コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の百八十参
温泉に行かなくなった理由
自宅から自動車で10分ほどのところに都市型温泉施設があります。私は長湯が苦手なため「カラスの行水」なのですが、近所のパチンコ屋でもらった「タダ券」をきっかけに通うようになりました。私が温泉にはまった理由は1つ。
風呂上がりのビール
露天風呂で汗を流してから、喉に流し込む冷たい生ビールの美味さは格別です。運営会社は株式上場しており、調べてみると「株主優待」で「タダ券」がもらえると知り株主になりました。半期で4枚届くので、年に8枚もらえます。快楽はクセづくもので、タダ券がなくなっても正規の料金を支払い、ビールを飲みに……もとい、お湯に入りにいっていました。
ところが、この春から優待券が入湯料50%オフ券になり、すっかり足が遠のきました。販促サービスは客に計算させてはならないのです。
消費者心理の深層
温泉施設の正規の入湯料は700円で、50%オフなら350円です。しかし、問題は金額の多寡ではありません。いまどき「株主」になる余裕があれば「家風呂」をもっています。すると割引額を計算し、「風呂代」の350円を損得という天秤にかけてしまうのです。
さらに客に計算させるデメリットを「生ビール」を例に見てみます。この温泉施設の食堂では、サントリーの「ザ・プレミアム・モルツ」の中ジョッキが530円で販売されています。中ジョッキとひとくちにいっても「容量」に定義はなく、400~500mlが一般的ですが、これはすり切り一杯まで注いだ量です。飲食店では七~八分目まで注ぎ、残りは「泡」で埋めることでビールの酸化を防ぐ注ぎ方が美的とされています。すると、仮に400mlに八分までなら320ml、泡をプラスすると350ml缶とほぼ同量です。プレミアムモルツ350ml缶の市場価格は220円から250円ほどですから、倍以上の値段を払うと計算してしまうと……酒飲みなら「家飲み」が有力な選択肢として浮かんできます。
計算するということ
飲食店の価格にはグラスの洗浄代や店内の空調費なども含まれていますから、前述の計算だけで損得を量るのは間違いですが、客に計算をさせると「デメリット」に目がいく可能性があるのです。語弊を怖れずに言えば、販促サービスを考える際は、算数が苦手な「バカでもわかる」を基準にすべきなのです。
温泉の運営会社としては、年間8枚の枚数は変えずに50%オフと額面を変更したのは「来店回数」を維持することが狙いだったのでしょうが、先ほど述べたように「風呂代」の計算から「来店機会」をゼロにする可能性もあります。これは経理上の処理もあり、一概にはいえないのですが、私が経営者ならタダ券を優先し、枚数半分にして年間4枚のタダ券を提供します。来店回数が0になるより4の方がマシだという打算です。
モノという武器
そもそも「タダ券」のような極端な割引施策は開店時の認知度向上などといった短期決戦に使うものであり、出資者である株主へのサービスとして適切ではありません。購入した株を株主が売らないようにつなぎとめることで、価格を維持する株価対策だったとしても、この温泉会社の当初の優待券は株価で換算すると2万円(200円で100株)前後購入すれば優待の対象となり、年間8枚のタダ券は、700円券×8枚=年間5,600円と年利28%は優遇しすぎです。ちなみに新優待制度下での直近株価は100円前後ですから、株価は優待券と同じ「50%オフ」となり、株主という人種の「計算高さ」が透けて見えます。
サービスは現物支給
これが鉄則です。先ほどの温泉なら「生ビール無料券」や「瓶入り牛乳1本プレゼント券」でもいいでしょう。温泉施設では1本150円ほどで瓶入り牛乳が売っていますが、無料にしても入湯料の50%オフより安く抑えることができます。
調べないお客
冷えたビール、美味しい牛乳の満足感が記憶に刷り込まれれば成功です。現物支給なら客に計算を強いることはありません。金額はインターネットで調べればわかるだろという反論にはこう答えます。
そこまでする客は少数
消費者はそれほど「ネットで調べない」のです。上記の株主優待の計算も、私が商売人だからであって、一般消費者がそこまで計算することはないでしょう。もちろん、高額な商品や趣味性の高いジャンルなら話は異なりますが、株主優待の「おまけ」にそこまで情熱を注ぐ客は少数で、ネット通販などでプレゼントする「粗品」程度のノベルティでも同じです。インターネットで商売をしているWeb担当者にとって「ネットで調べる」ことは当たり前ですが、非ネット業界人の「調べる力」はそれほど高くありません。
見かけ上の数字というトリック
優待券に金額をいれないのは「計算」させないための基本です。来店してメニューを見れば「金額」はわかりますが、この時点で販促目的である「来店」は成功しているので問題はありません。そして現物支給は数字をかさ上げできることも魅力です。先ほどの温泉ではビールは530円、牛乳は150円ですが、店の負担はどうでしょうか。ビールの仕入れ値は契約によって異なりますが、350ml相当で200円前後、つまり市販価格とほぼ同じです。すると実質の負担は200円ほどで530円相当をプレゼントされた……と客は勘違いしてくれます。ビールや牛乳の原価に詳しい人はそれほど多くなく、メニューに掲載された価格を店のサービスだと理解するのです。
最後に1つ、通常営業時の販促サービスでは「本業」を外すものです。なぜなら、販促サービスとは顧客への利益還元と同時に消費拡大を目指すものだからです。入浴してもビールや牛乳を飲まない客は沢山います。それなのに入湯料を無料にすれば、ただのボランティアです。株主優待とはいえ、オーナーである株主が自分の店を無料で利用しては経営に悪影響がでるのは自明です。レストランが「ランチ無料」にすれば早晩倒産することでしょう。「本業」とは温泉においての入湯料で、レストランならランチやディナーです。入湯料やランチはしっかり金を取り、生ビールやデザートといった「消費の上乗せ分」から割り引くのが販促サービスにおける鉄則です。
今回のポイント
お客に銭勘定をさせてはならない。
原価で売り上げ分よろこばれる現物支給。
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コメント
優待券とクーポン券
いつも楽しく拝読させて頂いております。
少々思ったのですが、「700円券×8枚=年間5,600円と年利28%は優遇しすぎです。」について、確かに売上という観点、例えばセールですとかオープニングの集客というクーポン・割引券的な見方をすればその通りだと思うのですが、前提として株券というものがあるということは、「株券を保持させる」という目的が最初にあると思います。
極論、「風呂の水代・沸かし代は一定で株券を持たせた」(応対にかかる人件費等の細かい点を除けば)、費用0円×8枚=0円となるように感じました。食品や何かしらの物をプレゼントする場合でしたらもちろん異なるとは思いますが、「出資者である株主へのサービスとして適切ではありません。」ということが、「風呂の商圏外へは何ら効果がない」という点ではなく、収益(費用は一定)の点で見ることに、少し首を傾げるところです。株を持つことが目的であって、収益をここに入れる必要はないように思えるからです。
株主が暴力的に一店舗に集中し、新たな費用が発生するとか、水道光熱費が跳ね上がるとかでもなければ、
「調べてみると「株主優待」で「タダ券」がもらえると知り株主になりました。」
の前提が、賢い株主を集めた会社が素敵。ということになるような気がします。
もっとも、今回は「サービス券と分かりやすさの効果」が話の主役であって、株主どうこうは蛇足でしかないとは思いますし、もっといえば、「本業値引き合戦」での業界叩き合いを簡便して欲しいと思う私の愚痴も含めて、最後の一文には強く頷いた次第です。
猫弥さん、応援メッ
猫弥さん、応援メッセージとご意見ありがとうございます。
本意を読みこんでいただいたようで筆者冥利に尽きるのですが、ご意見の結びにあった「本業値引き合戦」が愚策であることを伝えたかったというの裏のテーマです。
年利28%についてですが、結局、半額に軌道修正したということは、運営企業もそれに気がついたか、あるいは集客効果がなかったか…これは論旨がずれるのが記載しませんでしたが、
「タダ券がネットオークションで乱売されている」
ことに気がついたからではないでしょうか。
それと運営費ベースで考えれば、タダの客のひとりや二人増えてもと数字の上ではなるのですが、これはこの温泉も含めて「タダに慣れた客は無駄金を使わなくなる」傾向があるのも事実です。
店の期待としては、まずは楽しんでもらって、ついでにジュースの1本も飲んでもらい、次の来店をと皮算用するわけですが、デフレがすすみ、昭和のモラル(金を払う客が店に対してお世話になったという感覚)がなくなった平成ジャパンでは「無料」というカードは慎重に使うべき…とは、私の経験上の結論です。
最後に株券の保持に関しては、本文にも記したように株価が半値になったことで効果があったことを証明しておりますが、同時に高い年利を負担しないと保有してくれないというジレンマが露呈したかたちです。
株主優待より「配当」という現金でもらっても嬉しいんですがね。
「客はバカでちょうどいい。販促サービスにおける鉄」を読んで…。
毎回とは言えませんが、時折、Googleに表示された際に読んでいます。
さて、株主優待「温泉無料券」の件は、私は温泉無料券を出している側に賛同します。
何故なら株主とは、基本的にその会社の運営に賛同し、
その会社の運営に感心を持つ立場でもあります。
勿論、株主が株主として、その運営方法を身銭を切って訪れる事も必要かも知れませんが、
基本、会社訪問や工場見学に株主は勿論のこと、一般人でさえ募集をし、
その時の交通費等を出してまで行うころが有ります。
(ビール会社やインスタント麺業界など。)
そしてその時に新商品の自社製品を振る舞い、その反応を改良点に生かすのです。
つまり、先ほどの株主優待「温泉無料券」の主旨は、
会社側にとっては、
自社運営に対し、株主コメントを株主総会決議時に求めたい主旨でも有ると思います。
(「どんな運営をやっているんだ!?」って、無茶を言う株主対策でも有ると推測します。)
だから一方、
常に接客マナーなどの良し悪しを「株主の皆さんへ公開しているんですよ。」って、
開示行為だと思います。
むしろ私には、
この温泉運営会社の株主優待が「温泉50%割引」に変更した主旨の方が、
宮脇 睦 社長 同様に理解できません。
(その日の運営費は、一般客が居ようが居まいが出費と成る。
特に湯銭温度を維持するためのボイラー運転は、止める事が出来ないと思います。)
長文になっていますが、「客はバカがちょうどいい。」には納得するところも有りますが、
その客と株主との立場は若干違う事をご理解ください。
(一般客へのサービスを飲料割引券にするのは、運営方法として良いのかも知れません。
また、一番いいのは、その場所に無料インターネットが出来るPCを置く事です。
そしてそのモニター画面に「当社への意見・アンケートを主体にお使いください。
意見・アンケートにお答え戴きましたら30分程度は…他インターネットとして使えます。」
って事にしたら良いと考えます。)
以上、私は、その株主や関係者でもないですが、
他の株銘柄で気づいている事を投稿させて戴きました。
今後の宮脇 睦 社長の議題、また、拝見させて戴きます。
グーグルで見つけて
グーグルで見つけていただくの結構ですが、ブックマークして読んでほしいと担当編集者がつぶやいていたとか、いないとか(笑)。
コメントありがとうございます。
情報開示についてはそれぞれ考えがありますが、50%値引きに疑問を感じるの理解しています。そして株主と客の違いは充分理解していますが、同時に株主を客にする工夫も必須というのが私の立場です。
また、情報開示について一番いいとされる方法についても私は違う立場に立ちます。
「インターネットを誰もが使える、積極的に使う」
というのは、WEB担当者がもっとも気をつけなければならない考えです。もちろん、ネットマニアのための商品やサービスのみを提供しているということでしたら、この範囲ではありませんが。
株主に関しては意見が異なるのは当然です。株価の上下のみに興味を持つものもいれば、優待にだけ関心を覚える人もいて、会社の応援団を気取る投資もありますので。
余談ですが私が「ホンダ」を買ったのはロボット。いずれガンダムを作ってくれることを期待して。
”原価で売り上げ分
”原価で売り上げ分よろこばれる現物支給。”に強く賛同します。
その例として、株券云々、株主云々の話は置いておくとして、
私が運営しているネットショップでもまさに宮脇さんが仰っていることを実践しています。
リピート率を考えると、おそらく奏功しているのではないかと思っています。
ご賛同ありがとうご
ご賛同ありがとうございます。
現場でやっている当然のことですが、意外と知らない人も多く、中長期で見れば「現物支給」の効果は高いのです。
あとはそこに「上乗せ」として、「サプライズ」をどう提供できるか…これを考えるのが楽しいんですよね。
これからもご意見、お聞かせください。
他人(客)を馬鹿呼ばわりするのは止めましょうね。
他人(客)を馬鹿呼ばわりするのは止めましょうね。