音楽配信契約 ~配信事業者と結ぶ契約ってどういう内容?
この記事は、書籍『よくわかる音楽著作権ビジネス』の一部をWeb担向けに特別にオンラインで公開しているものです。
いよいよ移籍第3弾シングルのレコーディングに入ったケンゾウ君とスタッフたち。前作以上のヒットを飛ばして、アルバムにつなげたいところだ。そこでスタッフたちはある仕掛けを思いついた。それは、iTunes Storeで音楽配信による先行発売をすることである。しかし、相手はアメリカ企業である。分厚い契約書が説明なしにいきなり送られてくるだろう。契約書が苦手なマネージャーは早くも逃げ腰である。
アップル社のiTunes Store(以下、iTunesという)を利用して音楽配信するためには、原盤権者はiTunes株式会社(以下、iTunes社という)とデジタル音楽ダウンロード販売契約を締結する必要がある。また、原盤権者がサブスクリプション・サービスを利用するためには、AWA、LINE MUSIC、Spotify等の配信事業者と原盤のライセンス契約を締結しなければならない。今回は、音楽ビジネスにおいて重要性を増している音楽配信契約について詳しく解説してみよう。
iTunes Storeの衝撃
アップル社が2003年4月28日に開始した音楽ダウンロード販売サービス、iTunesは、予想を上回る大成功を収め、低迷する音楽業界に大きな衝撃を与えた。iTunesの発表にあたり、アップル社のスティーブ・ジョブスは「われわれは違法ダウンロードと戦う。訴えるつもりも、無視するつもりもない。競争するつもりだ」と発言したが、彼の言うとおり、iTunesは違法ダウンロードに匹敵する人気をもつサービスとなった。
当初、iTunesはマックユーザー向けのサービスだったが、2003年10月からはWindowsユーザー向けにもサービスが開始された。その後、飛躍的に販売数が増加し、ダウンロード販売数は、開始後1年間で7千万曲を突破した。これは、アップル社が当初の目標としていた年間1億曲という数字には届かないものの、プレスプレイやミュージックネットなどの先行するほかの音楽配信サービスを大きく引き離す結果となった。以来、iTunesは米国のダウンロード販売の売上げで首位を独走中である。
iTunesの成功要因としては、低価格と手軽さ、iPodの普及、そして利用条件の制約の緩和が挙げられるだろう。1曲99セントまたは1.29ドルで会費は一切不要、ユーザーはいつでも気軽に好きな楽曲を購入できる。また、iPodの普及も見逃すことができない要因の一つだ。アップル社が音楽配信に本格的に参入したのはiPodの売上げを伸ばすためだといわれているが、まさにソフトのiTunesとハードのiPodとが絶妙な相乗効果をもたらし、両者の売上増加につながったといえるだろう。アップル社の「ソフトを安価に提供し、ハードの販売増加を狙う」という作戦は、見事に功を奏したのである。
利用条件の制約の緩和もiTunesの成功に欠かすことのできない重要な要因の一つである。現在、iTunes社はiTunes Plusという高品質でDRM(デジタル・ライツ・マネージメント)フリーの音楽配信サービスを提供している。この規格によって販売される音楽は、何枚でもCDにコピーすることができるし、iPodやiPhone、Apple TV等のAAC対応のあらゆるデバイスに同期することができる。このユーザーの使い勝手を重視したサービスは、従来の音楽業界の発想を超えたものであり、まさにアップル社のCEO、スティーブ・ジョブズの面目躍如といったところであろう。
日本では2005年8月4日にサービスが開始されたが、レコード・レーベルによってサービスの評価が分かれたため、なかなか足並みが揃わなかった。しかし、長らく参入を見送っていたソニー・ミュージックエンタテインメントが2012年に楽曲提供を開始したことにより、ようやく国内主要レーベルが出揃った。ただし、ジャニーズ事務所に所属するアーティストの楽曲は、レコード・レーベルを問わず、iTunesに提供されていない。
iTunesのダウンロード販売契約
iTunesのダウンロード販売契約では、ケンゾウ君のプロダクションのように、原盤権を持つ会社がライセンサー(使用許諾する者)となり、iTunes社がライセンシー(使用許諾を受ける者)となる。そして、ライセンサーはiTunes社に対して、権利を保有する原盤を非独占的に使用許諾(ライセンス)する。また、ライセンサーが特定する原盤が契約対象となる。なお、非独占的なライセンスなので、ライセンサーはほかの音楽配信事業者にも同一の原盤をライセンスすることができる。
iTunes社は、原盤が複製された音楽データをiTunesで販売するためのファイル形式に変換(エンコードという)した上でサーバーに複製し、ユーザーに対して音楽データのダウンロード販売を行う。iTunesでダウンロード販売するフォーマットには、シングルとマルチ・トラック・アルバムの2種類がある。前者は1曲毎に販売する形式であり、後者は複数曲を一括して販売する形式である。
iTunes社はライセンサーに対して、ダウンロード販売の売上げに応じた印税を支払う。これには原盤にかかるすべての権利者に対する報酬が含まれている。すなわち、ライセンサーにアーティストやプロデューサー等に対する印税の支払義務がある場合、ライセンサーは受領する印税から責任をもって彼らに報酬を分配しなければならない。これにはジャケットにかかるアートワークも含まれる。iTunes社との契約では、印税ではなく、卸売価格を支払うという規定になっているが、契約の内容はあくまでも原盤のライセンス契約であるため、対価の性質は印税そのものである。
原盤に収録されている音楽著作物の利用にかかる権利処理は、iTunes社がJASRACやNexTone等の著作権管理事業者に対して行うことになっている。なお、iTunes社は著作権使用料を販売価格の7.7%としてビジネスを組み立てているため、この使用料が変動する場合は原盤印税もそれに合わせて変動することがあるとしている。NexToneの著作権使用料は販売価格の8%なので、iTunesから受領する卸価格はその差額分(0.3%)が控除されることになる。
原盤に収録されているアーティストの氏名・肖像についても規定がある。iTunes社は、アーティストの実演が収録された原盤のダウンロード販売や宣伝広告のために、アーティストの氏名や肖像を無償かつ自由に利用できるという内容である。アーティストはその氏名・肖像等についてパブリシティ権を持っているため、iTunes社は事前に利用許諾を受けておく必要がある。パブリシティ権については、『よくわかる音楽著作権ビジネス 基礎編 5th Edition』の第44話と第45話で詳しく解説しているので、ぜひ参照してほしい。
以上がiTunes社のダウンロード販売契約の概要である。おわかりのとおり、これは原盤のライセンス契約である。したがって、この契約に基づいて、レコード会社がiTunes社に対して、原盤をライセンスした場合、レコード会社はプロダクションやアーティストに対して、原盤契約や専属実演家契約の第三者使用条項に基づき、印税を支払わなければならない(原盤の第三者使用については同基礎編第25話「原盤の第三者使用」で詳しく解説する)。
レコード会社の中には、iTunes社に対してダウンロード販売を委託しているのであり、ライセンスではないと強弁するものがあるが、まったくの詭弁である。委託販売であれば、ユーザーへの小売価格はレコード会社が自由に決定できるはずだが、実際にはiTunes社が設定した範囲で選択できるにすぎない。また、委託販売の場合、エンコード代や著作権使用料は発売元であるレコード会社が負担するはずだが、実際にはiTunes社が支払っている。さらにiTunesの画面を見ても発売元であるレコード会社の記載がない。Ⓟ表示はジャケットに下に小さく掲載されているが、この表示は発売元のレコード会社を示すものではない。
このような問題があることを意識してか、「甲(レコード会社)または甲が指定する第三者が音楽配信により販売する場合」として、自社配信と他社配信を問わず、同一の印税計算式を適用しようとするレコード会社も存在する。レコード会社としては、第三者使用の規定を適用されるとプロダクションに支払う印税が多くなるため、このような規定を入れるのである。
サブスクリプション・サービスにおける原盤ライセンス契約
iTunesの成功で前途洋々に見えたダウンロード販売であるが、現在ではサブスクリプション・サービスにその座を奪われようとしている。日本レコード協会の調べによると、日本ではサブスクリプション・サービスの売上げが音楽配信全体の38%を占めている。サブスクリプション・サービスの成功を見て、レコード会社は配信事業者に対して、積極的に原盤をライセンスするようになっている。したがって、ダウンロードからサブスクリプションというビジネス・モデルの転換は今後も一層進むと予想される。そこで、サブスクリプション・サービスのための原盤ライセンス契約について、詳しく解説しよう。
原盤ライセンス契約では、原盤権を保有する会社がライセンサーとなり、AWA、LINE MUSIC、Spotifyといった配信事業者がライセンシーとなる。そして、ライセンサーが保有する原盤を非独占的に配信事業者に対して使用許諾(ライセンス)することを目的とする。非独占的なライセンスなので、ライセンサーはほかの配信事業者に同一の原盤をライセンスすることができる。
配信事業者に提供する原盤はライセンサーが特定するが、配信事業者の中にはライセンサーが保有しているすべての原盤を契約対象とするように要求するものもある。また、配信開始日もレコードの発売日やダウンロード販売の開始日に合わせるように要求する契約もある。ライセンサーとしては、レコードやダウンロード販売と競合しないように、サブスクリプション・サービスでの配信を遅らせたいと思うかもしれない。しかし、複数のプラットフォームで同時に販売した方がより大きな相乗効果を期待できるので、同時配信を選択すべきだろう。
次に原盤使用料について説明しよう。配信事業者はライセンサーに対して、ライセンスした原盤のアクセス数に応じた使用料を支払う。一般的な原盤使用料の計算式は以下のとおりである。なお、決済手数料とはユーザーによるサービス利用料の決済に要する手数料をいい、15%が相場である。
(売上総額-決済手数料)×印税率×契約対象のコンテンツの総再生回数/すべてのコンテンツの総再生回数
印税率の相場は50%である。したがって、典型的な契約では売上総額の42.5%((100%-15%)×50%)を原盤権者で分け合うことになる。なお、ラジオ型インターネット放送のサブスクリプション・サービスの場合、決済手数料を控除しない配信事業者もある。この場合、売上総額の50%を原盤権者で分け合うことになる。
原盤に収録されている音楽著作物の利用にかかる権利処理は、配信事業者がJASRACやNexTone等の著作権管理事業者に対して行うことになっている。JASRACは、月間の情報料または広告料の7.7%にJASRAC管理楽曲の利用比率を乗じた金額を使用料として配信事業者から徴収している。一方、NexToneは月間の情報料または広告料の8%にNexTone管理楽曲の利用比率を乗じた金額を使用料として配信事業者から徴収している。このように、サブスクリプション・サービスの使用料率は、NexToneの方がJASRACより若干高く設定されている。ただし、どちらもサービスで提供されている楽曲の総数が10万曲以内の場合、料率は3.5%になる。
アグリゲーター(仲介業者)との契約
最後にアグリゲーターとの契約について説明しよう。原盤権者はiTunes社やAWA、LINE MUSIC、Spotifyといった配信事業者と直接契約しなくても、アグリゲーターを通せば、原盤を音楽配信によってユーザーに届けることができる。ご存じのとおり、音楽配信ビジネスは群雄割拠の様相を呈している。原盤権者としては次々に現れる配信事業者とその都度、交渉して契約を締結するのは面倒である。一方、アグリゲーターに委託すれば、保有する原盤をiTunes社に限らず、さまざまな配信事業者を使って、配信することができる。このような理由からアグリゲーターを利用する原盤権者は少なくない。
アグリゲーターとの契約では、ライセンサーはアグリゲーターに対して、配信事業者にサブ・ライセンスする権利を付与する。この契約に基づき、アグリゲーターはさまざまな配信事業者に対して、原盤の非独占的ライセンスを与えることができる。ただし、配信事業者に原盤のライセンスをする場合、アグリゲーターはライセンサーに対し、配信価格、卸価格または印税率、契約期間、契約地域等の契約条件を通知し、ライセンサーの承諾を得なければならないとするケースが多い。
アグリゲーターが受け取る手数料は、ライセンシーから受領する原盤使用料の15 ~ 20%である。したがって、アグリゲーターは各ライセンシーから受領する原盤使用料から手数料を控除した金額をライセンサーに支払うことになる。支払いは3か月毎に行われるケースが一般的である。著作権使用料は各ライセンシーが負担することになっているので、ライセンサーによる著作権管理事業者への手続や支払は不要である。
前述したように、音楽配信ビジネスはダウンロード販売からサブスクリプション・サービスに移行している。それに応じて契約の内容や形態も異なるものになり、アーティストやプロデューサー等の権利者に対する分配作業も複雑になる一方である。現場の悲鳴が聞こえてきそうだが、日本でも音楽配信がビジネスの主役になる日は近い。今後の関係者の一層の努力に期待したい。
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