【レポート】デジタルマーケターズサミット2026 Winter

花王×パナソニック コネクト×三井不動産が語る 「AIマーケ活用の理想と現実」

花王、パナソニック コネクト、三井不動産という業種も業態もまったく異なる3社が、マーケティング領域でのAI活用や現場のリアルな声を紹介する。

シキノハナ[執筆], 渡辺 淳子[編集]

7:05

マーケ実務にAI活用を浸透させることは、意外と大変だ。そこで、「Web担当者Forum デジタルマーケターズサミット 2026 Winter」に、花王の廣澤祐氏、パナソニック コネクトの向野孔己氏、三井不動産の斎藤七恵氏が登壇。各社のAI活用事例を紹介した後、マーケティング領域におけるAI活用の“いま”をテーマに議論した。

左から、パナソニック コネクト株式会社 IT・デジタル推進本部 AI&Dataプラットフォーム部 シニアマネージャー 向野 孔己 氏、三井不動産株式会社 DX本部 斎藤 七恵 氏、花王株式会社 マーケティングイノベーションセンター メディアマーケティング部 兼 デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター 廣澤 祐 氏

パナソニック コネクトのAI活用

最初に事例を紹介してくれたのは、パナソニック コネクトの向野氏だ。パナソニック コネクトは、パナソニックグループの中でBtoB領域を担う企業だ。同社では、2023年2月から国内全社員に生成AIを展開。すでに3年が経過し、AI活用は日常業務に深く浸透している。

マーケティング領域においても例外ではない。特に「顧客・マーケットの理解/GTM戦略」「カスタマーサポート/サクセス」において、AIが活用できることがわかったという。

AI活用で顧客の解像度を高める

具体的には、次図にあるように「調査・レポートの作成」や「顧客の解像度を高める」ための活用がすすめられている。

顧客・マーケットの理解/GTM戦略とAI活用例

たとえば、同社の「堅牢型PC(酷な作業環境でも安定稼働し、衝撃耐性や防塵防滴性能を備えたPC)」のペルソナやカスタマージャーニー、バリュープロポジションの作成にもAIが活用されている。

本製品は主に北米の警察・消防で使われているため、日本人がペルソナを作るのは難しいのですが、生成AIなら簡単に作れます。このペルソナをもとに、画像も生成できました(向野氏)

さらに、「カスタマージャーニー作成やバリュープロポジションの生成にも活用しているが、特に後者は、従来は1プロダクトにつき1つ程度だったものが、顧客ごとに最適化した提案を大量に作れるようになる可能性がある」と、向野氏は大きな期待を寄せる。

カスタマーサポートの効率化

問い合わせ対応、FAQ作成、コメント分析など、カスタマーサポート領域でもAIは高い効果を発揮している。

たとえば次図のように、全コメントを同じ基準で分類する作業は、人力だと200時間かかるケースもあったが、AIなら数分で終わり、カテゴリー分類のブレもなくなったという。AIが一貫した基準で分類し、構造化データとしてデータベースに蓄積するため、後続の分析も容易になった。

コメント分析でAIが高い効果を発揮

三井不動産のAI活用

続いて、三井不動産 DX本部の斎藤氏が登壇した。三井不動産では、マーケティング領域でのAI活用をDX本部がリードしている。

DX本部は4部制で、そのうちDX四部に「生成AI」「データ活用」「マーケティング」の3つがまとまっている。マーケティング担当がDX本部内にいるのはユニークだが、「この3機能が1つの部にあることで社内外のデータ活用についてシームレスに動けるのがよいところだ」と斎藤氏は語った。

3か月で500のカスタムGPT誕生

同社では、2025年10月、ChatGPT Enterpriseを全社員に導入した。しかし、ツールを配布するだけでは活用にばらつきが出る。そこでDX本部は、全社85部門に約150名のAI推進リーダーを配置。各部門の業務に特化したカスタムGPTの開発を進めている。

導入開始から3か月で約500のカスタムGPTが運用され、これをさらに伸ばしていく予定です。今後業務時間を10%削減できればと考えています(斎藤氏)

独自プロダクト開発も加速

カスタムGPTでは対応が難しい領域については、DX本部が主導して独自プロダクト開発を進めているという。

三井不動産の生成AIに対する取り組み(右上のQRコードを読み込むと、詳しい取り組みが紹介されている)

上図にあるように、独自プロダクト開発として、4つの事例が紹介された。

  • シェアオフィスの立地選定AI:新しいシェアオフィスの候補地をAIで分析し、選定を支援。
  • 東京ドームシティでの体験を“自分だけの新聞”にする生成AI企画:グループ会社の株式会社東京ドーム社事例。顧客の1日の体験を生成AIで新聞化。
  • 住宅営業支援AIエージェント:不動産営業の属人化を防ぐため、ハイパフォーマーのノウハウを言語化しAIに学習させ、お客様の状況や制約条件に合わせて最適な提案を目指す。
  • 本部長AI・社長AI:本部長の過去の発言や思考を学習させたエージェントにより、本部長に説明する前にAIと壁打ち。無駄なチェックバックが減り、意思決定がスピーディになった。

なお、同社ではマーケティング専任担当者が少なく、事業部によっては非専門人材が業務を担当するケースもあるため、現場担当者の日々の業務を支えるためのマーケティング支援AIエージェントの開発・運用をすすめている。

花王のAI活用

AI利用に向け、環境を整備

続いての登壇は、今回のセッションではモデレーターも務める花王の廣澤氏である。同社は2018年からDXとデジタル化に注力しはじめ、2024年のデジタル戦略では顧客体験の向上や付加価値の創出につなげることを目指すことを公表した。

当初はAIが含まれていなかったが、その後、生成AIの急速な普及を受け、2025年に「AIセントリック」の考え方が戦略に追加された。AIについては、直近2〜3年のトレンドを踏まえて迅速にキャッチアップを進めている。2023年のサービス登場以降、主要なAIソリューションを社内で利用できるよう整備をすすめてきたという。

全社員向けスキルアッププログラムを用意

環境を整備するだけでなく、使いこなす能力を育てる人材育成も重視している。学習の可視化のためにオープンバッジを導入し、社員の習熟度の可視化をはかってきた。

花王のDXアドベンチャー プログラム(DXAP)の全体像(取り組みの詳細は公開しており、「花王 DXアドベンチャー」で検索してみてほしい)

使える環境を整えるだけでなく、使いこなす能力も一緒に合わせてやっていかなくてはいけないということで、全社員向けスキルアッププログラムを用意しています。5階層に分けたAIあるいはデジタルの教育プログラムを作ったり、AIに特化したAIアカデミーみたいなものを作ったりしています(廣澤氏)

また、マイクロソフトのPower Platformを活用した非技術系の従業員が、ノーコード・ローコードで開発できるツール環境も整備。開発者数は、2021年の80名から2023年には1500名へと急増した。現場が自らデジタルツールを使いこなし、業務改善を自走する組織へ変化していることを示す、象徴的な数字だ。

【ディスカッション】5つの質問から見える“AI活用のリアル”

セッション後半では、モデレーターの廣澤氏が5つの質問を投げかけ、向野氏、斎藤氏とともに、AI活用の理想と現実を掘り下げた。業界の違いを超えて、驚くほど多くの共通点が浮かび上がった。

Q1 AI以前 vs AI渦中で、“変化したこと”と“変わらない本質”は?

Q1は、AI以前 vs AI渦中で、“変化したこと”と“変わらない本質”についてである

パナソニック コネクト 向野氏の回答:
お客さまとの時間を増やす、その時の材料を提供する・対話の質を深めてくれるのがAIだろう。
「変化したこと」は、デジタル的なワーク、特にプログラム。マーケティング分野でいえば、たとえばPRのドラフト作成は、AIに任せる人が増えた。
「変わらない本質」は、人との関わりであり、ここはより重要になっている。

三井不動産 斎藤氏の回答:
「変化したこと」は、たとえば議事録や資料の作成といった、それ自体が価値を生むわけではないがやらなければならないことは、ほぼAIに任せられるようになった。
一方で「変わらない本質」は、人が判断したり、信頼関係を構築したりする領域など。付随作業がAIに置き換わったとしても、ビジネスの本質については変わらない。

Q2 従業員からのAIに対する“ポジティブな声”と“厳しい声”は?

Q2は、AIに対するポジティブ/ネガティブな反応についてである

三井不動産 斎藤氏の回答:
生成AIの強みである文章作成、要約、社内ドキュメント検索などは、誰もが助かっている。一方で、そもそも生成AIに対する期待値コントロールの違いがあるが、「100点」を目指す仕事はまだまだ難しい。業務によってAIは得手・不得手がある。

パナソニック コネクト 向野氏の回答:
社内システムとしては、珍しく「ありがとう」といわれるほど評価が高い。
一方で、AI万能論のような高い期待値があり、画像認識や図面作成、物理作業などもできるんじゃないかという声が寄せられる。しかしそこは、現状では期待値未満だ。

なお、AIはあくまでも推論の世界。どこまでなら業務に使えるのか、そのコントロールは横断組織の役割になるのかもしれない、と廣澤氏は補足する。

Q3 AI活用が“うまく回り始めた”サインや“やってよかった”ことは?

Q3は、AI活用が社内で順調に浸透しているサインや、やってよかった取り組みについてである

三井不動産 斎藤氏の回答:
やってよかったことは、GPT Enterprise導入前から生成AI活用に関するアイデアソンを2年間で複数回実施してきたこと。入賞者には賞品を用意し、社長が優勝者を発表するといった全社的な仕組みを設けたことで、参加が活性化。1回に数百件の活用案応募があった。本取り組みがその後の現場発のカスタムGPT量産に上手くつながっている。

パナソニック コネクト 向野氏の回答:
やってよかったことは、「PoC(Proof of Concept)をやらなかった」こと。特定部門だけで検証するとバイアスがかかるため、最初から全社展開したことで、利用の偏りが生まれず、早期に浸透した。初めてのことで誰もわからない、ならば、全員に展開しようと始まった。

Q4 “AIを使いこなす人”と“そうでない人”の違いは?

Q4は、AI活用がうまい人の特徴についてである

パナソニック コネクト 向野氏の回答:
忙しい人ほど上手に使う。自分で多くの仕事を何とかこなさないといけないのでAIを使い、創意工夫をする。現状に課題を感じていない人は、なかなか使わない。

三井不動産 斎藤氏の回答:
AIを使いこなす人の特徴は、日常的に業務に対し適切な課題感を持てている人。研修などを通じて最初の一歩を踏み出せると、一気に使えるようになる。

花王 廣澤氏の回答:
批判に耐えられることが、結構重要になる。AIに資料をボコボコにしてもらうことで、自分の弱点が見えることもある。自分の思考を疑う、フィードバックを受け入れるといった、改善を繰り返す姿勢が必要だ。

Q5 組織的なAI活用と個人としてのAI活用における理想と、それを現実にする努力とは?

Q5は、組織と個人でのAI活用の理想や、理想を実現するための努力についてである

パナソニック コネクト 向野氏の回答:
作業はAIに任せ、人は人にしかできないことをするのが理想。その実現には、プロンプト力が必要になる。個人差を吸収するために、AIが答えやすい質問に変換する仕組みづくりをすすめる。

三井不動産 斎藤氏の回答:
一つひとつの細かい業務改善を現場で進めつつも、プロセス全体をAI前提で再定義することが、組織としては本来やるべきこと。1部門では難しいため、トップのコミットを引き出す努力は必要になる。個人としてはAIのもっともらしい回答に飲み込まれないように自分の思考をコントロールし続ける努力が必要。

◇◇◇

セッション全体を通して見えてきたのは、AIが単なる効率化ツールではなく、「人が本来向き合うべき仕事に集中するための基盤」として機能し始めているということだ。AIは調査・分析・作業を高速化し、人は顧客理解・判断・関係構築に集中すればよい。

各社の取り組みは異なるが、目指す方向は驚くほど一致していた。AI活用の成否は、現場の主体性と課題意識に左右される。AIはマーケティングの本質を変えるのではなく、“本質に集中するための時間”をつくる存在だといえるだろう。

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