Web広告研究会セミナーレポート

「僕の仕事は才能をキャスティングするデザイン部長」――コンセプター坂井直樹氏が語る“イノベーションの起こし方”

“マーケターが考えるべきイノベーションの起こし方”を、数々のプロダクトの誕生に関わってきた坂井直樹氏が語る
Web広告研究会セミナーレポート

この記事は、公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 Web広告研究会が開催およびレポートしたセミナー記事を、クリエイティブ・コモンズライセンスのもと一部編集して転載したものです。オリジナルの記事はWeb広告研究会のサイトでご覧ください。

ビジネスシーンにおいて、イノベーションの重要性が叫ばれているが、自分たちの職場、業務内でイノベーションと呼べる革新は起こっているだろうか。4月のWeb広告研究会月例セミナーのテーマは「マーケターが考えるべきイノベーションとは?」。
コンセプターとして数々のモノ、サービスを生み出してきた坂井直樹氏が、「イノベーションの起こし方」をテーマに、自らの思考法や仕事の進め方を語った。

株式会社ウォーターデザイン
代表取締役/コンセプター
坂井 直樹 氏

学生時代のデビュー作、タトゥーTシャツが大ヒット

コンセプターの坂井直樹氏は、日産「Be-1」「PAO」「Figaro」「Rasheen」、オリンパス「O-Product」、au KDDI「HEXAGON+MACHINA」など、時代を象徴するような数々のプロダクトの誕生に関わってきた。

70歳になる坂井氏は現在、自身が代表を務めるウォーターデザインで、「Innovation from Emotion」をミッションにプロダクト、サービス、教育などの幅広い分野においてコンセプトデザインを行っている。なぜ、坂井氏は分野を越えてイノベーションといえるようなデザインを生み出せるのだろうか。

坂井氏の出発点は大学時代にさかのぼる。京都市芸術大学に入学した1967年、時は学生運動が真っ盛り。大学では授業が開かれていなかったため、坂井氏は単身、米国に渡った

渡米すると、自らTattoo Companyを設立。タトゥーをデザインした「Tattoo T-shirt」を販売したところ、西武デパートが200枚を200万円で購入した。今でいうと、2,000万円ほど価値になるが、そのキャッシュを元手にプリントと縫製の工場を作り、Tシャツを生産したところ爆発的にヒットした。

自動車デザインに革命を起こした日産「Be-1」

1973年に日本へ帰国するとウォーターデザインを立ち上げ、1987年には日産の「Be-1」のデザインに携わることになる。

たまたま日産の本部長から声がかかった。自動車の運転免許も持っていないし、カーデザインの勉強もしていない自分に声をかけるとは、いい度胸をしていると思った(坂井氏)。

デザインは4社のコンペになったが、選ばれたのはカーデザイナーではない坂井氏のデザインだった。

当時の日本の車は、みな四角い車だった。しかし、自分の周囲のデザイナーなどは丸いデザインの輸入車を好む。「Be-1」で丸いデザインを出したら、その後の車がすべて丸くなった(坂井氏)。


日産自動車「Be-1」の丸いデザインは、その後の自動車デザインに革命を起こした
https://water-design.jp/works/be-1/

まさに、新しいスタンダードを生み出し、自動車デザインのイノベーションを起こしたのである。しかし、当時の車は四角い箱形がスタンダードだったため、日産社内からは猛反対されたという。

反対の声をどうひっくり返すかが僕の仕事。副社長、技術部門のトップ、デザインセンター長などと友人になり、口説き落として、85年のモーターショーにコンセプトカーとして発表した。そうしたら、1万通のファンレターが来て、日産は販売せざるを得なくなった(坂井氏)。

販売した「Be-1」は爆発的な大ヒットとなった。その後、坂井氏は、「PAO」「Figaro」「Rasheen」と、2年ごとに新しい車を市場に出していくことになる。

デザイナーではないからこそ多様なチームがつくれる

オリンパスのカメラ「O-Product」では、「カメラは黒いプラスティック製品」という常識を壊し、シルバーのメタリックなデザインを普及させた。

ここで坂井氏は「コンセプトとは何でしょう?」という根源的な質問を会場に投げかける。概念、フレームなどの回答があるなか、坂井氏は「辞書的な意味」「P&Gでの解釈」「ウォーターデザイン」での解釈を紹介した。

コンセプトとは?
・辞書的

創造された作品や商品の全体に貫かれた骨格となる発想や観点

・P&G的
プロダクトやサービスが満たされていない顧客ニーズを解決するためにする約束、どうしてニーズが満たされるか? そして顧客認知に影響する主たる要素の説明

・ウォーターデザイン的
欲望(インサイト)をデザインするための構想、世界観、思想、たくらみ

なぜ、坂井氏は車から仏壇まで、多様な品種のデザインに関われるのだろうか。その答えは、「デザイナーではないから」だと坂井氏は述べる。

自分はデザイナーではない。20歳以降は自分で絵を描いたことはない。デザイン本部長のような存在で、メンバーをキャスティングしてチームを作る。自分が絵を描かないからこそ、才能を見つけてきて、いろいろなチームとフレキシブルにできる。その時に、言葉でコンセプトを伝えていく(坂井氏)。

チームを作るために、坂井氏は毎年300人の経営者、50人のクリエイターに会うという。大事にしているのは「一次情報」だ。世の中にあふれる情報のほとんどは二次情報であり、一次情報は自分が人に直接会うことでしか得られないというのが坂井氏のこだわりだ。

たとえば、ファッションデザイナーの舘鼻則孝(たてはな のりたか)氏は、レディ・ガガのヒールレスシューズで注目された人物だ。「彼のクライアントは3人しかいないが、年間4,000万円の売上がある。たくさんやること(作って売る)だけが答えではない」という。

他にも、JTのお茶のペットボトルやクアラルンプールのカジノをデザインしたアラン・チャン、グラフィックデザインのミック・ハガティ、インテリアやプロダクトデザインを手がけるマーク・ニューソン、新進気鋭のデザイナー田村奈緒など、国籍、老若男女を問わず、幅広いクリエイターとの関係を築いている。

イノベーションの源泉にある2つの思考法

続いて坂井氏は、イノベーションの思考法として、「世界の新しいアイデアのなかには、帰納法や演繹法の論理で生み出されたものはない」というチャールズ・サンダー・パースの言葉を引用しつつ、坂井氏の思考法をいくつか紹介した。

1つが「Dual Process Theory」(二重過程理論:無意識・直感的推論と論理的推論)だ。人は必ずしも論理的ではない。坂井氏も、直感的に考えてから、あとで論理的に検証するという。つまり、背反する2つのセオリーを行ったり来たりしながら考える。

たとえば、「Be-1」の場合は、町中で見かける車のすべてが四角デザインなのはおかしい、次は丸いデザインが来ると「直感」したという。一方、日産の社内で経営陣が意思決定しやすくするために、投資の金額と売れ行きの予想を「数値化」し、論理的に判断できる数値でも説明している。

直感と論理的な判断、反する2つが思考のベースにある

坂井氏はデザイナーにイメージボックスを見せてクリエイティビティのきっかけにすることもあるという。次のスライドは、オーストラリアの「日本食にあうワイン」のデザインボックス(左)と実際のデザインだ(右)。

日本食を楽しむためのワイン「wa」のデザインは、左のイメージボックスから生まれた

日産のSUV「Rasheen(ラシーン)」のデザインコンセプトもイメージボックスから生まれた。車名の由来にもなった羅針盤、コンパスなどのイメージに加え、バードウォッチなどのピースフルなアウトドアユーザーをイメージした車種として、「スペックの非力さをアイデアで解決した例」だと坂井氏は説明する。

「Rasheen」は名前の由来となった羅針盤などからイメージされている

もう1つの思考法は、「ダイバーシティbasedデザイン」というものだ。異なる性別、人種、考え、文化を持つ人たちが一緒になることで、思いもよらなかったアイデアを生み出す方法だ。

たとえば、「アブダクション=仮説的推論」は、ウェゲナーの大陸移動説に代表されるように、「もしAならBだ」というアプローチ方法である(アフリカ西海岸とアメリカ東海岸は似ている。つまり1つの大陸だったはずだ)。

プロダクト発想から人間中心のデザイン思考へ

イノベーションのアプローチでは、企業中心から、人間中心のデザイン思考が重要だと坂井氏は話す。ここでいう「デザイン思考」とは、非デザイナーのための発想法で、体系的認知を重視する。

また、北米とEUではデザインの使い方が大きく異なるという。北米はお金のための包みとしてデザインを捉えているが、EUはブランド価値を存続するためのスキルと、それぞれ考えている。だからこそ、「EUはブランドが圧倒的に多い」という坂井氏は、モハメド・アリとその孫を登用したルイヴィトンの広告を表示し、この写真のインサイトを会場に問いかけた。

ルイヴィトンのブランドが言いたいことはいつも2つ。旅と伝統の継承。孫がグローブをつけることでそれを表現している(坂井氏)。

ルイヴィトンの広告には「旅」と「伝統の継承」のインサイトが込められている

なお、デザイン思考のプロセスはいろいろな流派があり、手法は異なるが共通して重要なものが「情報収集」だという。

坂井氏が注目している中国では、政府と企業が一緒になって情報収集に取り組んでいる。中国ではいま、EC大手のアリババが提供するスマホ決済「アリペイ」の利用者が5億人を超えたとされており、中国全土の決済データが収集されている。

アリペイの利用データから、購入履歴がログとして蓄積され、好みや嗜好が分析される。さらに、個人の信頼度がスコア化(芝麻信用)されるなど、アリババがエンジンとなって、データの活用が進んでいる(坂井氏)。

2018年4月24日開催 月例セミナーレポート 第2部


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Web広告研究会サイト掲載のオリジナル版はこちら:
『「僕の仕事は才能をキャスティングするデザイン部長」――コンセプター坂井直樹氏のイノベーションの起こし方』2018年4月24日開催 月例セミナーレポート 第1部(2018/06/11)

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