【小説】CMS導入奮闘記――吉祥寺和男の挑戦

ジャッジするのはクライアント側

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ジャッジするのはクライアント側

ちょうどその頃、吉祥寺は会社の近くのラーメン屋で、瓶ビールと餃子を注文していた。この1週間の間、10時過ぎまで働いて、ラーメン屋で夕食を食べながら頭をリセットして帰宅するというのがお決まりのパターンになっていた。

導入するCMSが決まり、正式にプロジェクトがスタートしてから、忙しさは以前よりも増していた。彼は正直なところ、クライアント側のスタッフがやるべきことがここまで多いとは思ってもみなかった。

彼がまずやらなければならなかったのは、社内の意見のとりまとめだった。リニューアルに対しての要望を再度ヒアリングし、ページごとの更新頻度をある程度決める必要があった。

また、四ツ谷から出されたコンテンツリストの内容確認に関しても、面倒な社内調整が必要だった。このリストは、秋葉原がつくった5000ページに上るページリストを四ツ谷が精査したもので、これを各部署にチェックしてもらったうえで、リニューアル作業のベースにするという手はずになっていた。しかし、日常業務に追われている社内各部署の担当者に作業させるのは容易なことではなく、期限までにすべてのチェックを済ませることは不可能に思われた。

さらに、CMSに関する社内研修の段取りを立てるのも吉祥寺の仕事だった。社内各部署のウェブ運用担当者にCMSの概要を学んでもらい、情報更新の方法を覚えてもらうことは、CMS運用にあたって必須の手続きだった。

吉祥寺の仕事は、主に2つに大別できた。1つは、プロジェクトチームと社内各部署との間の調整弁となること、もう1つは、新しいサイトの方向性を決定していくということである。

「サイトの内容をジャッジするのは、あくまでも吉祥寺さんですから」

国分寺が言ったそんな言葉が思い起こされた。

「どのコンテンツを残し、どのページを捨てるのか。それについて制作側は一切判断できません。また、残すべきコンテンツのうち、どれにプライオリティをおくかを決めるのもクライアントの仕事です」

国分寺はそう言った。言われてみれば確かにその通りだったが、その「ジャッジ」のために必要な情報をすべて収集し吸収するのは、気の遠くなるような作業に思われた。

彼は餃子に箸を伸ばしながら、頭の中で、ファミリー製薬のウェブサイトをリニューアルすることの意義や、自分に課せられたミッションを反芻した。

「ここでひと踏ん張りしないと、これまでやってきたことが、全部無意味になっちまうよな」

吉祥寺はそう自分に言い聞かせると、残っていた餃子をたいらげ、いつものようにそのラーメン屋名物の「泣辛担々麺」を注文した。涙が出るくらい辛いことからつけられたというそのラーメンを食べて「ひと泣き」すると、不思議と明日への活力が湧くような気がするのだった。

「カプサイシンの効果かな?」

彼はそんなことを呟きながら、汗と涙にまみれてラーメンをすすった。

再びまとまったプロジェクトチーム

数日後、国分寺と四ツ谷は、ワイヤーフレームを携えて、ファミリー製薬を訪れた。ワイヤーフレームを見るのは、吉祥寺にとって初めての経験だった。彼がそれまで見てきたのは、すでにデザインとして完成しているウェブページであり、そのデザインができあがるまでにどのような作業が必要とされるのかについては、考えたこともなかった。

「ワイヤーフレームを見れば、画面上での情報構成やユーザーの動きがわかりますし、サイト全体のユーザー導線がどうなっているかを把握することもできます」

そう説明したのは、自ら30パターンを超えるワイヤーフレームを作成した四ツ谷だった。確かに、ワイヤーフレームをつぶさに見ていくうちに、吉祥寺は、どのような情報をページ内にどう格納すべきかというイメージが具体的に湧いてくるのを感じたし、異なるページ間の情報の流れも見えてくるように思えた。このワイヤーフレームに格納していく情報を精査し、よりスムーズな情報閲覧の流れをつくる。そのために必要なのが社内調整なのだとしたら、自分が今やっている繁雑な作業にも確かに意味があると吉祥寺は感じた。

神田もまたイメージをつかみつつあるようだったが、彼女は現場の担当者らしく、より技術的で、かつ具体的な運用場面を想定した質問を国分寺や四ツ谷に投げかけた。その質問には主に四ツ谷が答え、神田はそれに真剣な表情で耳を傾けた。

吉祥寺は、キックオフミーティングの時に生じていた微妙な温度差が徐々に解消されていくのを感じた。国分寺も同じことを感じているようだった。国分寺はミーティングの途中、吉祥寺の顔を見て軽く微笑んでみせた。その表情で、彼女もまたチームが良い方向に進んでいるのを実感していることが吉祥寺にはわかった。

長時間に及ぶ会議の途中、吉祥寺はトイレに立った。「今日はあと1時間くらいで終わらせたいな」。そんなことを考えながら用を足していると、横から

「プロジェクトは順調に進んでますか? 主任」

という声が聞こえた。トイレに入った時には気づかなかったが、吉祥寺と並んで、秋葉原も用を足していたのである。

プロジェクトのスタート――プロジェクトの裏に見え隠れする国分寺の思惑/CMS導入奮闘記#7

いくぶん気まずさを感じながら、吉祥寺は、

「何とか進んでいますが、苦労が絶えません」

と言って、苦笑いした。すると、秋葉原もまた軽く微笑んで

「まあ頑張ってくださいよ。我々の方も環境を整える作業は着々と進めていますから」

と言って、吉祥寺の肩を軽く叩いてトイレを出て行った。

その秋葉原のフランクな態度に吉祥寺は驚いたが、何とか埋めなければならないと考えていた2人の間の溝を、秋葉原の方からほんの少し埋めてくれたことが嬉しくもあった。それは、このプロジェクトの先行きに対する吉兆であるように彼には思えた。

しかし、トイレから出る時、吉祥寺は立ち止まって、ふと考え込んだ。

「そういえば、手を洗っていなかったな、秋葉原さん」

そうひとり呟くと、彼は再び会議室に早足で向かった。

次回予告
第8話 勃発する問題

比較的順調に進んでいたプロジェクトだったが、ある時ひとつの問題が勃発する。発端は営業本部長の日野からのクレームだった。社内有数の実力者の意見を軽んじることはできないと考えた吉祥寺は、チームのメンバーと話し合いながら、解決策を模索する。吉祥寺はこのトラブルを乗り越えることができるのだろうか。

勃発する問題――突然の社内クレーム、召集されるプロジェクトチーム/【小説】CMS導入奮闘記#8
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