企業ホームページ運営の心得

脱デスマーチ。IT業界構造改革に向けての緊急提言

IT業界ではデスマーチが常識のように語られますが「仕事を断る」ことも経営手腕の1つです
Web 2.0時代のド素人Web担当者におくる 企業ホームページ運営の心得

コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。

宮脇 睦(有限会社アズモード)

心得其の百四十弐

同業者向け連動企画

不定期にお届けしております「勝手にマイコミジャーナル連動企画」。来週公開分との連動です。受注量の増加に耐えられなくなり「新規案件お断り」としたことで、デスマーチから抜け出せなくなった「デスマーチ0.2」のアンサーコラムです。

IT業界はベンチャーが多いためか、デスマーチがなかば常識のように語られます。しかし、私は徹夜で飲み続けて朝日を拝んだことは数限りなくありますが、仕事での徹夜は一晩もありません。これはプログラマ時代の「師匠」の教えです。師匠は「生産管理」という概念を実践していました。この師匠の教えによって会社員時代に新規事業をデスマーチとならず立ち上げることができ、今でも単純な労働時間を減らすことに成功しています。

結論を述べれば「デスマーチは経営ミス」です。「仕事を断る」ことも経営手腕の1つなのですから。

デスマーチの構造解析

どんな業種でも繁忙期はありますが、デスマーチと呼ばれるほど常態化するのはIT業界だけで、生産管理という概念の欠如がその理由です。生産管理とはプロジェクトの進行管理だけではありません。そもそもプロジェクトを受けるか否かの判断、次に人員配置、そして利益まで視野に入れて判断するもので、ホームページ制作でみれば、ヒアリングやサイト設計にデザインだけではなく、プロジェクトの構成人数と費用まで含めてようやく「生産管理」です。

短納期が求められる案件が発生したときに「生産管理」の概念があれば、以下の3つのアプローチをとりデスマーチを回避します。1つ目は「工程仕分け」。既存サイトから流用できるものや、割愛できるコンテンツ、または公開後の追加納品でも問題ないページと仕分けし、クライアントとスケジュール調整します。クライアントがそれに納得しない場合は次に進みます。

遅すぎた発注に付き合うな

人員を社内外から集めます。「人海戦術」で納期を目指すのが2つ目です。しかし、無償で援軍を集められなければ3つ目のアプローチ「金銭交渉」へ移行です。そもそも「短納期」はクライアントの都合に過ぎず、追加料金を要求するのは当然です。東京から大阪へは深夜バスを使えば安価に移動できますが、急ぐ人は割増料金を払い新幹線を使います。無料化が検討されている高速道路も、これまた官営化への逆流が噂される郵便の速達も、特別なサービスを受けるには見合った料金が必要になるのは社会常識に属するもので、ホームページ制作も常識の枠内にあるべきです。そして実際にはこれら3つを同時進行させて万全を期します。

また短納期を希望する裏側に「遅すぎた発注」があります。「あ、忘れてた」ということです。これに「無償」で答える義理はありません。

新規事業で断った成功

そもそも、よその業界ではデスマーチは存在しません。人気ラーメン店の多くは「スープがなくなり次第終了」と客を断りますし、行列ができる焼き肉屋「スタミナ苑(東京都足立区)」は休日になると2~3時間待ちですが、現時点では店舗拡張も支店出店も考えていないのは、「できる範囲」で対応するものであり、スタッフの犠牲的労働でデスマーチを成立させるIT業界が異常なのです。

「それは人気店だから」

という反論があるかも知れないので私の体験を。新規事業を立ち上げた直後、知名度も実績もなく、仕事が入る度に小躍りをしていた頃、大口の引き合いを私は断りました。季節は今頃で話がまとまれば、年末から年始にかけて「大儲け」が期待できたのですが、社内リソースの状況からデスマーチは避けられず、受注を見送ったのです。

顧客心理を考えれば当然

直前に受注した仕事がトラブル続きで、対応に追われていました。受注できないことはありませんでしたが、混乱が泥沼になることは目に見えていました。そこで先方に出向きトラブルを抱えていると正直に伝え、その上で、年明けまで待っていただけるのなら、ノウハウを確立させて万全の体制を整えると約束しました。これはもちろん、はったりです。そして現在、弊社にとって最古の取引先となっています。「生産管理」を授けてくれた師匠の教えに従ったもので、デスマーチの末に破綻すれば「断る」以上の迷惑をかけます。ならば最初から断るのが本当の誠実さだという戒めです。

マーケティング的には「待たせる」ことにも意味があります。ラーメン店の行列は「並ぶ」ことで価値が高まります。これは自己肯定という人間心理からくるもので、行列に並んだ「時間」も価値に加算するからです。さらに「待たされる」ことから生まれる「希少性」も顧客ロイヤリティを高めます。自動車のポルシェが半年待ちであることはファンの間では常識で、オプションによっては1年以上待つこともあるといいます。

そもそもの経済原則

店と客、発注者と受注者は対等の関係です。スーパーマーケットが安く仕入れることで、消費者は農家や漁師と価格交渉することなく買い物ができます。美容室が髪を切ってくれ、バス運転者が駅まで安全に運行してくれる、その代価がお金であり、金を払うものが偉いとは甚だしい錯誤です。ホームページ制作も同じです。制作業者がいるからホームページを公開できるのであり、急ぐなら特急料金を払い、行列に並ばせることでデスマーチを回避します。

「そんなことをしていたら客がいなくなる」

という主張に私はこう反論します。

「楽して儲ける方法を考えるのも経営者の仕事。スタッフに死の行進をさせることではない」

2009年の1~6月期に過去最高の営業利益を叩き出した日本マクドナルドの残業は月間ひと桁だと、同社の原田社長は週刊プレジデント(2009.11/2号)のインタビューに答えます。またイケア・ジャパンのラース・ペテルソン社長は「1日8時間、週40時間以上働くべきではない」と日経新聞(10/19朝刊)で提言します。デスマーチは経営ミス。しかし最後にあえてスタッフの責任を問うなら「長時間労働することで安心していませんか」と。仕事の質を高めれば残業は減らせます。この長時間労働については近日、マイコミジャーナルへ再帰する予定です。

今回のポイント

待たされることも価値。

デスマーチはIT業界だけの非常識。

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