カスタマージャーニーマップを正しく活用するには「おもてなし」と「カスタマーエクスペリエンス」の理解から
カスタマーエクスペリエンス(顧客経験価値)が、サービス設計やマーケティング戦略において重視されつつあります。カスタマーエクスペリエンス向上の実践に向けて、顧客理解を深め、具体的な施策へと落とし込むために活用されているのが、「カスタマージャーニーマップ」です。
この記事では、カスタマージャーニーマップを正しい目的で使うために必要な、カスタマーエクスペリエンスが重視される背景とその本質について解説します。
顧客の行動文脈を可視化するカスタマージャーニーマップ
「カスタマージャーニーマップ」とは、サービス設計の際に顧客の行動文脈を旅(ジャーニー)のプロセスに見立てて可視化し、把握する手法やそのために描いた図を指します。サービス全体の機能やタッチポイント(顧客接点)を示し、その上を顧客がサービスを利用したり商品を購入したりする行動を描いた図は、まさに「顧客の旅行地図」といえます。
カスタマージャーニーマップは、サービスのアイデア発想や設計のためのヒントを発見し、よりよいカスタマーエクスペリエンスを実現するために使われます。よりよいカスタマーエクスペリエンスを実現するという正しい目的でジャーニーマップを利用するには、サービスのフェーズやタッチポイントにおける顧客の行動はもちろん、顧客の思考や感情まで把握する必要があります。
しかし、何をどこまで描き込むべきかの線引きはあいまいで、意外に難しいものです。さらに、描かれたカスタマージャーニーマップをもとに、カスタマーエクスペリエンスの向上というゴールにつなげるにはどうすればよいのか。カスタマージャーニーマップを正しい目的のために用いられるようにし、その価値を引き出すためには、まずカスタマーエクスペリエンスを理解しなければなりません。
そこで、まずカスタマーエクスペリエンスそのものを理解するために、その本質となぜいま重視されるようになったかについて説明します。
カスタマーエクスペリエンスは“What?”ではなく“Why?”で考える
カスタマーエクスペリエンス(あるいはユーザーエクスペリエンス)というキーワードがビジネスの世界でささやかれるようになってからだいぶ時間が経ちました。それにもかかわらず、この言葉は依然として意味が判然としないままで、まともな議論もされず、ただメディアでもてあそばれているだけのような印象を受けます。
少しでもわかりやすく伝えようと、カスタマーエクスペリエンスを日本語の「おもてなし」に近いものだと説明する人もいます。しかしそうすると、カスタマーエクスペリエンスは、古くから日本に存在してきた「おもてなし」とは何が異なるのか、なぜいまさら別の言葉でいい換える必要があるのか、かえってわからなくなる面もあります。
もちろん、「おもてなし」という説明は間違いではありません。しかしその場合には、「旧来のおもてなし」と「カスタマーエクスペリエンスなおもてなし」の違いまで説明する必要があります。
カスタマーエクスペリエンスという語がなかなかピンとこないのは、そもそも理解しようとする側の発する“問いの形”にも原因があります。つまり「カスタマーエクスペリエンスとは何か?」という問い自体が、その理解を難しくしているのです。
「何か?」と問えば、それは「おもてなしのことだ」となりがちです。そうではなく「いま、何のためにカスタマーエクスペリエンスを重視するのか?」と問うことが必要です。
「What?」(それは何か?)ではなく「Why?」(なぜそれなのか?)と問うこと。それによって初めて、「旧来のおもてなし」と「カスタマーエクスペリエンスなおもてなし」の違いを理解する糸口が見つかるのです。
新しい方法で顧客の状況に応じたサービスを提供するために
あらためて、いまカスタマーエクスペリエンスを重視するのは「何のため?」なのでしょうか。
それは「これまでにはなかった方法で顧客の状況に応じた適切なサービスを提供することで、市場における競争優位性を獲得するため」です。
「顧客の状況に応じた適切なサービスを提供する」という点だけなら「旧来のおもてなし」との違いはありません。両者の違いのポイントは「これまでになかった方法で」という点にあります。
「カスタマーエクスペリエンスなおもてなし」と「旧来のおもてなし」の違いは、インターネットやモバイルの技術によって可能になった「これまでになかった方法」が使われていること
インターネットやモバイルが普及したことで、近くにいない人の状況でも把握できるようになりました。しかも、同時に多くの「近くにいない人」の状況を把握できます。インターネットやモバイルの普及によって、より遠く、より多くの人に、同時におもてなしを届けられる可能性が生まれたのです。
旧来のおもてなしとは異なる新しいおもてなしを提供できるようになったことで、その領域で新たなビジネスチャンスをつかもうとする動きが活発化しているわけです。
- インターネットやモバイルの普及で従来にはない新しい方法でおもてなしが可能になった
- それを競争優位性として新しいビジネスを生み出そうとする動きがでてきた
- 「カスタマーエクスペリエンス」を戦略として採用することが重要になった
カスタマーエクスペリエンスは決して、「Webやモバイルのサービスの顧客体験をよくしよう」という単純な話ではないということは、しっかり理解しておきましょう。
企業が「これまでにはなかった方法で顧客の状況に応じた適切なサービスを提供することで、市場における競争優位性を獲得する」ために採用する戦略、それこそがカスタマーエクスペリエンスなのです。
カスタマーエクスペリエンスを重視した戦略の成功事例
ここでは、カスタマーエクスペリエンスを戦略として採用することで、新たなビジネスを生み出した2つの事例を紹介します。
- オンデマンド輸送サービスの「Uber」
- レンタルルームサービスの「Airbnb」
Uber ―― 人びとが利用する交通手段に革新をもたらす
オンデマンド輸送サービスの「Uber」(ウーバー)は、2009年に設立したスタートアップ企業です。少し前までは、専用のスマホアプリで近辺にいるタクシーを呼べて、そのままアプリ経由で料金も支払えるオンデマンド配車サービスを提供していました。
ところが最近では、1台のタクシーに他の乗客と乗り合わせて料金を分割支払いできるようにしたり、予約できる乗り物をタクシー以外にも広げて「Boat To Work」(ボートで通勤)というボートのレンタルまで可能にしたり、より広い領域で人々の交通手段に革新をもたらす企業へと進化したりしています。
そんなUberは、現時点での主力サービスであるオンデマンド配車サービスの提供を、米国の31都市からロンドン、パリ、ミラノ、アムステルダム、ベルリンといった欧州の都市やバンガロール、ニューデリー、ソウル、シンガポールといったアジアの都市など、20か国にまで広げています。
これらの多くの都市で既存のタクシー業者と競合しており、いくつかの都市ではUberを占め出そうとする対抗勢力の妨害を受けています。既存のビジネスを提供する側にとって、脅威と感じられているわけです。
さらに、既存のビジネスにとって脅威であるということは、利用する顧客の立場からすると、従来のサービスからは提供されなかった新しい体験価値を提供してくれる魅力的なサービスだという見方もできます。
Uberのもたらした新しい体験は、スマートフォンの位置情報を使って、近くのタクシーを簡単に呼び出せるというものです。そして、タクシーが迎えに来る様子もスマホの画面にリアルタイムで表示されます。既存タクシー業者によるサービスの質がよくなかった米国では、自分を迎えにきてくれるタクシーを確認できることには大きな価値があります。
さらにUberのアプリでは、顧客とタクシー運転手がともにレビューを残すことができます。それにより運転手の質と顧客満足度も上がったといわれています。
Uberは、カスタマーエクスペリエンスを重視したことで、市場における競争優位性を持つことができた好例だといえるでしょう。
Airbnb ―― “泊まりたい”と“泊まってほしい”をつなぐ
世界中の人と部屋を貸し借りするサービス「Airbnb」(エアービーアンドビー)も、カスタマーエクスペリエンスを重視する戦略によって成功した例の1つです。
Airbnbは、世界中の人どうしが、誰かの部屋を借りたり、逆に自分の部屋を貸し出したりできるルームレンタルのプラットフォームサービスを提供している企業です。米国のサンフランシスコに本社を持ち、創業は2008年。現在は、192か国、3万4000都市の賃貸可能な物件が登録されています。
部屋を貸し出す「ホスト」という人たちが登録している物件には、個人の住宅だけでなく、城やツリーハウス、イグルー、個人所有の島なども含まれます。ホテルとは比較できないほど個性豊かな部屋のなかから宿泊先を選べるのです。
Airbnbのサービスがもたらしたのは、従来になかった新しい旅の体験だといえるでしょう。
従来であれば、現地に既知の友人や知り合いがいない限り、旅行の宿泊はホテルなどの宿泊施設に限られていました。しかし、Airbnbを利用することで、誰でも現地の一般家庭に泊まることができます。
単に宿泊料金が安く済むだけではなく、部屋の提供者と知り合い、ともに過ごすことができるという、旅行の体験を大きく変えるきっかけも得られます。
部屋の提供者にとっても、利用してもらうことでいろいろな国からやってきた旅行者たちと知り合い、その人々を通じて異国の文化に触れることができます。
Uberと同様にAirbnbも、既存の商業宿泊施設にとっては競合するサービスです。そして、顧客にとっては既存サービスにない新しい体験や価値を享受できるという点も同じです。その意味で、Airbnbもまたカスタマーエクスペリエンス戦略によって市場での競争優位性を獲得したといえます。
顧客の行動のパターンとその背景にある意識を理解することで
初めて“おもてなし”が可能になる
カスタマーエクスペリエンスを戦略として採用することで、従来になかった顧客体験を生み出す新たなビジネスを展開し、それによって市場における競争優位性を獲得している例として、UberとAirbnbを紹介しました。
両方に共通しているのは、インターネットやモバイルの力を活用することで、顧客のその時々の文脈に応じた適切な価値提供をスムーズに行っている点でしょう。
さらに、この2社には2種類の顧客が存在し(Uberなら乗客とタクシー運転手、Airbnbなら泊まりたい人と泊まってほしい人)、その2つの異なるニーズを持った者どうしをそれぞれの状況に応じてうまくマッチングしている点も共通しています。
こうした顧客の状況に応じた価値提供ができるのは、顧客がどういう状況の時にどういう価値を提供すべきかが事前にわかっているからこそなのです。
旧来のおもてなしでは、気配りによって顧客の状況を把握していました。それに対して事例で挙げた2社の場合は、それをインターネットやモバイルの活用によって実現し、より広範囲に提供しているのです。
そもそも、おもてなしというのは、その時々に応じて顧客が必要にするであろうことを先回りして提供することで価値を生みます。顧客が欲した時にはすでに提供する準備が整っていることが、おもてなしの前提条件ではないでしょうか。
おもてなしは客を待たせません。もちろん、顧客の望まないもの、好みでないものを提供することもありません。このようなおもてなしは、顧客の状況をよく察する心遣いがあってこそ可能になります。
この心遣いとは、旧来のおもてなしであれば、長年顧客を見てきたことで培われた接客担当者の経験によるものでしょう。顧客がどんな状況のときに何を欲し、何を喜びとするのかを察すること、つまり顧客の行動パターンと意識の動きについての知識です。
これを現在のカスタマーエクスペリエンス戦略の文脈に当てはめると、なぜカスタマーエクスペリエンスの話題で「顧客の文脈を理解する」ことや、そのためにサービスを利用する「顧客の旅」(カスタマージャーニー)の文脈を把握することが重視されるのか理解できるはずです。
カスタマージャーニーマップの本質は
「おもてなし」における「心遣い」の可視化と共有
カスタマーエクスペリエンスの戦略において、実際にサービスを設計する際に用いる「カスタマージャーニーマップ」のような「顧客の行動文脈を旅のプロセスに見立てて可視化して把握する手法」を用いるのは、まさにサービス設計を行うメンバーが旧来型のおもてなしを提供していた経験豊富な接客担当者同様に、顧客がどんな状況のときに何を欲し、何を喜びとするかを理解するためです。
そうした顧客行動を包括的に見たうえでの理解があって初めて、従来は存在しなかったような革新的な顧客体験を生み出すようなサービスを設計できるようになるのです。
「顧客の行動文脈を旅のプロセスに見立てて可視化して把握する手法」であるカスタマージャーニーマップを作成する目的は、UberやAirbnbのような「顧客の体験をまったく新しいものに変える革新的なサービスをどうすれば現実化できるか」を考えることですので、それを意識すれば、どうすれば、顧客の旅の道のりを描くことができるかは自ずとわかるはずです。
以下は、カスタマージャーニーマップの作成や利用の例です。
顧客がいま、どんな流れでサービスを利用しているかを把握するため、フィールドリサーチをする。
フィールドリサーチの結果、サービス利用目的や行動傾向のパターンに応じて、顧客をセグメント化~モデル化(ペルソナ)する。
ペルソナごとに、行動の流れに沿って、顧客が接したタッチポイント、そこでのインタラクション、考えたこと、感じたことなどの要素とその関係性を明確にしながら、視覚的にマッピングを行う。
マッピングを行う際は、フィールドリサーチで撮影した写真などをそのまま貼り付けてもよい。
現状のサービス体験のどこに革新へのヒントが隠されているかを、マップを見ながら検討する。
改善のためのヒントを探るためには、なぜ現状のサービス体験がそのようになっているかを、サービスに関わるステークホルダー間の関係性なども別途考察しながら、まったく別のサービスの形はないか、想像力を膨らます。
想像力を膨らませて新しいアイデアを考えるためには、その都度、ストーリーボードやボディーストーミングのような視覚化の手法や身体表現の手法を使いながら、目の前のマップをどう変化させればよいかを議論する。
顧客の体験を理解し、それをヒントにこれまでなかったようなより価値の高い顧客体験について思いを巡らせる、その手助けをしてくれる手法の1つがカスタマージャーニーマップなのです。その作成から利用への過程においては、上の例でも示したように、カスタマージャーニーマップだけでなく「フィールドリサーチ」「ペルソナ」「ストーリーボード」「ボディーストーミング」のような別の手法との連携も必要になることもあります。
「カスタマージャーニーマップをどう作ればよいか」をいくら考えても、答えは見えてきません。しかし、「顧客の体験をとにかく理解しよう」と強く思い、知っていること、教えてもらったこと、調べてわかったことを整理しようと紙の上で作業をすれば、その結果がカスタマージャーニーマップになると思ったほうが、目的に沿った答えが見つかる確率は高まります。
そう、カスタマージャーニーマップには正しい利用目的はあっても、正しい作り方はないのです。
カスタマーエクスペリエンスの戦略をとるなら
少なからず既存のビジネスの形を破壊することになる
すべての企業が、UberやAirbnbと同じくらい革新的な顧客体験を創造することを望んでいるわけではないでしょう。しかし、カスタマーエクスペリエンスを戦略として採用することで、顧客の体験を向上し、自社サービスをいま以上に顧客のニーズに応えるものへと変えることはできます。
たとえばそれは、「病院の待合室でのいつ名前が呼ばれるかわからない憂鬱な待ち時間を、よりスマートな体験に変えるような改善」や、「より楽しくて効率よく買い物ができる売り場の設計」なのかもしれません。
カスタマーエクスペリエンスの視点で自分たちのサービスを見直すことで、より顧客の行動パターンに適していて喜んでもらえるサービスの形が見つかるかもしれません。
ただし、その時に忘れてならないのは、「どんな改善であろうと、カスタマーエクスペリエンス戦略によって顧客の体験価値をよりよいものにして、市場における競争優位性を獲得しようとする試みは、少なからず既存のビジネスや仕事の仕方を破壊するものである」ということです。
そうです。いまの形を壊さないと、よりよい新しい形は生まれないのです。なぜなら、カスタマーエクスペリエンスとは、新しい方法で顧客の状況に応じたサービスを提供するための戦略であり、古い方法にこだわる限り新しい方法を採用することはできないのですから。
特集「顧客の行動パターンを理解するためのカスタマージャーニーマップ入門」の次回では、実際のWebサイトの企画をとおしてカスタマージャーニーマップを作るプロセスについて紹介します。
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