BtoBマーケティング最前線

アドビ松井氏が語る、BtoBマーケティングの「変化」とマーケターに求められる「4つの要素」

BtoBマーケティングの昨今の変化と、これからのBtoBマーケター像について、アドビのフィールドマーケティングマネージャー 松井真理子氏にお話をうかがった。

深谷 歩[執筆], 渡辺 淳子[編集]

7:05

コロナ禍以降、顧客行動は大きく変わっている。また、生成AIの活用など、テクノロジーの進化による変化も大きい。そこで、BtoBマーケティングの昨今の変化と、これからのBtoBマーケター像について、アドビのフィールドマーケティングマネージャー 松井真理子氏にお話をうかがった。

アドビ株式会社 エンタープライズマーケティング本部
フィールドマーケティングマネージャー 松井真理子氏

「Goodbye MQL,Hello Buying Group」に象徴されるマーケティングの変化

松井氏は、新卒から数社を経て現在に至るまで、25年以上にわたりBtoBマーケティング一筋のキャリアを築いてきた。デジタルマーケティングが本格化する前からBtoBマーケティングに携わってきた松井氏が、ここ数年でBtoBマーケティングは大きく変わったと話す。それは、2023年から2024年に世界中で飛び交った「Goodbye MQL, Hello Buying Group(グッバイ MQL、ハロー バイインググループ)」という言葉に表されているという。いったい、どういうことだろうか。

Goodbye MQL(Marketing Qualified Lead)――つまり見込み顧客を大量に獲得すること、リード数を追い求めるという発想が、そろそろ終焉するのではないかと思っています。特に、エンタープライズ向けの製品では、リードを大量獲得する施策の重要度はどんどん下がっていくでしょう。

一方で、データ基盤の構築やAIの活用によって「Buying Group(バイインググループ)」を捉えること、それによって企業の売上に直接貢献する「Revenue Marketing(レベニューマーケティング)」に注力するようになってきています(松井氏)

従来、ファネルの上にあたるリード獲得はマーケティングの役割、ファネルの下にあたる受注に向けた活動は営業の役割という分業型だった。マーケティングの主な役割は、たくさんリードを獲得し、マーケティングやインサイドセールスで育てて、営業にパスすることだったのだ。

しかし今は、この分業型が崩れて協業型となり、マーケティングもどれだけ「会社の売上(レベニュー)」に直接貢献したかを数値化し、それを最大化していく「レベニューマーケティング」に変化している。

アプローチする企業を選定して、その選定した企業に対して、マーケティング、インサイドセールス、ポストセールス、営業など全員でアプローチしていくようになりました。マーケティングへの評価は、これまで通り商談を創出することに加え、商談を作った後、クローズするまでのステップに貢献できたか、「Pipeline Progression(パイプラインプログレッション)」という指標で行われるようになってきました。新たに、商談を進めるためのマーケティング活動に予算が投下されるようになってきています(松井氏)

反対に、これまで力を入れていた展示会の出展、広告の出稿などの予算は抑えられている。マーケティングのKPIが、インバウンド主軸のMQL創出から、ターゲット企業の成約への貢献度に大きく変わったのだ。

マーケティングオートメーション(MA)や顧客管理システム(CRM)の誕生から、エージェンティックAIが現実となった現在に至るまで、大きな変化を現場で経験してきた松井氏

正しい購買グループをみつけ、アプローチする

ターゲットを決めて集中的にアプローチするアカウントベースドマーケティング(ABM)の手法は以前からあったが、やはりその手前にはリード獲得があった。今は、ターゲット以外のリード獲得は不要という考えにシフトしている。

たとえば、10年以上継続して利用しているA社があったとする。ただし、導入しているのは一つの部署で、営業担当者は導入部署についてはよく知っているが、他の部署とは接点がない。特に、営業が一つのソリューションのみを担当している場合、陥りがちな状況だ。

継続利用の顧客の部署だけをみるのではなく、アカウントとしてみた時、顧客企業の別部署に自社の別のソリューションがマッチするなら、その部署のライトパーソンをみつけてアプローチしていきます。一つの部署にA、B、Cの3種類のソリューションを売るのではなく、それぞれマッチする部署にソリューションを提案していくのです(松井氏)

会社の規模が大きいほど、個人が製品の導入検討から決定までを行うケースは少なく、上司や役員、現場のユーザー、IT部門など複数の関係者が検討をしていく。従来のMQLは1件のリード(個人)を基準にしていたため、営業にパスしても商談が成立せず、ミスマッチが発生することがあった。

そこで、その企業の中で「今回の製品購入の検討に関わっている人たちの集まり(購買グループ)」としてフォローしていく。

継続して利用している顧客を大切にするのと同時に、さらに組織全体のクロスセル、アップセルを実現するために、正しい購買グループをみつけて、新たなアプローチをしています(松井氏)

大量のリード獲得ではなく、正しい購買グループをみつけてアプローチすることの重要性を語る松井氏

成果をあげる企業に重要なのは、データ基盤の整備

購買グループは、テクノロジーが追いついてきたことで、アプローチできるようになったと松井氏は話す。

これまでは、アカウントベースでみるソリューションはありましたが、テクノロジーが進化したことで、購買グループを定義して、ピースを埋めていく活動ができるようになりました。購買グループを定義し、エージェンティックAIを活用すれば、パーソナライズされたコミュニケーションが可能です(松井氏)

特に、商談金額が数千万〜億単位の場合は、購買グループを重視する傾向が顕著で、反面、大量のリード獲得をする施策の重要度が下がっている。

アドビの中では、生産性(プロダクティビティ)が非常に重視されています。投資に対して生産性が上がっているか、売上が上がっているかがシビアに評価されて、無駄なところは削ぎ落とし、効果があるところに投資しています(松井氏)

なお、購買グループの定義やパーソナライズには、データ基盤がしっかりしている必要がある。

どういう役職の人が、どのチャネルでどのコンテンツをみているか。データが欠損していたら、デジタルのコミュニケーションも対面のコミュニケーションも最適化できません。オンライン、オフラインを含めて、自社で購買グループの動向を把握できるように投資をすることができなければ、その企業は置いていかれるでしょう(松井氏)

まずは、顧客の基本情報がデータとして登録されていること、オンライン、オフラインの行動データが登録されていることを徹底する必要がある。それにより、どの部署の人がどのソリューションに興味を持っているかがわかるので、カスタマージャーニーマップを踏まえて、AIがその人のタイミングで、適したチャネル(メール、SNS、Webサイトなど)でマッチするコンテンツを表示させる。

人が接するチャネルは、12~14個程度あると言われています。そのコンテンツの出し分けは、人の手ではやりきれませんが、しっかりしたデータ基盤があれば、AIがその人に向けてコンテンツを配信し、うまくいかないようであれば、調整をして最適化してくれます(松井氏)

ペルソナを設計して、シナリオを設定し、ステップメールを配信するこれまでのやり方から、AIによってより確度の高い施策ができるようになっているのだ。

自社で購買グループの動向を把握できるようにする、そこに投資することが重要だと語る松井氏

これからのマーケターに求められる4つの要素

松井氏は、今BtoBマーケティングで成果を出している企業の共通点として、「生産性を経営目線でみられること」を挙げた。生産性とは、同じ人数で利益を増やすか、人数を減らして同等以上の利益を上げるかの2つだ。

過去に10年以上続けてきたやり方であっても、生産性が低ければやめなければいけません。やめる勇気があれば、新しい施策に取り組めます。スピーディに転換できるほど、成果が出せる企業になれるでしょう(松井氏)

松井氏はこれからのマーケターに求められる要素として、次の4つをあげた。

要素1フルファネルで考える視点

松井氏は、アドビに入社してから、リード獲得からユーザーコミュニティの運営まで常にフルファネルで考えないといけない立場にあったが、それが強みになっているという。

フルファネルでみると、現在活用している顧客の話がコンテンツになり、それが新しいお客様を連れて来るということがわかります。リード獲得だけ、コミュニティ運営だけだと、その連携が作りにくいことがあると思います。商談ができてから受注につなげるまでの視点はもちろん重要ですが、その後の既存ユーザーの活用などを含めて考えられる、フルファネルでみられるマーケターが求められていると感じています(松井氏)

要素2コミュニティの設計力

今は「わからないことがあればAIに聞けばいい」という風潮があるが、それでもユーザー同士の交流でしか生まれない会話や共感も重要になる。

AIがどれだけ進化しても、人の心を動かすのは人です。成功体験よりも、生々しい現場の悩みや課題、それをどう解決したのか、現場の熱量が高いほど他の人に刺さり、共感を生み、モチベーションを高めていきます。別の会社の同じような立場の人の話だからこそ、参考になり活力になります。

だからこそ、温度感のあるオフラインのコミュニティ、その目的、場作り、しかけなど、設計力をもっている人が必要になります(松井氏)

要素3異なる役割の相互理解

BtoBマーケティングは、大きく次の2つに分けられる。

  • フィールドマーケティング:
    広告、ウェブ、イベント、メールなど、さまざまなマーケティングチャネルを介して、製品・サービスを訴求し、リード獲得から商談創出、成約までに貢献する仕事。

  • マーケティングオペレーションズ:
    マーケティングテクノロジー全般の管理・運用、各種プロセスの設定、データ分析、マーケティングチームの教育など、現場が動きやすい環境整備を担う。

私はどちらの役割も経験しているので、どちらの立場もわかりますが、どちらかの経験しかなくても、相互理解が重要です。BtoBマーケティングを成功させるために、双方が補完しながら仕事をする必要があります(松井氏)

マーケティングオペレーションズは、ルールを決める立場だが、フィールドマーケティングは例外的な処理を依頼しがちだ。マーケティングオペレーションズが要望を聞きすぎると、カスタマイズだらけになってルールが崩壊してしまうが、まったく要望を聞かなくても、うまくいかない。双方が歩み寄って順応するべきだと松井氏は話す。

要素4数字の責任感

マーケティング部門は、売上、受注への貢献を説明できるようにする必要がある。これまでは、リードを獲得してMQLにし、営業に渡すところまでだったが、より責任が受注に寄ってきている。

たとえば、松井氏は受注の後押しのための施策として、ハンズオントレーニングの提供を行っている。

デモは技術営業が行いますが、ユーザーが実際に自分で触って操作しないとわからない部分があります。そこで、3か月先の受注予定のサービスがあれば、該当のお客様を集めて、ハンズオントレーニングを実施しています。他の人の質問が役に立つ場合もありますし、より理解が深まります(松井氏)

受注への貢献のための施策については、営業とも作戦会議をしながら進めている。松井氏の場合はコミュニティが得意なので、先進的なユーザーと導入検討中のお客様とのミートアップを企画して、ユーザー企業に話をしてもらうなどの取り組みも実施している。

自分たちがやりたいことを実現しているユーザー企業の話は参考になります。ユーザー企業には、不満やできないことについても正直に話してもらって、それでも採用したこと、成果を出していることを伝えてもらっています(松井氏)

◇◇◇

最後に、松井氏はBtoBマーケターに向けて次のようなメッセージを送った。

AIが進化して、すべてデータやAIだけで完結できると考える風潮を危惧しています。生身のお客様のことを知ることが大切です。お客様と話すことで、課題や悩みを知ることができ、どんなコンテンツが響くのかアイディアが生まれます。データ×お客様の声をマーケティング活動の判断に高速に反映させることが、ますます重要になります(松井氏)

アドビでデマンドジェネレーション、コミュニティマーケティングなどファネル全体を幅広く担当している松井氏は、社外では一般社団法人コミュニティマーケティング推進協会の事務局としても活動している

松井真理子氏
アドビ株式会社 エンタープライズマーケティング本部 フィールドマーケティングマネージャー

新卒から数社を経て現在に至るまで、25年以上にわたりBtoBマーケティング一筋のキャリアを築いてきた。
アドビには、2020年に参画。その前は、セキュリティソフトウェアの企業で、マーケティングオートメーションの立ち上げなどを担当した。当時はユーザーとしてAdobe Marketo Engageを活用。その実践知をコミュニティで積極的に発信していた縁で、アドビに入社することになった。
アドビに入社してからは、Adobe Experience Cloudを担当。デマンドジェネレーション、コミュニティマーケティングなどファネル全体を幅広く担当している。社外では一般社団法人コミュニティマーケティング推進協会の事務局としても活動している。

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