統合顧客ID管理に「Auth0」を選んだSUBARUの新デジタルマーケティング戦略とは?
デジタルトランスフォーメーションの波は、自動車の開発・販売の現場にも達している。そこで問題になるのが顧客管理だ。
SUBARUでは目下、新しいプラットフォームの策定に取り組んでいる。「Web担当者Forum ミーティング 2020 秋」のセッションで、株式会社SUBARUの安室敦史氏が、12月に運用スタート予定の新システムについて語った。
2016年に統一ID「SUBARU ID」運用開始、しかし一部サービスには非対応
自動車業界はいま、「100年に1度」とも呼ばれる大変革の時代を迎えている。中でもConnected(コネクテッド/テレマティクス)、Autonomous(自動運転)、Shared(所有から利活用)、Electric(電動化)の4つについては、それぞれの頭文字をとって「CASE(ケース)」とも略され、自動車メーカーが対応すべき技術像として、特に注目が集まっている。
SUBARUもまた、積極的な動きを見せている。安室氏は2008年に中途入社後、ディーラーへ出向して販売担当、マーケティング部門を経て、2020年に設立された「ビジネスイノベーション部」へ配属。現在は「スバルデジタルイノベーション推進部」と兼務する形で、新規事業開発などに取り組んでいる。
直近の計画としては、アプリ「SUBAROAD」の新規公開が予定されている。ドライブアプリの一種だが、最短距離を案内するのではなくあえて“遠回り”をさせるのが特徴。自動車で走行して楽しい、走りがいのある道を案内して、車の運転をより楽しんでもらおうというアプローチだ。
こうしたデジタル施策を充実させる一方で、安室氏が「非常にお恥ずかしい話だが……」と話し始めたのが、SUBARU関連サービスで利用するIDの不統一問題である。
SUBARU関連サービスを利用するための統一IDとして、すでに「SUBARU ID」の運用が始まっている。コミュニティサービスの「#スバコミ」、オーナー向けアプリ「マイスバル」などでは、このIDが利用されている。
一方で、主にロイヤルカスタマーが多く利用するSUBARUオンラインショップや、SUBARUが出場する海外レースの応援ツアーの募集サイトなどではSUBARU IDが利用できていなかった。部門間・グループ会社間でサービスが分断されていて、思うように連携が進まなかったと安室氏は率直に認めている。
ID基盤刷新と同時に、デジタルマーケティング基盤も整備
ID管理の統合は、顧客体験の観点からも急がれるが、やはり技術上・仕様上の課題は多かった。ちょっとしたパスワードポリシーの違いによって、設定すべきパスワードの桁数が揃わない……というのは、その代表的な例だ。
他にもSSOに対応しておらず、サービスごとに毎回ログインしなければならなかったり、ID発行のための確認メールが迷惑メール扱いされてユーザーに届かなかったりといった不便さもあった。また、リード(見込み客)獲得のためのサービスにもIDが要求され、取得のハードルが高いといったことも、昨今のWeb事情からしてみると遅れていた。
これらの解消にむけて、安室氏らの部門では対応方針を以下の3つに整理した。
1. ID認証基盤を中央集権化して統合し各サービスに提供
サービスレベルを統合し、メールアドレス以外の電話番号やSNSによる認証を可能にするほか、各サービスのマスタ・トランを統合。顧客管理基盤との紐付け・連携を実施する。
2. トレンドを踏まえたID管理ポリシーを確立
ID認証については要求水準・仕様が大きく変わるため、将来の変化にも対応できるポリシーを確立させる。
3. 拡張性が高いソリューションと方式の採用
ID管理ポリシーの傾向を踏まえたうえで、システム開発面での効率性確保も目指していく。
そして、2020年6月に成立・公布された改正個人情報保護法への対応も同時に進める。同法では、Cookie利用時の本人同意の徹底など、デジタルマーケティングへの影響が少なくない。
同意取得などの情報をもれなく管理できるCMP(コンセント マネジメント プラットフォーム)をはじめ、統合型顧客管理基盤の整備は急務。SUBARU ID基盤の刷新だけでなく、SUBARU全体のデジタルマーケティング基盤をアップデートする取り組みを今まさに進めている(安室氏)
RFP提示の全ベンダーから「Auth0」導入提案
ここで安室氏は、これまでのSUBARUデジタルマーケティング基盤を図示した。
中核となっている顧客管理基盤が、2017年に導入したTreasure Data(トレジャーデータ)だ。ここへWebサイトのアクセスログ、オフラインイベントの参加データ、メルマガ登録者、さらには販売店内に用意されているWi-Fiの利用歴などを集約している。
一例として、現在はテレビCM効果の可視化も行っている。具体的にはエム・データから提供を受けたテレビ関連のメタデータをCDP(カスタマー データ プラットフォーム)に取り込むことで、具体的にどのCM(番組)を見た後にWebサイトに訪れているか、さらにはどんなコンバージョンに至ったかも把握できるようになっている(安室氏)
そして、将来的に目指しているマーケティング基盤としては、Webサイト構築・運用ツール(CMS)としての「Sitecore(サイトコア)」にはじまり、主要サーバーのAWS移行、そしてID統合基盤である「Auth0(オースゼロ)」の導入が計画されている。また、格納している顧客情報については、特にリードに関連した部分について、自動車ディーラーが利用する「Salesforce」から参照できるようにする。
プロジェクトは2019年8月にスタート。RFP(提案依頼書)をまとめ、これを外部のSIerに提示していく方式で進めていった。各SIerがそれぞれの提案を挙げてくる中、ID認証基盤については全社がAuth0の導入を提案していた。Amazon Cognito(アマゾンコグニート)などをカスタマイズして作るのだろうと想像していた安室氏だったが、ここでAuth0を強く意識することとなったという。
Auth0は2013年創業。米国ワシントン州に本社を構え、IDのSaaS、つまり「Identity-as-a-Service (IDaaS) 」を提供している。
最終的には、要件定義フェーズでAuth0の導入が決定。新型コロナウイルス問題で2020年4~5月には開発が中断し、投資の再判断を行う場面もあったが、これをクリアして開発が再開した。新システムは年内12月にも運用がスタートする予定だ。
「Auth0」採用の決め手は?
最終的なAuth0選定までには、さまざまな項目を検討した。多要素認証、ソーシャルログインなど近年一般的な技術への対応はもちろんだが、ID統合基盤の開発にあたってはセキュリティが最も重要なファクターでもあった。総当たり攻撃からの防御、高リスクと判定された場合の追加認証機能も欠かせない。
一方で、想定されるアクティブユーザー数に対して十分な性能を確保できるか、旧システムから移行しやすいか、保守性に問題はないか、などの点も考慮しなければならない。
実際のところ、Amazon Cognitoは有力な導入候補であったという。その中でAuth0を選んだ理由としては、対応言語65種以上という幅広さ、1つのダッシュボードから設定できるシンプルさ、SSO(シングルサインオン)対応を明言している点などを挙げた。
セキュリティの確保は大前提。そのうえでサービスの統合を目指すSUBARUにとって重要だったのは、エンジニアの実装負荷が低いことだった。色々な外部サービサーに認証機能を“お渡し”して、そこで開発してもらうためにも、その開発負荷を軽減できるようにしておきたかった(安室氏)
開発負荷の軽減はコストの抑制や、機能アップデートのために割くことができる相対的な工数の増加にも繋がる。Auth0では、サブスクリプション型かつマンスリーアクティブユーザー数に基づいた課金形態をとっており、ここも魅力だったと安室氏は振り返る。
最後に安室氏は「SaaS(IDaaS)企業とユーザー企業はWin-Winのパートナーであるべき」との私見を披露した。Auth0のようにSaaSを事業として展開する企業にとっては、採用企業の増加はもちろんだが、その対象サービスを間接的に無償利用するエンドユーザー(消費者)の増加もまた、知名度向上やサービス改良のヒントを得る上で重要という指摘だ。
Auth0は国内採用が多いサービスとまではまだ言えないと思うが、プロダクトとしての優位性が高かったのでSUBARUは採用した。他社でも採用が広がれば、Auth0にとっても事例の蓄積という意味で大きなメリットがあるだろう(安室氏)
Auth0が日本市場展開で得た知見を、さらなる製品改良へ繋げていってほしい──安室氏はこう述べ、講演を締めくくった。
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