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お菓子のグリコがプログラミング教材? 勉強を楽しい体験にするグリコの挑戦

江崎グリコに聞くプログラミング教材アプリ「GLICODE(R)」の開発秘話

この記事は、D2Cスマイルで公開された記事を、許諾を得てWeb担当者Forum向けに特別公開したものです。

第4回目となる「コードアワード2017」においてグランプリを受賞した、江崎グリコ株式会社によるプログラミング教材『GLICODE(R)』(以下 グリコード)。

“お菓子とプログラミング”というイノベーティブな発想が話題を呼ぶ一方、教育の観点からも、総務省が実施する「若年層に対するプログラミング教育の普及推進」のモデル事業に選定されています。

創業から90年以上続くトラディショナルな企業が、この革新的な施策に挑むきっかけは何だったのか。実現までの道のりからリリース後の反響、さらにはグリコードを開発したからこそ見えてきた今後の課題や展望まで、本年度の審査員を務めたアビームコンサルティング株式会社の本間充氏が聞き手となり、江崎グリコ株式会社 マーケティング本部 広告部クリエイティブチーム兼アシスタントグローバルブランドマネージャーの玉井博久氏、株式会社電通 CDC クリエーティブディレクターの小池宏史氏にお話を伺いました。

(左から)
アビームコンサルティング株式会社 本間充氏
江崎グリコ株式会社 マーケティング本部 広告部クリエイティブチーム 兼アシスタントグローバルブランドマネージャー 玉井博久氏
株式会社電通 CDC クリエーティブディレクター 小池宏史氏

「苦手な勉強」を「楽しい体験」に変えるお菓子メーカーの挑戦

本間:グランプリ受賞、おめでとうございます。このグリコードですが、まず気になるのが施策背景。最初からアプリありきで考えていたのか、それともデジタルを用いた、何らかの新しいトライアルがしたかったのか、どちらだったのでしょう?

玉井:完全に後者ですね。今の時代、デジタルを用いずに何かを発信することは、そもそも有り得ません。ただ、弊社はトラディショナルな企業というか、扱っている商品そのものがアナログです。例えば車産業とは違い、デジタルとの結びつきがイメージしづらいかと思います。だからこそ、「我々のような企業でも、何かデジタルの活用ができないだろうか?」と。

江崎グリコ株式会社 玉井博久氏

本間:なるほど。以前からお子さん向けのアプリ開発に前向きな印象ですが、やはりグリコにとって、「子ども」というターゲットは重要なのでしょうか?

玉井:子どもは未来のお父さん、お母さんであり、未来のおじいさん、おばあさんですから、絶対に目を向けなければならない、非常に大切なお客さまです。しかし、ただ「子ども」という見方をしてしまうと、市場規模という意味では、当然、それほどではありません。そのため、あまり年齢的なターゲットは絞り込まず、「デジタルネイティブ」という観点から、目を向けたイメージですね。

本間:御社の商品が手元にあって、つまりは購入して初めて意味を成すのが、今回のグリコードですよね。「実際の商品を使って遊ぶ」という仕様が出てきたのは、どの当たりのフェーズなのでしょうか?

玉井:商品を使うことに関しては、最初から一貫してブレずに設定していましたね。「デジタルを活用すること」「弊社の商品を使うこと」の2つを大きな柱として持っていました。電通さんからアイデアを出していただいた複数案の中からこの柱を軸に結実したのが「お菓子を用いてプログラミングが学べる」という、今回のアイデアなんです。

小池:実は僕自身、今回のプロジェクトに参加する以前から、企業のブランド価値ですとか、お菓子そのものの価値ですとか、コーポレート全体の価値を上げるためのチームとして、グリコさんと一緒に仕事をさせていただいた経緯があります。グリコさんの商品を使うことは、企業価値を上げるために必要な条件ですし、むしろ「商品を使う」=「企業価値を上げる」ための手法として、プログラミングというアイデアが浮かんだイメージですね。結果的にグリコードは、お子さんがターゲットになっていますが、発案の原点そのものは、日本が抱えている社会的課題。日本のプログラミング教育が後れを取っているなか、「お菓子が、グリコが、この課題に対してどうアプローチできるのか?」という問いが、アイデアの源泉です。

株式会社電通 小池宏史氏

本間:日本全体が抱えている課題をどう解決していくのか、ということですね。

小池:お菓子を使ったら、プログラミングが楽しく学べるかもしれない。学びが苦手な子でも、お菓子があったら、学ぶようになるかもしれない。このことから証明されるのが「お菓子への親しみ」です。このお菓子と人間の関係性を実証することが、一つの裏テーマでしたね。制作の段階で玉井さんとも、「いずれは世界中の子どもたちが自分に身近なお菓子を使って、プログラミングが学べる体験を提供できたらいいね」と話していました。だから打ち明け話をしてしまうと、玉井さんは「使用するお菓子は、本当はグリコの商品じゃなくてもいい!」なんて言っていましたから(笑)。

玉井:言っていましたね(笑)。お菓子でプログラミングを学ぶという体験が広まったとしたら、それを作り出したのは、他ならぬグリコ。弊社のブランド価値が上昇します。こうした確信があったので、プログラミングという案が出てからは本当にシンプルでしたね。初期の段階では、アプリという手法も未定でしたが、プログラミングの方向に進んでからは、ブレストというブレストなんて、ほんの2回くらい(笑)。予算に関しても、方向性が決まった段階から、すでに取りに行っていました。

革新的アイデアの実現を後押しする戦略的な裏付け

本間:これはデジタル広告に関わる皆さんが抱える問題だと思いますが、こうした新領域って、どんなに素晴らしいアイデアだとしても、新しい試みなだけに成功体験がないし、CMと違って、プレゼンの所作も確立されていない。イノベーティブであればあるほど、「GO」が出づらいジレンマがありますよね。

コードアワード2017審査員 本間充氏

玉井:予算を取りに行ったときの反応も、まさに「んー?」という感じでした(笑)。とくに弊社は食品を扱う企業なので、「教育にしても、そこは食育じゃない?」というような。ただ、そうした反応は予想できていたので、上層部を納得させるための資料作りは綿密かつ、工夫を凝らしました。

実際、「若年層に対するプログラミング教育の普及推進」のモデル事業に選定いただきましたが、総務省がそうした事業を行っていることは当然、提示しましたし、子どもが学び始めるのに適正な年齢ですとか、小学生の総人数まで電通さんに調べていただきましたから。

本間:確かに戦略的な裏付けがないと、経営層も意思決定しづらいですからね。

玉井:その戦略的な裏付けによって、小池さんがお話しされた「お菓子が、グリコが、この課題に対してどうアプローチできるのか?」という点を強く訴えた形です。ただ、一案だけでは怖いので、サブは用意していました。そのサブもかなり魅力的でしたが、「やっぱりプログラミングのほうだね」と言われるような、比較の上でもチョイスされるような策略ですね。そこから実際に予算が通るまで、約3か月かかりました。

本間:決裁に3か月かかり、そこからの制作も大変だったと思いますが、企画立案から実際のリリースまでに要した期間は?

玉井:リリース日が2016年8月4日で、要した期間は約10か月です。もう少し早くリリースすることも可能でしたが、プログラミング教育のモデル事業に選んでいただき、総務省側の発表のタイミングもあったので、少し待った感じですね。

本間:イノベーティブなアイデアにとっての10か月は、なかなか長いですよね。戦略的な設定とは言っても、「他に先を越されてしまう」という怖さもあったのでは?

小池:今回については、そういう不安はありませんでしたね。スマホのカメラを用いた画像認識って、「これぞ最新だ!」ともてはやされた時期は、ずいぶん前に過ぎています。そこでグリコードに関しては、かつての最新技術を用いた最新の手法というか、横井軍平さんの“枯れた技術の水平思考(※1)”のようなイメージだったので、「多少のタイミングの差で、バタバタする必要はないかな?」と。

※1 横井軍平「枯れた技術の水平思考」
https://ja.wikipedia.org/wiki/横井軍平#枯れた技術の水平思考

子どもから大人、教育業界からテック業界まで世界に広がる反響

本間:では、リリースのタイミングに実施した広告活動についても聞かせてください。様々なメディアに取り上げられていたという印象ですが。

玉井:それが僕らとしてやったことは、本当にリリースを打っただけなんです。だからグリコードに関する広告出稿は0円。それでもリリース直後から、多くのマスコミさんから取材依頼をいただき、広告換算としてはおよそ3億円です。

恐らく最初は「老舗のグリコがプログラミング?」という、ある種の好奇心だったと思います。ですが、途中から「今、プログラミング教育が熱い」という文脈が急に出てきたんです。リリースのタイミングも含め、当然、そうした反応は目論んでいました。しかし、プログラミング教育に対する大きな波がいつ来るのか、それが今年なのか来年なのか、ぴたっと当てることは不可能です。そんななか、ちょうどいいタイミングで波が起きたんですね。

本間:確かに。まさかNHKがスクラッチ(SCRATCH)を扱う番組を始めるなんて、想像もしなかったですからね。そうしたラッキーもあったなか、実際にアプリを使った人の反応は?

玉井:第一のユーザーであるお子さんは、めちゃくちゃ楽しんでくれています。実証実験として小学校の授業で使用いただきましたが、授業が終わっても手を止めない。その様子を見て、先生が非常に驚いていましたね。「学ぶのをやめない子どもの姿は、めったに見られるものではない」と。また拡散に関しては、保護者の皆さんに貢献いただいています。教育への関心が高いお父さん、お母さんがSNSで発信してくださり、「なら、うちの子にもやらせてみようかしら」という流れがあったのは、解析からも明らかです。

小池:SNSでいうと、テック業界からの拡散も多い印象です。親でも教育者でもないのに「とても素晴らしい取り組みだね」と拡散くださる。SE(システムエンジニア)をしている人たちって、これまでは、どこか縁の下の力持ち的存在でしたよね(笑)。だからこそ、教育の観点からプログラミングが盛り上がることが嬉しいし、もっと盛り上げていきたい。「コーディングができるって、かっこいい」という流れになっているなか、「ついにグリコまで、こうした活動を始めたぞ」と応援してくれるような記事も見られます。

玉井:だから私の個人的な変化で言うと、テック業界の人たちとのつながりが増えましたね。これまでそうした知り合いは、一人もいなかったのに(笑)。今年、出展したSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)(毎年3月にアメリカ合衆国テキサス州で開催される大規模なクリエイティブ・ビジネス・フェスティバル)に関しても、自分たちから希望したのではなく、こうした業界の方から、お誘いをいただいたんです。

本間:そのような経緯だったんですね。すると国内だけでなく、国外からも反響が届いているのでは?

玉井:驚いたのが、弊社のアメリカ拠点である米国江崎グリコの社員から、「アメリカにもグリコードを使って授業をしている学校があるらしい」と聞かされたことです。日本語版のリリースしかしていない(※2)のに、どのように教えているのか不思議ですが、ありがたいことに複数校から、そうしたお声が届いているそうです。しかしグリコードに関して、アメリカ拠点には何の説明もしていなかったので、むしろ会社側の人間が「そのグリコードとは、いったい何なんだ?」と、不思議がっているような状況です(笑)。

※2 2017年7月31日付で英語版を提供開始。
参考)プレスリリース|江崎グリコ株式会社
https://www.glico.com/jp/newscenter/pressrelease/19581/

いつか現れる革新的な競合他社に打ち勝つには

本間:国内はもちろん、海外からも寄せられたポジティブな反応から、お金には換算できない価値、お二人の言葉を借りれば「ブランド価値の上昇」が浮き彫りになりますが、こうした施策を実現した今、今後の野望は?

玉井:やはりグリコードの取っかかりとなった最初のミッション、「デジタルの活用」に関しては今後も変わらない課題です。デジタルの活用が不可欠になりつつあるなど、世の中の流れに敏感でいるべきなのが広告担当の人間ですし、敏感であればこそ、その流れを取り入れて世の中とコミュニケーションしていくことが、私たち最大の役目です。

デジタル業界の勢いは、言うまでもなく凄まじい。Amazonはウォルマートを脅かしていますし、Netflixは事実上、ブロックバスターを潰してしまった。Airbnbはまだ、ホテル業界を潰してはいませんが、その可能性は大いにあります。そこで私が危惧しているのは、「同じことが食品業界に起こったら、弊社は生き残れるのか?」ということです。その、いつか現れる革新的な競合他社に打ち勝つには、自社から新しいことを始めなくてはいけません。そのスタートがグリコードであり、今後も意外なインパクトを与えられるようなチャレンジを続けていきたいと考えています。

番外編:イノベーティブな企画を実現するチームづくり

「コードアワード2017」オフィシャルガイドブックに掲載された本編に続く【番外編】では、グリコードによって見えた「お菓子と子どもの関係性」の新たな社会的課題、イノベーティブな企画を通すことができたポイントや、イノベーティブな企画を実現するチームづくりのカギなど、紙面だけでは語りきれなかったインタビューをご紹介します。

「お菓子と子どもの関係性」の新たな社会的課題

本間:これまで非常にポジティブなお話を聞かせていただきましたが、何かネガティブな反響は?審査をしていて一つ感じたのは、公立学校のような教育機関って、特定企業の商品を扱うことに拒否反応を示しますよね。それがグリコードでは、教室の机に「ポッキー」が広げられている。普通に考えれば、ちょっと有り得ない。

玉井:そうした観点で言いますと、ネガティブというか、リリース後に気付かされたのが「グリコードは今のままでは義務教育の現場では、使用できない」ということです。今、実際に小学校の授業で使用いただいていますが、これはあくまでも課外授業であって、義務教育の一環ではありません。「では今後、義務教育として使ってもらえるのか」と問うと、答えははっきり、「難しい」と言われています。その理由は特定企業の商品であるからではなく、ただ一つ、アレルギーの問題です。

小池:学年に何十人もいるわけではありませんが、誰かしらが、お菓子の原料にアレルギー反応を起こす可能性が否めない。とくに小学校ではかつて悲しい事故もあったので、今まで認識の甘かった教育機関の人たちが神経質になっている側面もありますし、私たちも当然考えなければなりません。

本間:するとグリコードがきっかけとなり、「お菓子と子どもの関係性」について、新たな課題が見えたとも言えそうですね。

玉井:まさにその通りです。まだ詳しくお話しできる段階ではありませんが、今後の重要課題として、すでに手を打ち始めています(※3)。義務教育の現場で使用できるかという問題だけでなく、同じことがご家庭でも起きますし、「アレルギーを抱えるお子さんに対して、どうアプローチできるのか?」という模索は、グリコードを企画したときと同じく、社会的な課題への取り組みにもつながるはずです。

※3 小学校義務教育課程の授業用として「グリコード」学習用キットを配布
参考)ニュースリリース|江崎グリコ株式会社
https://www.glico.com/assets/files/20170731-NR-glicode_J-2.pdf

イノベーティブな企画を実現するチームへの信頼と「楽しさ」

本間:あらためて、このイノベーティブな企画を通すことができたポイントを振り返ってみると? 戦略的な資料作りの他にも、何かポイントがあったのでは?

玉井:そうですね。プレゼンに関しては最初の段階から一貫して、とにかく作った資料を見せることに重きを置いていました。当然、上層部は、プログラミング教育を経ている人間ではありませんし、デジタルについても詳しくありません。ですから実際にアプリを見せるのなんて、毎回、5秒くらいですよ(笑)。その分、先ほどお話ししたような「ブランド価値の上昇」と「その裏付け」については毎回、丁寧に説明していました。作成したパワーポイントの資料で、プレゼン内容のほぼすべてを説明しきるイメージです。

本間:コードアワードのテーマでもある、「エクスペリエンスプロデュース」とか、「エクスペリエンスマネージメント」の表現を理解することって、どこの企業も相当、悩まされていますが、なるほど、アプリに関しては「見せない」という選択ね(笑)。

玉井:そうした体験の面白さに関しては、制作サイドの皆さんに「とにかく楽しんで作ってください」と伝えていました。そこで私が実際にプレイしてみて、面白ければOK。開発が進むごとに上層部の確認を経ていては、話が進みません。だからアプリの実装に関しては、「私に任せてくださいよ」という姿勢ですね(笑)。

小池:私たち制作サイドに対する信頼の大きさが、グリコさんらしさですよね。「お菓子の会社」と聞くと、悲しい顔をしながらお菓子を作っているイメージは、どうしても湧かないじゃないですか。湧かないですし、ニコニコしながらお菓子を作っていてほしい。そうした楽しいもの、人を喜ばせるものを作り続けている企業には「作る側も楽しまなければ」という意識が根付いていると、今回、あらためて感じさせていただきました。

本間:制作サイドへの厚い信頼。施策による新たな体験の提供や創造性はもちろん、それを作り上げた「チームも評価していこう」というのが、コードアワードの大きなテーマです。今回のお話を聞いて、その2つが見事に実現された施策であり、チームだと実感しました。まさにグランプリにふさわしい! 次回の施策に続く玉井さんの大いなる野望についても、期待しています。

コードアワード

オリジナル記事:プログラミング教育を「楽しい体験」へ―「コードアワード2017」グランプリ受賞作品『GLICODE(R)』開発秘話インタビュー(2017/8/2)

オリジナル記事:【番外編】イノベーティブな企画を実現するチームづくり―「コードアワード2017」グランプリ受賞作品『GLICODE(R)』開発秘話インタビュー(2017/8/2)

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