企業ホームページ運営の心得

ある広告代理店の死に学ぶ。ネットビジネスが抱える内製化のリスク

内製化は外注コストの削減にはつながりますが、自社サイトやサービスの運営コストはタダではありません
Web 2.0時代のド素人Web担当者におくる 企業ホームページ運営の心得

コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。

宮脇 睦(有限会社アズモード)

心得其の446

経営を巡るアノマリー

thall/iStock/Thinkstock

自社ビルを建てると事業が傾く」とは、昭和時代から語り継がれた経営論におけるアノマリー(根拠のない経験則)ですが、営業の師匠には「自社ビルを建てた会社との取引は注意しろ」と脅されたものです。くだらぬひがみや偶然の類と思っていたら、その後、当てはまる企業をいくつか知ることになります。

その1つが、首都圏近郊のとある広告代理店。名前は差し控えN社としますが、資金繰りに行き詰まり、事実上の倒産状態となります。実は、会社員時代からよく知る企業で、その先見性を密かに「ロールモデル」としていました。しかし、今回この訃報に接し調べてみると、倒産は自社ビルだけではなく、ネットビジネスにおける「内製化」にもあると気がつきます。

見事な先見性

N社は、独立系の広告代理店として産声を上げ、バブル経済が崩壊するまで拡大路線を突っ走りましたが、泡沫の夢はほどなくはじけて消えます。ただし、折込チラシなどの地域広告はおおむね低予算で、その直後から訪れる「デフレ経済」によって躍進します。そして普及期に入った「DTP」をN社は追い風とします。

職人の技術をコンピュータが代替する「DTP」によって、社内で完結する「デザインの内製化」を実現します。そこから簡易印刷機を始め、デジタル系の出力機器を揃えた、いまの「キンコーズ」のような店舗をいち早く出店し事業化しました。そんなN社にとってネットへの進出は必然。ネット専業の子会社を立ち上げます。

ネットビジネスアノマリー

21世紀の声を聞くころには、当時は珍しかった「地域ポータルサイト」を立ち上げます。既存の広告主とも連動した情報提供は画期的で、同様の企画を考え独立しながら、先を越された私はじだんだを踏みます。会社という組織の機動力は、個人が太刀打ちできるものではなく、軌道修正を余儀なくされましたが、結果論として幸運で現在に至ります。

その後も、N社の動向を追い掛けていました。しかし、不動産、印刷、広告の各種ポータルに連動したショッピングモール、さらにアイデアグッズの販売と、手を広げている姿を懸念していました。「快進撃」ではなく、苦し紛れと見ていたからです。

ネットビジネスのアノマリーに「一点突破、全面展開」というものがあります。ブレイクするネットサービスや企業において、なにか1つがバカ当たりし、連動して他に火がつくことはあっても、多面的に展開するサービスが徐々に伸びて、全体を押し上げることはないからです。

幅広くさまざまなサービスを手がけるのは、そのどれも決定打になっていない可能性が高いのです。そして、N社が自社ビルを建てたのはこのころです。

人件費という原価

ネット事業の技術力にも首をひねるところが多数ありました。ここ数年に制作された「実績」でありながら、「フレーム構造」のサイトや「制作中」のまま放置されたページ、なによりN社のトップページに「スライドショー」でこと足りる「フラッシュ動画」が設置されていたのです。

しっかりと制作費用を請求できる案件は外注に発注し、それができない案件は社内で対応していたと見ています。なぜなら、N社はホームページ制作も商品ラインアップに並べていますが、その料金は、駆け出しの個人事業主でも二の足を踏むほど安価だったからです。

DTPにおける内製化の成功体験が、悪い形で表出したのでしょう。内製化は低価格で迅速な対応を可能とし、技術を集積する効果を期待できます。一方、本来はWeb制作現場の「原価」に属する人件費を「販管費」に振り替えてしまい、人件費ベースでの赤字が見つかりにくくなるのです。その結果、経営判断を誤らせることがあります。

情報源としての価値

N社が運営していた地域ポータルサイトは、出店企業が月額3千円を支払う形で運営されていました。100社のクライアントが集まれば、月額3千円でも30万円の売り上げとなります。しかし、個人事業ならともかく、会社組織として、30万円の売り上げで支払える人件費はせいぜい15万円ほど。この報酬で、毎月100社のメンテナンスは現実的ではない、というより、そもそも制度設計時に人件費を考慮していなかった証です。

ポータル利用者の目線に立てば、100店舗ぐらいでは情報源としての価値は乏しく、目新しさが過ぎれば利用されなくなるのです。これも「内製化」のデメリットの1つ。「社内」の都合だけでサービスを構築すると、ユーザーの利便性が置き去りにされてしまいます。

マネタイズという発想

地域ポータルに貼られたバナーは、アフィリエイトプログラムのものでしたが、その報酬と推定アクセス数から、毎月数万円すらも難しく、厳しい言い方になりますが、すべてにおいて「マネタイズ(現金化)」への取り組みが不十分だったのです。

仮に最初からすべて「外注」で取り組んでいたら、毎月、毎回発生する「コスト」に敏感となり、もっと早い段階でコスト削減なり、収益構造の再設計の必要性に気がついたことでしょう。あるいはコスト意識の高い、一線級のWeb担当者を採用するといった方法もありました。ところが、中途半端な内製化がこうした選択を遠ざけます。苦しいながらも現状維持ができる限り、それまでの環境を継続したくなるのが人間だもの……ということです。

もちろん、内製化が悪いわけではありません。しかし、Webサイトからの「収益」を求めるなら、どのサービスでいくら売り上げ、かかる人件費と経費はいくらになるかという計算が不可欠だということです。ネットで収益を得ようとしながら破綻したN社の事例は、前回の「リアル」と対を成します。

今回のポイント

Web制作の人件費は経費

「内製」のコストは盲点となりがち

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