【レポート】デジタルマーケターズサミット2023 Winter

話題のプロダクトを次々と生み出すためには? 貝印に学ぶインサイトの捉え方とデザイン思考

創業115年を超える刃物メーカー、貝印。社会の流れからインサイトを見つけ、製品をWebサイトのようにデザインして改善しながら作り上げる「デザイン思考」を取り入れている。

市場が変化する兆しを捉え、スピーディーにプロダクトを生み出すには?「紙カミソ🄬」や「#剃るに自由を🄬」などインパクト抜群のマーケティングを展開し、数々の受賞歴を持つ貝印株式会社の鈴木曜氏が、「デジタルマーケターズサミット 2023 Winter」に登壇。実際の製品プロトタイプを例に挙げつつ、同社のインサイト調査・プロダクト開発で用いられる思考のフレームワークを紹介した。

貝印株式会社 執行役員 兼 マーケティング本部 副本部長 兼 CMO 鈴木 曜氏

貝印のベースにある「近未来マーケット-イン思考」とは

貝印ブランドでは、創業当初から市場のニーズから出発する「マーケットイン」を重視してきた。その象徴が、依頼者の背格好や用途に応じて刃物をつくった「野鍛冶(のかじ)の精神」である。

そして現在の貝印では、マーケットインを発展させた「近未来マーケット-イン思考」を掲げてプロダクト開発に取り組んでいる。「近未来マーケット-イン思考」とは、平たく言えば、「少し先のマーケットに合わせたものづくりをすること」だ。

「近未来マーケット-イン思考」に基づくマーケティング活動を図式化したのが、こちらのトライアングル。

「近未来マーケット-イン思考」を図式化したトライアングル

図に出てくる「人」「社会・文化」「ブランド」の関係性は次のようなものだ。

  1. 人の欲求の根源にある社会・文化をしっかりと捉える
  2. 人が同一化したくなるブランドの姿勢やパーパスを構築する
  3. その姿勢やパーパスに沿った商品開発をしていく

人の欲求の根源には「社会・文化」がある、というのがポイントだ。たとえば服を買う場合も、社会のトレンドや所属するコミュニティーの文化を意識することになる。

貝印はこの「近未来マーケット-イン思考」を、インサイト調査やプロダクト開発のベースにしている。

インサイトは絵として捉える

次はインサイト調査について。貝印ブランドにおけるインサイト調査とは、先ほどのトライアングルでいう「人」と「社会・文化」を捉えるための活動を意味する。

社会・文化の変化の兆しと、それを構成する個人の心の中。その双方を把握して新しいソリューションを提供することが大切です(鈴木氏)

「社会・文化」の調査

「社会・文化」を捉えるための調査の方法として、鈴木氏は以下を挙げた。

  • 経済動向
  • 定点調査のゆらぎ
  • 自社の売上動向の変化
  • SNSの発言
  • 技術開発ニュース
  • 法律の改正

これらの情報をもとに、「今後の自社事業にとっての脅威、あるいはチャンスとは何か」について仮説を立てる。そして仮説を調査し、それが正しいかどうかを考える。

「人」の調査

人の調査では、従来型の定量的なアンケート調査だけでは十分ではない。

鈴木氏は「動的に絵や音としてインサイトを捉えることが大切」と述べ、行動や音声、画像、動画といったデータを取る重要性を強調した。単なる定性データというよりは、人の言葉の強さ、細かな所作なども含め、感覚的に理解しやすい情報が重要と考えている。

「人」と「社会・文化」を捉える。

ユニークな取り組みとして、貝印では、独身男性の洗面台の写真を集めたという。写真で視覚的に捉えることで現実を精度高く捉えることができ、「より市場に近いマインドになる」という。

写真からは、たとえば次のような発見がある。

  • しっかりとデザインされたツールがたくさん置かれているわけではない
  • すごくきれいな人もいるが、めちゃくちゃな人もいる
インサイト調査で集めた、独身男性の洗面台の写真
 

インサイト調査からヒントを得た「#剃るに自由を」キャンペーン

こうしたインサイト調査手法から生まれた貝印のマーケティング活動で代表的なものは、たとえば「#剃るに自由を」キャンペーンだ。

貝印では、SNSや会員組織でみられる「毛を剃らなければならない、という固定観念が息苦しい」というユーザーの声をキャッチしていた。そして時代の流れとしてのジェンダーフリーを掛け合わせ、「毛にまつわる固定観念は、我々の新しい市場になるかもしれない」と仮説を立てた。

2020年には「剃毛・脱毛についての意識調査」を実施。体毛に対する自由な考え方が広がっていることを確認し、その後、コミュニケーション施策の「#剃るに自由を」などが生まれ、大きな話題を呼んだ。

「#剃るに自由を」

インサイト調査の意義について、鈴木氏は以下のように述べた。

社会と人を理解することで、社会が持ちうる課題を発見できる。その課題の解決策と自社のテクノロジーや事業ドメインがクロスするところに、市場が発生すると考えています(鈴木氏)

デザイン思考を活用したプロダクト開発

話題は、プロダクト・サービス開発で使用している「デザイン思考」へと移っていく。

デザイン思考とは、デザイナー特有の思考パターンのことを指し、ユーザーの課題解決に焦点を当てたアプローチを特徴としている。

デザイン思考を実践する際、一般的には以下のプロセスをたどる。

  • ユーザーに共感し、インサイトを深掘りする
  • ユーザーが抱える課題を定義する
  • 課題解決のためのアイデアを出す
  • プロトタイプ(試作品)を制作する
  • プロトタイプに対するフィードバックを得て、アイデアをブラッシュアップ

デザイン思考のプロセスを図式化したものがこちら。

デザイン思考のプロセスを表す図

鈴木氏が長く勤めた北欧のクリエイティブブティックでも、デザイン思考的なワークスタイルが根付いていたという。貝印でも現在、デザイン思考を取り入れたプロダクト開発が進められている。

貝印では下図のようなワークフローに沿ってプロダクト開発を進めている。

企画から開発に至るまでのワークフロー

このワークフローでは、現物のプロトタイプを制作する前に、デザインのプロトタイプ(絵)を制作し、そこで第一段階の投資判断を行っている。却下されたとしても、絵の状態でフィードバックを得ることで、プロダクト開発の早い段階でアイデアを精緻化しやすくなる。

そして第一段階の投資判断でGOが出ると、実際にプロトタイプを制作。問題がなければテストマーケティングという形で市場に出すことになる。このワークフローにより、他社よりも早くプロダクトを市場に出し、反響を確認することができる。そしてテストマーケ後に投資判断を行い、最終GOが出れば量産化に向けた本格開発が始まる。

実際のプロトタイプの事例

鈴木氏は、世に出ていない貝印のプロトタイプを公開してくれた。

プロトタイプ① ミニマルカミソリ

資材をなるべく使わない、手に近い感覚で使えるカミソリ


プロトタイプ② 指紋認証包丁スタンド

事件・事故が起こりづらいよう、指紋認証を取り入れ特定の人しか包丁を使えないようにするスタンド
 

インサイト調査同様、プロダクト開発でも視覚化が重要なポイントだと鈴木氏は強調する。

言葉だけだと絵を想起して終わるのですが、絵があるとその先の市場を想起できるので、活発な議論を生んでデザイン思考を加速させられます(鈴木氏)

たとえば指紋認証包丁スタンドの場合、デザインのプロトタイプを作ったことで、社内から「タッチする場所はここにしよう」「コロナもあるので殺菌作用が付いていたらいいよね」などの意見が次々と飛び出し、議論が活発化したという。

デザイン思考から生まれた「紙カミソリ」

鈴木氏が手がけた「紙カミソリ」も、デザイン思考的ワークフローから生まれた。

プラスチック製品をめぐる法改正の動きや、海洋性プラスチックごみへの問題意識の高まりを受け、貝印はカミソリナンバーワンブランドとして課題を解決したいと考えていたという。そして2018年に課題解決に向けたプロジェクトを発足(※実際には90年代に「土に還るカミソリ」なども開発していたが、時代とマッチせず話題化しなかった)。

紙カミソリの開発タイムライン
2018年:プロジェクト開始
2019年:コンセプトモデルお披露目
2020年:量産化に向けた仕様決定→正式発表
2021年:発売開始

デザイン思考的ワークフローに基づきプロトタイピングを進め、その結果、プロジェクト発足翌年の2019年時点でコンセプトモデルを商談会でユーザーに届けることができた。なお、そのときのコンセプトモデルは、「1DAYカミソリ」という、紙でできた使い捨てカミソリだった。

「紙カミソリ」の元となった、コンセプトモデルの「1DAYカミソリ」
 

そのコンセプトモデルを元に実際のプロトタイプを作っていく中で、最終的にたどり着いたのが「紙カミソリ」だった。

紙カミソリのコンセプト

 

紙カミソリは

  • 環境負荷の軽減
  • いつも清潔な使い心地
  • 紙ならではのファッション性
  • 性別にとらわれないデザイン

というコンセプトを持ち、複数の課題を解決するデザインとなっている。剃り味や使い心地も申し分ない。

紙カミソリのテスト販売は3日で完売し、多くのメディアで取り上げられ話題を呼んだ。その結果、本格的な発売の前から注目される商品になった。

「#剃るに自由を」や「紙カミソリ」の事例のように、貝印では、人・社会文化・ブランドの関係性を意識したインサイト調査で課題を見つけ、さらにデザイン思考的ワークフローで強固なアイデアを生み出し、スピーディーに市場に商品を投入している。

最後に鈴木氏は「社会と人を中心に、次世代型ワントゥーワンビジネスで市場を捉えていくと、新しい市場が見えてくるのかなと思っています」と述べ、講演を締めくくった。

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