ユーザー理解から始まるコンバージョンレート最適化

顧客視点を貫いたマルイのECユーザー分析と戦略、ロイヤルカスタマーへの近道は「靴」の購入にあった

ユーザー理解をベースにしたマルイのコンバージョン最適化

EC事業でまず実施したのがユーザー理解です。分析すると、2回目の購入までの期間が短いほど、お客様として定着してくれる可能性が高いことがわかりました。さらに商品軸で分析すると、「靴」を買う方は継続率が高いことがわかったのです。

マルイの臼井 毅 氏(左)と、聞き手の深田 浩嗣 氏(右)

2016年に10周年を迎えたマルイのECサイト「マルイウェブチャネル」の成長が顕著だ。EC主体のオムニチャネル戦略の推進にも力を入れ、店舗と通販が連携した在庫確認や店頭受取サービスなど、お客様ニーズに応えるさまざまなサービスを展開。2016年3月期のEC売上高は200億円を超え、会員数も伸びている。こうした戦略の背景を支えているのが、徹底したユーザー理解だ。

コンバージョンレート最適化というと、細かい施策の話に捉えられがちで「木を見て森を見ず」の状態になりかねない。個別の最適化に注力するあまり、将来の「ブランドの毀損」「LTVの減少」「顧客離れ」につながるケースもある。

マルイでは、どのようにしてユーザーの理解を深めて成果につなげているのか。オムニチャネル戦略のキーマンである臼井氏にうかがった。

聞き手:深田 浩嗣 氏(株式会社Sprocket)

データ分析からわかった課題は、新規顧客が定着しないこと

深田:コンバージョンレート最適化というと、細かい施策の話に捉えられがちで、「木を見て森を見ず」の状態になりがちです。マルイウェブチャネルでは、課題の設定やコンバージョン定義、仮説の立て方、チームでの情報共有などどのように実施しているのか、具体的な取り組みも踏まえてうかがえればと思います。

株式会社丸井
オムニチャネル事業本部
部長
臼井 毅 氏

臼井氏(以下、敬称略):おっしゃる通り、コンバージョンレート最適化は、施策の有効性など「木」の話に行きがちですが、私はWebマーケティング全般、つまり「森」を見る立場にいます。マルイのECサイト運営は10年目になりますが、私は立ち上げメンバーでもあり、トータルで7年間事業に携わっています。途中3年間、店舗やマーケティングの部署に異動になり、2年前に再びEC事業に戻ってきました。

EC事業に戻り、まず実施したのが「ユーザー理解」です。1つは顧客へのヒアリング、そしてもう1つが購買データの分析です。ECから離れていたからこそ、改めてしっかりやりたいと考えました。

もともとマルイは顧客の声を聞くことを重視しており、グループインタビュー、デプスインタビュー、ユーザー行動観察などを頻繁に実施しています。ヒアリングはその流れで行いました。

データ分析は専門家にも依頼して徹底的に実施しました。まず、お客様を大きく4つのセグメントに分けてポートフォリオを作り、それぞれの課題を見つけていきました。

4つのユーザーセグメント
  1. 会員になったばかりの方
  2. 成長途上の方
  3. 古くからのお得意様
  4. 一度離れてまた戻ってきた方

課題はたくさんありましたが、一番の課題は新しいお客様が継続しないことでした。しかし、データ分析をしていくにつれて、2回目以降の利用継続率をもっと上げられると感じるようになりました。新規のお客様の継続率が上がれば、LTVが上がりますから事業全体の成長につながります。

データ分析からわかった1つの仮説が、「1回目の購入から2回目の購入までの期間が短いほど、お客様として定着してくれる可能性が高い」ことです。よって、1回目の購入後のフォローが重要だということが方針として定まりました。

ロイヤルカスタマーの鍵となる商品は「靴」

臼井:お客様に支持される商品を見つけるべきだとも考え、データ分析は商品軸でも行いました。ユーザー分析だけで購入を促すことを考えてしまうと、クーポンのバラマキのような施策に陥ってしまうからです。

そこで、継続してくれている新規顧客が何を買っているのかを調べたところ、「靴」を買う方は継続率が高いことに気づきました。マルイでは、豊富なサイズの靴を揃えていますが、特に20センチ以下の小さいサイズ、26センチ以上の大きいサイズが、日本の人口構成比の割合よりも売れる傾向があります。他社が叶えられていないニーズに応えることで、マーケットのボリューム以上にお客様から支持を得ています

つまり、自分の悩みを解決する商品に出会えた人との関係は強固になり、関係が継続します。ここで、典型的な関係が継続するユーザーのカスタマージャーニーを描きました。靴をきっかけにマルイで購入いただき、その後アパレル商品も購入いただくといったような、長期的な関係になるというものです。さらに、マルイのクレジットカード「エポスカード」に入会をいただくと、リピート購入が増えていきます。

豊富な品揃えの「靴」という商品をきっかけに顧客のニーズを満たすことが、ロイヤルカスタマーの入り口になる

現場から役員までKPIを共有してレポート

臼井:こうした分析から、ECサイトはシューズアイテムを中心に拡充し、ファッション雑貨を売りにしたサイトにするという方向性が定まりました。

一方で、試着ができないECサイトで靴は買いにくいアイテムです。そこで、購入のストレスを減らすことを目的に靴の配送料は無料、返品の返送料金も無料というサービスを加えました。3足買って2足返品するとしても、購入してもらえる方がいいと考えたのです。

結果、新規顧客の半分の方が靴に関係した商品を購入しています。KPIは「新規顧客のなかに、靴の購入者がどれくらいいるか」に設定にしています。

言うなれば、これが全体戦略の「森」の話です。部署の全員にも戦略を伝えて理解してもらっています。シューズ担当者はもちろん、アパレル担当者にも「靴をきっかけにお客さんになってくれれば、いずれアパレルも購入してもらえる」ということが伝わっています。

ECチームの全員で戦略を理解し、KPIを共有する

深田:購買データを分析し直すことで、ユーザーのセグメント、重要なアイテムを見つけたのですね。データ分析はどのような切り口で進めましたか。分析はやりだすとキリがなく、範囲を決めて実施することが大事だと思うのですが。

臼井:店舗がある小売業として、アパレル市場の購買離れは大きな課題です。データ分析はゼロから課題を見つけるというよりも、日々のデータを分析するなかで「購入商品を軸に分析するべきではないか」という仮説があり、そこからデータを深掘りしていきました。

個別最適化の「木」の話になりますが、日々のデータの分析は「Adobe Analytics」を使い、「流入元」「デバイス」「訪問回数」「受注状況」「買上げ率」「会員登録の有無」「お気に入り登録」「カード申し込み率」などを、週単位で確認しています。毎週見ていますので、どんな施策を打つとどの数字が上がるかという予測でもできるようになりましたし、予測しない数値の上昇など、異常値があれば必ずその原因を調べています。

日頃データ分析を積み重ねているためレポートに変化があれば瞬時にわかるという

深田:週単位ですごく細かく数値を追っているのですね。レポートのKPIがしっかり作られているのはすばらしいです。KPIは何に設定するのかだけでなく、見直しも大切です。それも含めてどのように運用されていますか。

臼井:週単位、月単位、半期単位で見ています。新しいツールを導入する、自社開発するといった施策の結果で数字の構成が変わり、KPIは半年に1回くらい見直しています。この数字はいわば木と森をつなぐ部分であり、可視化して部署のメンバーはもちろん、役員も含めて共有しています。

半期レベルでは、新規、既存、一度離れて復活した顧客の動向なども見ていますし、そのときは商品軸もからめて振り返るようにしています。こうした数値を確認していくことで、「靴をきっかけに購入し、その後アパレルを購入して定着する」という仮説が裏付けられている実感があります。実際、ECレディースのアパレル部門は非常に伸びています。

データを分析して数値確認することで、仮説が裏付けられていることを実感

オムニチャネル化は顧客ニーズに応え続けてきた結果

深田:新規顧客のリピートを増やして定着させるという課題に対し、2年半をかけて成果が出ているということですね。

最初の課題の設定次第では、戦略も大きく変わったと思いますが、課題を決めたときの理由について教えてください。課題の優先度付けは実は意外に難しい問題だと思います。たとえば会社方針との整合性、課題解消の費用対効果を考えるだけでなく、他部門との調整なども必要になります。また一度決めた課題を見直すには時間がかかるため、慎重にならざるを得ない側面もあるでしょう。

臼井:マルイは今のトップの体制になって10年くらいになりますが、そこからお客様ニーズを重視する経営方針になりました。新規顧客のリピートを促進するためには、お客様のニーズにしっかり応えていくことになります。経営戦略とも一致することであり、それに則って最重要課題となりました。

他部門との調整という点では、ECがスタートした直後からEC単体で考えるのではなく、ユーザーのニーズに合わせて実店舗とECの在庫連携なども進めてきました。今の部署名はオムニチャネル事業本部となっていますが、これは今年度からです。旧来のEC事業部と、プライベートブランド商品の開発・販売の部署が統合してできました。

EC事業のスタート直後から、ユーザーニーズにあわせた店舗連携を進めてきた

深田:店舗の担当者にも、ECで扱える商品との住み分けの意識改革があったのでしょうか。ECと店舗で売り上げを取り合うため、なかなか連携が進まないという話も聞きます。

顧客の声を聞き続け共創にも取り組んでいる。2016年4月に開業した博多マルイは、オープンまでに600回以上のお客様会議を重ねたという(「共創経営レポート2016」より)

臼井:10年前にECを始めたときは、「店舗にあるものをECでも買える」というコンセプトでしたが、今のECサイトは店舗で扱わなくなったブランドも提供しています。一方、店舗は店舗でしか提供できない価値や体験を重視しています。実は、マルイの店舗ではアパレルブランドが減り、ライフスタイルなどの店舗が増えているのです。

ECサイトを立ち上げた最初の5年間はお客様の声、ニーズを聞いて優先順位をつけて改善していきました。

たとえば、最初はECの在庫が潤沢になく、すぐに品切れになってしまい苦情がありました。そこで店舗とECの在庫を連動させることで、配送まで少し時間はかかりますが、お取り寄せサービスができました。さらに、「店舗の在庫も見たい」という声を受けて店舗の在庫を表示しましたし、「ECで買った商品の実物を見たい」という声を受けて店舗受け取りを始めた、という感じです。

お客様が喜び、会社として優先順位を付けてリターンがあるサービスやっていたのが最初の5年間だったのです。よく他社から、「マルイさんは、そんなに前からオムニチャネルをやっていたんだ。進んでいるね」と言われることがありますが、ECを開始した当時はオムニチャネルという言葉もありませんでしたし、特に意識はしていませんでした。

経営陣に投資効果を伝えて理解を得る

深田:ECと店舗在庫のデータ連携はシステム改修費用がかかることから、投資対効果が得られないということで、実施できないケースもあるでしょう。マルイでは、どのように経営陣を説得して予算を確保しているのでしょうか。

臼井:弊社は経営陣のWebに対する理解が高いので、他社のマーケターと比べて私は楽をさせてもらっているかもしれません。10年前にファッションECをしっかりやるというコンセンサスができてから、経営陣も先手を打って、システム投資、人材投資をしています。

マルイには、日本で初めてクレジットカード導入を実施したことや(1960年、現在提供するエポスカードの前身)、1995年から単品管理をしてリアルタイム在庫管理を実現したという歴史もあります。グループにシステム会社もありますし、毎年積極的な投資をしています。

ECの商品数は毎年、数万点規模で増えるため、安定したシステムを維持するために先行投資していくことが重要です。これからはオムニチャネルだからといって進めたわけでなく、積み重ねで基盤ができていたのです。

先行したシステム・人材投資によってオムニチャネルの基盤を構築してきた

深田:経営陣の理解が高いということですが、かなり意識して理解を得るためのコミュニケーションをされているのではないでしょうか。

臼井:トップに対して情報を共有するためのコミュニケーションは意識的にやっています。たとえば、プライベートDMPを使ったレコメンドエンジンをあるベンチャー企業と一緒に構築しましたが、そのためにかなり大きな投資をしました。稼働後は、どのような効果があるか、実務担当者を連れて経営陣にも説明しています。

最初はアルゴリズムなど技術的な内容を説明しましたが、経営陣からの要望は「技術的なことよりも、レコメンドエンジンでお客様の体験がどう変わったのか、追体験して知りたい」という内容でした。

そこでデータ解析から新規顧客と既存顧客の典型的な購入パターンを出して、購入体験にレコメンドがどう影響するかをデモで説明しました。お気に入り登録された商品や閲覧履歴、購入履歴などを加味して人工知能が出すレコメンドに対して、「店員がかなわないかもしれない」と言われたことがあります。実際、レコメンドツールを入れてから、受注一件あたりの購入点数が如実に上がっています。

深田:投資の結果、お客様の体験がどう変わったかを具体的に伝える工夫をしているのですね。「典型的な購入パターンを出す」と言いますが、きちんとやろうとすると相当大変だと思います。準備には時間がかかったのではないでしょうか。

臼井:はい。経営陣の耳に入れようと思うトピックについては、日常的に準備をするようにしています。ちょっとした空き時間があればすぐに説明できるようにしておくと、経営陣も自分の意思決定に対して「やってよかった」と思ってもらえるので、次の判断もしやすくなります。日頃の経営陣とのコミュニケーションは非常に重要で、定性的、定量的な両方の効果を伝えることが重要です。

たとえば、Web接客ツールの「Sprocket(スプロケット)」はカード入会を促すために導入していますが、この施策はカスタマージャーニーのなかでも、ロイヤルカスタマーになってもらうためにカード入会が非常に重要だったことから実施しています。

スプロケットの面白いところは、ユーザーにあわせたシナリオをあてていくというテクノロジーはもちろん、人間力を加えたシナリオが実施できることです。シナリオの設計に当たっては、店舗でカード入会案内のエースと言われる担当者の意見を聞き、誰にどんな案内をすると効果的なのか、リアルで培ったお客さんとのコミュニケーションをテクノロジーで再現しています。実際、カード会員の入会率は、ツール導入後1.7倍となり高い効果が出ています。経営陣には施策効果はもちろん、ツールとしての面白さも伝えていきたいですね。

投資効果を説明することで、経営サイドのデジタルマーケティングの理解も深められます。経営陣にとっても、「Web接客ツールとは?」というような最新情報を得る場所になっていて、お互いに良い効果があります。

経営陣に新しいツールや施策の投資効果を説明し、デジタルマーケティングの理解を深める

教育は「強制しない」がチャンスを用意する

深田:担当者も一緒に説明に行くということで、担当者にとっても経営陣とコミュニケーションするいいチャンスになりそうですね。

臼井:そうですね。ちなみに、マルイはEC専業ではないのでWebマーケティングの担当者は定期異動で入ってきた人たちなので、最初は、Web解析はほとんどわからないという人が多いです。

そこで、今年からある会社と組んでAdobe Analyticsの教育プログラムを実施しています。3か月で解析手法、解析のテーマ設定、解決策を考えるところまで一通り学びます。最後は、自分でテーマを考えて分析し、解決策を提案するという課題を実施して卒業となります。良いテーマが出てくることもあり、ここで提案された施策を実施するということもありますね。

この教育プログラムのキモは、強制ではなく自主的な参加にすることです。新しく入った人全員に強制的に受けさせても、効果は上がりません。勉強したいという意欲のある人には、手厚く費用を含めて補助(外部のセミナー参加や参考資料など)しています。

自主的な教育プログラムによって、アクセス解析手法や解決策の考え方を学ぶ

「強制しない」「押し付けない」は、社内コミュニケーションでも重要です。半期に一度数値などを確認する共有会を実施しますが、会議の後半は意見交換をするようにしています。1人で考えることには限界がありますが、「木」の気づきが「森」に影響を与えることもありますから、提案しやすい雰囲気づくりも大切です。

ECの成長サイクルという大きなビジョンを共有していますが、そのなかに自分たちの日々の仕事があるということも伝えています。大きな戦略の話と、日々の細かいオペレーションはつながっていないといけないですからね。

大きな戦略を踏まえた次の戦略

深田:今後はどのようなことを考えていますか。2年半前に定めた課題を継続されるのか、それとも新たな課題に向かうのでしょうか。

臼井:マルイでは、新規顧客との接点拡大策として、店舗のないエリアのショッピングセンターなどで、ECを活用した靴の体験型イベント販売を在庫レスで行っています。間口を広げることで、これまでとは異なる客層の方もエポスカードに入会していただいています。

客層が増えると、さらにいろいろな商材が必要になってきます。ウェブチャネル全体の品揃えを増やして、ライフスタイル全般に広げていくようなプロジェクトをやっていきたいですね。ファッションECだけではもったいないと思っています。

マルイの扱う商品のうち、プライベートブランドのEC化率はおよそ22%、全体ではおよそ10%と、事業規模としてまだまだ成長できます。1.5倍、2倍にするときのタイミング、体制を見据えて手を打っていかなければなりません。お取引先さまの倉庫と在庫連携したことで、一夜にして数万点商品が増えることもありますから、システムの処理能力も重要です。今の倍になったときに大丈夫なのか、セールのアクセス集中をさばけるのかということを考えて先行投資しないといけません。

深田:短期的な目線で、コンバージョン最適化として何か取り組もうとしている施策はありますか。

臼井:靴を主力で売るなか、配送・返送無料は正直コストが負担になりますから、返送をどうやって減らしたらいいのか考えています。

それには、お客様が「これなら大丈夫」と安心して買えることが大事です。その1つがサイズですが、サイズに関するテクノロジーを使えないかと考えています。たとえば、店舗で人体の3Dデータを取得し、オンラインで購入する時に商品のデータを組み合わせられないかなど調査しています。小売の知見とテクノロジーを組み合わせて、お客様の体験を改善することを目指していきたいですね。

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