売上増には「知らない・買わない・興味のない未顧客」の理解が鍵
マーケティング業務を日々行う中でデータを扱うことが多いはず。そのため、マーケティング担当者は、「商品やサービスを買った人=既存顧客」の理解は進んでいるかもしれません。しかし、ブランドの担当者が真に理解すべきなのは、実は「商品やサービスを買っていない人=未顧客」です。本記事では、いくつかのエビデンスを示しながら、「ブランドが成長するためには、なぜ未顧客の理解が必要なのか」をひも解いていきます。
「顔の見える顧客」と「顔の見えない未顧客」
日々の業務では、どうしても「顔の見える既存顧客」に目が向き、「顔の見えない未顧客」は意識の外に置かれてしまいます。CDPのダッシュボードや顧客アンケートを見ていると市場全体を理解できた気になりますが、実は既に自社に興味を持っている一部の顧客しか見ていないのです。「得られたデータの範囲内でわかることが顧客理解のすべてだ」と思い込むのは危険です。それだと、将来の成長を左右する「未顧客」が見落とされ、非常に視野の狭い理解になってしまいます。
実は多くのマーケターの中には、このような「顔の見える顧客が市場のすべてだと思ってしまうバイアス」が存在しています。このバイアスは、デジタルマーケティングでは特に顕著に表れます。取得できたデータでわかることが顧客理解、ツールを操作することが顧客体験の最適化、なぜかはわからないけれどCVRが0.1%上がることが価値創出だと錯覚してしまうわけです。
未顧客理解のジレンマ
顧客については様々なデータを集めることができますが、ブランドに対して何も行動を起こしていない「未顧客」のデータは自然に集まりません。CDPやCRMに集まるデータ、SNSのソーシャルリスニング、コールセンターのVOC、ECサイトの購買履歴、利用者アンケート。こうしたデータは何らかの購買行動に紐付いて集められています。つまり「顧客」のデータです。
しかし、未顧客は購買行動以前にブランドを知りません。知っていても興味や関心がありません。顧客に対しては「なぜ買ったのか」を聞くことができても、未顧客に「なぜ買わないのか」「どうしたら買いたくなるか」とは聞けません。「買うこと」には理由があっても、「買わないこと(興味や関心がないこと)」には理由がないからです。
「未顧客にはデータがない。しかしデータがなければ、どうしたら興味を持ってもらえるかという打ち手を考えることもできない」――このような行き詰まりを、私は「未顧客理解のジレンマ」と呼んでいます。
こうしたジレンマに加えて、そもそも「顔の見えない未顧客」をどう理解すればよいのか、どう戦略や施策につなげていけばよいのか、という議論自体が不足してると思います。
マーケティング関連の書籍や記事コンテンツも、ファンマーケティングや顧客ロイヤルティのような「顔が見える顧客」を前提とした内容が多いように感じます。未顧客という視点でマーケティングが語られる事が少ないため、理解や利活用に向けたナレッジも蓄積されません。その結果、明確な根拠を持たない、テクノロジーありきの新規獲得ソリューションが毎年のように生まれては消えていきます。
「エビデンス起点」でマーケティングの当たり前を疑う
一方、海外の研究に目を向けると知見が豊富に存在します。その中でもまず知ってもらいたいのは、現在主流のマーケティングの中には、ファンやヘビーユーザーに対しては効果的でも、ライトユーザーやノンユーザーの獲得には向かないものが数多くあるということです。たとえば、次のような主張は正しい(根拠がある)と思いますか?
- 既存顧客のロイヤルティを高めてファンを育てれば、事業は成長する
- 現在のヘビーユーザーが今後の売上の大半を生み出す
- ペルソナやカスタマージャーニーで、未顧客の理解を深めるべき
- ターゲットを限定して選択と集中をすることが、全体収益の増加につながる
- モノが溢れる現在では、競合との差別化が新規獲得のポイントになる
- ROIを最大化していくことで、売上のトップラインも増える
- SNSやコミュニティを通じて、ファンが新規顧客を連れて来てくれる
いずれもネットやセミナーでよく聞く話ですが、実はエビデンスがあるわけではなく、どれも希望的観測の域を出ない話、もしくは未顧客にはあてはまらない話です。問題は、一般化できるような“法則”ではないにも関わらず、広くそのように信じられ、多くの顧客戦略の基礎になっている点です。
一般的には、有名な経営者の格言や他社の成功事例がエビデンスと思われていますが、経験や事例はエビデンスではありません。エビデンスというのは、RCT(ランダム化比較試験)などの実験やそれに準じた方法により、再現性と、再現するための前提条件や手続きが確立された事実のことです。広義には査読付き論文に書かれていることがエビデンスです。
なぜ既存顧客だけでは不十分なのか?
いずれにしても、「成功事例があるから」「みんながそう言っているから」と思考停止せずに、「その戦略にはどんな根拠があるのか、その事例には再現性があるのか」と疑ってみることが大切です。では実際に、「既存顧客のロイヤルティを高め、ファンを育てることで事業を成長させる」という現在主流の顧客戦略を、エビデンスベースで疑ってみましょう。
古き良き商売の心得によれば、今のお客さんを大事にしてリピートしてもらうことが成功の秘訣と言われます。「既存顧客の上位20%が、売上全体の80%を生み出す」というパレートの法則(2:8の法則)も有名ですね。しかし、本当にそうなのでしょうか? 既存顧客のロイヤルティを高めれば、小さなブランドが大きくなるのでしょうか。そういうエビデンスがあるのでしょうか。
パレートの法則については、近年の研究で、上位20%の短期的な売上貢献はおよそ50〜60%程度であることが報告されています(Sharp et al., 2019; Dawes et al., 2022)。上位20%が売上全体の80%近くを生み出すというのは、長いスパン(5〜6年)で捉えた時の話です(Kim et al., 2017; Sharp et al., 2019 )。
では上位20%のヘビーユーザーは、それだけの長期間、“ヘビー”で居続けるのでしょうか。これに関しては、15の異なる商材カテゴリで150以上のブランドを分析した研究があり、現在のヘビーユーザーの約半分が1年で入れ替わると報告されています(Romaniuk & Wight, 2015)。もちろん全てのケースに当てはまるわけではないですが、「既存顧客のロイヤルティだけで事業が成長する」と言うには少々心もとないですね。
購買行動は確率的であり、消費行動の定数部分は変えられない
なぜ、このような齟齬が起こるのでしょうか。
まず、ヘビーユーザーやライトユーザーのような「企業の都合でつけたラベル」にこだわり過ぎると、消費者行動の本質を見失います。CRMやCDPなどでヘビーユーザーとしてカウントされた顧客に対して、我々は、ヘビーユーザーらしい行動を期待してしまいます。「これまで買ってくれたんだから、これからも買ってくれるだろう」という線形の希望的観測です。
しかしヘビーユーザーの大半はむしろ、「確率的にたまたまヘビーユーザーに見えるライトユーザー」と考えるべきです。元来、消費者のブランド選択は確率的なものです(Bass, 1974) 。長期的に高い購買頻度を維持する真のヘビーユーザーは極めて少なく、多くの顧客は確率的にたまたま多く買う時と少ない時がある(ポワソン分布している)だけです。
たとえば、「近所に新しいレストランができて最初は頻繁に通っていたが、いつの間にかほとんど行かなくなった」というような経験はありませんか。これをデータで見れば、ヘビーユーザーがいきなりノンユーザーに落ちたように見えるでしょう。しかしこの場合、最初の数回は目新しいから通っていただけで、その店にロイヤルティがあってリピートしているわけではありません。つまり、本質的にライトユーザーであり、時間が経つにつれ本来の購買頻度(ほとんど行かない)に戻っただけということです。
これは時系列データでよく見られる「平均への回帰」という現象です(Sharp, 2010)。短期的には偏って見える傾向(i.e. 購買頻度が高いヘビーユーザー)でも、長期のデータで見れば分布の平均に近くなっていく(i.e. 顧客のほとんどはライトユーザー)現象のことです。これは、消費者のブランド選択が確率的に決まることに起因する現象なので、企業側の努力で止められるものではありません。
また、漠然と「ヘビーユーザーはリピートしやすい」と思われている節がありますが、ある人が特定カテゴリの商品を特定期間内に消費する量は決まっています(歯磨き粉は1か月に1つ、シャンプーは2か月に1本など)。いくら“育成”しても、消費上限を超えて購買されることはありません。また、財布の中から何にいくら使えるかも大体決まってます。これらは定数なので、マーケティングで変えることはできません。あるシャンプーのファンだからといって、1日に5回も6回もお風呂に入ったり、食費を切り詰めてまでシャンプーを買ったりする人はそういないわけです。
このように、ファンやヘビーユーザーというのは「ずっとヘビーでいてくれる人」でもなければ、「さらにヘビーになりやすい人」でもありません。既存顧客のロイヤルティ向上による事業成長にはこうした限界があるため、未顧客への浸透率を増やすことが必要になるわけです。
小さなブランドが成長するためには、何をすればよいのか?
では、どうすれば浸透率を増やせるのでしょうか。
消費者のブランド選択はよくサイコロに例えられます。MOT(購買意思決定の瞬間)でのブランド選択はサイコロのように確率的なので、自社ブランドが選ばれる確率を高めておくことが重要だというメタファーです。しかし、ノンユーザーやライトユーザーはそもそもサイコロを振ってくれませんから、購買してもらうためには、まずサイコロを振ってもらうことから始める必要があります。
そのためには、さまざまな生活文脈でブランドが想起される確率を高める戦略が合理的と言えます。STPのように頭数を犠牲にして特定ターゲットへ深い訴求を行うのではなく、全人口的にブランドが使われる機会やきっかけを増やそうというわけです。このような考え方をカテゴリーエントリーポイント(CEP)と言います(Romaniuk & Sharp, 2022)。生活上のさまざまな文脈に対して、ブランドが想起されやすい記憶や連想を生み出し、色々なシーンやタイミングで買ってもらうことを目指す戦略です。
ブランドが持つCEPの数は、そのまま浸透率の高さとなって返ってきます。CEPの提唱者であるジェニーロマニウクは、ソーシャルメディアやコーヒーの市場を例として、大きなブランドと小さなブランドの違いはCEPのサイズ(数)であると述べています(Romaniuk & Sharp, 2022)。つまり、シェアの大きなブランドほど多くのCEPとブランドが結び付いており、逆に小さなブランドは結び付いているCEPが少ないということです。
であるならば、小さなブランドが成長するためにすべき事は1つです。CEPをたくさん作ること、つまり「より多くの生活文脈とブランドを結び付けること」にフォーカスすべきです。CEPが多いほど未顧客がブランドを想起する“回数”が増えます。そして、それぞれのCEPとブランドのリンク(結び付き・連想)が強いほど、自社ブランドが選ばれる“確率”が高くなります。
生活文脈とブランドを結び付けるステップは5つあり、日経BPより発売中の『未顧客理解:なぜ、「買ってくれる人=顧客」しか見ないのか? 』で、マンガと図表で詳しく解説しています。本記事で紹介した以外にも、小さなブランドが成長するために知っておくべき従来マーケティングとの違いや、日々の業務で実践できるヒントが満載です。
買ってくれない人とどう向き合うべき?
『“未”顧客理解 なぜ、「買ってくれる人=顧客」しか見ないのか?』
<未顧客理解の5原則>
- 原則1: 文脈が変われば意味が変わり、意味が変わると価値も変わる
- 原則2: 未顧客は本来戦うべき市場を見通すための「レンズ」である
- 原則3: 行動の背後にある欲求、抑圧、報酬から「顧客の合理」を理解する
- 原則4:「ブランドの特徴」×「顧客への報酬」=文脈最適のベネフィット
- 原則5: モノの売り方ではなく、モノが使われる行動の増やし方を考える
【参考文献】
Bass, F. M.(1974). The Theory of Stochastic Preference and Brand Switching. Journal of Marketing Research, 11(1), 1–20.
Dawes, J., Graham, C., Trinh, G., & Sharp, B. (2022). The unbearable lightness of buying. Journal of Marketing Management, 38(7-8), 683-708.
Kim, B. J., Singh, V., & Winer, R. S. (2017). The Pareto rule for frequently purchased packaged goods: an empirical generalization. Marketing Letters, 28(4), 491-507.
Romaniuk, J., & Wight, S. (2015). The stability and sales contribution of heavy-buying households. Journal of Consumer Behaviour, 14(1), 13-20.
Romaniuk, J., & Sharp, B. (2022). How brands grow part2: Including emerging markets, services, durables, B2B and luxury brands (Rev. ed.). Oxford University Press. Kindle.
Sharp, B. (2010). How brands grow: What marketers don't know. Oxford University Press.
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