ググればいいじゃん症候群に情報収集のプロが物申す/『ネットじゃできない情報収集術』【書評】
BOOK REVIEW Web担当者なら読んでおきたいこの1冊
『ネットじゃできない情報収集術』
評者:山川 健(ジャーナリスト)
もはやインターネットで調べられる情報は当たり前
街歩きや新聞・本などから収集してこそ価値が出る
昭和を代表する作家・演出家、寺山修司さんの評論集、戯曲、映画のタイトルとして一世を風靡(ふうび)した作品に『書を捨てよ、町へ出よう』がある。本書はさしずめ“ネットを捨てよ、町へ出よう”のイメージか。とはいえ、ネットを捨てろとは言っていない。ネットが当たり前になった今、ネットだけでは情報収集は語れない、とのスタンス。寺山さんとは違って本を読めと書いている。そして町へ出よう、と。正確に言えば“ネット偏重を捨てよ、町へ出よう、そして本を読め”と説いているのが本書だ。
週刊誌、情報誌で編集者やライターを務めてきた著者が、自らの取材経験を通してネットに頼り過ぎることの危険性や、実社会での情報収集・処理の重要性を訴える。著者は1972年生まれ。記者としては、新聞社で言うと現場責任者にあたるキャップクラス。若いビジネスパーソンにとっては、年齢が比較的近い先輩の良きアドバイスになるだろう。
著者より10年以上年長の私と同年代のビジネスマンにしてみれば、ネットに頼り切らずに街を歩け、人と会え、新聞や本を読め、など本書でアピールしている具体例は当たり前過ぎるだろう。いわば、約束は守れ、遅刻はするなといった社会人の常識レベルで、このような書籍が発行されること自体が疑問かもしれない。言わずもがなのことを書籍の形で指導しなければならないほど、今の若いビジネスパーソンは質が低く、何でもネット任せなのか。
考えみれば、インターネットが一般化する契機となったウィンドウズ95の発売からすでに14年。今年30歳になる1979年生まれを例に考えると、ウィンドウズ95は高校1年の16歳。大人になった時にはインターネットがメインの情報収集手段になっていた。私と同年代の全国紙のデスクが嘆く。「若い記者は、何かを調べることになるとまずネット。専門家に会いに行くとか本を読むとかは二の次
」。そのデスクはネットを否定しているわけではなく、あまりにネットを重視し過ぎる傾向に危機感を持っている。情報収集のプロ中のプロである新聞記者ですらこの有様だ。
著者はまず、何でもネットの検索に頼る若者の姿勢を「ググればいいじゃん症候群」と呼んで戒める。30~40歳のビジネスマンが新人に雑談で何かを尋ねると「ググってくださいよ」と悪びれずに返す現実。何かを調べるよう指示すると、グーグルの検索結果ページと上位表示されたサイトのプリントアウトを持ってくるだけで仕事をした気になってしまう風潮。ビジネスマンには本来、情報を集め、取捨選択して情報を整理し、自らの考察を加えてまとめあげるスキルが求められるはずだ。
ネット全盛の今、誰でも同じように入手できるネットの情報に大きな価値はない。情報への嗅覚や情報に出会う勘を磨くことが不可欠。そして、外に出て「歩く」「人に会う」「考える」ことが重要だと、著者は自らの経験に基づいて訴える。「街歩きこそ最大の情報収集法
」と言い、街のノイズからトレンドがかぎ分けられる、と力説。さらに「ネット時代こそ新聞・本が強力な武器になる
」とも強調する。著者は新聞を読む際「見出しの大きさ、記事スペースの広さ、掲載面や記事中の位置などをチェックして、それから記事に目を通す
」。そうすることで新聞社サイトでは決してわからないニュースの軽重が理解できるからだ。
インターネットが現代のように一般化していなかったころは、ネットにこそ他にはない価値ある情報があった。それが今では、誰でも入手できるネットの情報は当然となり、かつて当たり前だった新聞や本にこそ価値がある、といった逆転現象が起きている。高価な百科事典で調べ物をする人はさほど多くないが、誰でも書けるネットの無料百科事典には多数のアクセスがある。数年前の新聞記事は有料のデータベースでしか閲覧できないが、同じような事案で裏付け取材されていない一般のブログ投稿記事は検索で簡単に探し出せる。これも現実だ。
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