世界中に数多あるマーケティング関連本。どれを読めばマーケティングが分かるようになるのか。何から読めばマーケティングを理解しやすいのかを見極めるのは大変困難です。
「いっそ、あのマーケターの本棚をのぞき見できたら良いのに……」
そんな願いを実現したのが、連載「マーケターの本棚」です。今回は株式会社ビーコミ代表で日本マーケティング学会の常任理事でもあり、B2B企業のマーケティングや広報支援を手掛けている加藤恭子(かとう・きょうこ)さんに、B2Bのマーケティングを自社で行なったり、クライアントに支援を行う上で役立つ3冊を紹介してもらいました。
<プロフィール>
加藤恭子
IT系メディアの記者、編集者を経て、複数のERPベンダーでマーケティングマネージャーを歴任。外資系CRMベンダーの日本法人立ち上げからマーケティングの責任者として関わる。2006年に個人事業スタート。2007年に株式会社ビーコミを立ち上げ、代表取締役に就任。主にB2B企業のマーケティングやPRの支援、アドバイス活動を行う。著書に『話題にしてもらう技術』(技術評論社)などがある。『CGMマーケティング』(ソフトバンクパブリッシング)にも編集協力者として関わった。サイバー大学客員講師(コミュニケーション論)、日本マーケティング学会常任理事。
優れた起業家が実践する「5つの原則」を自分の脳内にインストール
『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』
著者:吉田満梨、中村龍太
この記事を読まれる人の多くは、すでにマーケティングに取り組んでいて、一定の知識を持っていたり理論を積み重ねたりしていることと思います。その上で、いまの悩みを突破できるようなヒントが欲しい。そんなことを思っているのではないでしょうか。
今回せっかくの機会をいただいたので、私が読み返してビジネスのヒントをもらったり、パワーをもらったりしている本をご紹介したいと思います。
ビジネスの現場では、いろいろな条件が揃っていないことが当たり前ですよね。人がいない。お金がない。突然トラブルが起きた。特にスタートアップで顕著で、当社でも同様です。小さなブティックエージェンシーのため、潤沢な資金もないですし、たくさんの社員がいるわけでもありません。
そんな中でどうマーケティング活動をして前に進んでいくか。有効な意思決定のヒントを与えてくれる本が、1冊目に紹介する本書です。
「エフェクチュエーション」とは、優れた起業家に共通する意思決定プロセスや思考、行動パターンを体系化した意思決定理論のこと。インド人経営学者サラス・サラスバシーが提唱しました。
本書では副題にあるように、優れた起業家が実践する「5つの原則」がわかりやすい事例とともに整理されています。この5つの原則は、世界的な経営学者が発見した、戦略的や計画より重要な思考法のこと。
「手中の鳥」の原則
「許容可能な損失」の原則
「レモネード」の原則
「クレイジーキルト」の原則
「飛行機のパイロット」の原則
例えば手中の鳥の原則は、すでに持っているもの(鳥)を過小評価し、まだ持っていない資源を追い求めるのではなく、手持ちの手段で何ができるかを発想し着手する行動様式を指しています。
エフェクチュエーション自体は2001年に論文上で発表され、ここ数年で日本での注目度も高まっていたのですが、初学者には難しい部分もありました。
本書では、豊富な国内事例をあげて、解説しています。例えば、前述の手中の鳥の原則は株式会社生活の木の事例を取り上げています。
この本を読んだときに思ったのは「自分がやってきたことに名前がついていた!」「先人もこんなふうに解決してきたんだ」「これは知らなかった、やってみよう」ということ。前向きになれる、気持ちの良い読後感でした。まだ自分がやっていない起業家の思考法を自分の脳内にインストールするのに役立つ本です。
臨場感ある架空企業の事例で楽しくマーケティング事例が学べる
『100円のコーラを1000円で売る方法3』
著者:永井孝尚
続いて、読みやすく役立つマーケティング本の定番として私がここ10年、行き詰まったときなどにヒントをもらうために読み返している本をあげます。
このシリーズはどれも良いのですが、個人的には3冊目が一番気に入っています。シリーズ全体で50万部以上を売り上げた良書なので、すでに読んでいる人もいるのではないでしょうか。
タイトルで誤解されがちですが、この本はコーラの話ではありません。B2BのIT企業(会計ソフト)の架空の事例を軸として、ストーリー仕立てで進んでいく、とても読みやすい1冊です。
それに加えて、実際に起きがちな問題が次々と起こり、理論に基づいた問題解決方法や事例も紹介されているので、面白く読むだけで、B2BのIT企業のマーケティングをやっていく知識が学べます。
例えば自社を辞めて新興の同業社に転職した人が、SNS、動画配信をはじめ、書籍を出し、無料でプロダクトを提供している。それをどう読み解いて、自社はどういう打ち手を考えるか。そんな内容が出てきます。
筆者の永井さんは、日本IBMでソフトウェアのマーケティングをされていた現場を知っている人。そんな永井さんが書いていることも、ストーリーをより臨場感があるものにしていると思います。文字を読むのが苦手な人は漫画版もおすすめです。
当社のクライアントは、ほぼ全てB2BのIT企業です。「公式SNSアカウントを作りたい」などの相談を受けることもあります。でも、クライアントの目的はアカウントを作ることではないんですよね。会社として目指す方向があって、それを実現するための手段の1つがSNSなのです。
けれど残念ながら人は、目先のSNSだけに着目してしまいがち。そんなときに、この本を読み返すことでもっと大きなところに目を向けつつ、個々のアクティビティに落とし込んでいこう、という大事なところに立ち返ることができます。
前述の例で言えば、必ずしもクライアントの目的はSNSをやることではないので、真の目的を汲み取って何をやるかを一緒に考えることが大事だと思っています。
余談ですが、この本には多大なる影響を受けていて、私自身が書籍を出版するときに付録として架空のソフトウェア企業の事例をつけたくらいです。著者を以前から知っていることもあり、サイン本も持っています。
B2Bマーケティングの集大成、大企業のマーケティング部門が顧客の人におすすめ
『儲けの科学 The B2B Marketing(ザ・B2Bマーケティング) 売れるサービスを開発し、営業生産性を劇的に引き上げたオーケストレーションの技法』
著者:庭山 一郎
本書は今年になってから発売された本なのですが、まさにB2Bマーケティングの集大成と言って良いでしょう。すでにこの連載でもほかの人が庭山さんの本を紹介していましたが、庭山さんは「日本のB2Bマーケティング界の父」とも言える人です。過去の書籍も読んでいただきたいですが、これから買うなら本書をおすすめします。
本書はB2Bマーケティングの歴史から、最近の考え方、起きがちな問題、と全て取り上げているのでかなり分厚い本です。細かい目次があるので、何か調べたくなったら目次を見て関連箇所を探して読み直す、という使い方もできます。著者の推奨する方法ではないかもしれませんが、1つ1つのブロックが短いので、読破できない人はパラパラと関連箇所から読むのも良いかもしれません。
全体を読むのではなく「関連箇所から」などと言っているのは、最近いろいろな人から「本を読むのが辛い」「長い文章をなかなか読めない」という相談を受けることが多いからです。そのような本を読み慣れていない人が最初から全部読もうと思うと、目標が壮大すぎて手も足も出ずに挫折する可能性が高いです。
私の提案としては読みやすくて役立つ本を優先的に、分厚い本はつまみ食い的に読む、というところからスタートすることをおすすめします。
前述の2冊はどちらかというとスタートアップや中堅中小企業向け、本書は大企業にお勤めの人や、大企業のマーケティング部門を顧客とする人向けと言えると思います。ついプロモーションに偏りがちなマーケティング。庭山さんの提唱するマーケティング・オーケストレーション(全体最適)を理解すると、頭がすっきりしますよ。
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