正しいカスタマージャーニーの設計と実践――理念→全体設計→実装→運用の全体像と具体的なポイント
カスタマージャーニーを活用し、カスタマーエクスペリエンスを重視した「いいWebサイト」を作っても、大量のちらしが送りつけられるようなメール運用では顧客の気持ちは離れてしまう。ゴルフ関連ポータルサイト「ゴルフダイジェスト・オンライン」では、マーケティングオートメーションを使った適切なコミュニケーションや、キャラクター設定による親近感の演出といった工夫でメールでのコミュニケーションを最適化した。
株式会社ゴルフダイジェスト・オンラインの志賀氏は、「カスタマーエクスペリエンス コンファレンス 2016」において、その過程と結果について「【詳細事例】正しいカスタマージャーニーの設計と実践――理念→全体設計→実装→運用の全体像と具体的なポイント」と題し、解説した。
適切なタイミングでコミュニケーションする
ゴルフダイジェスト・オンライン(以下、GDO)は、ゴルフ関連のポータルサイトとして2000年にスタートした。カスタマージャーニーの考え方を取り入れた、
- 知る(ニュースやレッスン記事などのメディア事業)
- 買う(EC)
- 予約する(ゴルフ場の予約)
- プレーする(スコア管理など)
といった豊富なサービス・コンテンツがある「いいWebサイト」だ。通常のECやブッキングサイトよりも多くの顧客接点を持ち、会員数も順調に伸びている。ただし、Webサイトへ誘導するための会員向け販促メールについては問題があった。
かつては、複数の事業部がそれぞれ、曜日や時間を決めて全会員へ販促メールを送っていた。
サービスが豊富ということもあり、ひとりの会員へ一日に配信するメールは2~5通、1か月で60~89通、年間にすると730~1200通となる。
年間1200通というのは異常な数字で、これではまるでスパムメールだ。
顧客のジャーニーや行動文脈、心理を一切無視して、GDOの都合でメールを送っていたため、顧客体験で重要な「適切なタイミング」で「適切なコミュニケーション」を実現しているとは、とても言えなかった。
そこで取り組んだのが、カスタマージャーニーをもとにしたコミュニケーションとしてメール送信を設計し、マーケティングオートメーションでそれを実現することだ。まずメールの配信方法は、以下の3つを組み合わせる。
- スケジュール型
曜日や時間を決め手送信する従来の方法も完全になくすわけではない。
- イベントドリブン型
顧客の行動に応じて、タイミングに合ったメールを送信する。
- ステップ型
いくつかのメールを自動的に順番に送る。
配信内容は、需要創造、刈り取り、リマインド、フォローアップ、関係性向上といったさまざまなものがあり、これにより顧客接点が増える。ただし、個々の接点での配信メール量は減る。事業部では「これまで送っていたメールをやめると売上げが減る」と思い込んでいる場合があるが、メールの量が減っても、適切なタイミングでコミュニケーションをとるほうがコンバージョン率は高くなる。
コミュニケーションの顔を設定する
最近は、ソーシャルメディアを使ったマーケティングで、企業がキャラクターを設定して親近感を演出することが多い。それと同様に、メールを書いているキャラクターを設定すると、コミュニケーションをとりやすくなる。キャラクターを設定するには、以下のようなポイントがある。
- 主要顧客層のペルソナを設定し、そのペルソナに最も好まれるキャラクターを設定する
- 自社の顧客理念や行動指針を体現したキャラクターを設定する
- キャラクターに深みを持たせるには、実在の人物をキャラクターにする
たとえばGDOの主要顧客層は40代から50代男性なので、初めは30代~50代男性の人気ランキング1位の女性芸能人「綾瀬はるか」をキャラクターとして考えた。綾瀬はるか風イラストのキャラクターを使うという話もあった。
しかし、キャラクターに奥行・深みを持たせるため、実在の人物をモデルにした方がよいという意見が出て、若手女性社員をキャラクターとして配属、実際にメールを書いてもらっている。キャラクターを設定したメールを送ることで、実際に接客している雰囲気を出すことができる。
具体的なシナリオ例としては、以下のようなものがある。
ウェルカムプログラム[関係性向上]
会員登録後、自動的に流れるステップメールで、約1か月で約20通のメールが届く。いきなり「買ってください」というメールを送らないことが重要なので、この一連の流れで届くメールはチラシ風ではなく、情緒的な内容になっている。
この一連のメールの目的は販促ではなくGDOという大きなサイトを理解してもらうことなので、顧客との関係性を深めるためにキャラクターを起用している。
また、ゴルフ場予約起点かEC起点か、あるいは会員登録だけを行ったのかというユーザーの文脈に合わせて、配信するコンテンツの順番を入れ換えている。
ウェルカムメールは、毎日平均300人程度に送信されるが、開封率は25%ほど、感想コメントでも好評だ。
利用回数に応じた文面[フォローアップ+関係性向上]
ゴルフ場予約を利用した際に送る、イベントドリブン型のお礼メール。回数に応じて、文面を変化させる。初めのうちは丁寧、他人行儀だが、回数が増えると、馴染みのお客様風に、フレンドリーになる。これも開封率がいい。
顧客にとって嬉しいメール[リマインド+刈り取り]
セール対象商品を閲覧して未購入の会員に、セール終了日を案内するなど、「買ってください」ではなく「こういう情報をお知らせしたら喜ばれるだろう」という観点で送るシナリオ。興味のある商品をピンポイントで訴求するため、CVRは非常に高くなる。
中心に「顧客理念」を置くことが重要
以上のような具体的な手法のベースとなるのが、「顧客理念」である。顧客理念とは、接客方針や自分たちがお客様にとってどういう存在でありたいのかという考え方だ。
GDOでは、「お客様のゴルフライフに寄り添う存在」を顧客理念とした。もし友人相手であれば、「買ってくれ」という話ばかりするはずはない。最も重視したのは、単に購入したり予約するだけの「自動販売機」にはならないということだった。
これにより、「GDO都合の大量メール配信」から、「コミュニケーションシナリオに添った、多様だがひとつひとつは少量のメールコミュニケーション」に変化した。メール数は減ったが、コンバージョンは増えている。つまり、無駄なメールが減り、ユーザー体験としては鬱陶しさが減っていることになる。
志賀氏はつぎのようにいう。
お客様の行動・感情・本音を考察・整理することで、あるべきユーザー体験をデザインできる。カスタマージャーニーはそのためのツール
カスタマージャーニーを描くことで、顧客との接点の整理ができるし、必要なサービス・コンテンツを導出できる。GDOは、「買うとき」「予約するとき」だけWebサイトに来てもらうのではなく、それ以外にも、「お客様のゴルフジャーニーに寄り添うサービス・コンテンツを提供し、より多くのお客様接点を構築する」というコンセプトで、豊富なサービス・コンテンツを提供している。そして、顧客理念の考え方を導入することで、メールでのコミュニケーションも適切で効果的なものになっている。
運用状況は、メルマガ会員が約79万人、シナリオ数は約65で、メールテンプレートは約300ある。運用体制は、マーケティング担当者のほかにシステム担当者がいる。マーケティングオートメーションは「マーケターが自由に触れる」という触れ込みが多いものの、実際にはそうではない。複雑な条件を設定するにはSQLで抽出しなければならないこともあるためだ。
マーケティングプラットフォームは、データコントロール、データ蓄積、トラッキング、ディストリビューションの各システムが階層になっている。GDOではログデータを使った仕分けもしているため、ビッグデータ処理のシステムもある。メール配信はディストリビューション層で、マーケティングオートメーションは「SalesForce Marketing Cloud」を利用している。
カスタマージャーニーの設計では、顧客理念を設定してからジャーニーやオペレーションを考えることが重要だ。また、ペルソナごとの、広範囲できれいなジャーニー作りに時間を掛けすぎないよう注意する必要がある。カスタマージャーニーはあくまで妄想なので、ユーザー行動に焦点をあて、タイミングと文脈を洗い出し、仮説検証しながらジャーニーを作り上げる方がいい。ペルソナは、コンテンツクリエイティブに反映させればいいのである。また、メールチャネルでマーケティングオートメーションを実装する際には、最初から複雑なコミュニケーションを実装せず、運用に耐えられるようシンプルにしておく方がいい。
- システム障害や誤配信を前提に、対応方法やエスカレーションルールを定めておく
- マルチチャネル対応とクロスチャネルのコミュニケーションシナリオを検討する
抵抗勢力の説得にはA/Bテストを行う
従来の考え方とは違う「顧客理念」という考え方は、そう簡単には浸透しないかもしれない。GDOでも「全社的にはあまり浸透していない」状態で、時間をかけてインナーブランディングが必要という。ただメールに関しては、顧客理念を理解している責任者を配置しているため、顧客理念やカスタマージャーニーに沿わないメール配信は抑制されている状態になっている。少なくともトップがわかっていれば、プロジェクトはうまくまわるということだ。
売上げに責任を持つ部署からは、新しい考え方や配信量を削減することのへの抵抗が、当然のことながらあった。各事業部では、「今まで出していたメールをやめたら、売上げが減る」と思い込んでいることも多く、仮説の良し悪しを議論する空中戦が増えて話が前に進まなくなることもある。その場合は、実際にテストして効果を見せることで説得すると話がスムーズに進む。たとえば、
- Aグループ:カスタマジャーニーをベースにコミュニケーションをとる
- Bグループ:従来方式でコミュニケーションをとる
の2つのグループで、新規会員登録から2カ月間を比較したところ、以下のような検証結果となった。
- 配信数は従来と比較し64%に削減
- 開封率は175%に上昇、トータル開封数も113%と増加
- クリック率は134%に上昇
- 稼働率は127%に上昇
また、アンケートでもおおむね好評で、配信数は減ってもコンバージョン率が上がるという結果となっている。
カスタマージャーニーをベースとしたコミュニケーションプランを考えていくと、顧客の行動文脈に応じたタッチポイントを創造でき、コミュニケーションのタイミングは増える。それがわかれば、今まで送ってきたチラシのような大量配信は、弊害しかないと考えるようになる。ゆえに全体としてはメールの配信量は削減される方向に動く。事業部になかなか理解してもらえないという場合は、このようなA/Bテストを行って、効果を実感してもらうのがいいだろう。
顧客とのメールコミュニケーションも、正しいカスタマージャーニーの設計と運用がともなわなければ、単なる迷惑メール攻撃のように思われてしまう。ユーザー体験までデザインすることで、適切で効果的なものにしよう。
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