マーケターの仕事は多岐にわたる。施策の企画立案だけでなく、その実施過程や成果分析、そしてそれに基づく改善案の作成。ときには自ら広告コンテンツの作成も行っているケースもあるだろう。戦略を考えることに注力したいマーケターにとって、AIはどれだけの力になるのか。
今回は、創業当初からマーケティングに特化したAIを開発してきた「Appier(エイピア)」のエリック・トン氏を訪問。子ども服ブランド企業「F・O・インターナショナル」へのAppier AIエージェント導入事例をもとに、AIによって、マーケティング業務がどのように変わるのかを探る。
AIで施策の量と質を最大化する
2012年創業のAppierは、「AIをもっとシンプルに」をミッションに掲げ、AIによる最先端の広告・マーケティング技術を提供している。広告クラウド、パーソナライゼーションクラウド、データクラウドの3つの基盤をワンプラットフォームで提供し、フルファネルのマーケティング支援を実現。プロダクトには、リアルタイムに思考し、自ら最適解を導く高度な自律型AIが搭載されている。
一方、F・O・インターナショナルは、商品の企画・生産・販売までを自社で行う子ども服ブランド企業。ブランドを複数展開し、全国に実店舗を持ち、さらにECを展開している。顧客とのコミュニケーションは、実店舗、EC、アプリ、SNS、メールなどさまざまだ。
限られたリソースで、セグメントの粒度を上げる
F・O・インターナショナルのマーケティング担当者は、限られた時間のなかで、数多くのキャンペーンを並行して実施していたため、セグメントの精緻化にあと一歩辿り着けず、マーケティング効果の最大化が困難だった。また、若手人材の育成に余地があり、経験豊富なマーケターも限られており、データ活用やキャンペーン設計が属人化していた。そこで、AppierのAIエージェント導入を決めた。
現場のマーケターは、キャンペーンの設計から制作物の管理まで、作業に追われています。施策を細分化して成果を上げたいという意欲はあっても、物理的な時間が足りないのです。そこで、AIによって施策の本数とセグメントの粒度を同時に引き上げるアプローチを採用しました(トン氏)
AIによる行動予測に基づき、顧客ごとに異なる体験を提供する
具体的には、CDP(Customer Data Platform)を導入し、実店舗とECのデータを統合。顧客を一人単位で理解する基盤を作った。そして、AIによる行動予測を行い、パーソナライズしたコンテンツを用意した。たとえば、実店舗でしか購入経験がないユーザーのなかから、オンラインでも購入を楽しむポテンシャルがある層をAIが特定し、顧客ごとにコンテンツを作成したのだ。
さらに、セグメント内でも反応しやすい時間を一人ひとり予測し、最適なタイミングやチャネルで配信を行う。これにより、一斉配信では埋もれてしまうメッセージを、確実に顧客に届けることを実現した。
キャンペーン作成時間が33%短縮
ここで重要なのは、単純にデータ統合を行っただけでなく、顧客ごとに異なる体験を提供したことだ。しかも、次図のように、分析と各チャネルへの配信は同じプラットフォームで行われている。
従来、1つのキャンペーンを実施するには、セグメントの抽出、クリエイティブの制作、配信設定などに3日から1週間程度の時間を要していた。現在は、マーケターがAIエージェントにチャットで指示を出すだけなので、わずか5分ほどで施策案が提示される。
次図のように、チャットUIを通じてマーケターが自然言語で指示すれば、AIがセグメントを抽出し、チャネルを選定して、ターゲット属性に合わせたコピー、レイアウト、画像、さらには動画までも自動生成するのだ。
結果として、キャンペーン作成時間は全体で33%短縮されました。
特に子ども服特有の課題であるクリエイティブ制作においても、AIをフル活用しています。アパレル業界では撮影に一定のコストと時間を要しています。特に子どものモデル撮影は難易度も高く、表現豊かな反面、ポーズの調整や再撮影において、より丁寧な対応が求められます。
しかし、AIを活用すれば、特定のセグメントが反応する画像をAIが自ら最適化して提示してくれます。そのため、制作の負荷を劇的に下げつつ、反応率の高いクリエイティブを量産できるようになりました(トン氏)
しかも注目したいのは、配信する際には、セグメント単位の一斉配信ではなく、ユーザー一人ひとりの生活リズムに合わせ、ある人には週末の朝、別の人には平日の夜10時といった、最も反応が良いタイミングを予測して個別に配信を制御している点だ。精度の高いセグメント設計により、購入コンバージョンも4.8倍へと増加し、売上向上にもつながっている。
たとえば、「オンライン未購入で、直近30日間において実店舗で購入したユーザーにキャンペーンを実施したい」とAIに指示し、引き続きチャットUIを通じてAIとやりとりしていけば、キャンペーン設計からクリエイティブ作成、配信チャネルやタイミング設定までAIに任せられる。
さらに、AIでエンドツーエンドのユーザージャーニーやクリエイティブ生成を実現している。クリエイティブを作り、配信し、効果測定をし、改善するまでをすべてAIが自動で行うのだ。結果として、マーケターの作業を減らし、戦略に注力できるようになった。
F・O・インターナショナル事例の成功ポイント
One SDK / One Data Model
AI導入の成功ポイントの1つとして、「One SDK / One Data Model」という設計で作られたプラットフォームだということがあげられる。データを後から統合するのではなく、最初から統合された形で扱える点が重要だ。
多くの企業が、広告、ウェブ解析、SNS/アプリ解析、CRM(Customer Relationship Management)といったツールごとに異なるソリューションを導入し、データのサイロ化に頭を悩ませている。それぞれの管理に、少なからず人が関わる必要がある。対して、単一のSDK(Software Development Kit:データ収集や機能を組み込むための開発キット)でフルファネルのデータを一貫して収集することで、導入初期から人の手を煩わすことなく、AIが即座に稼働できるようになる。
多くの企業がデータ統合に悩み、マーケターは過去の分析に終始しています。しかし、マーケティングは次に起こることを予測し、アクションをとることです。
私たちが提供したAIは、「One SDK / One Data Model」という思想のもと、データ品質を自動管理し、曖昧な点はAI自らが人に質問して解消します。マーケターは戦略に注力できることになります(トン氏)
過去分析よりも未来予測に軸足をおく
成功ポイントの2つ目は、データ活用の軸足が「過去の分析」ではなく、「未来の予測」にあることだ。一般的なCDPは、「過去に誰が何を買ったか」を可視化することに優れている。しかし、AppierのAIエージェントは、オンライン・オフラインを統合した膨大なデータから、顧客の未来の行動を予測する。
私たちのAIは単なる統計ツールではなく、統合されたデータから確率論に基づいて推論し、「次に買いそうな商品」「離脱のリスク」「他ブランドへのスイッチ兆候」など、さまざまな指標を判定し、最適なタイミングで、その人の心に刺さるコンテンツを提示しています(トン氏)
今後のAIとマーケターの役割は?
トン氏は、Appierの見込み顧客とのやり取りを通して、AIに対する市場の反応がここ数年で大きく変化したと感じているという。5年前の提案では、多くの企業がAIのロジックそのものについて質問し、AIを活用したキャンペーンのABテストを求めていたという。
しかし、ChatGPTなどが普及した2025年には、データ統合などの前提条件を確認されるようになった。そして今、2026年には、AIが成果を出すことを前提に、目標とする状態に達するまでの期間、投資額、リソースを確認されるようになった。顧客側の意識もハイスピードで変化している。
かつては、行動に合わせたクーポンが配信されると、顧客側は「気持ち悪い」と感じる風潮もありましたが、現在はむしろ期待に即したコミュニケーションができないと「自分(顧客)を理解していない」と思われる時代です。顧客側の変化に合わせ、企業側もAIを前提とした投資判断を下すようになってきています(トン氏)
今後は、マーケターの役割は大きく変容していくと考えられる。データの整理やキャンペーンの管理画面の設定はすべてAIが引き受け、人間はKPI設計、戦略立案、そしてブランドの最終的な意思決定という人間にしかできない業務に専念するようになるだろう。
今回お話を聞いたエリック・トン氏は、スマートテレビの開発エンジニアとしてキャリアをスタート。日本IBMへ転職し、AI「Watson(ワトソン)」の金融機関向け導入プロジェクトに従事後、サイバーエージェントグループのCyberZでデジタルマーケティングの海外コンサルティングチームを統括するなど、技術とビジネスの両面からAIと向き合い続けてきた。
そして2019年、トン氏はAppierに入社した。2012年創業のAppierは、「AIをもっとシンプルに」をミッションに掲げ、AIによる最先端のマーケティング技術を提供している。
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