コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の壱
ネットで炎上する戸田奈津子を目指す理由
私の名刺には「IT界の戸田奈津子さんになる」と入っています。名刺交換をすると「戸田さん……ですか」と怪訝そうに呟く人が時々います。
インターネットの世界で戸田奈津子さんの「字幕」は「誤訳が多い」とかなり激しくバッシングされており、「ロード・オブ・ザ・リング」の時は「お祭り」騒ぎになっていました。
しかし原語や文法に忠実に翻訳したとして、必ずしもそれが「おもしろい」とは限りません。
たとえば「Son of a bitch(サノバビッチ)!」は「この野郎」といった侮蔑の慣用句ですがこんなシーンならどうでしょうか。
不仲の妻には忠実で自分に懐かないトイ・プードルが、隣の部屋にいる妻の暴言に呼応するかのように唸り声をあげたので「Son of a bitch」と呟きました。「この野郎」と訳すのは芸のない話です。直訳すれば「雌犬の息子」ですから、犬はすべからく「Son of a bitch」です。ならば妻への皮肉をこめて「よく似てやがるぜ」のほうがより登場人物の気持ちを表すことができるのではないでしょうか。
「bitch」はもっと下品な意味で使われており、このシチュエーションはその暗喩も込めたジョークとなりますが、日本人の世俗や習慣の中で理解しやすいように「演出」するのが「字幕屋」の仕事で、時には「狙った誤訳=超訳」もアリだということです。放送大学やNHKの英語講座なら話は別ですがね。
戸田奈津子さんは「確信犯」として「超訳」しています。
そして私も「専門用語」を「超訳」しています。コンピュータ知識の乏しい「素人が腑に落ちる」ように意訳も誤訳もありというスタンスです。専門用語やアルファベットの略称を素人相手に多用するITやコンピュータ業界への皮肉も込めております。
ウェブ?、サイト?、それともホームページ?
インターネット関連の書籍には「ウェブ」「サイト」「ホームページ」の定義が書かれていることが少なくありません。狭義で捉えれば、それぞれまったく別のことを指しますが、世間一般的には混同して使われており、ここに「インターネット」という言葉も加えてほぼ同じ意味で使われているのが「街角IT認知度」です。
ところがなまじ詳しい人ほどこの違いに敏感に反応して、訂正したりウンチクをたれたりします。
しかし、インターネット関連以外のビジネスの現場では、これらの正確な意味の違いは大きな意味を持ちません。これはドコモのカメラ付き携帯のサービス名は「iショット」ですが、Jフォン時代に名付けられた「写メ」や「写メール」が一般的に使われているようにです。
先日携帯電話を消え去っていく運命のTu-kaからauに機種変更をしようとした際、「これはフルブラウザ対応なの?」と店員に尋ねるとまったく伝わりませんでした。そこで「パソコン用のサイトも見られるの?」と問い直すと「あぁPCサイトビューアーですね」と言い直します。厳密には違ったとしても、客にとってはどちらでも良いことです。街角では携帯電話のサービスをすべて「iモード」だと思っている人も少なくありません。最新機種への機種変更が無料になるほどポイントを貯めるヘビーユーザーの私の母がいいました。「あなたのところのホームページ、私の携帯電話のiモードで見られる?」。母の携帯はauです(念のためauはezウェブ)。
「フルブラウザ」と「PCサイトビューアー」、「写メール」と「iショット」の違いにこだわるのは関係者だけです。詳しい人がこだわるほど、利用者は気にしていない(知らない・知る必要を感じない)ことが多くあるのです。
ウェブに詳しい人とそうでない人との温度差が、想像以上にあることを知るのが、上手な「Web担」になるコツかも知れません。
拙著『Web2.0が殺すもの』でも触れていますが、執筆開始時の2006年7月時点で、インターネット・出版業界以外の友人知人から取引先の担当者まで含めて、「Web 2.0」という単語を知っているかとたずねたところ、知っていたのはたった1人でした。
ミクシィが上場され、連動するように大手新聞やテレビニュースが「Web 2.0」と取り上げるようになり、ようやくチラホラと知っている人が表れてきました。
この温度差や伝わり方の違いは、書籍となり「ネットのこちら側」となった梅田望夫さんの大ベストセラー「ウェブ進化論」は知っていても、「あちら側」のグーグルを使ったことのない人がまだまだ多いことに似ています。このサイトをご覧の方には信じられないでしょうが、グーグルを使っていない人、使ったことがない人はまだまだ多いのです。「他の検索サイトでもグーグルの検索エンジンを使っている」という反論があるかも知れませんが、それは「詳しい人」の世界の話で、街角レベルでは「ふ~ん」以上に盛り上がることはありません。
Web担当者の上司は誰だ!
ある団体のウェブの相談の際、担当者を「ホームページ担当です」と紹介されました。コンテンツ作りに話がおよび、どうやらCMSを導入しているようなのでそのことをたずねると、担当者はCMSは理解できなかったようで「勝手にホームページを作ってくれるシステムがあるんです」といいます。厳密に言えば「勝手に」作ってくれるわけではありませんが、担当者の感覚としてはそう思っており、組織の中では「勝手に」でコンセンサスを得ているということです。
この団体で「CMS」を振りかざし、自分はWeb担当で、ホームページではなくコンテンツだといっても社内では通じず空回りしていることでしょう。
ここでは「ホームページ」が一番通りが良く「勝手に作る」が超訳なのです。
IT関連企業以外での「Web担当者の上司」とは、どんな人でしょうか。
旧来型の会社組織はまだまだ多く、上司の決裁がなければ何もできないところも少なくありません。1ページのコンテンツ更新でも担当者と上長の確認がなければ「公開」できない企業もあります。
はてさて「CMS」だ「Web 2.0」だと、上司の知らない(わからない)言葉を使って仕事がうまく進められるでしょうか?
『文芸春秋2006年8月号』にあった梅田望夫さんのインタビュー記事で、若い読者が十冊まとめ買いして職場の上司や親に「これが私の考えていることです」と配ったとありました。親だったらともかく、私が上司なら激高してこう言うでしょう。
「上司に言いたいことがあるなら、自分の言葉でまとめてこい!」と。
本を上司に渡して「これが私の考えです」といい「読書」を強制するのは無礼で非礼な話です。外資系のコンサルティング会社は違うのかも知れませんが、中小企業にいまだに多いガチガチの「日本型ヒエラルキー」の存在する会社なら言語道断の振る舞いです。
インターネットは世界とつながっていて、その担当をしていると「最新」に心を奪われ、ダイナミックな変化にトキメク気持ちは痛いほどわかりますが、企業のWeb担は会社員であり、職場の上司や同僚ともつながっていなければならないことを忘れてはなりません。
Web担当者は社内で誤解されやすい?
ここで戸田奈津子さん風の超訳が役に立ちます。
上司との会話やレポートは超訳した普通の言葉で綴るのです。細かい意訳誤訳は気にしないでください。
上司は部下が何をやっているのかわからないとが疑心暗鬼になります。ましてネット事情に疎ければ不安は募ります。ところが上司のわかる言葉を並べて説明すると「なんとなくわかった気」がして満足してくれます。何となくわかった気にさせるために超訳するのです。余談となりますが、ついでに上司の上司に報告しやすい「お土産」を渡してあげると、さらに仕事がし易くなることでしょう。これは私の会社員時代の実体験で、この方法で「営業職」時代の就業時間中に「インターネット」の勉強をすることに成功しました。上司が中間管理職なら効果的です。
もっとも避けなければならないのは「インターネットで何をやっているかわからない」と思われることです。
一般的にインターネット関連企業以外では、Web担当者は社内で誤解されやすい傾向にあります。「わからない」ことによる誤解で、ひどい例では遊んでいると揶揄されることもあります。これを防ぐには「わかってもらうこと」、そしてそのためには正確なIT知識を用いるのではなく「超訳」が良いのです。
「わかる」ことを優先させて「単語」は社内だけで通じる隠語レベルで「超訳」してください。戸田さんもその日本語の翻訳が英語に直されないという前提で翻訳しているのです。
超訳に自信がない場合は、「おおよそ」「語弊を怖れずに言うなら」「ザックリいうと」といった枕詞を添えてください。いざというときに逃げ道を作っておくのはサラリーマンの処世術というものです。
♪今回のポイント
戸田奈津子で行こう!
専門用語の誤訳仕立て。ザックリと枕詞を添えて。
- 電子書籍『マンガでわかる! 「Web担当者」の基本 Web担当者・三ノ宮純二』
- 企業ホームページ運営の心得の電子書籍
「営業・マーケティング編」「コンテンツ制作・ツール編」発売中! - 『完全! ネット選挙マニュアル』
現場の心得コラムの宮脇氏が執筆した電子書籍がキンドルで2013年6月12日発売! - 『食べログ化する政治』ネット選挙が盛り上がらなかった理由はここにある(2013年8月1日発売)
コメント
これはひどい
>原語や文法に忠実に翻訳したとして、必ずしもそれが「おもしろい」とは限りません。
そうでしょうね。
ところで戸田奈津子さんの「超訳」は「おもしろ」かったですか?
面白くもない上に原作の意味をねじまげるような訳をするのが「超訳」なんですかね。あなたの考えによると。
ありがとうございます。
コメントありがとうございます。
杓子定規に正確性を追求した説明をしても、予備知識のない人には伝わらないことが多いので、「インターネットやホームページのこと(可能性も含めて)」を伝えるためには、多少逸脱した意訳をもありでこのことを「超訳」と定義しています。
面白いか否かについては「字幕スーパー」の作品はそれも「込み」と考えます。
僕の読解力に問題があるのかな。
>ところで戸田奈津子さんの「超訳」は「おもしろ」かったですか?
に対して
>面白いか否かについては「字幕スーパー」の作品はそれも「込み」と考えます。
ってキャッチボールになってますか?
意味が分かりません。
本筋から話題が離れていってしまっていますね
編集部の安田です。
本筋から話題が離れていってしまっているような気がします。
宮脇さんの記事の本筋は、
「常に正しいことを正しい形で伝えようとするよりも、相手によっては、多少の誤解が生じることがあっても、まずは理解してもらえるような表現で伝えるのが大切」
ということですよね。
宮脇さんがこの記事で戸田さんの訳を「超訳」の例として出しているのは、それ自体が「わかっている人から見ると違う感じる場合もあるが、それでもあえて」という説明の具体的な例の1つとして出しているものだと編集部では理解しています。
そこで 「戸田さんの訳の善し悪しやおもしろいおもしろくないを個人がどうとらえたか」 について論じるのは、宮脇さんの記事の全体の論旨からずれてしまうと思いますが、いかがでしょうか。
横槍です。
具体例として出した戸田氏に対しての読者(世間一般ではなく、このサイトを見たり、Webにある程度通じている)の認識は、筆者が思っているものと若干かけ離れているのではないでしょうか。
その為記事の趣旨が伝わりにくい、あるいは捩れて伝わってしまう可能性があると思います。
インパクトを狙って「戸田奈津子ばりの~」というタイトルにしたのかもしれませんが、彼女を例に挙げたこと自体がこの記事の趣旨から外れているように感じました。
記事の内容には同意です。
面白かった
会話力、伝達力など色々なものに繋がる「超訳」
面白かった。
会話は相手の目線に合わせて、時間効率を考えて・・・という
基本のことが書いてあったように感じて、新鮮でした。
例えにする人を間違えているのでは?
興味深く読ませてもらいましたが、一点だけ。
戸田奈津子さんが「ロード・オブ・ザ・リング」で指摘されていた誤訳は、物語上に出てくる「地名」と「人物名」を混同して間違えたりするなどといったもので、貴方が考える「超訳」ではまったくないのです。規制が多い映画の字幕では、分かりやすさを追求する為本来の訳とはまったく違う言葉にするのは当たりまえのことで、そのあたりは訳者のセンスによるものでしょうね。
しかし、戸田さんの訳はそういうレベルではないのです。原作を読みもしないで(多分…読めばわかるので)訳した結果の明らかなミスなんですよ(苦笑)
※調べる&読んでる時間がないなんていうのはプロではないですよね。
よく調べてくださいね。そういった意味では貴方は戸田さんにすでになれているのでは?
記事の内容に問題があるのではないでしょう...
上司への虚偽の報告を推奨するのはいかがなものかと思います。
表現の仕方によってはそれも正当化される、文章というのは恐ろしいものですね。
リテラシーのない人間に対して分かりやすく噛み砕いて説明するのは、
説明者としての義務にあたる部分だとは思うのですが、
宮脇さんの記事の内容でいくと、事実とちがっていてもいいという風にもとれるかと思われます。
そういった点では、例えもいかがと思いますが、
内容もちょっと問題があるのではないでしょうか。
虚偽の報告は推奨していません
編集部の安田です。
記事内容を理解したうえでさらに突っ込んだコメントありがとうございます。
「意訳」「誤訳」という表現も使われていますが、この記事で宮脇さんが語っていることは「超訳」に集約され、「事実とちがっていてもいい」とは言っていないと思います。
宮脇さんの言う「超訳」とは、物事を正しく表しつつも、専門用語とか正しい表現にこだわらずに上司が理解できる表現を使って説明することです。
だからこそ、それがうまくできないこともあるため、最後に
とあるわけですね。たしかに、多少事実と異なる説明になってしまうことはありますが、そういう場合は「ホントに正しいわけじゃないけど、とりあえずの理解としてはここらへんで」ということが相手にわかるようにしましょうね、ということです。
企業では、事前説明で言葉を並べても理解してもらいにくいことは多いですよね。その場合に、本来するべきことは説得力のある資料と説明で理解してもらうよう努力することですが、とりあえず納得してもらって企画を進められるようにして、あとで結果を見て納得してもらうというのは手の1つだと思います。成果物を見れば、「あぁ、そういうことか」とわかってもらえる場合ですが。
もちろん、そうするためには、「あいつがああ言うなら大丈夫だろう」と思ってもらえるだけの上司との信頼関係が必要ですし、そのためにも普段から実績を上げて適切にホウレンソウをしておくことが必要になりますが。
戸田さんの件については 分かってない子供の頃ですら「何か変
戸田さんの件については
分かってない子供の頃ですら「何か変な言葉だな」って思う事がしばしばあったので
これと同じように、下手にざっくり話してしまうと
「こいつはこっちが分かってないのを良い事に適当に話しているな」と思われてしまう可能性もあります
ある意味ではきちんと説明するよりも難しいテクニックかもしれません
語弊を恐れずに云々等の言葉も、変に多用すると逃げ道を用意している小賢しい人間と思われるかもしれませんね
あと話はずれますが、戸田さんの翻訳は見た人の不満が爆発して抗議文が監督の元まで届いて改善された事もありますし
有名なところではフルメタルジャケットで監督が翻訳された文章を再度英語に翻訳した物を見て憤慨し降板させられた事もあったりします