初代編集長ブログ―安田英久

欲しいモノが効率よく手に入る“だけ”のWebなんて、私はご免だね

行きすぎたターゲティングよりも、もっと「偶然に出会える価値」を重視したい
Web担のなかの人

今日は、ターゲティングやパーソナライズと「セレンディピティ」に関する話題。自分なら、行きすぎたターゲティングよりも、もっと「偶然に出会える価値」を重視したい、そう思うのです。

昨今、いわゆる「アドテクノロジー」としてのターゲティング技術が非常に進んできています。顧客の年齢や性別、過去の購買履歴や、さらにはサイト訪問時の検索キーワードやサイト内での行動、ソーシャル関係、同種の人の購買パターンをもとにした推測などの情報によって、「その人が欲しいだろうモノや情報」をレコメンドする手法ですね。

これは販売側の企業としては、顧客の購買を誘う手法としては非常に優れていますし、価値があるものだとは思うのですが、以前からずっと気になっていることがあるのです。

それは、過度なターゲティングが蔓延すると、「偶然の出会い」「事前期待を(良い意味で)裏切る驚き」が減っていくのではないかということです。

自分の人生を考えてみると、「いまの自分」を構成する要素のかなりの部分が「たまたま」に起因しています。バンドでドラムを叩き始めたことも、大学を選んだことも、職業を選んだことも、知人関係も、Web担を立ち上げたことも。

それぞれの要素に何らかの因果関係はありますが、突き詰めると「たまたま」なんですよね。


子どもの頃から私が新聞のなかで一番好きだったのは投書欄です。なぜなら、そこには多種多様な意見があって、記事とは異なる人間の観点が見えていたからです。雑誌でも記事を選び読みすることはあまりせず、最初から順番に見ていくタイプです。そうすることで幅広い情報を目にできますから。

雑誌や新聞には「求めていたもの以外の情報にも触れられる」という点にも価値があると思っています。

しかしWebに目を転じると、Facebookでは「40代向けの栄養食品」「○○大学出身の人向けの求人情報」などの情報が目につき、たまたまセミナー情報のページを見ただけの企業にリターゲティング広告で追いかけられ、ミスクリックしたAmazonの商品に関する情報がメールで送られてきて、どれも「はいはいはいはい」とスルーしてしまいます。

Webがそんな典型的なターゲティングばかりになったり、そうでなくても明らかに自分が欲しがるものの情報の比重が高くなってしまったら、どんなにおもしろくない世界になるでしょうか。


もちろん、私はターゲティング技術がダメだと言っているわけではありません。世の中を良くするすばらしい技術ですし、適切なターゲティングには大賛成です。うまく使えばそもそも関係のないメッセージが減ってコミュニケーションがスッキリします。この方向は、間違いなくもっと多くの企業が利用してしかるべきだと思っています。

でも私は「その人が欲しいモノを効率良く届ける」“だけ”じゃなくて、「想像もしていなかったけど、これいいね」「へー、そういうのもあるんだ、初めて知った」という価値も、併せて重視したいんですよね。

私の好きな言葉に「セレンディピティ」というものがあります。これは「偶然、何らかを発見して出会う能力」のように説明される言葉で、そうした「能力」にフォーカスした言葉だと言われますが、偶然の出会いを促す環境とそうでない環境もあると思います。

今のネットでは、そうした「考えてすらいなかった出会い」はソーシャルメディアの役割なのかもしれません。でも、そうした「事前期待を上回る」「想像を超える」ことを実現できるのは、ソーシャルメディアだけではないはずです。

Web担でも、興味分野に応じたメールやコンテンツを効率良く提供する仕組みの話が出ます。でも本当にやりたいのは、そういった技術もうまく折り込みながらも、ファンの方に「こういう気づきがあるからWeb担は好きなんだよね」と言ってもらえるような、そんなメディアにすることなんですよね。

……それを実現するには、どんな仕組みにするのがいいんでしょうね……。

オチのない主観的なコラムで、具体的な方法論も解決策もありませんが、最近よく考えていることを整理してみました。

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