[マーケターコラム] Half Empty? Half Full?

コロナ禍で失われたセレンディピティを求めて

マーケターのリレーコラム。今回はヤプリの島袋さん。新型コロナウイルス感染症の影響で、ビジネスや生活が大きな変化を迎える中、一個人・一マーケターとして考えていることとは?
株式会社ヤプリ コミュニケーション室 マーケティングスペシャリスト 島袋孝一

私が前回のコラムを入稿した2020年3月上旬頃から本校執筆時点の4月末にかけて、大きな変化があったことは、私が説明するまでもないかと思います。このWeb担当者Forumの読者の方々にとっても、ビジネスおよびプライベートにおいて、さまざまな変化があったのではないでしょうか。

前回のコラムを執筆し終えた時点では、今回は従来とは異なったアプローチで寄稿をしてみようと思っていたのですが、昨今の世相を受けて、今回も引き続き、一個人・一マーケターとして考えていることを書き記したいと思います。

ライフスタイルの変化

私は医療の専門家でも、経済やマーケティングの権威でもないので、この環境下において、「(できる限り)事実を受け止め、個人/企業体として、社会に対して最大限なにができるか」を日々考え、実行するようになりました。

皆さまのビジネスにおいては、国や地方自治体が発した自粛要請の影響をダイレクトに受け、売り上げ減少や、逆に特需を迎えている状況となっているかもしれません(具体例は枚挙にいとまがないのでここでは割愛します)。

生活者としては、いかがでしょうか。ヤプリは3月下旬に「在宅推奨」から「在宅勤務」へとシフトし、私もサラリーマン人生初の「在宅勤務」を経験しています。厚生労働省の統計調査だと「テレワークは5.6%」という結果が出ているようですが、実際の流通小売業・飲食店の業績数値を拝見したり、とある寄稿を拝読したりすると、もっとテレワークは進んでいるようにも感じます。

また、私の居住する東京都内の小中学校も開校延期となり、子どもたち(中1と小5)も、入学式も始業式もなく、在宅で勉強をしております。

テレビを見なくなった

家庭内で変化したこととしては、「テレビ」を見なくなりました(物理的にコンセントを抜きました)。私自身は、もともと見る方でもないのですが、家族でも見ることをやめました。

テレビは情報取得に必要なデバイスではありますが、昨今のワイドショーやニュース番組を見続けてしまうと、偏った情報を必要以上に受け取ってしまいます。私も子どもたちも、ネガティブな話題に埋もれてしまうことを避けたかったためです(個人の見解です)。

そんなとき、順応性の高いイマドキな子どもたちは、情報収集の代替方法として、「ねぇ◯◯、最新のニュースを教えて」と、リビングのスマートスピーカーに定期的に話しかけるようになりました。そうするとスマートスピーカーはニュースダイジェストをシンプルに回答してくれます。

私はというと、これまでほとんど利用していなかった「総合ニュースアプリ」の利用を、いまになって再開しました。自身のSNSのタイムライン以外からもニュースや情報を取得することで、偏った情報取得を避けるためでもあるし、「偶発的な情報との出会い」を意図的に増やすためでもあります。

「テレビというチャネルをなくした」という選択と相反すると受け取られるかもしれませんが、単一チャネルからの情報がフリークエンシー過多になり、脳内シェアをその情報に専有されることの方がリスクと考えた結果です(テレビメディアの存在自体を否定しているものではありません)。

自粛によってなくなった「偶然の出会い」

私のファーストキャリアはパルコという「ショッピングセンターの運営」でした。ショッピングセンターは、「複数のショップが入店するテナントの集合体」です。

「パルコに来店すると、100以上のショップと出会える」

私は当時、そんなワクワクを作る仕事をしていました。

ショッピングセンターは、買い物をするお客さまにとっても、出店しているショップにとっても、新たな偶発的な出会いを生む場です。

お客さまはパルコに入っている「◯◯」というブランドに目的をもって来店するかもしれませんが、その「◯◯」というブランド店舗にたどり着く前に、「△△」や「□□」という自身の知らなかったブランド店舗の前を通ることになります。

Web検索による発見や、強烈に個別最適化されたリコメンドではなく、本人も思いもしなかった「偶然の出会い」。視覚情報だけでなく、匂いに釣られて新しい飲食店を知ったり、好みのBGMに誘われてセレクトショップに足を踏み入れたり、ショップスタッフの声がけをきっかけに知らないブランド店に入ったり。

私の当時の上司である林直孝氏(パルコ執行役、パルコデジタルマーケティング取締役)が、いま、こんな表現をしています。

ショッピングセンターが提供したいのは『Serendipity(セレンディピティ:偶然・偶発的な出会いによる幸福感)』の体験である(5G INNOVATION

セレンディピティは、商業施設だけでなく、さまざまなチャネル・シーンで存在します。それは、先月まで日常的行動であった「通勤」もそうです。

「家を出て、駅までいつもの道を歩き、いつもの電車に乗り、いつものオフィスへ向かう」

シンプルながらも、このルーティンの中には、数々のセレンディピティが存在していました。

駅まで歩く途中の商店街、電車の中の交通広告、オフィスでの同僚との他愛もない会話。そんなときに起こったセレンディピティがビジネスのヒントになったり、日常生活の彩りになったりしていたと、いまになって気がついている方も多いと思います。

成功を引き寄せる『セレンディピティ』を起こりやすくするための9の行動原則」という記事では、セレンディピティを次のように定義しています。

求められていない、意図的でない、思いもよらない、幸運な偶発的に起こった出来事や経験

予期せぬ幸運やサクセスを引き寄せる際に「セレンディピティ」がファクターになることがあるそうです。自身に当てはめても思い当たるフシはありませんか?

この記事には「セレンディピティを起こりやすくする方法」が9つ紹介されています。

  1. とにかく顔を出す
  2. 適切な場所に身を置く
  3. ゼンブラニティ(セレンディピティの真逆の言葉)を避ける
  4. 「だけど……」ではなく「それで……」と言う
  5. チャンスを目ざとく見つける
  6. 「セレンディピティエンジン」を使う
  7. 自分のアイデアを隠し過ぎない
  8. 他の人にもセレンディピティが起こるようにする
  9. 合いそうな人同士を紹介する

現在、私たちは、どんどんセレンディピティが失われている世界を生きることとなってしまっています。こうしてみると、現在の環境下では、ほとんどの項目に対して「◯」がつきづらいと感じたかもしれません。私は自身のSNSやblogを積極活用しているので、6や7は「◯」がつきますが、1、2、3などは、取り組みにくい点です。

自宅から半径100mのセレンディピティ

このblogで紹介されているもう1つの言葉「洞察力(Sagacity)」についても、在宅仕事で、日常生活が単調になってしまうと、鍛練にしくいかもしれません。

そんなときにおすすめなのが「自宅から半径100mのセレンディピティと洞察力チャレンジ」です。

私がパルコ勤務時代に協業していた「Ingress」をご存じでしょうか?「Pokémon GO」や「ハリー・ポッター:魔法同盟」の前身プロダクトである位置情報スマホゲームです。そしてさらに、Ingressの前身となるのが「Field Trip」という位置情報スマホアプリ(現在はサービス終了)です。これは「スマホのGPSを有効にして街を歩き、登録された名所や旧跡に近づくとプッシュ表示で教えてくれるというもの」でした。Google Earth/マップの生みの親の一人であるもジョン・ハンケ氏(John Hanke・現Niantic, Inc.のCEO)によるものです。

「Field Trip」には、自分の知らない地元の名所や旧跡と出会えるセレンディピティがありました。その思想は「Ingress」に「ポータル」として引き継がれ、さらに、「Pokémon GO」での「ポケストップ」に継承されています。「Pokémon GO」から始めた方は、「なんでこんな場所がポケストップ?」と思われたかもしれませんが、広告スポンサード以外のチェックインスポットは、当時「Field Trip」や「Ingress」のプレイヤーが自身の足で歩き写真を撮り、史跡や名所のいわれを記載し、運営のNiantic(当時はGoogle)に登録申請を行ったものです。

昨今の自粛要請やロックダウンの状況下でも、近隣の散歩は問題ないようです。その散歩を、セレンディピティと洞察力を鍛える機会に変えてみてはどうでしょうか。

玄関を出てから「いつもと違う方向」に1歩を踏み出し、「Ingressのポータル(チェックインスポット)」を巡るのです。自宅から半径100mの世界、住み慣れた場所でも、注意深くくまなく歩けば、いままで気がつかなかった風景に出会えるはずです。そうして知った近所の史跡や名所を、自宅に帰ってから、ゆっくり調べてみてはいかがでしょうか。

Ingressのプロダクトキャッチコピーは、

The world around you is not what it seems.

あなたの周りの世界は、見たままのものとは限らない。

です。すぐにきっとそのことに気がつけるはずです。

現在の日常生活をスマートフォンアプリでちょっと拡張し、偶然の出会いを見つけ、洞察力を鍛え、来たるべき日に向けてのトレーニング期間としてみませんか?(過度な外出を推奨するものではありません)

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