ユーザーエクスペリエンスのチカラ

黒須正明氏「これからの企業は、全社を挙げてそれぞれのポジションからUXについて考えるべきです」

第1回は、人間中心設計推進機構理事長の黒須正明氏に話を伺った。

このコーナーでは、UX(ユーザーエクスペリエンス)に造詣の深い人物や、UXを実践している担当者へのインタビューを通じ、さまざまな視点からUXのヒントを探っていく。

ユーザーエクスペリエンスのチカラ
黒須 正明氏

黒須氏にとってのUXとは?
ユーザーの生活を意味のあるものにしてあげることが重要です。「品質特性」と「感性特性」と「意味性」、この3つのディメンジョンが、UXにおいて重要視されると考えています。

黒須 正明氏
特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net) 理事長
学校法人放送大学 ICT活用・遠隔教育センター教授
国立大学法人 総合研究大学院大学メディア社会文化専攻 教授

UXやユーザビリティに関わる人であれば、ユーザ工学、ユーザビリティ研究者である黒須正明氏はだれもが知る存在だろう。今回は、人間中心設計推進機構理事長の黒須氏を迎え、UXに対する考えなどを詳しく伺った。

UXは時間軸において5つの段階を持っている

――まずは黒須さんとユーザエクスペリエンス(UX)の出会いを教えてください。

UX歴は7年位ですね。欧米でUXが流行り始めたのが今世紀に入ってから。そのころはユーザビリティと混同されていたから、僕は反発していたんです。でも、2005年頃から欧米のユーザビリティやデザインの研究者とUXについて議論する機会が増え、定義が明確になってきたことから、UXという言葉を使い始めました。

――その定義とは、どのようなものですか。

黒須 正明氏

当初のUXは「人間とモノ(人工物)に関わるすべてのこと」のような非常に曖昧な言い方をしていましたが、だんだんと時間構造や特性といった概念的な整理が進み、定義がはっきりしてきました。簡単に言うと、「何かを使うという経験」をし、「楽しい嬉しい良かったといった印象」を持つという、主観的なことです。印象は人によって違いますし、何かモノを使った結果が主体になりますから規定はできません。

この主観的なことというのは、実はモノを使いはじめる前から始まっています。まず「こういうモノが欲しい」「こういうモノがあったらいい」というモノを手にする前の欲求や期待感、これがUXの第1段階です。

そして、欲しいモノを見つけて手に入れる、この買う時の喜びがUXの第2段階です。第1段階で期待感を膨らませて、第2段階で喜ばせてあげる。新しいモノを買うとき、人はたいてい嬉しいものですが、問題はその先にあります。

従来の消費者行動論的なマーケティングは、商品を売ることが目的ですから第2段階で止まっていました。ところがユーザビリティをベースにしたUXは違います。ユーザビリティは、モノを使ってみて、それが本当に良いモノであると確認しなければいけない。手に入れたモノを使い始めて持つ最初の印象がUXの第3段階です。

ユーザビリティの評価テストで、初めて接する機器やシステムに対し「印象はどうでしたか?」と質問するのは、UXの第3段階を聞いているわけです。ところが、機器やシステムの操作を1回しかやらないことも世の中にいくつかあります。たとえば、製品を箱からだしたり、ソフトウェアをインストールしたりすること。これらは、第3段階で止まってしまいます。

しかしほとんどのプロダクトやシステムは、数か月あるいは何年も使うわけですから、その間に印象が変わってきます。これがUXの第4段階です。この過程をじっくり把握することは、従来のユーザビリティ活動ではなされていなかった。しかし、ユーザーにとっては第4段階が大事なんです。第1段階の期待感が高くても、第4段階の評価や印象が低くては、買った甲斐がないということになります。

――確かに、期待して買ったのに使ってみてガッカリすることってありますね。

一方で、あまり期待せずに買った後で評価の上がるモノもあります。

先日、僕はウィンドウショッピング中に、ウサギのかたちをしたワインの栓抜きを見つけて、かわいいなと思って(UXの第1段階をとばして)買いました。デザインだけで機能には期待してなかったけど、それまで使っていた栓抜きよりずっと使いやすく、グッと評価が上がりました。

そして、壊れたとか飽きたとか、新しいのを買ったとかでモノを使わなくなってしまう時に、良かったとかダメだったといった、そのモノへの印象が残ります。こういった思い出がUXの第5段階です。

従来のマーケティングベースのUXは第1と第2段階で、ユーザビリティベースのUXは第3段階だけで止まっていました。しかし、UXは時間軸において5つの段階を持っているため、長期のモニタリングがとても大事です。

時間軸におけるUXの5段階
時間軸におけるUXの5段階

UXは経験するユーザーごとに違う

――新しい製品を作る場合、設計段階でユーザビリティへの配慮はできますが、使った後の経験についてはどのように考えればいいのでしょうか。

UXは主観的で、人によって違うため予測することはできません。他方、ユーザビリティは、有効さや効率、たとえば正答率や所要時間など、数値化することによって客観的に把握できるので、設計途中の評価指標として非常に有効です。ところがUXの観点では、外観のデザインや、手に入れた喜びといった心理的要因が関係してくる。さらに、信頼性や安全性、移植性や互換性などの特性も関係していて、それらの特性に関する認知や印象形成はユーザーによって異なります。

また、UXにおいてユーザーは複数の種類が存在しています。ユーザーの種類についてはMRI機器で例えるとわかりやすい。まず1次ユーザーは、MRIを操作する検査技師、2次ユーザーはメンテナンスや管理をする人、3次ユーザーは検査結果を使って診断する医師です。1次ユーザーと2次ユーザーが直接ユーザーで、3次ユーザーは間接ユーザーになります。

――同じプロダクトでも複数のユーザーがいるということですね。

はい。それぞれが違う経験をするわけです。1次ユーザーである検査技師にとっては操作のしやすさが、2次ユーザーの管理者にとってはメンテナンスのしやすさが、3次ユーザーの医師にとっては診断しやすい鮮明な画像が重要です。

MRIには、さらに患者さんというユーザーもいます。この場合は対象ユーザーと言うべきでしょうか。ただ患者さんの場合、MRIの検査は年に1回程度ですが、1次ユーザーの検査技師にとっては毎日の仕事で、何年も何回も使うわけです。

MRIにおける4種類のユーザー
MRIにおける4種類のユーザー

このように、複数のユーザーそれぞれに5段階のUXがあり、ユーザーごとに大事な時と大事じゃない時、関係する時としない時があります。このようにロジカルに整理することが必要です。そうしないと、「ユーザビリティが高いとUXが高い」とか「キレイにデザインすればUXが高い」「お客さまを引きつければUXが高い」といった主張がまかり通ってしまいます。

UXの評価方法として世の中にはいろいろ提案されていますが、現状ではユーザビリティ評価とあまり違わないものが多いです。5つの段階のどこで評価するのかが不明慮なため、今僕はそこを整理しているところです。

アマゾンはすべての段階で優れたUXを持っている

時間軸におけるUXの5段階

――UXが高いとご自身の印象に残っている事例について教えてください。

最初は印象に残らなかったものが、特に第4段階のUXでは優れているということもあるのですが、ともかく代表を挙げるとすると、第1段階が高いのはアップルの製品ですね。期待感を高める宣伝がうまいと思いますし、第3~4段階まで良いという人もいます。

第2段階の買った時の嬉しさですが、新製品を買う時はだいたい嬉しいものですから、多くの製品の評価は高い。

第3段階のちょっと使ってみて嬉しかったものというと、最近だとギャラクシータブレットなんかは、画面が7インチと大きいから操作しやすいと思いました。一種の操作性ですから、ユーザビリティに関係します。

第2段階で期待感の高まったモノの評価が使い始めると落ちていく。そうして残ったものが第3段階で評価の高いモノになります。言い換えると、第2段階はほとんどの評価が高いですから、第2段階で低く、第3段階で評価が上がるモノは少ないとも言えます。

第4段階については、日ごろ注意を払っておらず動いて当たり前と思っているようなモノもあります。たとえば、冷蔵庫なんかは「大きいのを買っておいてよかった」と高いレベルではないにしろ、それなりの評価を維持し続けることができます。

第5段階の思い出としては、Google Chromeは、タブブラウザとして良くできていると思いました。IEもタブになりましたが、たとえばタブと画面が線ではっきり切れているために見難い。その点Chromeは、色と明るさによってそのタブが今の画面であることを示しているんですね。

――すべての段階で優れたUXというと、何かありますか。

黒須 正明氏

僕にとってはアマゾンですね。1to1マーケティングを実践しているし、1-Click(注文確認画面を省略し1クリックで注文できる機能)なんかはUXの第4段階として、つまり長期的に使うには非常に大事です。ただ時々うっかり押して、余計なものを買ってしまいます(笑)。

あとは、たとえばCDを選んでいると「この商品を買った人はこんな商品も買っています」というリストが表示され、試し聴きができます。これは嬉しい。というわけでアマゾンはよく使っています。

――アマゾンが登場する前は、どのように買っていたのですか。

アマゾン登場前って、オンライン書店やオンラインCDショップなどは無かったと思います。そういう意味で、20世紀の頃は今ほど本やCDを買っていかなかったのかもしれません。

――他に良いオンラインショップがあれば乗り換えますか。

アマゾンって、アメリカやイギリスにフランスと色々な国でサービスを行っている。だから、CDやDVDの場合、普段はamazon.comとco.jpの2つを開いて、比較しながら買い物しています。他にフランスのCDを買う時はamazon.frからユーロで買ったりしています。そういう意味では、アマゾン内で乗り換えています。私は開拓型のユーザーではないので、当分の間はアマゾンを使い続けると思います。

すべての企業はUXに取り組むべき

――企業がUXを実践するには、どのようなことを考えたらいいですか。

UXの特性を理解することですね。まずは、これまで人間工学や品質工学で扱われていた「品質特性」が必要です。これはある程度客観的に測定できるし、ある程度予測も可能です。

次に「感性特性」があります。しかし美しさや楽しさ、心地良さというのは、人それぞれ違います。美しい物が心地良いとは限らないし、その逆もある。だから、複数の感性的な特性が必要になります。

そして、ユーザーの生活を意味のあるものにしてあげることが重要です。欲しいモノや必要なモノがある場合、その要求に対してきちんと適合した商品を提供すれば、その人の生活はそれまでより良くなります。言い換えれば意味のあるモノになります。それが「意味性」です。

「品質特性」「感性特性」「意味性」

このように「品質特性」と「感性特性」と「意味性」、この3つのディメンジョンが、UXにおいて重要視されると考えています。これまでの欧米の議論ですと、品質特性と感性特性は広く受け入れられています。だけど、そもそもユーザーが必要としていないのに、いくら品質を磨いてかっこいいモノを作っても仕方がない。だから僕は、そこに「意味性」を追加しました。

――ではその3つの特性を高めれば、企業や製品に対するロイヤリティを高められるでしょうか。

※1 編注:ビジネスエスノグラフィ

ユーザー中心設計/人間中心設計における、ユーザー調査の方法論の一つ。ユーザーが普段どのような環境で生活しているのか、どういった考え方で商品やサービスに接しているのかといったことを現場で観察し、あるいはインタビューで聞き出し、得られた知見から仮説を構築していく手法。

上がる可能性は高くなります。企画の前段階でフィールドワークを行い、お客さまのニーズを捉えておけば、受け入れられる確率は上がります。そういう意味でビジネスエスノグラフィ(※1)は大事です。ただ、現状行われているビジネスエスノグラフィは、マーケティング調査とゴチャゴチャになっているし、仮説を補強するために強引に使われているようなところもあって謙虚さがない。

フィールドワークを行うにしても、得られた情報のなかから、仮説を支援するのに役立ちそうな情報だけをうまくつぎはぎして話を作ってしまう。これでは意味がありません。たとえば、「ブルーレイディスクに後から記録するより直接録画できたほうがいいと思いますか」と質問をしたら、ユーザーはたいてい「そうですね」と答えてしまう。そのような誘導的な質問では、お客さまのニーズを捉えることはできません。

――仮説を裏付けるためではなく、仮説を捨ててニーズを把握しなければならないのですね。

商品を売りたければ、そうするべきです。そして、お客さまのニーズを把握するためにはリサーチを行う必要があります。企業は超上流工程であるエスノグラフィに、もっと時間とお金をかけるべきです。そのお金を惜しんで社内で作り上げた仮説で突っ走ると、売れない商品ができあがってしまいます。

たとえば、テレビやモニターというのは、いわゆる成熟商品です。ところが日本のメーカーは、さらに高機能化・高品質化して高く売ろうとしました。しかし韓国や台湾のメーカーは、成熟した後は廉価路線だと読み、ある時期、ボリュームゾーンへの取り組みとして成功していました。

そういう意味では、経営者の判断がUXに関係してきます。必要とされない商品をいつまでも販売したところで、損をするだけです。これからの企業は、全社を挙げて、それぞれのポジションからUXについて考えなければいけません。何かを作ることを前提に調査するのではなく、場合によってはその開発や製造の中断を即決することも重要です。

――企業内で、どのような人がUXを担当するべきですか。

黒須 正明氏

リサーチする際に、声の大きなお客さまの意見を聞いて、「おっしゃるとおりです」と思ってしまうような主体性のない人ではダメです。自分をコントロールでき、かつ洞察力に優れ、対人折衝力に優れている人です。お客さまにも社内の圧力にも負けないのは悪いことではありませんが、反対に自我を押し通しすぎるのも良くない。

適切なUX担当者を見つけるのは難しいと思います。これまでユーザビリティをしていた人かもしれないし、デザイナーのなかに適切な人がいるかもしれない。そういう人たちを見つけてきて適切なポジションや権限を与えるマネージャーの人を見る目が問われてきます。

――企業はどの位優先してUXに取り組むべきでしょうか。

お客さまのことを考えなければ、商品は成り立たちません。そういう意味で、100%UXを優先して取り組むべきです。多様なユーザーのそれぞれにとって何が必要なのか、分析的に考えていくようなアプローチが第2ステップとして続かないと、その先のステップはありえないし、企業の発展もありえない。

――最後にUXのTIPSがあれば、教えていただけますか。

常にユーザーに立ち返ることです。UXはユーザーのエクスペリエンスですから、ユーザーに立ち返らなければいけません。作っている人のエクスペリエンスではありません。作っている人の思い込みでもありません。エスノグラフィで得られた結論を関係者で共有し、行き詰ったら改めて参照する。そういった姿勢がとても大事です。また、製品カテゴリとお客さんの行動によって、第1から第5段階までの重点化のしかたが変わってきます。これをうまくマップ化することが必要だと思います。

――本日はありがとうございました。

◇◇◇

今回は、仮説ありきのエスノグラフィや(私も含めて耳が痛い方が多いのでは……)、企業におけるUXの優先度など、UXに取り組む姿勢についてヒントをお届けできたのではないだろうか。また、UXのエバンジェリストと言っても過言ではない黒須氏によるUXの定義は、これまであまり語られておらず、かなり踏み込んだ内容となった。

「UXはそれぞれのポジションで考えなくてはならない」という黒須氏の言葉にあるように、UXは企業内でだれか1人が取り組めばいいというわけではない。あなたの会社ではだれが、どのようにユーザーに向き合っていくのか、ぜひUXへ取り組む際の参考にしていただきたい。

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