ユーザー理解から始まるコンバージョンレート最適化

一対一の対話をコミュニティのチカラで増幅! 森永乳業「Newの森」で広がるファンの声

一対一の対話をコミュニティサイトのチカラで増幅する森永乳業「Newの森」の取り組み

デジタルは効率化のためではなく、エモーションを増幅するために使っています。一対一の対話によってお客さまの心を動かすことを増幅する、それがコミュニティサイトを重視している理由です。

昨年12月にリニューアルした森永乳業のコミュニティサイト「Newの森」では、熱量の高いファン同士の会話が日常的に生まれている。サイトの主な利用者は子どもを持つ女性だ。

商品購入などの直接的なオンライン上のコンバージョン先がない場合、コミュニティサイトの成果を測るのは難しいものだ。しかし、森永乳業では「コミュニティサイトの活用は売上に貢献する」ことを定量的にも定性的にも示すことができるという。

2017年9月で100周年を迎えた森永乳業。同社のコミュニティサイトの運用方針や効果について、マーケティングコミュニケーション部の責任者である寺田文明氏にうかがった。

聞き手: 深田 浩嗣 氏(株式会社Sprocket)

森永乳業の乳製品ファンが集う「Newの森

コミュニティサイトは「エモーションの増幅装置」

深田今回は、コミュニティサイトのコンバージョン最適化というテーマについて話したいと思います。コミュニティサイトは、ECなどと違って直接の成果を測りにくい傾向があります。まず、なぜ「Newの森」をスタートさせたのかお聞かせ下さい。

森永乳業株式会社
営業本部
マーケティングコミュニケーション部
部長
寺田 文明 氏

寺田私がマーケティングコミュニケーション部に着任した9年前は、インターネット広告が今ほど普及しておらず、まだテレビのマス広告が中心でした。しかし、この時すでに、「テレビCMを大量に流してもお客さまに伝わりにくくなった」と感じていました。情報があふれすぎていて、お客さまが企業の発信に関心を失っていたのです。

対策を考えるなか、2011年に渋谷のセンター街で「マウントレーニア」(チルドコーヒー)のフラッシュモブイベントをしたときに起きた、ある出来事にすごく手応えを感じました。

イベントのシャツを来てセンター街を歩いていたら、若者に「何をやっているのか」と声をかけられました。そこで商品やイベントについて1分ぐらい説明すると、「それってうまいんですか?」と聞くのでおすすめしたら、その若者は「それなら今度飲んでみようかな」と去っていったんです。直接話をすることで、人の心が変わった、伝わったことを実感しました。

テレビであの若者を動かそうとしたら、どれだけCMを打てばいいかわからないけれど、私はそのとき絶対に買ってくれると確信しました。つまり、広告をやっても伝わらないけれど、私がちゃんと話せば伝わる。しかし、1人5分として日本国民全員と話すためには、単純計算で4000年ぐらいかかる(笑)。そこで着目したのがデジタルです。

当時のデジタルは効率化のために使われがちでしたが、私はエモーションを増幅させるために使うべきだと思いました。「エモーション」とは、一対一の対話によってお客さまの心が「へえ」と動くこと。その対話を「他の人にも見てもらう」「シェアしてもらう」という増幅の部分でデジタルを使うことが、コミュニティサイトを重視している理由です。

コミュニティサイトは規模よりも質を重視

深田エモーションを増幅させる場所としてコミュニティサイトがあるのですね。その場合、KPIは何に設定しているのでしょうか。

寺田コミュニティのなかで活動してもらうことを目指しているので、ログイン率とアクション率を重視しています。アクションというのは、サイト内の投稿などに対して「いいね!」や「拍手」をしたり、書き込みしたりする行動です。またテキストマイニングで投稿の声も分析しています。

我々の最終目標は、商品を買ってもらいファンになってもらうこと。そして、ファンを続けてもらうことです。一度は買ってもらえたとしても、心が動かなければ続きません。コミュニティサイトでは、「へえ」と納得してもらえるようなコミュニケーションでエモーションに訴えることを目指しています。

だからこそ、「コミュニティで絶対に広告をしてはいけない」と社内では言っています。広告のためだとわかった瞬間にしらけてしまうし、感動を生むような話ができなくなってしまうからです。

深田会員数についてはKPIにはされていないのですか。

寺田会員数は現在3万1千人、数値としては追っていますが、会員数を無理に伸ばす施策は行っていません。人数よりもコミュニティの質を重視しているからです。

たとえば、プレゼントキャンペーンなどを実施すれば人を集めやすいですが、乳製品に興味のないキャンペーンハンターのような人も増えてしまいます。

コミュニティサイトと同時にリアルのイベントも力を入れているので、イベントの参加者などにNewの森のことを知ってもらい、入会してもらうようにしています。昨年は約70のリアルイベントを実施しましたが、コミュニティサイトがあることで、来場後に交流できる場を提供してつながることができています。

心を動かすために必要なプレコミュニケーション

深田コミュニティの規模よりも質を重視しているのですね。イベントと組み合わせたコミュニティでのコミュニケーションのコツはありますか。

寺田関心がない人には、企業から広告で伝えようとしても伝わりません。広告をやる前に関係を作り関与度を高める「プレコミュニケーション」が必要です。

たとえば、ビヒダスヨーグルトにはビフィズス菌が入っていますが、ほとんどの人は乳酸菌との違いを知りません。「ビヒダスにはビフィズス菌が入っています」と感心がないお客さまに言っても、何が良いのかわからずに伝わりません。

そこで、「腸内フローラ」のセミナーイベントを企画して、腸内フローラが健康のためになぜ重要なのか、ビフィズス菌がどういう働きをするのかきちんと知ってもらいます。そのうえで、ビヒダスのことを知ってもらえれば、食べてみようと思ってもらえる。さらに興味関心のある人がコミュニティサイトにも来てくれます。

ここまでがフルセットです。15秒のテレビCMでは伝えきれませんが、コミュニティサイトなら、こうしたプレコミュニケーションから商品の関心を高めるところまで一気通貫でできます。その人たちとNewの森でコミュニケーションを続けることで、ファンになってもらい、その後も継続して買っていただくことにつなげていきます。

特にコミュニティサイトでは、時間をかけて伝えられることも大きいです。15秒のテレビCMでは順を追って説明することは難しいですが、コミュニティサイトなら時間軸に沿って情報を伝えることができます。

先日、腸内フローラとビフィズス菌に関するコンテンツを12話に分けて公開しましたが、このときはユーザーの反応をみながら作成していきました。

腸内フローラの研究活動をわかりやすく伝える「森永乳業 腸研究ものがたり

カスタマージャーニーの設計では、「テレビ広告を見て」「店頭で商品を見て」「Webサイトを見て」というように考えますが、時間軸の設計が難しく、実際にユーザーがどう動いたか計測するのも難しいのが実情です。デジタル上の施策では、どのタイミングで情報を見て購入に至ったかなど、時間軸で計測することもできます。

コミュニティサイトでは、テレビCMでは伝えきれない情報を、時間軸に沿って一気通貫で伝えられる。

深田広告、イベント、コミュニティサイトの3つを使い分けているのですね。

寺田はい。対象商品の市場における普及の度合いに応じて、どの施策を当てるのか、ストーリーを考えています。

新商品はテレビCMなどのマス広告は外せません。広告で認知を取り、店舗の棚に並べられて、イノベーター理論でいうところのイノベーターやアーリーアダプターが購入します。商品がマジョリティにまで普及したら、コミュニケーションが変わり、イベントやコミュニティサイトで関係性、関与度を上げていくことが重要になってきます。

「イノベーター理論」(スタンフォード大学のロジャース教授が提唱)に沿って、ブランドステージごとのコミュニケーションを実施

アイスのピノはすでに認知率が高いロングセラーブランドですから、広告重視ではなく、体験価値を提供する「ピノフォンデュカフェ」を企画しました。ピノはロングセラー商品ですが、最近じわじわ人気がでていて、製造が間に合わないくらいです。

また、ビヒダスならセミナー、チーズは新しい商品が多いため広告比率を高くするというように、ブランドのステージによってコミュニケーションをスイッチします。

東京と大阪で期間限定オープンした「ピノフォンデュカフェ

コミュニティサイトは売上に貢献する

深田多くの企業にとって、コミュニティサイトの成果をどう定量的に説明するのか、どうやってそれを証明するのかが課題になっています。Newの森はいかがでしょうか。

寺田コミュニティは売上に貢献しますね。これは数値にも現れています。2016年にコミュニティ参加前後の購買行動の変化を比較する調査を実施しましたが、会員登録したユーザーデータと購買データ(第三者のポイントカードデータ)をひも付して調査した結果、入会3か月後に森永乳業製品の購買金額が1.8倍となっていました。

また、コミュニティの会員がどれだけの売上げを支えてくれているのか、10品目を対象に過去1年分の購買データとコミュニティ会員のデータをひも付けて調査したところ(拡大推計)、年間の購入金額で大きな売上を上げていることがわかりました。

コミュニティは売上に貢献します。これは、定性的にも、定量的にもわかっています。

深田すごいですね。

寺田この結果は、調査前から定性的にはわかっていました。セミナーを開催すれば、みなさん「買いに行く」と言われますから。ただ、社内で売上に貢献しているのかと聞かれることが多いので、定量的な調査をしました。

他にもアンケート調査したところ、コミュニティ関与度が高いほど推奨意向が高まることがわかりました。広告は、当てればてるほど嫌がられる傾向がありますが、コミュニティは関与度が高いほどロイヤルティが上がるんです。

コミュニティの関与度が高いユーザーほど、購買後の推奨意向も高いくなる

深田コミュニティにはユーザーから様々な声が投稿されると思います。どのように活かしていますか。

寺田ユーザーの投稿をもとに広告を作成したことがあります。コミュニティ内で商品について投稿してもらい、購入した人がどの商品に拍手したか、つまり影響を受けた投稿がどれかを調べました。

そして、その投稿で使われている言葉を使ったヨーグルト「パルテノ」のバナー広告を作り、A/Bテストを実施しました。1つがヨーグルトをすくった「逆さスプーン」(逆さにしても落ちないぐらい濃厚)のもの、もう1つが商品の「こだわり」を伝えたものです。いわば、ユーザーとの共創ですね。

仮説では次のように考えました。

  • 新規の顧客:見た目が面白い逆さスプーンのバナーに反応する
  • 既存の顧客:こだわりの情報を伝えたバナーに反応する

しかし、実際はどちらも逆さスプーンのクリック率が高くなりました。また、広告に接触した人の購買行動を調査すると、新規の方には「こだわり」、既存の方には「逆さスプーン」が効いていたことがわかりました。買ったことがない方は商品について知りたくて、すでに買っている方は面白い逆さスプーンに反応したようです。

コミュニティに効率化は厳禁、手間をかけて育てる熱意を持つ

深田Newの森には、Web接客ツール(Sprocket)を導入いただいています。導入の理由はなんでしょうか。

寺田サイトの既存システムにユーザーフレンドリーではない部分があったため、登録したばかりの人が何をしていいかわからないという課題がありました。ユーザーに心地よく行動を促すために、Web接客がいいだろうということで導入しました。

デジタルのなかでエモーションを育成するには、おもてなしが重要です。MAやAIなどはデジタルを効率的に活用するために使われますが、効率ではなくお客さまの感動をどう生み出すかという視点で選びました。

デジタルツールは効率化のためではなく、心地よい体験や感動を生み出すために使う。

深田コミュニティサイトのような新しい取り組みを始めるとき、社内をどのように説得しましたか。

寺田スモールスタートでトライアンドエラーを繰り返しました。たとえば、公式Twitterはテスト期間を設け、問題が起きたらすぐに停止する形で昨年スタートしました。まったく問題がなく、今では10万人のフォロワーがいます。Newの森も2014年にスタートしましたが、2016年のリニューアルで本格稼働しました。

デジタルのような新しい施策は、ある程度のリスクを誰かが背負い、スモールスタートして成功を見せることが必要です。最初から大きく始めないで、小さなところから本格稼働させるステップが必要です。

コミュニティサイトの場合は、大きなブランドサイトを作る場合に比べればかかる金額は大きくありません。しかもブランドサイトと違って、コミュニティは年間を通じてコミュニケーションできるという点で費用の効率はいいですね。

コミュニティサイトには、お金よりも工数がかかります。エモーションを作るには担当者の想いを入れないといけません。効率的にやろうとか、返信を自動化しようといった発想の人にはできません。テクノロジーを武器にする人よりも、ハートのある人がいないといけませんね。

他社の事例を見ていても、事業会社のなかの人が一生懸命やっているところはうまくいきますが、代理店だよりのところは今ひとつです。

コミュニティの運営には担当者の想いが必要。効率化ばかりの発想ではうまくいかない。

テクノロジーは「感動体験」のために使っていく

深田今後の展望として考えていることはありますか。

寺田デジタルとリアルをからめて、企業の広告コミュニケーション活動に活かすことを考えています。データ活用といっても効率化という意味ではなく、テクノロジーを感動に結びつけるためにAIやVRを活用したいですね。

今年の夏に子どもたちをキャンプに連れて行くイベントを開催しましたが、そのときにドローンで集合写真を撮影しました。そういう新しいことには感動が生まれます。VRで腸内を探検する企画も子どもたちが喜びました。リアルで使えるテクノロジーは試したいです。

深田データ活用で注目していることはありますか。

寺田一番関心があるのは購買データです。お客さまがどういう順番で情報に接触して購買に至るか、カスタマージャーニーを作るための情報接点のデータがほしいと考えています。

最近見たなかで面白かったのは、あるポイントカードの購買データです。コンビニにおける飲料の男女別購買ランキングなのですが、1歳きざみだったのです。そこから、「マウントレーニア」は17歳くらいからランキングが伸びてきて、22歳でトップになることがわかりました。

つまり、大学生のエントリーを高めればもっと売上が伸びるかもしれない。これは、今までの購買データの見せ方を変えただけで複雑なものではないですが、新しい発見でした。

DMPのような形で、こうしたデータを作れればいいのかもしれませんが、今のDMPは小さな目的に対して巨大な提案になりがちです。知りたいことが明確であれば、アドホックでもよくて、巨大なビッグデータ活用でなくても十分だと思います。

また、今はファンサイトのなかにECの要素が少ないので、ECとファンサイトのハイブリッドのようなこともできないかと考えています。

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