらい事業課題の解決に寄与できるのか?」「それでレピュテーションリスクを排除できるのか?」といったことであって、露出の多寡ではありません。彼らの目線に合わせて話をしないと、単なる情報の露出屋さんになってしまいます。「いかに事業に貢献するか」という観点を常にもち続けることが、PRとしては大事だと思います。
フレームワークを考え、ドキュメント化する
加藤: 矢嶋さんは、後輩や現場にいる若手の育成のために、どのようなサポートをされているのでしょう?
矢嶋: PR施策を考える際には、まずはフレームワーク(枠組み)からメンバーに考えてもらうようにしています。そのためのコミュニケーションプランのシートを用意していて、世論や競合がどうなっていて、自社の置かれている環境がこうで、それに対して今回のPRの目的、ターゲットは何か、どうなれば成功か、といったことをシートに書き込んで、事前にきちんと仮説を立ててもらうようにしています。
たとえばテレビにたくさん露出できたとしても、ラッキーショットでたまたまタイミングが良かっただけの場合もあります。重視しているのは、当初立てた仮説・意図に対して結果がどうだったのか、ということです。ドキュメント化すれば、きちんと意図と結果のギャップがどうだったのか検証・振り返りもできますし、PDCAが回るようになってくるので、PRのプランニングの精度が上がってきます。
場数を踏む
加藤: PDCAをまわしていくということでは、たくさん挑戦できる機会も若手には必要ですね。
矢嶋: 場数を踏むことは大切です。意図をもってトライすれば、うまくいってもいかなくても学びは残ります。「今回はうまくいかなかったけど、次回はこうしてみよう」という機会がある環境に身を置くことが大事だと思います。そもそもの立てる打席数が少なくて悶々としているのであれば、もしかしたら環境を変えた方がいいかもしれません。どうなれば成功かをきちんと言語化して、繰り返し検証していくだけでもPRパーソンとしてのスキルが変わってくると思います。
加藤: 今日はお忙しい中を具体的な事例をまじえてお話いただき、ありがとうございました!
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