ポストCookie時代における「ゼロパーティデータ」と企業成長に欠かせないD2C(DNVB)
デジタル化が一層加速している現在。企業成長に欠かせないD2C(DNVB)の考え方やCookie規制によりゼロパーティデータの利活用といった新たなマーケティングフェーズに差し掛かっている。
マーケティング支援を行うベストインクラスプロデューサーズ(BICP)が主催したセミナーで同社のNYオフィス代表榮枝氏による「2021年、確実に起こるゼロパーティデータへの意識と、二分するD2C化」のセッション内容をレポートする。
DNVB(Digitally Native Vertical Brand)のことを、日本では「D2C」と表現することもあるが、D2CとDNVBでは考え方が異なるという。NYにて20年以上、経営事業コンサルを行っている榮枝氏による本セッションは、米国やグローバルの潮流を理解し、日本におけるマーケティング戦略を立てるときにヒントが満載のセッションだ。
広告エージェンシーで独り勝ちするThe Trade Desk
「The Trade Desk(トレードデスク)という、DSPから始まった米国の広告エージェンシーをご存知でしょうか。この企業の時価総額が、いくらかわかりますか」と登壇した榮枝氏は聴講者に投げかけた。
The Trade Deskは、2020年2月のパンデミック後に一度、時価総額を下げたものの、その後は破竹の勢いで上昇を続けて、現在は3兆7,000億円に迫る勢いとなっている。日本の広告エージェンシー大手である電通Gの時価総額は9,000億円。サイバーエージェントが8,200億円(2020年10月)。2020年の7月頃に一度、サイバーエージェントが電通Gを逆転する場面もあった。
The Trade Deskの時価総額は、日本の電通Gを3つ掛け合わせても足りないくらいの総額になっていることは間違いない。破竹の勢いで成長したきっかけは何だったのだろうか。
The Trade Deskの急成長を支えるのは「コネクティッドTV」
成長を下支えしたのは、「コネクティッドTVだ」と指摘する榮枝氏。コネクティッドTVとは、インターネットに接続されたテレビ型デバイスのことだ。
パンデミックによって自宅で過ごす時間が増えたことで、コネクティッドTVの需要が伸び、そこへ安定的に広告の売り買いができる仕組みを持っていたThe Tread Deskが独り勝ちをしているという状況が米国では起こっているという。
広告メディア業界大手の株価と時価総額を整理した図が以下の通りだ。世界最大手のエージェンシーWPPやOmnicomの時価総額は、昨年比の2割減の1兆4,000億円程度で、電通Gや博報堂DYHも同じく昨年比2割減となっている。
一方、日本国内のデジタル系エージェンシーに目を向けてみると、Speeeは昨年比4割減、UUUMに至っては7割近く時価総額を下げている。
時価総額を上げた企業と下げた企業の違いは一体何なのか。
「この解となるセッションを本日はしていきたい」と榮枝氏は言い、アジェンダを3つ提示した。
1. D2Cを越えた「DNVB」
「DNVB(Digitally Native Vertical Brand)」のことを日本では「D2C」と表現することがあるが、日本におけるD2Cの意味は、「メーカーがeコマースで何かを売る」というところで止まっている。
一方、DNVBとはブランドそのものが、テレビ局のようにメディア化すること指す。ブランド事業が進める「メディア化」の意味とは何だろうか。榮枝氏は、ファネル理論からパイプ理論になると表現し、詳しく解説していった。
米国で注目される「DNVB」とは何か
Amazon GOはなぜすごいのか。Amazon GOの凄さは「キャッシュレスだから」とか「レジが無いから」といったことではない。Amazon GOに入店する際に、来店者はスマホをゲートにかざして個人を認証してから入店する。
2020年には、スマホではなく手のひらをゲートにかざす「生体認証」の仕組みを取り入れて、入店者が誰なのかを特定している。来店客一人ひとりを個別識別しているため、万引きなどが起こるはずもなく、来店客は、店内の好きな商品を買い物かごに入れるだけで、デジタル上でクレジット決済が完了し、レジを通過せずとも買い物が完了してしまうわけだ。
また、Amazon Goの天井には、400ものカメラが設置され、店内での客の動きを把握するといったことも行っている。Amazonの他にも、Macy's(メーシーズ)が買収したb8ta(ベータ)でも、天井にカメラを取り付けて、ユーザーの行動を把握している。
Webサイト上のユーザー行動を把握するのと同じように、リアルの店舗でもそのような取り組みが実施されている。一方、許諾を得ないまま顔認証/生体認証のような個人情報を取得している事業形態がそのまま許されるとは考えにくい。
2017年にAmazonは、Whole Foods Market(ホールフーズ・マーケット)を買収した。Amazonに買収される前のWhole Foods Marketは、毎日来店してくれる常連客なのに、その個人の要望を把握せずに来店を期待するような販売形式であった。
このような状況が、Amazonに買収されたことで、Whole Foods Marketに通う常連客が、いつしかオンライン上でのAmazon Primeの顧客と重なっていった。今ではWhole Foods Marketは顧客の一人ひとりの好みに応える姿勢に変身し、店頭販売だけではなく「商品のお届けサービス」「オンラインオーダーの店頭ロッカーピックアップ」などの多彩なサービスを展開するリテーラーへと変化した。「One-to-Oneのサービスを技術的に可能にすることがAmazonの凄いところだ」と榮枝氏は言及する。
リテーラーの成長に「DNVB」は欠かせないのか
Whole Foods Marketは、オーガニック食材を取り扱う熱烈なファンを持つスーパーだったが、店舗リテーラー単体の事業では完全に成長が止まっていた。そこにAmazonが手を差し伸べた形だ。同じように、旧来のブランドは自社だけでは、成長路線が描けない事態が起こっている。
たとえば、消費財メーカーP&Gの髭剃りブランド「Gillette(ジレット)」はトップシェアを誇るブランドであった。2011年には62%あったシェア率が、2016年には13ポイントも下げて49%になっている。
一方、消費財メーカーUnilever(ユニリーバ)が髭剃りをサブスクリプション型で提供する創立5年のDollar Shave Club(ダラシェールクラブ)を2016年に買収。P&Gの「Gillette」からシェアを奪い2016年にはシェア10%を獲得している。
Walmart(ウォールマート)も2007年創業のオンラインメンズアパレルブランド「BONOBOS(ボノボス)」(2017年買収)、リアル店舗に加えオンラインでも存在感のあるアウトドアブランド「Moosejaw(ムースジョー)」(2017年買収)など、バーティカルブランドを次々に買収していく。
こうした背景から、ようやく日本でもバーティカルブランドを買収することで、DNVBを立ち上げる気運が高まっている。米国のネット広告業団体「IAB(Interactive Advertising Bureau/インタラクティブ・アドバタイジング・ビューロー)」でさえ3年前から「デジタルネイティブなバーティカルなブランドこそが、メディアであり、メディア戦略である」というレポートを出していた。
成長著しいDNVBの「Peloton」/「MIRROR」
昨年はパンデミックにより、米国では自宅でできるエクササイズに関するDNVBも成長が著しかった。たとえば、エクササイズバイク「Peloton(ペロトン)」。同社が販売するモニター付きエクササイズバイクをインターネットに接続し、自宅にいながらインストラクターに教わるようなエクササイズができるといったサービスだ。
Pelotonは自転車を売っているわけでも、自宅トレーニングを売っているわけでもなく、「映像コンテンツと共に体感するエクササイズ」をサブスクしてもらう「日々の経験」を売っている(任天堂やプレーステションもこの分野に進出している)。Pelotonは、パンデミックがあった2020年3月頃に時価総額が一時的に下がったものの、その後急速に成長し、2020年11月には、3兆8,000億円の時価総額まで伸びている。
また、ヨガウェアブランドのLululemon(ルルレモン)が買収した「MIRROR(ミラー)」。等身大の鏡に映し出されるトレーニングメニューを一緒にやることで、自宅がフィットネスジムになる、というサービス。このサービスも急成長を遂げている。
こういったブランドは注目しておいて、パンデミックといった特需が来たときに、回収するといったことを考えたい。
最もDNVBが進むのは「医療」分野の可能性
データには、「重いデータ」と「軽いデータ」の2種類があると榮枝氏は表現する。
重いデータとは、重要で価値があって、商売になりえるデータのことだ。特に、重いデータのなかでいち早くDNVBが進むのは「医療」分野だと榮枝氏は言う。医療でも、医者の処方箋が必要な分野のことを指す。次いで、「金融」や「保険」といったものが続く。
さらに「教育」に関するデータ価値も同様に重いと認識されつつある。これらは「乱暴に扱ってはいけないデータ」であるのは間違いない。企業側も単なる自社の「DX化」や「利活用」の見地で、コンバージョン効率を追うのではなく、「人と向き合う」が基点の信用データと位置づけたい。
- 医療(例: 患者の情報)
- 保険(例: 被保険者の情報)
- 金融(例: 預金者、出資者の情報)
- 教育(例: 思想の変化)
2. データを抱えることによる負債はどれだけあるのか
日本では2020年に個人情報保護法の改正案が通過し、2021年6月には施行される。果たして各企業は、その対応の準備ができているのだろうか。まず、あやふやになりがちな「ファーストパーティデータ」「ゼロパーティデータ」の違いについても解説する。
「ファーストパーティデータ」「ゼロパーティデータ」の違い
ファーストパーティデータとは、自社が収集するユーザーデータのこと。サイト上の閲覧履歴や行動ログだけでなく、メールアドレスなども該当する。一方、ゼロパーティデータとは、フォレストリサーチ社が提唱した言葉で、ユーザーが「意図的かつ自発的」に提供するデータのこと。たとえば、ユーザーが選択した内容、購入意向などブランド側に認識してもらいたい自分像などが含まれる。
Cookie規制などのさまざまな外的要因で、各社はいまゼロパーティ―データを取得する方向に舵を切り始めている、という状況だ。
CCPA/GDPR法でデータの主導権は企業から個人へ
海外の法規制に目を向けると、2020年1月、米国では、CCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)が施行。その2年前の2018年5月に、欧州ではGDPR(EU一般データ保護規則)が施行された。細かな違いはあるがこれらは、個人情報の主導権を企業側でなく個人に与えるという法律である。
そして日本でも2021年には個人情報保護改定法が施行される。榮枝氏は、法律の概要や罰則などに目を向ける前に、「なぜ、世界的にこのような法規制が進んでいるのか」の背景を知ることが大事だと話した。
関連記事:Cookie規制で企業のデータ保持はどう変わる? GDPR・CCPAの動向もおさらい
DSRにより、データを保持するリスクが見えてくる
DSR(Data Subject Request)とは、「データ主体である個人が操作できる権利」と呼ばれ、企業が保持している個人情報を個人が確認したり、修正したり、削除したりできる権利のことだ。これにより個人は、企業が自分をどのようにプロファイリングしているのか、ということを把握できる。
欧米では、このような個人から企業へのリクエストが年々増加傾向にあるという。今では保有するデータ100万件につき、年間約170件の問い合わせが来ているとされ(2021年1月時点)、今後件数は増加するばかりだ。そして、当然のことだが、それら一つひとつへの対応には、人件費コストと対応システムコストが積み重なってくる。
その対応コストは、保有するデータ量が数百万件に及べば、年間で億円単位に登る。これは訴訟のようなペナルティコストを含まない、日々の対応コストのみである。さらにその問い合わせの4割がスパムであるため、見極める必要も発生する。
こういったリスクを踏まえたうえで、「データを利活用したほうが、データを抱える対応コストよりもリターンが大きいと判断した時に、データを保有する」と経営判断をするべき。やみくもに「社内にあるデータのデジタル化」を急ぎ、「DX化の標榜だけで動くことのマイナスリスクを考えたい」と榮枝氏は指摘する。
3. ポストCookieの知られざるリスク
最近ではCookieの危険性が問題視され、ポストCookieに対する問い合わせが榮枝氏にも多く寄せられているようだ。なぜCookieの危険性が問題視されているのか。
Cookieが避けられようとしている根幹の理由
まず、「Cookieに対する誤った見方」が日本の報道に多いと榮枝氏は指摘する。日本での報道の多くが「Cookieは個人が特定できてしまうので危ない」という誤った論調が散見される。「Cookieを個人情報と紐付けることが危うい」とされているが、実際に危惧されていることは、「個人情報との紐付け以前のこと」で、Cookie情報を利用している企業側がユーザーの許諾も得ずに「勝手にのぞき見している」ことなのだ。「許諾を取っている」とする企業も、その「取り方」が強引な「みなし許諾」を集めている場合も多い。
「ポストCookie」に連動した施策として、プラットフォームと広告主が安全にデータを比較できると称する「データクリーンルーム(Data clean room)」なども出てきているが、そもそもこの「のぞき見している状態」を企業側の姿勢として良いのか、を自問したいと榮枝氏は話す。
Facebookは全体収益の96%が広告売上
GoogleやFacebookは広告で莫大な収益を上げているが、そこには大きな危険性があると榮枝氏はいう。それは一体どういうことなのだろうか。
次の図は、Facebookの収益源の表である。2020年のFacebookの事業総収入(total revenue)は約8兆6,000億円である。その収入の内訳は、驚くべきことに約96%が広告事業(advertising)の収入で約8兆4,000億円だという。このようにFacebookは、ほぼすべての収入をターゲティング広告だけで得ており、他の事業の柱がない「広告収入1本」なのだ(集めたプロファイリングで狙ったターゲティング広告を配信して、課金をする収益で成り立つビジネスの1本足)。
そのうえで次の図を見てみよう。これは「YouTube・Amazon・電通・Google・Facebookの広告事業による売上総利益」である。Amazonの約1.7兆円に対し、Googleが約13.5兆円、Facebookが約6.9兆円と大幅に上回っているのがわかる。
しかし、Amazonは広告収入以外にオンラインでの売上、AWSなどの収入源を持つが、Facebook、Googleは広告事業が収益のほとんどをカバーしているという。
Googleは約1兆円の罰金を払ってターゲティング広告を続けている
さらに、GoogleとFacebookは、米国のFTC(フェアトレードコミッション)などの監視団体から度重なる警告を受けている。それでもなお、違反をし続けるため、最終的に罰金を払っているという現状だ。
Facebookはケンブリッジ・アナリティカ社へのデータ共有時の制裁金として約50億ドル(約5,400億円)を支払っているのをはじめ、Googleも2017年~2020年までに延べ約1兆円の制裁金を欧州委員会に支払っている。ここから予想できるのは、GoogleもFacebookも、罰金を支払ってでも広告事業を手放すことができないという実態であり、「彼らが最も恐れるのは権力を行使できなくなる解体や分割なのではないか」と榮枝氏は述べた。
世界のクラウドサービスシェアの半数を占有するAmazonとマイクロソフト
インターネット化が加速する現在において、その「脳みそ」ともいえるクラウドシェア率の半数を占めているのがAmazonとマイクロソフトである。世界シェア1位は、Amazon(AWS)が30%、マイクロソフト(Microsoft Azure)が20%となっている。
次いで、Google(Google Cloud Platform)やAlibaba(Alibaba Cloud)が5%と続くが、AWSやMicrosoft Azureとは2倍近くの差が開いている。Googleに至っては年間約5,600億円以上の「赤字事業」の状態、一方のAWSは約1.3兆円の黒字で、Amazonの営業利益の約6割と、全体の柱になっている。Amazonのクラウド事業は、NetflixやAppleがAWSを利用しており、世界的なeコマース事業の伸長により今後も安定的な成長を見込んでいる。
NTTがドコモを吸収した背景とは
米Amazonの創業者CEOジェフ・ベゾス氏は、2021年第3四半期で退任し、取締役会長に就任すると2021年2月に発表。後任の新CEOには、AWSのアンディー・ジャシー氏が就任する。
榮枝氏は、CEOに彼が抜擢されたのは、すでにAmazonのEC事業自体がお客を寄せ付ける「紙芝居側」になり、そのお客からの稼ぎを担う「飴玉」の事業が「AWS」という事業構造の変化を指摘する。そして、これと同じようなことが最近、日本でも起こっているのではないかと述べた。
2020年9月、通信最大手のNTTは、4.3兆円で子会社のNTTドコモを完全子会社化すると発表。5Gの登場を睨んでの作戦であるという報道もあるが、榮枝氏はむしろ「サーバー部門をNTTグループで束ね強固にする」という目的があったのでは、と推察した。5Gは人体に置き換えれば血管や血液の部分であり、それらを束ねる脳(=サーバー分野の獲得競争)は理解しておく必要があると説く。日本市場にもAWSサーバー拠点数が増え始めているのも確かだ。
最後に、榮枝氏はグローバルで先行して起こっている事柄は、今後の日本におけるマーケティングのキーポイントになりえるとした。「ゼロパーティデータ」の理解は、今後どの事業でもど真ん中になる深みがある。さらに「デジタル・ネイティブ」の世代に向けた(DNVB)への矛先転換を行い「たんなる紙芝居の展開だけでなく、その先の飴玉は何かを考える」と話して、セッションを締めくくった。
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