[マーケターコラム] Half Empty? Half Full?

生活者の心を衝け! 渋沢栄一から学んだ3つの「みる(視・観・察)」とクリエイティブの重要性

マーケターによるリレーコラム、今回は花王の辻本光貴氏。人間観察法とクリエイティブの重要性を解説します。
花王 辻本光貴氏

花王株式会社の辻本です。前々回前回の記事では、生活者にアプローチするために必要な要素とは何かを紹介しました。

しかし、アプローチするだけでは生活者は動かせません。大事なのは、「心を動かすクリエイティブ」を届け、生活者の思考の変化、行動の変化を起こすことです。そのためには、生活者をきちんと理解する必要があります。

ところで、みなさんは渋沢栄一の『論語と算盤』を読んだことはありますか? 私はこの本から非常に多くのことを学びました。中でももっとも大きな学びとなったのは、人間観察法「視・観・察(しかんさつ)」です。

今回はこの「視・観・察」を起点に、マーケティングにおけるクリエイティブの重要性をお話しします。

「視・観・察」とマーケティング

渋沢栄一は『論語と算盤』で、「論語」に書かれている「人の値打ちを見極めるにはどこをみればよいか」という孔子の教え(為政第二10)で紹介されている「視・観・察」という人間観察法に触れています。「視・観・察」は3つとも訓読みでは「みる」と読みます。

  • 視……その人の「行為」をみる
  • 観……その行為の「動機」をみる
  • 察……その行為を行うことで、その人は「何に喜びを得て満足しているのか」をみる

「人を察(み)ることで、初めてその人の『本質』がわかる」とするこの一節を読んだときに、「視・観・察」は、マーケティングに通じる話だと感じました。コミュニケーション施策のターゲティングは「視」「観」にとどまっていますが、実際に態度変容を起こすには、対象者を「察」る必要があるからです。

デジタルは人間の内面までは読み取れない

たとえば、同じアパレルブランドの洋服を着て食事会にやってきた、同世代で同じ業界で働いているAさんとBさんを、「視・観・察」でみてみましょう。

[Aさん]
  • 視:アパレルブランドXを着ている
  • 観:食事会に誘われたのでアパレルブランドXを着た
  • 察:人から注目されたり、羨ましいと思われたりすることに喜びを感じる
[Bさん]
  • 視:アパレルブランドXを着ている
  • 観:食事会に誘われたのでアパレルブランドXを着た
  • 察:服装を考えるのが面倒臭い、これを着れば間違いないので満足

視(行為)と観(動機)は一緒ですが、察(満足するポイント)がまったく違います。ここからわかるのは、

  • Aさんはおしゃれに強い関心を持つタイプ
  • BさんはおしゃれよりもTPOを重視するタイプ

だということです。しかし、一般的なターゲティングでは、Aさん、Bさんは同じグループにセグメントされて、同じコミュニケーションを展開されるでしょう。

デジタル上のターゲティングは完璧ではありません。興味関心まではつかめても、その人の本心までは掴むことはできないからです。つまり、前々回、前回でご紹介したいわゆるデジマ的なアプローチ手法だけでは、「視・観・察」の「察」を取り込むことができないのです。

クリエイティブがターゲティングの不足を補う

そのターゲティングの不完全さを補うのが、クリエイティブです。ターゲティングをしたうえで異なるクリエイティブを配信することで、それぞれが別の広告に反応します。

たとえば、Aさんなら「○○店限定販売、秋の新作を誰よりも早く手に入れよう」、Bさんなら「シーンを問わずに使える、1つは持っておきたい秋の定番アイテム」といった訴求内容に反応するのではないでしょうか。ターゲティングでは同じセグメントになる2人も、クリエイティブを工夫することによって、振り分けることができるのです。

問題は予算です。特に、施策対象者が広く、何種類もの心理パターンがある場合、すべてに対応したクリエイティブを作るのは無理があります。

目安ですが、予算1,000万円に対し、バナー素材1つ(50万円)を6種類作成すると、1素材あたりの配信予算は110万円〜120万円。3種類に限定すれば、1素材あたりの配信予算は約280万円になります。

運用初期には、すべての素材をある程度の量配信しなければ、各素材の運用効率性を把握することができません。そのため、素材が多いとテストに予算をかけている状況になり、もし反応率の高い素材が現れない場合は、テストにかけた投資を回収しきれなくなります。とりあえず素材を多く作って運用しても、結局は予算との兼ね合いが出てくるので、確実に勝率が高まるわけではないのです。

クリエイティブを作る前に仮説を立てるのは基本

以上のことから、クリエイティブでコミュニケーション施策の勝率を高めるには、下記の2点を検討します。

  1. 施策対象者を「察た」ときに、どういう人がもっとも多いのか
  2. 広告主として、どのような人に優先的にアプローチしたいのか

先ほどのAさん、Bさんを例にすると、クリエイティブを作る前にある程度見当をつけたうえで、優先的にアプローチしたいのはどちらかを決めてしまいます。やみくもにクリエイティブを量産することを避けるためにも、こうした仮説立ては重要です。

デジタル広告の良いところは、配信の初速を見て広告素材を絞り込み、運用を最適化できる点です。しかし、この考え方が当たり前になるにつれ、とりあえずたくさんクリエイティブを作ることが目的化してしまい、本来あったはずの「対象者を察た上で、仮説を立てる」という基本がおろそかになっているケースが多いように思います。

バズ目的は本来の目的を見誤る

特にそれをおろそかにしがちだと感じるのが、SNSを主戦場とする「バズ施策」です。

「バズらせたい」「バズらせます」などの言葉をたまに耳にします。担当ブランドや商品がバズれば、低コストでさまざまな人に情報が行き届き、生活者からの認知度も向上し、商品購入につながる機会も多くなるので、きっと魅力的なのでしょう。

しかし、バズった内容を「視・観・察」で整理をすると、生活者によって、SNSに投稿する「動機」や「何に喜びを感じるのか」は十人十色であることがわかります。

「ブランドXの広告を見てワクワクした気持ちを皆に伝えたい。共感してほしい」
「商品Yの効果的な使い方を初めて知った。共有しよう」
「ブランドZのTVCMに隠れキャラクターを見つけた。自慢したい」
「キャンペーンに参加すると〇〇のギフトカードがもらえる。拡散しよう」

上記の例を挙げたうえで私が伝えたいのは、「バズ自体に狙いはあるか、バズが目的になっていないか」ということです。「どのような人に、どのようなクリエイティブを作ると、どう反応してもらえるか。どういう形で情報が拡散するか」という仮説を丁寧に構築することが大事です。オンライン・オフライン問わず、マーケティングは基本的に、生活者をきちんと「察」て、仮説構築し、戦略・戦術に落とし込むことが求められます。

「察」に裏打ちされないコミュニケーション施策では、結局誰も動きません。そうではなく、コミュニケーション施策への反応が一次接触者に限定されず、施策立案者の狙いに沿った内容で次々と連鎖的に反応が広がっていく形こそが正しいバズであり、それを目指していくべきだと考えます。

最後に

個人情報保護の規制強化に伴いターゲティングの難しさが増していく一方、相対的にクリエイティブの重要性が高まっています。

マーケティングにはアート(創造的思考)とサイエンス(論理的思考)の両方が必要です。

特に現代はテクノロジーが発達して、マーケティングの成果を数字で追いかけやすくなりました。しかし生活者の心理すべてを把握することはできません。だからこそ、目的に沿った論理的思考で「どのような人に、どのようなクリエイティブを作ると、どう反応してもらえるか」仮説を立てて、クリエイティビティを発揮していく必要があります。そして、クリエイティブに対する反応を振り返り、どの要素が人々に響いたのかを整理した上で次の施策にトライすることが大事だと考えます。

クリエイターの方々と協力して、より良い企画を立案できるように今後も関係者と知恵を絞ってトライしていきたいと思います。次回もお楽しみに。

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