ヒトの無意識に注目! 「ホンネ」を引き出す「ニューロマーケティング」活用法
多くのマーケティング調査は人の「言葉」を集めて分析するが、それは考えて言葉にした「タテマエ」であると、白鶴酒造の金子氏は言う。
人の「ホンネ」を引き出すために白鶴酒造が行っている「ニューロマーケティング」について、具体的な取り組みの内容と、そこから得られた知見をいかにマーケティングに活かしているのかを、同社の金子氏が「Web担当者Forum ミーティング2017 秋」で「ヒトの無意識に注目 『ホンネ』を引き出す『ニューロマーケティング』」と題して紹介した。
アンケート調査では「ホンネ」がわからない
モノがなかった時代は、生活者は所有することに価値を見いだしていたし、メーカーはどんどんモノを作ればよかった。しかし、モノがあふれている現代、生活者が価値を感じるのは「体験すること」だ。
そこでメーカーは、生活者が何に感動するのか、何に対して満足を覚えるのかを考えなければならなくなった。購買したというデータだけではわからない、購買の動機や文脈といった、感情に根ざした「ホンネ」の部分の理解が必要になっているのだ。
マーケティング活動においてはインタビューやアンケートなどを行うが、その調査結果と市場での動きにズレが生じることは、ままある。なぜそうなるかは、脳科学で説明できるという。
次の図は、ある女性が、さまざまな種類の靴の中から「黒いパンプスを買う」と決定し、決定した後で理由付けするという例を挙げている。脳科学では、意思決定プロセスは言語化する前に始まっているとされており、「ヒトは考える前に感じる」のだという。
現在のマーケティング調査のほとんどは、人の言葉を集めて分析する。しかし、たとえば「かっこいい」という言葉が何を表すかは人によって違うなど、言葉の定義は人それぞれだ。そして、感情を表現する手段として「言葉」には限界がある。このため、調査しているマーケターと被験者との間にズレが生じても不思議はない。
意思決定の後で言語化した理由付けが「タテマエ」だとすると、「ホンネ」を理解するためには、判断の前に無意識下で行われている心の動きを定量化して捉える必要があるということだ。
生活者を理解するアプローチはいくつかある。会場調査やアンケートでは人が自分で言葉にできる意識ベースの調査が可能だし、グループインタビューは問いかけによって言葉にできるようになる無意識の調査ができる。
一方、生活者自身が気づいていなかった、無意識下の反応を理解するために消費者の脳に直接問う調査、それがニューロマーケティングである。
ニューロマーケティングとは、脳科学の知識をマーケティングに応用し、「ヒトの行動の理由」を理解するアプローチと定義される。マーケターの属人的な解釈ではなく、「サイエンス」に強く根ざしている点が特徴だ。脳波を中心に、さまざまなセンシングデバイスを用いて調査するケースが多く見受けられる。
主な手法には、次の図のようなものがある。
ニューロマーケティングの主なメリットは、次の3つだ。
- 生活者も気づかない、言葉にする前の「感じ方」を定量化できる
- 「感じ方」を表す「データ」をもとにした議論で、客観的に評価できる
- 時系列にそって評価ができ、時間による「感じ方」の変化がわかる
脳波データから「感情」を推論する
今回、白鶴酒造が採用したのは、シナジーマーケティング社の技術を用いたニューロマーケティングだ。
同社のニューロマーケティングは、「静態評価」と「動態評価」の2種類の評価形態を定義している。
静態評価とは、被験者がモニターの前に座って、動かずに画面を見ながら脳波測定やアイトラッキング測定をするもの。
動態評価は、店舗での購入等の生活者が実際の行動をしているときの脳波を測定するものだ。脳波測定装置は、かつては大がかりなものだったが、近年は小型軽量化したため被験者への負担も少なく、動態評価も可能になっている。
今回、白鶴酒造は「静態評価」を採用した。
被験者は、CMなどをモニター上で体験し、その体験の総括を簡易評価アンケートとして回答する。その体験時の、脳波や目の動きを測定し、評価を行う。
測定した脳波の生データは、脳科学の専門家であっても理解が難しいため、「感情価」と「覚醒度」という2つのデータに変換する。
「感情価」はポジティブ・ネガティブ、「覚醒度」は集中している・していないを示す値だ。ここまでの算出は一般的なものであるが、シナジーマーケティング社はこれに、アイトラッキングと簡易評価アンケートのデータを統合することで、誰でも「感情」を推論できる状態にしている。
この技術により、たとえばテレビCMや動画広告を評価する場合、「どの瞬間に『ワクワク』したのか?」「よい反応の理由はどの刺激要素がもたらしたのか?」といったことを特定できる。
また、この技術はパッケージのどの部分を見たときに「どのような気持ち」だったかといった評価にも活用できる。
もちろん、Webサイトなどの素材も同様に評価可能だ。Webでは指1本のワンクリックで購入するので、直感に至る感情理解が重要だと思われる。
事例「まる」ブランドの取り組み
ニューロマーケティングを実際にどのように活用したのか、白鶴酒造の日本酒ブランド「まる」の事例で紹介する。「まる」は1984年に発売された商品。31年目の2015年に、ブランド強化のため次の3つの取り組みを行った。
- CMリニューアル
- パッケージリニューアル
- 辛口発売
それぞれについてアンケートを行ったところ、だいたいよい反応ではあったのだが、さらに詳しく分析するために次のとおりの施策を行った。
「まる」ブランドの主な認知経路は、テレビCMや店舗で見たというものだ。「認知」から「興味」を持つ段階までは感情によるところが強いため、ニューロ測定で評価した。その後、「好意」の醸成から「検討」「購入意向」の高まりは言葉で表現できる段階で理性の軸が強くなる。その部分は、言語として引き出すグループインタビューを行った。
CMの評価
CMには新たに城島茂を起用し、リニューアルを行った。アンケートでは、「親しみの持てる」「家庭的な」といったスコアが伸張していて、ブランドの若返りの他にも一定の効果があったと考えられる。
ただし、CMは15秒と瞬間的なコミュニケーションであり、「生活者がどの箇所にどのように反応しているのか」といったさらに深い理解を得るために、ニューロマーケティングを活用した。
2015年リニューアルのCMを被験者に見てもらい、各クリエイティブ要素で感情価と覚醒度を測定、「感情」を可視化、評価したものが次の図(一部)である。
感情価で「親しみのある」という大きな山が、「全員で乾杯するシーン」と「料理が出てきたシーン」の2か所にみられる。覚醒度が高くなっているのは、城島茂が「おいしそうに酒を飲んでいるシーン」だ。
この調査からは、次の2つの課題が見つかった。
- 15秒のCMでは冒頭の1秒が非常に重要なのに、序盤にどちらの値も低い
- 覚醒度は全体的に低い
この調査の結果から、限られた時間でしっかり伝えるために構成を見直した(リニューアル後のCMクリエイティブは白鶴酒造の「広告・CM」ページで見られる)。
金子氏によれば「ニューロマーケティングの結果を見て、30年続けてきたコミュニケーションは資産であって、イメージ、資産を継承しながら、よりフレッシュに感じるようなものを目指した」ということで、全体としては以前の活気がありながら新しさを感じさせるものになった。
パッケージの評価
新パッケージのアンケート調査では、「まる」の赤いパッケージは「目立つ」「わかりやすい」などよい評価が得られた。
一方、「まる辛口」の黒いパッケージは「辛口」「かっこいい」など単体デザインとしては高い評価だが、社内では売り場で目立たないかもしれないという意見があった。
そこで、店頭ではどのように見えるのかを理解するため、ニューロマーケティングを活用した。
評価の結果は、次のようなものだった。
- 「まる辛口」単体は、赤のまると並んだときによく見られている
- 他社の辛口商品と並ぶと気づかれにくい傾向がある
そこで、辛口商品が並ぶ中でも目立つデザインを再考した。パッケージ案は次のようなものだ。
社内でも意見が分かれ結論が出なかったため、もう一度ニューロマーケティングで検証し、グループインタビューも行った。リニューアルの結果は、次のとおりだ。ニューロマーケティングによる知見は、他の商品のパッケージにも活かされている。
最後に金子氏は、次のようにまとめた。
認知から購入意向に至るまでの心のモデルに従って、認知と興味など感情の軸が高いところをニューロマーケティングで把握し、好意や検討、購入意向など理性の軸、言葉で表現できるところについてはグループインタビューで把握しました。この2つを組み合わせることで、生活者をより深く理解できます。今後は、さらに継続した「まる」のブランディングをしていきたいと考えています
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