【仕事術】会議を飛び出せ! チームを一体化! 合意形成ワークショップのススメ by 森田雄氏+清水誠氏+安藤昌也氏
サイトのこの部分にやっぱりこの機能があるといいよね。
それ、俺の考えているユーザーと違うんだよね。
Webサイトのリニューアルやコンテンツ、アプリのUIにしても、会議で決定したはずなのに、後になって上司からこんな声が……。「今どきそんな話」と思うかもしれませんが、現実に起きていることなのです。
こうした問題を防ぐポイントは、合意形成のプロセスにあるといいます。その解決作として有効な手法の1つがワークショップ。コンサルタント、あるいは社内の人間としてワークショップを実践してきた、3氏に経験を語ってもらいました。
- 実践ペルソナ: 森田 雄 氏
- コンセプトダイアグラム: 清水 誠 氏
- UXDコンセプトシート: 安藤 昌也 氏
森田 雄 氏、清水 誠 氏、安藤 昌也 氏、それぞれが実践しているワークショップ手法を体験しながら学ぶ「UXワークショップ講座」を開催します。最新の開催情報は記事の最後をご覧ください。
ワークショップでチームの一体感が高まる
――森田さんは、Webサイトのリニューアルやデザインなどで、ワークショップを行うそうですね。クライアントとの仕事でワークショップを導入する理由はなんでしょうか。
森田僕がクライアントとワークショップをやるのは、ペルソナやターゲットの整理、カスタマージャーニーを作るときですね。プロジェクト進行前のフェーズ、最初の方針について合意形成するためにやっています。
昨今は、クライアントからユーザーに寄り添ってデザインを考えたいといった要望があるので、「そのユーザーは誰なのか?」というのを明確にして、「自分には使いづらい」といった個人的な話が繰り返されるケースを減らす意味もあります。
決まったことを蒸し返して議論する時間が減るので、本来やるべきことに注力できるようになります。
――会議で打ち合わせするのとワークショップ形式では、理解度が違うものですか。
森田現場チームの意識や一体感は明らかに高まりますね。
現実として、新しい要件が急に増えるということがあると思います。プロダクトの骨子に影響が出るようなこともありますが、「ほかのサービスで見つけた機能が面白いから追加しよう」みたいな動機だったりするわけです。
開発チームは、最初に合意して進めていることに加えて新しい作業が増えるから、作業時間が減って品質が下がる。合意した要件を確実に作っていくべきところが、その他のビジネス要件で品質が下がってしまうことが起きています。本当は、「始めに設定したペルソナは、その機能を使うのか?」という判断がしたいのに、機能優先で実装が決定されてしまう。
でも、ワークショップを経ていると、その場の思いつきによる方針変更よりもペルソナを重視するチームの意識ができているので、そうしたことが起きにくくなるといえますし、もし起きてしまっても「これは社長の決定だ」という一体感は残ります(笑)。
ワークショップを経ていると、その場の思いつきによる方針変更よりもペルソナを重視するチームの意識ができている。
――安藤さん、清水さんも同じような経験はありますか。
安藤確かに、そういった勝手な都合で変わることはありますね。
僕は、部分的にコンサルタントとして入っていくことが多いので、実際に出くわすことはあまりないですが、前提として決めていたはずのことを、誰かの一言でブルドーザーのようにさらわれないようにする方法を考えています。
ユーザー調査は正しいけれど、それを具体化するアイデアの良し悪しや見せ方で、調査結果まで消されてしまうことがあります。たとえば、アイデアの枠組みはあっているけど、詳細がいまいちだとか。そうならないような手法を作っています。
清水僕も近いですね。自分の方法論を発展させながら、それに興味があるクライアントと一緒にワークショップをやりながら伝えていく。僕のコンセプトダイアグラム※1は概念的なモノを作るので、後になって言っていたこととぶれることは、あまりないですね。
コンセプトダイアグラムは、「こういう人たちに、こうなってもらえれば、ビジネスとしても成功するし、企業理念も達成できる」ということを描くもので、カスタマージャーニーよりも戦略を図解することに近い。
描く視点はカスタマーだけど、裏返すと企業側の思惑があり、両者がマッチして、図解するとビジネス視点と顧客視点で何が足りなかったのか、気づきを得られます。
※1 コンセプトダイアグラム:企業が望む顧客の行動や態度の変化をステップに分解し、その変化を促進するために行う施策の位置づけや関係性を具体化するための図解(ダイアグラム)手法。
参考記事:PVやUUにとらわれない図解でわかる分析手法「ビジュアルWeb解析」の活用3ステップ
――清水さんがコンセプトダイアグラムの手法を使い始めたきっかけは?
清水最初は自分用に書いていたメモでした。でもそれを他の人に見せるとわかりやすいし、一緒に作るともっと良いモノができると気づいて、ワークショップをやるようになりました。
概念は見えないからこそ、ふわふわしている。世の中を良くしたいという企業理念があっても、話が大きくてふわっとしていて、結局、誰もわからないことがある。それを、たとえば「顧客にとっての暮らしのパートナーになる」というわかりやすいものに、ワークショップで具体化していきます。
概念は見えないからこそ、ふわふわしている。誰にとってもわかりやすいものに、ワークショップで具体化していく。
安藤僕が企業に入ってコンサルティングをするときは、ユーザーを理解するためにワークショップを必ずやっています。「KA法」※2というユーザーの体験価値を分析する手法を使い、ユーザーにとって本当の体験価値を創出します。そこで必ず部長クラスの人にも参加してもらうんです。
たとえば、自動車メーカーでユーザーインタビューをすると、「やっぱり車を買うならトヨタ」と言う人がでてきます。でも、部長クラスの人とかが、「品質の良い車を提供する価値」と言ってしまう。そこでは、ユーザーの価値を分析しているのだから、本来は「提供」や「品質」という言葉は入ってこないはずなんです。
「顧客視点が大切」と多くの企業は言ってはいるけど、実際にそうするのは大変なこと。ワークショップを繰り返しやってもらい、分析プロセスを経験してもらうことで、頭だけでなく、肌で顧客視点を持つことを経験してもらいます。
顧客視点は言葉にするよりずっと難しい
――裁量のある人たちに、いかに自分たちが会社視点だったのかを気づいてもらう。ワークショップによって意識は変わりますか。
安藤ユーザー理解のプロセスを経験していると変わります。納品タイプのコンサルティングとして結果をまとめていくと、「違うんじゃないの?」と切り捨てられることもある。でも、ワークショップを経ていると、そうしたことがなくなります。
ユーザー理解のプロセスを体験しているからこそ、顧客視点になることの難しさがわかる。
部長クラスの人たちって、ボトムアップで結果が上がってきても、「これは何だ?」という感じがして、自分の成功体験をベースに語りたくなってしまうんですね。ところが、ユーザーの言葉を分析した経験があると、自分の成功体験にないことでも、「そういう考え方があるものだ」と納得できるようになる。
ただ、役員クラスまではワークショップに参加していないので、最後にブルドーザーでさらわれることもあります(笑)。
森田さっきの僕の説明も同じで、ペルソナを作るときは関係者が脳内で描いている「脳内ペルソナ」を出してもらいます。ざっくりいうと、脳内ペルソナの最大公約数を明文化するということです。
現場の人も、営業も、部長も、それぞれが思い描く脳内ペルソナがいるので、それをワークショップで出してもらい、整理してドキュメント化する。できあがったペルソナは、関係者にとって腑に落ちるという点で受け入れやすいものになります。
たとえば、「30代女性がターゲット」だと言っても、人によっては31歳を想像したり、38歳を想像したりする。そういう人によってバラバラな、ふわっとしていた概念を明文化することで、「今まで31歳と思っていたけど、実は38歳のこの人でも同じだな」と腹落ちするようになります。
これは、実在のユーザーを調査して作るという本来のペルソナとはちょっと違って、プラグマティックペルソナの類いになるのですが、目的は合意形成なのでいいんです。
――現場で実践してきたペルソナ手法なんですね。森田さんと、清水さんが得意なワークショップは、ぼんやりとした概念的なことを、みんなで具体化して合意と共通認識を作る。
森田僕の場合は、そのときに作るのがペルソナやカスタマージャーニーマップだということで、何でもワークショップにしているわけではないですね。
――安藤さんがワークショップをする目的は、実際のプロセスを体験することで気づきを得てもらうことが大きいのでしょうか。
安藤僕が実際のプロジェクトでワークショップを使うときは、調査をして「価値マップ」というのを作ります。ワークショップ的にアイデアを出し、アイデアの方向性を見いだしながらプロトタイピングをして、成果物そのものを企業と一緒に作り出していく。
ただ、目的によって、モノを作ることが大事な場合もあれば、先ほどの部長クラスのユーザー理解のように、作業を理解して成果物をちゃんと使ってもらうためにやることもあります。
たとえば、以前に東芝デザインセンターのUXデザインコンセプトを一緒に作ったことがあります。これは、清水さんが言っていた話と近くて、東芝が会社として自分たちの製品の体験をどう捉えるのか、企業全体のレベルでビジョンとデザインの方向性を整合させようとしているモデル。非常に抽象度が高いけれど、プロセスに落とし込んでいます。
――コンサルタントとして入って調査をまとめるのと、ワークショップでまとめるのと、結果は違うものですか。
安藤東芝は大企業ですから、会社全体のUXを作るといっても難しい。そこで、会社の人たちが持っているDNAを表現してもらうスタイルで、「東芝はどんな会社なのか」「何を顧客に提供してきたのか」など、デザインセンターのみなさんがコンセプトを作る手伝いをしました。
これらの答えは僕の中に一切ないので、会社の人たちに出してもらうしかない。ワークショップ形式で進めると相互作用があり、みなさん自身が見えてくる瞬間があるので、その作業を通じて会社のDNAを徐々に理解していきます。規模感は違うけれど、抽象度が高いことをやっているのは清水さんと同じですね。
森田一緒に整理する作業をしているからこそ、腑に落ちるということはありますね。一緒にやらず順番にヒアリングして最大公約数的なペルソナを作ると、後で必ず「自分の思っているのとは違う」と言う人が出てくると思う(笑)。
安藤だったら始めから参加して言ってくれればいいのにと(笑)。でも、ワークショップで意見を出し合うと腹落ちしてくれる。
ペルソナが間違っていても、軌道修正の根拠になればいい
――ワークショップで関係者全員が自分の意見を言って納得したから、そこで生まれたペルソナも納得して使えるはずだと。
森田現実的には、僕の手法では「まず共通認識を定める」ので、作ったペルソナはその後、実際のユーザーの姿に合わせて調整していきます。
リリース後に実際のユーザーと違う場合もありますが、それでもいいと僕は考えているんです。差分が明確になるからです。「自分たちはこういうユーザー像を前提にデザインしてきたけど、実際のユーザーはこういうふうに違った」ということがわかれば、何が間違っていたのか検証できる。
本物のユーザーをペルソナで作るという話になると、いつまでたってもリリースできない。間違っていてもいいから、まず中の人たちが描いている脳内ペルソナを1つに決めて合意形成する。これは、リリースまでのスピードを上げる目的もあります。
安藤僕は立場上、推奨はできない方法ですけど、面白いですね(笑)。
森田KPIの設定も永遠の課題。たとえば、目標を「●●の達成20%」にしたとして、その20%は何を根拠にしているのか。「こういうユーザーなら20%は使うはず」という前提でKPIを設定しても、ぜんぜん届かないこともある。真の答えはリリースしてみないとわからないけど、調査をして、そのユーザーがほとんどいないことがわかれば修正できます。
たとえ作ったペルソナが間違っていたとしても、実際のユーザー像と違うことがわかれば修正できる。
――清水さんのコンセプトダイアグラムも、KPIを設定して図解していくんですよね。
清水僕は、「最終的にデータへ落とし込めないものは存在しないことと一緒」だと思っています。データで表現できるからこそ、初めて真実がわかるし、客観的に見えるようになる。だから、合意形成自体はそれほど重視していない。
安藤今の2人の話は、仮説を合意するという意味もありますね。合意というと、経営判断のような重たそうな感じがするけれど、ここで言っているのは「この仮説のユーザーでいこう」というレベルの合意。
――立てた仮説に合意してリリースをして、あとで検証できる数値に落とし込んでおく。
清水どういうデータで表現するのかは大事ですね。そこは事前に握っておきます。僕の場合は、効果測定とかテクニカルな部分もあるので、ワークショップでやりながら最終的に僕が決めてしまうことが多い。
安藤UXデザイン(UXD)は、ともすると手法の話になってしまうけど、しっかりとした仮説を作っておけば、リリース後に修正したり、本物に近づけていったりできます。けれど、基準がなければ、本物との乖離が測れなくて近づきようがない。
基準がなければ、本物に近づけていくことはできない。
――真の正解に1回でたどり着くことはないというのが大前提だと。
森田仮説という言葉を使うと、「それって仮説でしょう?」という謎の反論があって進まないことがありますよね(笑)。だから僕は、それをペルソナの振る舞いとして決めてしまう。そのペルソナはあくまで仮説で、仮に1人も存在しないとしても、みんなが脳内ペルソナを出し合って、みんなが腑に落ちる基準を作れればいい。
だから、僕は誰かが考えて作ったペルソナというのには否定的で、そうしたものは結局使われないペルソナになってしまうと考えています。それよりは、ワークショップで作った最大公約数的なペルソナの方が使ってもらえるし、各自の意見が反映されているから納得してもらえます。
――まずは基準を作ることが第一。それがなければ成功もわからないし、修正もできないと。
森田もう1つポイントとして、ペルソナを持っていることが予算の防波堤になることがあります。
たとえば、ユーザビリティテストをすると、「このハートマークのボタンはラベルがないから、何の機能かわからなくてダメだ」とか、通り一辺倒なテスト結果が帰ってくることがあります。その結果、それならラベルを付けるべきだと、簡単にデザイン変更の話になってデザイン品質が落ちていくんですが、テスト結果に出ているから反論できない。
だけど、「ペルソナは、FacebookやInstagramを使っているから、ハートマークにラベルがなくても意味がわかる」という前提があれば、テスト結果はユーザビリティのルール上は正しいかもしれないけど、今回は関係ないことだと根拠を持って反論できる。きちんと合意したペルソナを持っていることで、「これは必要ない」「これはやるべきだ」と、優先順位を決められます。これは、そのまま予算の割り振りにも影響があるわけです。
関係者で合意したペルソナを持っていれば、ペルソナをもとに優先順位を決められる。
ペルソナの心の声を聞くUXDコンセプトシート
――安藤さんは、さまざまなワークショップのメソッドをご存じだと思いますが、実践するなかで、特別に得意な方法はあるんでしょうか。
安藤僕は、UXDに関わるワークショップを一通りできますが、製造業をサポートするケースが多いですね。
製造業では使うシナリオが重要です。実は、ペルソナとカスタマージャーニーがあって、それを達成するためのアイデアができていたとしても、シナリオ(文章)を書くときになると、ペルソナに尾ひれが付いて思い込みの体験ができあがってしまうことがよくあります。
それをしっかり制御しようと「UXDコンセプトシート」を作りました。これ自体は単なるまとめシートなんですが、ペルソナとアイデアが載っています。
書かれているアイデアは瞬間的なアイデアなので、「使う前」「使っている最中」「使った後」のペルソナの心の声を書きます。その心の声になるように体験を作っていくだけなんですが、実はこれができない。アイデアは製品を機能イメージしているから思いつくんですが、ユーザーの心の声を書くことができないんです。
うちの学生もそうなんですが、サービスシナリオを作るときに会員登録から書き出すことがあります。「これをやるには、まず会員登録が必要だ」と機能から入ってしまい、カスタマージャーニーも会員登録から始まっているんです。
でも、その人は会員登録をしたいわけではなく、何か達成したいことがあるわけですよね。それを考えるために、一度ユーザーの心の声に戻して、その声を体験に展開していく。こういうのをワークショップでやるのも面白いですね。
ソーシャルもやってます!