企業のWebサイト活用で成否を分ける“戦略フェーズ”の重要性
カスタマー・エクスペリエンス(CX)における「顧客に価値を提供する」という考え方は、最近になって注目され始めたわけではない。100年前、もっと以前、ビジネスというものが生まれたときから大切だったことだ。
では、なぜ今「CX」という言葉がこれだけフォーカスされているのか。それは「大切だとわかっているが、ちゃんとできていない」というギャップを感じているせいだろう。デジタルという新しいツールによってできることが増え、ユーザー環境が変わったため、そのギャップがさらに広がっている。
良いCXを“実現する”ためのアプローチを、「戦略」「UX」「テクノロジー」という3つの要素に分けて考えていくこの連載、第1回となる今回は、予算やスケジュールの都合から軽視されがちな「戦略フェーズ」の必要性について解説する。
- 第1回 企業のWebサイト活用で成否を分ける“戦略フェーズ”の重要性(この記事)
- 第2回 あの企業サイトはなぜ使いづらい? UXを左右する2大要素
- 第3回 BtoBサイトのCXをより良くするテクノロジー活用5つのポイント
企業サイトの価値を高めるに必要な
「戦略」「UX」「テクノロジー」「オペレーション」の4要素
私がWebの世界に携わるようになったのは、今から15~16年ほど前のことだ。当時はシステムエンジニアとして自社ECサイトの構築に携わっており、それまで対面販売が中心だった数十万点以上にのぼる商材を、インターネットを活用したオンライン販売へとシフトしようとしていた。
取り扱う商材は写真データで、顧客が欲しい写真をすぐに見つけて購入できるようにするにはUX(使いやすさを含むサービス全体の満足感)とテクノロジーのバランスをどうすべきか、デザイナーやマーケティング担当者と日々議論しながら、サイトの開発・運用を試行錯誤していた。
これらの経験を、さまざまな企業がWebを活用するために活かしたいと考えてWebコンサルティングの世界に足を踏み入れたのが約12年前。ここで初めてWeb戦略コンサルタントやUXコンサルタントという人材と出会い、企業サイトの構築に携わることになる。
Web戦略コンサルタントやUXコンサルタントと一緒に仕事をするようになってすぐに感じたことは、「視点の違い」と「異なる視点を持つ人材がチームとして発揮する付加価値の高さ」だった。
たとえば、作られた機能に対して、視点によってとらえ方が違っていた。
システムエンジニア(私):
「要件どおりに作られている」Web戦略コンサルタント:
「ユーザーが行うデータ分析に適した項目の並び順になっていない」UXコンサルタント:
「その画面でユーザーに期待する操作をしてもらうための要素配置になっていない」
当初は、エンジニアの視点ではバグでないものまでバグのような扱いを受けることに多少の戸惑いはあったが、結果としてできあがったサイトやシステムは、ユーザーにとってより高い満足度・価値を提供するものになっており、ビジネス視点・UX視点を絡ませながらサイトやシステムを構築する必要性を痛感した。
その一方で、企業サイトにおけるオペレーションの視点は、私の携わったECサイトと比較すると大きな差があると感じた。つまり、そうしたビジネス視点やUX視点が、ほとんど意識されていなかったのだ。ECサイトでは、運用の初期段階から組織的なオペレーションが行われており、特定個人に依存することなくだれでも一定の質でサービスを提供できるように、業務の標準化・自動化が徹底されていた。
これに対し、企業サイトのオペレーションでは、サイトから問い合わせを受けても回答の質や対応ルールが曖昧で、運用が組織化されておらず特定個人に依存する属人性の高さが常態化していた。
これらの課題は年々改善される傾向にあるが、依然として先に挙げたような状態で運用されているケースは珍しくなく、企業サイト全体でいまだ強化・改善が必要なテーマの1つであるといえる。
私は、これまでの体験や現状から、企業サイトの顧客体験価値を高めるには、「戦略」「UX」「テクノロジー」「オペレーション」という大きな4つの要素を意識すべきだと考える(図1)。
企業サイトにおける顧客体験価値の差はどこから生じているのか?
先に挙げた4つの要素は、企業サイトにとってどれも必須に思えるが、実際には企業間で温度差があり、それが顧客体験価値の差を生み出す原因になっている。
Webサイトを活用しようという意識がありながら、あまり活用がうまくいっていない企業では、下記3点のいずれかが当てはまる。
- 戦略フェーズがあまり重要視されていない
- 戦略、UX、テクノロジーの3つの視点で複合的な検討・調整が行われていない
- オペレーションを行う体制やルールが曖昧・属人的となっている
上記3点のうち、今回は「戦略フェーズがあまり重要視されていない」点について考えてみたい。
戦略フェーズが重視されない背景
戦略フェーズとは、主に下記の点を明確に決めていく段階のことだ。
サイトの目的・ゴールは何か?
- 自社の強みをどのように伝えるのか?
- だれに何をどのように伝え、どのように行動させるのか?
やるべきことは何か? それをどのような優先順位で進めるのか?
実現するためにどのような資源(人、モノ、お金)がどのタイミングで必要となるか?
計画の実現性、投資対効果は見込めるか?
上記はどれも当然のことだが、意外にこれらが曖昧なままサイトが構築・運用されているケースは少なくない。理由としては主に2つ考えられる。
- 戦略の必要性が感じられないため、十分な検討を行わない
- 戦略の必要性はわかっているが、コストがかけられない
戦略フェーズでは、「サイト」という目に見える成果物が出てくるわけではない。にもかかわらず、企業のWeb担当者は、目に見える成果を一定期間内に出すことを求められる。また、多くの企業のWeb主管部門は必要最小限の人数で日々の運用業務に追われている。このような背景から、戦略をじっくり考える必要性があまり感じられず、短期間で成果が目に見えやすい業務を優先的に行っていると考えられる。
また、戦略フェーズの重要性は認識しているが、コストがかけられないといった企業も多い。戦略フェーズでは、サイトそのもののような「だれにでもわかりやすい成果物」が出てくるわけではないため、投資対効果の説明が難しく、上司を説得しづらいというのが大方の理由だろう。
戦略フェーズが重要視されない理由:
「成果が目に見えない」「忙しい」「コストを説明しにくい」
戦略フェーズがあまり重要視されていない背景は、おおむね上記のように推察されるが、果たして本当にそれで良いのだろうか。
ローンチ時が品質のピークとなりがちなサイトリニューアル
企業サイトのリニューアルは、3年から4年ごとに行われているケースが多い。サイトの規模にもよるが、おおむね半年から1年程度の期間をかけて行われている。
この場合、サイトがローンチするまでの期間がプロジェクトとして推進され、期間中に必要となる社内外のリソースがほぼ確保される。近年はプロジェクトの難易度も上がっているが、よほどのことがない限りはローンチまで到達し、目に見える成果(リニューアルされたサイト)が得られる。
問題はここからだ。Web活用がうまくいっている企業では、2~3年後の中期視点でどのようにサイトを運営していくかを考えたうえでサイトをローンチしているので、その後もスムーズに活用が進む。ところが、Web活用がうまくいっていない企業では目先のローンチ(半年~1年後)のことまでしか考えていないため、その後の運用・展開が思うようにいかず当初描いた半分程度の成果しか上がらない。その結果よく耳にするのが、下記のような状況だ。
- 運用/展開時に想定外のコストが発生することがわかった
- 担当者の異動や退職で、できることの幅が狭まった
- 拠点/グループ会社を巻き込むタイミングが遅れ、予定していた投資対効果が出ない
大企業であれば、サイトのリニューアルには数千万円以上が投資される。にもかかわらず、ビジネス視点・中期視点での検討があまりなされない状態でリニューアルが行われ、サイトのローンチをピークとして活用レベルが下がり、当初目論んだ投資対効果が出ない状況となっている(図2)。
ビジネス視点や中期視点の検討が足りないと
リニューアル後の成果は漸減してしまう
戦略フェーズの行い方:
ロードマップは「顧客」「企業」「サイト運営者」の3つの視点で描く
このような状況にならないようにするには、戦略フェーズをどのように行えばいいのだろうか。約3~4か月かけて下記のようなアプローチで戦略フェーズを行うことを、弊社では推奨している(図3)。
まず、さまざまな手法で課題の洗い出しを行う。ここでは、俯瞰視点を心がける。対象が単体サイトであっても、その企業がグループ全体で数十のサイトを持つのであれば、サイト群視点で見た場合の課題(役割が被るサイトはないかなど)がないかを洗い出す。
また、関係者ヒアリングではその企業におけるデジタル活用の可能性を探るためにさまざまな部署の方からじっくりと話を伺い、課題とともに新たな活用の可能性を吸い上げることを意識している。埋もれていたテーマやプロジェクト協力者と出会うのもヒアリングの場であることが多い。
解決の方向性検討では、デジタル活用で先行する同業種や異業種のベストプラクティスやコンテンツ棚卸しの結果などから、その企業におけるデジタル活用の可能性を探っていく。
あるべき姿の検討では、戦略フェーズで検討した内容が「絵に描いた餅」とならぬよう、サイトの役割やターゲットユーザー像の定義、コンテンツ基本戦略に加え、システムや体制・運用面での実現性検討を行っている。
企業サイトのリニューアルを考えるうえで重要テーマの1つであるCMSの必要性検討は、この工程で行っている。想定されるページ規模、更新頻度、製品情報の見せ方、運用体制などから必要性検討を行うのだが、ここでの検討によって「グローバル展開に強い商用CMSが必要」となることもあれば、「情報量・更新頻度的にCMSは不要。ローカル展開時に再検討」といった結論となることもある。
実施計画の策定では、あるべき姿の全体像を元に実現性を踏まえて初年度の実行計画に落とし込んでいく。その際、3か年ロードマップで向こう3年間に行うべき施策を顧客視点、企業視点、サイト運営者の視点から整理しておく。
この3か年ロードマップは、中期でWeb活用を推進していくうえでの道標となる。大企業で関連部署や海外拠点を巻き込みながらWeb活用を推進していくためには、常に半年先、1年先を見据えてアクションを取らないと、実現したいことを然るべきタイミングで行うことは難しい。たとえ概要レベルであっても、中期でどのようにWeb活用を行っていくか見える化しておくことで、関連部署や拠点を巻き込みやすくなる。
加えて、システムやインフラを検討するうえでも中期の方針が見えているのといないのとでは選定・設計時の基準が変わるため、過剰な投資を抑止することにもつながる。
また、最終的にどのようなデザイン/レイアウトとなるのか、トップページを含む主要な数ページを可能な範囲でビジュアルに落とし込み、プロジェクトメンバーが具体的なイメージを持ちながら次フェーズに進めるように心がけている。次フェーズの予算化を行う際にも具体的なページのイメージがあると上司を説得しやすい。
あらためて戦略フェーズの必要性と価値を見直すべき理由
Webインテグレーション業界は、サイトの価値を高めるためにもっと超上流工程(=戦略、企画構想)やプロジェクト管理に力を入れるべきだ。50年以上の歴史があるIT業界では、投資規模が大きくなればなるほど超上流工程やプロジェクト管理を重要視し、その部分に投資をしている。当然ながら投資をした案件の方が資源を効率よく配分できているので、プロジェクトの成功率や投資対効果は高い。
ところが企業サイト/Webシステム構築のプロジェクトでは、投資規模が数千万円~億単位であっても超上流工程やプロジェクト管理はいまだに軽視されている。そのため、この部分に社内リソースや予算が付けられず、プロジェクトの成果が中途半端になっている。
戦略フェーズにかける期間やコストは、サイト構築プロジェクト全体から見れば大した割合にはならない。筆者が過去に手がけた数千万円~億単位の成功プロジェクトの工程別コスト内訳を見ると、戦略フェーズの投資額は、全体コストの10%程度となっている(図4)。
戦略フェーズにしっかりと時間を割くことは、ビジネス視点とユーザー視点のバランスを取りながら、やるべきことと優先順位、資源配分を最適化するだけでなく、サイトを利用する顧客や代理店、従業員といったさまざまなステークホルダーにより高い価値を継続的に提供することにもつながる。戦略フェーズは3か月程度の期間を必要とするが、それに見合うだけの効果は得られるはずだ。
本稿で説明してきたことを参考に、あらためて自社のWeb活用における戦略フェーズの必要性を考えてみていただきたい。
次回は、企業サイトを使いづらくするUXの課題について解説する。
ソーシャルもやってます!