「Web担当者は顧客の体験を変える最前線にいる」ロフトワークとオラクルが示す、カスタマージャーニーマップ&CXの未来
メディアやデバイスの多様化により、ユーザーの購買プロセスにおける企業とのタッチポイントとして、Webでの「顧客体験」は、ますます重要になっている。
「Webにおける最適なカスタマーエクスペリエンス(CX)の提供」と「CX全体を可視化するカスタマージャーニーマップ(CJM)」をテーマに開催したセミナーで語られたポイントをレポートする。
日本オラクルとロフトワークは、セミナー「カスタマージャーニーマップ&CX最前線」を2015年8月21日に開催した。セミナーでは、ロフトワークの諏訪光洋氏、日本オラクルの田澤孝之氏、本誌編集長の安田英久が登壇した。
- CXの基本となる「ユーザー理解」
- CXをデザインするためのフレームワーク「デザイン・シンキング」
- CJMの具体的な活用方法
この3つのテーマを語ったそれぞれのセッションの内容をお届けする。
“すばらしい”エクスペリエンスを実現するために大切な「顧客理解」のキホン
安田は、CX実現の基本にある「顧客理解」と、実際にWeb担当者Forumが読者を理解することで、顧客体験をどのように変えていったのか、その取り組みを紹介した。
まず、顧客理解の最初のステップとして、安田は「良い」と「すばらしい」の違いを問いかけ、両者の違いは、顧客の事前期待を超えていたかどうかにあると語る。
「顧客の事前期待への応え方には2種類ある。1つは『事前期待を満たすこと』で、これは満たさないと顧客にがっかりされ、マイナス評価につながる。もう1つは『事前期待を超えること』で、これはおどろきを与え、“すばらしい”という評価につながる
」(安田)
顧客の事前期待を超えるためには、顧客を理解する必要がある。安田は、実際にWeb担当者Forumのペルソナを作った経験から、自分たちが想定していた「読者像」と、ユーザー調査とその結果から得られたペルソナ(顧客像)に大きな乖離があったという体験を語った。
「当初に想定していた読者像は、『Webを活用してビジネスを進めたいと考え、好きなWeb関連の情報を積極的に収集する企業のWeb担当者』というものだった。
しかし、ペルソナ作りにあたって、実際に生の読者にデプスインタビューを行った結果から見えてきた読者の姿は、そうではなかった。Webに対して熱心な人ばかりではなく、『特にWebが好きで興味があるというわけではない』『組織で働く以上、上司に聞かれて知らないと言えないから情報を調べる』という人もいた
」(安田)
ペルソナ作成のために行ったユーザー中心設計のための調査から、見えていなかった顧客のマインドや潜在ニーズが見えてきた。
ペルソナとは、顧客像を関係者(ステークホルダー)で共有するためのツールだ。
安田は、この事例ではペルソナ作成のために行った顧客理解の過程において、潜在的な顧客のマインドやニーズが見えてきたことに大きな価値があったのだという。そして、顧客理解を行うための手法はペルソナ作成以外にもあることを注意したうえで、解説を続ける。
ペルソナによるユーザーモデリングは、顧客セグメントを明確にし、CXの優先度を決めていくためのプロセスだと言い換えることができる。
「仮想的なユーザー=ペルソナがメンバー全員で明確に共有されると、“その人だったらどう思うだろうか?”という視点で、サイト作りのさまざまな判断ができるようになる。
しかし、ペルソナとは、関係者の意見を擦り合わせて、理想のユーザー像を具体化したものではない。あくまで、定量データからセグメント化して、定性調査を繰り返してデータを浮かび上がらせて作るものということを忘れないでほしい
。
間違った情報を元にペルソナを作ると、全社一丸となって間違ったデザインに向かってしまう
」(安田)
顧客の事前期待を満たすだけでなく、それを超えることで、おどろきを与え、“すばらしい”という評価につながる。
顧客理解のための調査手法は専門的なノウハウをともなうため、初めて取り組む場合はユーザー中心設計の専門家に依頼するべきだと、デプスインタビューにおいて自らが犯してしまった失敗を紹介しながら安田は解説する。
そのうえで、「とはいえ予算の都合もある。自分たちでやる場合には『ユーザー中心ウェブビジネス戦略』などの書籍をしっかりと読めば、プロのノウハウが書かれているので参考になる
」と、自らも参考にしている書籍を紹介した。
最後に安田は、正しい顧客理解に基づき、顧客の事前期待を超えるすばらしいCXを実現していってほしいと語り、セッションを締めくくった。
なお、実際のペルソナ作りについては、以下の記事が参考になる。
CX全体を可視化し、多くの関係者を結び付けるツール「CJM」で、新しい顧客体験を作っていこう
SNSやモバイルの普及により、購買行動の中でWebが果たす役割はますます大きくなっており、Webは購買決定の重要な情報源となっている。しかし、それが顧客体験のすべてではない。
続いて登壇した諏訪氏は、「WebサイトはCX全体の一部でしかない」とし、「Web以外」の重要性について語った。
「顧客の体験には、Web担当者ではコントロールできない外部要因が存在する。そこで、私たちは、顧客体験全体を最適化していく必要がある
」(諏訪氏)
ロフトワークでは、ここ数年、CJMを用いたCXの可視化に取り組んでおり、石川県七尾市にある和倉温泉「加賀屋」の外国人旅行者向け多言語Webサイト制作などの事例がある。
諏訪氏は、CJMの機能や役割について、以下のように説明した。
「企業やサービス事業者は、顧客体験全体をコントロールすることはできないが、そこにどんな要素があるかを知ることは大事だ。
CJMは、『顧客へのサービスの最適化を行い、新規ビジネスの道筋を作るためのツール』だといえる。CJMは、ビジネス戦略を策定する関係者の中心にあって共有され、かつ、Web、データ、スマートフォンなど、さまざまなチャネルとビジネス戦略を結び付ける役割を果たす
」(諏訪氏)
続いて、諏訪氏は、ロフトワークのCXデザインの取り組みを2つ紹介した。1つ目は、2014年から行っている「XPD」というイベントだ。これは、商品やサービスだけでなく、体験をどうデザインするかという観点からCXの今について考えるものだ。
CJMは、顧客へのサービスの最適化を行い、新規ビジネスの道筋を作るためのツール。
さまざまなチャネルとビジネス戦略を結び付ける役割を果たす。
「今春の『XPD 2015 Spring』では、VAIOの商品プロデューサーである伊藤好文氏に登壇いただき、漫画家をはじめとするクリエイターと向き合い、彼らがどうしたらタブレットを使いやすくできるか、商品かプロセスを通じてサービスデザイン、デザイン思考のためのノウハウやメソッドを披露してもらった
」(諏訪氏)
2つ目は、経産省が取り組む、JAPANブランドプロデュース支援事業の「MORE THAN プロジェクト」だ。これは、日本の商材・サービスを海外へ届けたい中小企業と、プロデュースチームをマッチングさせ、その活動を支援するものだ。公募で採択されたプロデュースチームには、補助金が交付され、プロジェクトによる情報発信や販路開拓などのサポートが提供される。
「ロフトワークは、プロジェクトの事務局を務めている。プロジェクトでは16のチームが海外で商談を行い、その過程、体験を集積して、Webでオープンにしている。中小企業がCXをどうやって世界に売り込むか、体験を集めてオープンにすることには価値があると、省庁も気づきはじめている
」(諏訪氏)
最後に、諏訪氏は、グーグルで自動運転の開発に取り組むセバスチャン・スラン氏のエピソードを引き、人々の体験を変えることの可能性について述べた。
「セバスチャン・スラン氏は、18歳のときに、仲の良い親友を交通事故で失い、自動運転により運転体験を変えたい、交通事故のない世界を実現したいという思いから研究を開始した。
今までは、一部の天才でしか人々の体験は変えられなかった。スティーブ・ジョブズしかりだ。しかし今は、企業のなかにWebや、ビジネス戦略、IT戦略に携わる多くの人がいて、CJMというツールもある
」(諏訪氏)
Webに関わる人間は、ツールやノウハウ、そしてチーム力を活用し、人々の体験を変えることのできる最前線にいると会場にエールを送り、セッションを終了した。
「CJM」と「デザイン・シンキング」が融合した、オラクルの「デザイニングCX」の実践メソッド
最後に登壇した田澤氏は、顧客視点でビジネスの価値を考えてCX全体をデザインするためのフレームワーク「デザイン・シンキング」と、CX全体を可視化するCJMの具体的な活用方法について語った。
「インターネットの比較サイトやSNSなど、チャネルが多様化し、顧客はネットで調べて、最安値を見て、リアル店舗で商品を見るという複雑なジャーニーをたどって購買の意思決定をしている。また、購入後も、SNSなどを通じて、情報を発信している。
CJMは、企業とのやり取りと関係性を通し、顧客のプロセス、ニーズを視覚的に認知、表現するためのツールだ
」(田澤氏)
顧客とブランドとのチャネルが複雑化、多様化し、顧客はブラウドとのつながりや経験を通じ、購入の意思決定する傾向がある。では、顧客視点でCXを捉えるために、どのようにCJMを作成していけばよいか。田澤氏は、オラクルで用いられるCJM作成のポイントを紹介した。
「オラクルでは、
- セレクト(ペルソナスケッチ)
- ストラクチャ(ライフタイムスケッチ)
- ストーリライン:ジャーニースケッチ
の3ステップでCJMを作成していく
」(田澤氏)
まず、1点目の「セレクト(ペルソナスケッチ)」については、以下の項目をなるべく具体的に設定する。
- 写真(ペルソナを明確にイメージするために用意することが望ましい)
- 属性情報などのデモグラフィック情報
- 趣味嗜好などのサイコグラフィック情報
そして、ジャーニーのゴールを「ペルソナ視点で」明確に設定することが大事だ。たとえば、商品が「住宅」であれば、顧客のゴールは「家を買うこと」ではなく、「安心、安全に暮らすための場所を得ること」ということになる。
2点目の「ストラクチャ(ライフタイムスケッチ)」は、購入前から購入後のステップを「調査」「選択」「購入」「受け取り」「利用」「維持」「推奨」など8つのステップに分け、構造化していく。
3点目の「ストーリライン(ジャーニースケッチ)」は、構造化されたステップをいくつかのセクションに分け、顧客の立場に経って、それぞれのジャーニーを作っていく。
CJMは、企業とのやり取りと関係性を通し、顧客のプロセス、ニーズを視覚的に認知、表現するためのツール。
オラクルでは、「デザイン・シンキング」のフレームワークを活用して、顧客中心の変革を支援し、イノベーティブなアイデアの創出や構想検討に導くことを目的とした「カスタマーエクスペリエンス ジャーニーマッピング ワークショップ」を展開している。
「学び(顧客の理解と共感)」「デザイン(特定とイノベーション)」「実行(テストとパイロット)」の観点から「顧客にベネフィットを与えるためにはどうしたらいいか」という視点でアイデアや技術を考える「デザイン・シンキング」のフレームワークが取り入れられている。
オラクルの「デザイン・シンキング」は、スタンフォード大学のデザインスクールのエッセンスが盛り込まれており、「洞察」「観察」「共感」を通じてCJMを作成していくのが特徴だ。これに、ビジネスを行ううえで欠かせない
- 有用性(顧客価値)
- 経済的実現性(事業価値)
- 技術的実現性(ソリューション価値)
の観点を加味し、ビジネス戦略を策定していく。
田澤氏は、実際のワークショップがどんなふうに進められるか、イメージに近い実例に即して説明した。
「GEヘルスケアという医療機器メーカーでMRIデザインを担当していたエンジニアのダグ・ディーツ氏の例がある。ダグ氏は、小さな少女がMRI受診を拒み、受信させるために病院側が鎮痛剤を投与している現状を変えるため、MRIのCX改善に乗り出した
」(田澤氏)
ダグ氏は、ペルソナを小学校低学年の女の子(ソフィアちゃん)に設定し、彼女の経験を理解し、感情(態度)を考えた。
経験(行動) | 感情(態度) |
---|---|
初めて病院にいく | 本当に病気なの? |
車で病院に向かう | 学校に行きたい |
受付 | とても心配 |
MRIルームに歩いて向かう | 怖い! |
MRIマシンを見る | 痛いの? |
泣いて抵抗する | お母さん助けて |
鎮静剤を打たれる | ぜったいイヤ! |
嫌々MRIを受診する |
「ペルソナの感情で、問題となる瞬間は『痛いの?』という部分で、泣いて抵抗する態度が改善すべき部分だ。ペルソナのニーズは、『気分が良くなりたい』『安心感を得たい』というもので、ニーズを満たすようなMRIマシンの役割とプロセスを考えていった
」(田澤氏)
結果、MRIマシンは、「お絵かきやキャンプが好き」という、子どもたちが好きなことが体験できる場へとデザインし直された。
「それと同時に、受診票やバッグも、キャンプカードやキャンプ用のバックパックにデザインされた。これにより、ペルソナに『キャンプは好き』『キャンプに来ているみたい』という態度変容が起こり、その結果、スムーズにMRIを受診するように行動が変わっていった
」(田澤氏)
上記の取り組みのポイントは、「着想して、発想して、実現した」点にある。田澤氏は、新たなCXやサービスを「絵に描いた餅」で終わらせず、実現していくためには、新たなテクノロジーの力が必要だと訴えた。そして、オラクルは、「CJM」と「デザイン・シンキング」を組み合わせた「デザイニングCX」を提唱し、顧客の新たなビジネス創出をサポートしていると結び、セッションを終了した。
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