言語化しにくい「なんとなく良い」の理由は何なのか? 自分の顧客体験をヒントに考えてみた
みなさんは、「なんとなくだけど、良い」と好感を抱いているもの、ありませんか?
味、デザイン、値段の安さなど、良いと感じているポイントをはっきりと挙げることができるものもあれば、感覚的に良いなぁと感じて選んでいるものもあるでしょう。
マーケターならば、企業、ブランド、製品・サービスの特徴や違いをしっかりと認識し、良さをきちんと言語化したうえで、選択・購入しているかもしれません。
一方で、一般の生活者の多くは、自分が買ったり使ったりしている製品がどこのメーカーのものか、ということすら、基本的に気にしていません。ブランドと接触して、「なんとなく好き」「なんとなく良い」と、無意識に嫌いではないものの中から選好している人が多いように思われます。
昨今、「顧客体験(カスタマーエクスペリエンス)が大事だ」という声をよく耳にしますが、やはりそれは、顧客の「なんとなく良い」という感情を捉えることがいかに難しいか、ということの表れなのではないでしょうか。
今回は、私が一生活者として、「なんとなく良い」と感じるものとその理由について、オンラインショップの利用体験をもとに考えてみました。
ほどよい距離感・温度感が心地良いオンラインショップ
私はインテリアが好きで、日頃から、いろいろなインテリア関連のECサイトを閲覧しています。実際に購買に至ったショップは多くありませんが、何度か利用したECサイトのひとつに、scope(スコープ)という、北欧のインテリアグッズを中心に扱うオンラインショップがあります。
オンラインショップなので、サイトのメインコンテンツは商品紹介ページですが、ただの商品紹介に留まらない独特の文章が、最初に「なんとなく好きだなぁ」と感じたポイントの1つでした。
その文章のほとんどは、ショップ内で「スコープシャチョウ」として登場する社長の平井千里馬(ひらい ちりま)さんが書かれているそうです。人の暮らしを感じ、良いところも悪いところも個人的な視点も交えて、かしこまり過ぎない文体で紹介してくれています。
「この人、実際に使った感想を書いてくれているんだろうなぁ」と思わせるPOPのようであり、実際に、目の前でいろいろな利用シーンを紹介しながら説明してくれているような印象もあります。
実際に使った感想や体験談というのは、ともすれば売りたい気持ちが先走って暑苦しい印象になることもあります。scopeの嘘いつわりないその言い回しは、「ちょっとおしゃれな親戚のおじさん」、くらいの距離感と温度感で、好感を持てるのです。
また、サイト上には昔懐かしい「掲示板」があります。ユーザーからの「こんな商品を販売してほしい」というリクエスト、発売予定についての質問などに回答していて、他のユーザーからも見える形でコミュニケーションが行われています。
商品を選ぶ楽しさ、購入してから受け取るまでの期待、受け取ったときの喜びももちろんありますが、同梱されていたチラシにも、こだわりとブランドの世界観を感じて心が躍りました。
あえて手間をかけて、もてなす姿勢に好感
さらにscopeでは、品切れになりそうな商品には「品切れ間近」という記事を出してくれていたり、事前に入荷個数を表示して「すぐになくなるかもしれないので早めにどうぞ」などと書かれていたり、逐一、丁寧なアナウンスが行われています。
少しでもWeb担当者をやった人ならわかると思いますが、作業は属人的になるはずで、大変な手間ですよね。
レコメンド機能で表示をして追加購入をねらったり、頻繁に閲覧している商品の在庫が減ってきたらポップアップで「残りわずか!」と表示してお知らせしたりするなど、テクノロジーによるコミュニケーションは今や当たり前になってきました。一方で、scopeのように、あえて手間をかけて、訪問してくれたユーザーを丁寧にもてなすという姿勢には、好感を持ちました。
加えて、私がscopeを利用した際に心地良いと感じた一番の理由は、商品の検討・購入・受け取りまでのあいだにネガティブな体験ーー他のオンラインショップでよく見かける、生活者のインサイトを無視したWeb接客サービスがほとんど見られなかったことだと気づきました。
心地悪さは溜まっていく
私がよく利用する別のオンラインショップは、モノも良く、便利で、梱包箱にも工夫があって、使い始めた当初は、受け取るのが楽しみでとても満足していました。でも、最近は、毎回同梱される興味のない広告チラシや、画一的な内容で何度も送られてくるキャンペーンメルマガ、InstagramやTwitterで表示される大量の広告に、うんざりしてきています……。
私がキャンペーンメールをよく開封しているから、MAツールのターゲットになっているのかも……と職業柄、担当者のことも理解できるので、冷静に我慢していましたが、やはり、まったく興味のない画一的な広告を何度も繰り返されれば、ショップ側の「客単価を上げたい」「購入頻度を増やしたい」といった都合や押しつけが透けて見える。さらに、人として扱われていないんだな……と感じ、気持ち良くない体験の印象が強くなってきてしまいます。
もちろん、「Web接客サービス」や広告にも利点は多く、適切に活用できれば顧客にとっても、企業にとっても良いものになると思います。しかし、一般の生活者は企業の事情を考えて行動しているわけではありませんし、私の場合も、とても良い商品を売っていたとしても、人として接されていないように感じ、心地悪さが少しずつ溜まっていくのであれば、利用し続けるのは難しく、もったいないなと感じています。
ひとつひとつの体験に丁寧に向き合う
デジタルマーケティングでは、オンラインでの顧客接点は、少ないよりは多いほうがいいというのが定説です。とはいえ、先の例のように、量を求めるあまり、顧客の気持ちをおざなりにして、不快感を与えるものも多い印象があります。
そういったネガティブな体験が一度でもあると、すごく好きなものであっても、一気に嫌いになってしまう可能性もあります。
けれども、「なんとなく良い」と感じるブランドを思い出すと、そういった不快な体験がほとんど思い出せない。結構な頻度で、そのブランドに接触しているのに、不快感をまったく感じないのです。
マーケティングを行ううえでは、話題作りの派手なキャンペーンやイベント、SNSでバズらせることが議論されたり、ユーザー接点としてアプリを作ったり。こんな機能があればこれも伝えられる、ユーザーも嬉しいのでは? などと、新たな体験を作ることが優先して議論されがちです。
しかし、情報過多の現在、顧客の立場に立ってみると、これから求められるのは、奇を衒うとか、驚きのある新しい体験、といったもの以上に、じんわり感じる心地良さ、なのかもしれません。顧客を機械やデータではなく、「人」として捉え、適度な距離感や温度感をつかみ、押しつけない、不快感を与えないということの積み重ねが、「なんとなく良い」という感情につながる大切な要素なのではないかと思います。
もちろん、新しいことにチャレンジするのはととても重要です。しかし、scopeでの買い物体験は、普段の仕事において、マーケティングにおいて、ひとつひとつの小さな体験に丁寧に向き合うことを、疎かにしてはならないという自戒を促すきっかけにもなりました。
「より少なく、しかもより良く」
また、「なんとなく良い」という印象は、ブランド、製品やサービスだけでなく、人についても言えます。
たとえば、日々のメールや、資料作成にも表れますよね。目立つわけではないのに、「なんとなく良い」なと感じる人、接していて「なんとなく気持ち良い」人は、押しつけがましさがなく、さりげない丁寧さがあるように思います。
と、ここまで書いて、あるデザイナーの言葉が浮かんできました。
「Less, but better」――より少なく、しかもより良く。それは、本質的な部分に集中するということ。それによって製品は、不要で過剰なデザインから開放される。
長年にわたりBRAUNのデザイン部門のディレクターを務めたインダストリアルデザイナー、ディーター・ラムス(1932 - )のこの言葉は、製品のデザインだけでなく、あらゆることに通じるのではないでしょうか。
本質を探す。
過剰さに逃げない。
この2つにしっかり向き合うことが、デジタルマーケティングはもちろん、仕事上のあらゆる場面において、大切だと思います。
ソーシャルもやってます!