業界人間ベム

「枠から人へ」と言った私が言うのはなんですが・・、さらに新たな「枠」にシフトします。

8 years 10ヶ月 ago

  「枠から人へ」というワードはずいぶんいろんなところで使っていただいたようだが、DSP/RTBを象徴する概念だったのは間違いなかった。ただ、プログラマティックの進化は一方で、掲載面の質を問うことを怠ってしまった。
クッキーやIDをターゲティングする配信なので、ターゲットの出現率を高めるために掲載面は基本どんなものでも良いという感覚で掲載面網羅が進んだ。結果、とりあえず検索からビューを獲得できるならと他人のコンテンツをコピペするキュレーションメディアなどというものも誕生させた。質が悪くても1ページビューは1ページビューという「広告」の本質論からは受け入れがたい方向に行ってしまったと思う。


さて、昨年問題になったいくつかの事象は、ネット広告における「掲載面」の再評価と良質な一次コンテンツをつくるパブリッシャーがマネタイズできないと結局損するのはユーザーであることを再認識させたと思う。

「べき論」だけで言っている訳ではない。「枠から人へ」は、新たな「枠」志向にシフトする。
手売り対象だった純広枠と、プログラマティックなオンライン入札対象枠は、さらに再編と再整備が進むだろう。あらゆる掲載面に繋げたRTBだけではなく、ホワイトリスト化やオートメイテッドギャランティードや本格的なPMPもその価値を追求されるだろう。また、過度なリタゲによるブランド毀損も考慮されるだろう。

広告主も今後「質」を問う。ビューアビリティやアドフラウドの課題も検証されることになるはずだ。

新たな「枠」の概念は、プログラマティクの優位を生かしつつも掲載面の質をいかに担保し再構成するかという考え方になる。
ターゲティングは、コンテンツによるターゲティング、オーディエンスデータによるターゲティング、タイミングのターゲティング、などブランド側からその効果的な配信設計が必要になる。広告主はしっかり勉強して、セルサイドからのターゲティング提案を受けるだけではだめだ。

2020年代にはデジタル広告がテレビ広告を超えるだろう。


デジタルと従来のマス広告との構造的な違いを理解し、買う側が次世代のデジタル広告「枠」はどうあるべきかを主張しないといけないし、それにセルサイドも真摯に対応しなければならない。

「働き方改革」をしたいなら

8 years 11ヶ月 ago

  「マーケティングダッシュボード」活用に関する本を上梓することになった。この本を書いていて、会議体のあり方を考察することになった。

  会議の資料をそれぞれの部署の現場の若手が徹夜でつくるようなことがよくあると思う。しかも会議では、資料のデータが指標としてオーソライズされていないので、データの信憑性についてうんぬんされ、指標をもとに経営判断を下す以前の話で終始する。
 日本企業の生産性が低いのは、こうした会議のための会議が蔓延っていることにもよるのではないか。会議にかかる時間もそうだし、会議のゴールが設定されないことなども問題視されてきたが、上層部の会議への資料作成も、生産性を損ねている原因のひとつと言える。

  残業を減らし「働き方改革」(労働時間を減らすだけでなくどう生産性を上げるか)をするなら、こういう紙の資料に頼るだけでなく、経営判断のできるリアルタイムダッシュボードを会議で見ながら判断したらどうだろう。


 まず、紙の資料ではデータの視点がひとつしかない。
データは、視点や角度を変えると違う見え方がする。時間軸もそうである。

データから意味を読み出す力を幹部が持たないといけない。資料を部下に作らせ、作業に時間を費やせることから開放すると同時に経営ダッシュボードから経営判断できる能力を経営幹部が養う必要がある。

 データドリブンなビジネス遂行には、関わる社員全員がデータを浴びていないといけない。プッシュされている状態だ。
 従来は、PCからそれぞれがデータをそれぞれの都合のいいようにプルして紙にする。
それでは部分最適から脱することはできない。経営幹部であればあるほど全体を俯瞰すること、様々な角度からデータを見ることで「データ」を「インテリジェンス」とすることができないといけない。無駄を作業を省くと同時に次元の高い仕事へのスキルを獲得することに「マーケティングダッシュボード」「事業ダッシュボード」「経営ダッシュボード」を活用するようになりたいものである。

2017年広告マーケティング業界 7つの予測 その④~その⑦

8 years 11ヶ月 ago

④ トランスペアレンシーは広告主・エージェンシー相互関係の構築へ

2016年に起きた事象は、デジタル広告(特に細かいオペレーションを伴うもの)が従来の枠取引とは違う文化にあることを改めて再確認した。ベムは、「紙のレポートを1週間に1回代理店の営業が持ってきて広告主に向き合って報告するモデル」から、「広告主とエージェンシーのトレーダーが横に並んで同じ画面を見て状況を共有し、その後も方針を確認していくモデル」と定義している。

いずれにしても、「何でもお任せください」と言ってきた代理店側が爆裂してしまった訳で、広告主側も丸投げすることができないということを認識したことと思う。改めて広告主が勉強することが大事だし、広告を発注する側、請け負う側という立場だけなく、パートナーとして情報を共有する相互信頼関係の構築が必要である。
ANA(全米広告主協会)のメディアトランスペアレンシーガイドにも7つ目にこの「相互信頼関係の必要性」を謳っている。
 デジタル時代、広告のセルサイドとバイサイドという関係を超えて共同して価値をつくることを目指したいものだ。業界としても米国IABのモデルを参考にしたい。

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⑤ テレビCM素材のオンライン送稿開始の影響と、ブランドごとの発注の非効率さ露呈 ~バルク買い&ポジションごとの素材差し替え志向と、スポットから番組への流れ~

ずっとやるやると言ってきたテレビCMのオンライン送稿がやっと今年実現しそうだ。CMプロダクションの食い扶持がプリント代なので・・・という議論はひとまず置いておいて、ベムが広告主ならプリント代が節約できることよりも、改めてCMの機動的な差し替えやオーディットを求めるだろう。オーディットと言っても以前の間引き問題のような話ではなく、バルクで買って細かい素材ごとの1本1本のポジションごとに適切な素材を入れたいのだ。ポジションごとにオーディエンスや視聴質が違うのだから、そうする。
差し替えの問題とオンライン送稿は直接関係ないが、機動的な差し替えがどうして出来ないの?という議論と素材が何種類かに分かれていた場合、入れたいポジションに入れたい素材がしっかり入っていたかをオーディットしたいけど・・・という議論を誘発するだろう。

ベムは、特に都市部ではテレビからデジタルデバイスへ投下予算のシフトが起こると思うが、テレビ予算でいうと「スポットから番組へ」というシフトが起きると思う。

 人口が多い高齢層の視聴時間が極めて長く、人口の少ない若年層の視聴時間が短い今、まんべんなく投下するテレビスポットは結局ほとんど高齢層に当たる。コンドロイチンならそれでいいだろうが、ターゲットが50代までの男性ないし30代までの女性ならば番組というコンテンツでターゲティングする買い方を再評価すべきだ。まただからこそ局も広告主も番組を世帯視聴率ではなくターゲット視聴率で評価するようにならなければならない。そしてそこにはタイムシフト視聴もしっかり評価することも大事だ。そのためにはリアルタイム視聴でもタイムシフト視聴でもCMがどの程度見られたかを測定しないと意味がない。録画だからと言ってすべてCMがスキップされる訳ではない。スキップ率は番組によって全然違う。また録画再生だけがタイムシフト視聴ではないので、どこまで足し上げて評価するかが問われるだろう。
 
おそらく2020年代にはデジタル広告のシェアがテレビを超えるだろう。その際、従来とは全く違う2つの構造的な課題がある。
ひとつは配信先データのコストも広告主が払うのかどうか(自分で所有できる場合があるからだ)、そしてブランドごとの発注の非効率さだ。
後者を説明すると、既にリスティングやDSPといった入札運用型広告では、キーワードやクッキー、IDを「競っている」ので、社内で競合して値段を上げているのだが、それに気がついていない。複数の広告ブランドを展開する大きな広告主は、バルクで掲載面を購入し、オーディエンス、タイミング、コンテンツ、コンテキストに最も適したブランドの広告原稿を配信するモデルになる。それはまさにプログラマティックのなせる技で、当然ブランドごとの予算配分も行うことになる。AIが広告の最適化にも応用されるだろうが、まずはこうしたところが対象だろう。

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⑥ オペレーション人材不足の懸念と受注を断られる広告主、そして自動入札の試運転へ

広告のプログラマティック購買の流れは止まらない。オペレーションのマンパワーが足りないという問題を抱えつつもこのトレンドは進むだろう。プログラムと言っているのにどうしてこうも人手がかかるのか・・・。
これだけ人手がないと、あまりにディスカウント要請が強く、かつ細か過ぎる対応を要求する広告主は仕事を断られることがあるだろう。もちろん受け皿は他にもあるだろうが、そのクオリティは担保されない。
一部で「断られる」ということが今後のこのビジネスの変化をきたす。

広告主の一部は自社で解決しようとするだろうが、
インハウストレーディングデスク構築はこれだけ人材不足だと厳しいと言わざるを得ない。

またサービスのサプライヤー側も人材不足を解決するため自動入札システム構築に動き出すだろう。これにはいくつかのハードルがあるが、ハードルを乗り越えるプレイヤーも出てくるに違いない。実は汎用の自動入札システムをつくるのは難しいが特定の広告主に特化したものの方がつくりやすい。


一方、オペレーション人材を育てる研修などの仕組みへのニーズが高まる。
それは直接オペレーションする人材だけでなく、プログラマティックとは何かを関わるすべての人が知る必要に迫られるだろう。
特にマーケター側の研修やスキル獲得のための仕組みづくりが重要なテーマになる。


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⑦ 企業にCDO設置が本格化する年

企業における「デジタル変革」(デジタル・トランスフォーメーション)の概念や必要性の認識がようやく定着してきた。マーケティングのデジタル化もその一環である。
そう考えると、マーケティング領域だけがデジタル化するということでもなく、またマーケティングをデジタル化するには、営業マーケティング領域以外の部門との再編や連携が必要で、それを統括するCクラスにはマーケティング領域を超えた力が要る。
 そもそも日本にCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)が根付かないのは、マーケティングが定義されていないからである。またマーケティング活動の目標として「ブランド資産」に対する意識・価値観が欧米と全く異なるからでもある。日本のマーケティング担当者にその活動の目的を聞くと「売上・利益を上げるため」と答えるだろうが、欧米のグローバル企業に同じ質問をすると「ブランド資産を維持拡大するため」と答えるだろう。ブランド力のある企業が何億もかけてキャンペーンを実施し、その効果を分析したとする。おそらくそのキャンペーンによって増えた売上はほんの一部でしかなく、ほとんどがキャンペーンをしなくても売れた分になるだろう。しかし、そのベースライン(プロモーションをしなくても売れた分)こそが大きな価値であり、このブランド力そのものをどう維持拡大するかにゴールがあるマーケティングと今年の売上利益を追求するマーケティングはかなり違う。社長がCMOに今年の売上目標を持たせず、ブランド資産の指標を目標とさせる日本企業はほとんどないだろう。まあ、いきなり欧米グローバル企業のマネをしても無理がある。
しかし、このデジタルトランフォーメーションの機会は、日本のマーケティングを変革する大チャンスでもある。
 そのためには、マーケティングという領域を超えた企業活動全体のデジタル化を推進するCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)を設置し、そのなかでマーケティングのデジタル化を果たすという手法にこそ可能性がある。

 この際、チーフ・デジタル・オフィサーには外部からの登用が主力になるかもしれない。COO,CFOと並ぶCDOの設置と「デジタル変革」対応に期待が集まるだろう。CMOよりまずはCDO設置という企業が増えそうである。


2017年広告マーケティング業界 7つの予測 その①~その③

8 years 11ヶ月 ago

今年でブログ「業界人間ベム」も10年目に入りました。
年初の業界動向予測も2010年からそれらしいことを書いてきたので、これが8回目になります。

 さて、2017年の広告マーケティング業界7つの予測である。
2016年は広告業界にとって衝撃的なことがいくつかあった。いろんな意味で変革期として後に「2016年がきっかけで変革が加速したよね」と言われるようになるだろう。

そうした変わり目の翌年は、総じてデジタルが専門分野から本丸に吸収される年と言ってもいいかもしれない。

7つは以下のとおり

① 「出島」から本丸のデジタル化へ~POEダッシュボード採用で加速するデジタル化~
② アナログ施策を最適化するDMP本格始動の年 ~DMP2.0の始動~
③ テレビCM枠のオンライン入札の試み始動 ~テレビの本当の効果(間接効果とブランディング蓄積)を見極めて初めて出来る入札とデジタル偏重への一石
④ トランスペアレンシーは広告主・エージェンシー相互関係の構築へ
⑤ テレビCM素材のオンライン送稿開始のもたらす影響~ブランドごと発注の非効率~
⑥ オペレーション人材不足の懸念と受注を断られる広告主、そして自動入札の試運転へ
⑦ 企業にCDO設置が本格化する年

まずひとつめは、

① 「出島」から本丸のデジタル化へ

~POEダッシュボード採用で加速するデジタル化~

  昨年、ベムは一部の企業の「デジタルマーケティング本部」(略してデジマ)を「出島」と呼んだ。まさに「デジタルというエイリアンとインターフェイスするところは特別なところ」ということである。デジタルマーケティングは専門性の高い特別なマーケティングという意識(ある意味のコンプレックス)が生んだデジタルマーケティングという特殊なマーケティングをする位置づけによる組織化は、本丸のデジタル化を返って阻害するという結果を生んだと思う。
 再三言っているように「デジタルマーケティング」という特殊なマーケティングがある訳ではない。マーケティングがデジタル化するのである。
 その意味で、広告マーケティングの本丸がデジタル化しないといけない。

 昨年、日本アドバタイザーズ協会にデジタルメディア委員会が新たに設置された。従来アド協の下部組織であるWeb広告研究会(Web研)が広告主側のネット領域に関する活動を担っていた。しかし、企業のWeb担当者という位置づけは既に変質していると思う。今起きていることは、MAを導入しても「営業」が自ら関わらないとうまく機能しないということだったり、マーケティング施策全般を実際に実施している部門、担当者がデジタルツールを主導的に使わないと成果が出ないということだ。
 それは広告領域もそうである。マス広告、リアルプロモーションというメインストリームをやっている人たちがデジタルを駆使することで初めて「デジタルマーケティングが実践される」のだ。

 さて、その広告マーケティングの本丸である宣伝部がデジタル化する一番大きなきっかけは、マーケティングダッシュボードの導入になると思う。
 それは、POEを1画面で把握するリアルタイムダッシュボードであり、「打ち手」を前提にしたものだ。「打ち手」のタイミングと強弱を最適化するためにリアルタイムで競合を含めたKPIを把握する。
 Pは当然一番影響力のあるテレビCMの到達実態とデジタル投下が主なものになる。そして、これがある意味でオーディット機能も持ち合わせる。デジタルは3PASをかませてデイリーで配信数とユーザーレスポンスを見る。テレビも指示した素材が適正なポジションで出稿されているかリアルタイム確認ができる。
 Oへの流入も宣伝部がしっかり把握すべきだ。またEも自社ブランド名をコメントするソーシャルアカウントの数をカウントするなどダッシュボードに入れるべきデータは多いが、前述したように「打ち手」ありきでデータ整備をすべきでデータまみれになればいい訳ではない。

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② アナログ施策を最適化するDMP本格始動の年 ~DMP2.0の始動~
 
 ベムは2010年代前半のDMPブームがある意味一過性で終わったと思っている。その理由には2つある。ひとつはDMP構築という大変な作業で最適化されるのがDSPによるディスプレイ広告くらいだったこと。もうひとつは、汎用拡張ロジックではまったく成果が上がらなかったことだ。

 まず、DSPの機能拡張版としてのDMPでは、ほとんどの企業のマーケティング施策の1%にも満たない入札型のディスプレイ広告だけが最適化されると言われても成果として評価できないのは当然だ。また拡張ロジックもテック屋さんの作った汎用ロジックなので、それぞれのブランドにとって「購買行動を起こした人を逆引きして見込み客をセグメントする」ということができていなかった。汎用ロジックはほとんど「同じようなURLを閲覧していたルックライク」であって、「化粧品やクルマのルックライク」ではない。欧米でDMPで成果を上げているプレイヤーに聞くとみな「ブランド独自の拡張ロジック」づくりが重要であると言っている。DMPは潜在層に新たなターゲットセグメントを個別につくることができる。そこが肝心なポイントである。

 さて、今年は「DMPがアナログ施策も最適化する」というDMP活用による「打ち手」の拡がりが起こる年だろう。これをベムは「DMP2.0」と呼ぶ。

 つまりは、DMP特に3rdパーティデータ(パブリックDMP)を活用して、ダイレクトメールやチラシや営業マンのアタックリスト改善など、従来のアナログ施策を最適化するようになる。

 デジタル施策しか「打ち手の最適化」ができなかったDMPがリアルプロモーション担当や営業活動領域に改善をもたらすことで、DMPは本当の市民権を得るだろう。


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③ テレビCM枠のオンライン入札の試み始動 
~テレビの本当の効果(間接効果とブランディング蓄積)を見極めて初めて出来る入札とデジタル偏重への一石

 ベムは、テレビ局も手売りの限界を早く認識して、オンライン入札による広告枠販売をすべきだとかねてから主張している。その方がテレビ局にとっていいのに・・・と思っている。視聴者が放送から離れていく今状況での従来からの取引だけでは売上はシュリンクする方向にしかない。外資系を中心に「TARPをアクチャルで握れ」とか、局にとっては在庫管理ができない売り方を求められるくらいなら、1本1本の価値を、価値を評価するバイヤーに入札応札で売った方がパーコストは高く売れるはずだ。
手売りでは1案件のGRP量が多い方がいい。同じ作業でも売上が違うし身入りも多い。でも案件単価が高いとパーコストは抑えられる。言っちゃ悪いが、スポットはAタイム1本に深夜早朝を抱き合わせ販売するわけで広告主にとってもホントにそれでいいの?と聞きたくなる。
 今の売り方を一気に変えることは全くないが、一部はオンライン入札(応札)で販売してみることをそろそろ始めないといけないだろう。テレビ局は航空会社が飛行機のチケットをどうやって販売しているか勉強してみるといいだろう。

 しかし、オンライン入札のためにはバイサイドがその1本の価値を評価するためのデータが必要だ。今はセルサイドのデータしかないが、バイサイドに有効なデータ供給がオンライン入札には絶対に必要となる。
 
 ベムはテレビ視聴データを含め「送り手の指標から受け手の指標へ」また「セルサイドのデータからバイサイドのデータへ」ということをマス広告宣伝部のデジタル化のひとつの課題として上げている。

 2019年には放送と同時配信が予定されているなか、特にローカル局などは「手売りの限界」に早く気づいて対処すべきだ。ローカル局などはどっちみち販売は電博におんぶに抱っこなんだから、ちゃんとバイヤーにデータ開示をして、九州のダイレクトマーケターに入札してもらえるような環境をつくるべきだろう。

 アメリカではディレクTVが放送と同一コンテンツの同時配信を始めた。ベムにはもう放送という形態は必要がなくなっているように思える。4K・8K対応ももう放送ではない。5G時代に4K・8Kが普及するとローカル放送局の画像は、MXテレビで観る昔の4:3のアニメのように感じるだろう。

 そうした時代環境を感じるまともなテレビ局は今年オンライン取引のへの布石を打つだろう。


 また今年はテレビCMの間接効果やブランディング効果に関する検証がされるだろう。ある意味デジタルへのリ・アロケーション要請が過度におきている感をベムは持っている。経営へのアカウンタビリティの問題である。
 それはデジタルで測定できる効果データがテレビでは出来ていないことで起きている。ただテレビの効果はデジタルのような即効性や刈り取り効果と同次元に比較してはいけない。タイムラグがあるし、ストックとしてのブランディング資産への寄与は測定しづらいものだ。よく、テレビを止めても売上が落ちないということがよく言われる。しかしそれはその年くらいで、翌年、翌々年にはボディブローのように効いて来る。テレビとテレビCMの価値を再検証する年になるだろう。
 さらに、テレビとデジタルの相乗効果検証が進むだろう。そのためにテレビの1インプレッションとデジタルの1インプレッションをどういう価値で見るかが注目されるだろう。デジタル広告のビューアビリティが検証されるのは当然のこと、その反動でテレビのビューアビリティデータも求められる結果となるだろう。

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DACの20周年に寄せる

9 years ago

 今日12/2はDACの設立記念日です。ベムはDACの起案設立者として創業に最初から関わったので、20周年ということに感慨深いものを覚えます。

 当時旭通信社会長の亡き稲垣正夫氏にインターネットがどう広告媒体になるかを説明した時に「横山さん、これはミニコミですね。」と言われたのをよく憶えています。
 また、当初5%出資された徳間書店さんに決算報告に当初毎年行っていて、徳間康快さんと会えたのもいい思い出です。

 設立してまもなく、最初のプロパー社員を迎えて、健康保険組合に入ろうと手続きすると組合から「インターネットが広告メディアであることを証明する資料をつくってくれ」と言われました。設立した96年は電通さんが「日本の広告費」で初めてインターネット広告をカウントした年で、16億円でした。それが今や1兆円になろうとしています。

 アメリカでバナー広告が出現したのが94年ですから、96年にネット広告のメディアレップを立ち上げたスピード感は今考えてもかなり早かったかもしれません。設立までの株主持ち回りの会議はそれなりに時間はかかりましたが、それにもいろんな思い出があります。当時のアサツーの担当役員だった高橋さんが「社名にマーケティングとつく会社が儲かったためしがない」という一言で、社名がデジタルマーケティングコンソーシアムではなく、デジタルアドバタイジングコンソーシアムになったこととか・・・。そういえば先日アビームさんと共催したセミナーの会場が神保町の元博報堂さんのビルで、最初の打ち合わせにあの古いビル言ったなあと思い出しました。

 しかしこの20年はあっという間だった気がします。
日本のネット広告の歴史に0時点から関わることができたのは本当に良かったと思います。いろんな方にお世話になりました。

 今、ネット広告(もうデジタル広告という方がしっくりきますかね)はひとつの転機を迎えていると思います。この転機が、広告主、代理店、ベンダーなど関わる様々なプレイヤーにとって「良い方向」になることを信じています。
 DACの次の10年、20年にも大きな期待を持ちつつ、ベムの20年を振り返る今日12/2です。

良質な受け皿が不足する?

9 years ago

既に、2017年広告マーケティング業界7つの予測のひとつを明かしてしまうエントリーになっております。(笑)

 先日、ベムの会社でインターンをしていた学生の就職先がデジタルの運用型広告の会社に内定したので、思わず「ご両親はなんと言ってた?」と訊いてしまった。「やはり心配してます。」との答えに、今、「広告」とか「デジタル」とか言うとそういう印象を持たれてしまうんだと思うと同時に、本当に人材が集まらなくなる危惧を覚える。

 POEに企業のマーケティングメディアを再整理しましょう」という発信を「トリプルメディアマーケティング」でしたのは2009年。とにかく広告マーケティング領域で「やること」が劇的に増えた。ペイドだけとっても、デジタル広告領域での作業量はプログラマティックバイイングの登場もあって、尋常じゃないくらいに拡大したと言える。

 ベムはDAC時代におそらく日本で初めての海外デジタル媒体の買い付けを行った経験がある。その時の一番の印象は、とにかく向こうのメディアバイイングサービスが杜撰で、荒っぽいことだ。インプ保証なのに、キャンペーン期間内に達成していなくても平気で、「そのうち達成するよ」てな感じで焦る様子もない。「こんな大雑把な仕事としていてよくクライアントが文句言わないな」と思ったが、おそらく日本以外の多くの広告サービスは、レベルの問題はあれ、得てしてこんなものなのだ。逆に言うと、日本のサービスは過度に細すぎる。いわゆる重箱の隅をつつくそれで、それも部分最適にフォーカスされていることが多い。広告主とエージェンシーの関係も発注側と受注側でいうことで、徹底してサービスを提供しないと、替えられてしまうので必死で対応することになる。とにかく広告主の担当者の要求を満足させるべく、徹夜も辞さずということになる。


 エージェンシーが提供する価値を、コンサルテーション、プランニング、オペレーションと3つに分けるとすると、提供価値がオペレーションに限定されてしまうと、こうしたとにかく言われたとおりにサービスすること、ディスカウント要請にもできるだけ応えることになってしまう。

 でも、そうした環境は今回のことを契機に少し変わってくるかもしれない。
 つまり、なかなか人材を確保しづらくなってきたデジタル広告のしかもオペレーション領域で、発注者だからと今までのような要求をし放題ということが広告主もしづらくなるだろうということだ。要は仕事を断られる可能性があると思う。もちろん受け皿はどこかにあるだろう。しかし一定以上のクオリティを担保できる引き受け手かどうかは甚だ疑問だ。


 「いやいや、こっちは金出して発注しているんだから、業者をどこにするか、言うことちゃんと聞くところにするんだよ。」という反応もあるだろう。それはそれでそういう選択もあっていい。しかし、本当の意味でのパートナーとして協力会社を得ることはできないだろう。パートナーとは、本当に取引先企業のためを思って考え、行動してくる会社や担当者である。困った時に本当に親身になって助けてくれる相手である。

さて、
 広告主とエージェンシーの関係を考える機会として、ANA(全米広告主協会)のメディアトランスペアレンシーガイドラインを見てみよう。

1)Agent & Principal(エージェントなのか、プリンシパル(購入主体)なのか)
2)Contract Content(契約の範囲を確定させる)
3)Contract Audit Rights(監査権利を確認し、契約に組み込む)
4)Contract Governance (契約書作成だけにとどまらないコンプライアンスの実行)
5)Data and Technology(データとテクノロジーへの理解)
6)Advertiser Responsibility(広告主の責任の明確化)
7)Code of Conduct (行動規範の策定と相互理解)

  アメリカと日本では、取引きの考え方もずいぶん違うので、これらがすべて取り入れられる訳ではない。しかし、ベムは最後の7つめの「行動規範の策定と相互理解」というところに注目する、特に「相互理解」だ。トランスペアレンシーという面では、何もエージェンシー側が求められるだけでなく、広告主側がしっかりエージェンシーをパートナーとして情報を開示しているかという面もある。


  良質な広告オペレーションの受け皿をしっかり用意しなければいけない。

 そのためにも、ベムが以前からずっと言っていることがある。
  運用型広告をオペレーションしている人材に対して、そのスキルの付加価値向上とキャリアのステージを明示してあげるということを、運用型広告の会社を経営している者がちゃんとしていないのではないか?ということだ。

  若い人材の20代の4~5年やらせて、オペ疲れしたら、新しい人材に入れ替えていくという手法ではだめだ。

  業界は当然、広告主側も相互に人材が育つ環境を意識していかないといけない。

 そういう転機の年になった2016年になったと思う。

AD WEEK ニューヨーク 速報その2 メディア透明性議論、アドウィークで再開

9 years 2ヶ月 ago

デジタルインテリジェンスNY 榮枝のレポートです。


ニューヨークのアドバタイジングウィークが26日月曜日から開催されているが、メディア取引の透明性議論について全米広告主協会(ANA)側が広告業協会(4A)と対抗する様相になってきた。

28日に行われたANA主催のセッションには、
・Bill Bruno CEO, North America, Ebiquity(ANAの透明性調査を受けた調査会社)
・Bill Duggan Group EVP, ANA(このセッションの主催)
・Ben Jankowski SVP, Global Media, MasterCard(広告主側ゲストパネラー:マスターカード)
・Tony Pace Founder, Cerebral Graffiti(広告主側ゲストパネラー:元サブウエイCMO、ANA Chairman)
・Julian J. Moore, Esq. Senior Managing Director, K2 Intelligence(透明性調査を受けた調査会社)

がパネルとして参加し「メディア取引の透明性」について議論が行われた。

 広告主と広告業界とがフェアーなディスカッションをするためには、このパネラーの中に広告業界側からも登壇する「バランス」が欲しいところだが、実現に至らなかった。実は4Aの代表(CEO)のナンシー・ヒルCEOは登壇を「予定」されていたが、直前にキャンセルを発表している。

キャンセルになった理由は、ANAの指摘している「個々の」エージェンシー&クライアントの契約ケースが多様で、4Aとしての「統一見解」としての公言難しからだ。

広告主側のANAの指摘は「あれも、これも、色々ある」という報告レポートなので、それを受けて4Aが協会として返事をするには「あれはこう、それはこう」という個別対応説明する難しさがある。この難しさを協会内で調整なしに代表公言するのを控えた形だ。本件の4Aの対応ミーティングは、すでにニューヨークでは第一回が開催されたが、サンフランシスコ、ダラス、、、と広告マーケット主要各都市で複数回開催する必要がある。

4Aナンシー・ヒルCEOは本件につき全てオープンに話すとしながらも、When it comes to legal and contract specifics, we feel these are best left between agency and client.(個々のケースの検証は、法的な事も関係するので、個々のエージェンシーと広告主との協議に委ねたい)としている。「協会対協会」のレベルで議論をしたり、和解するではなく、「個々の」広告主の行動とそれに伴ったエージェンシーの行動が頼りになる。

ANA側のトランスペアレンシー・ガイド(ANA transparency guidelines)に続き、4A立場もトランスペアレンシー行動ガイド(Transparency Guiding Principles of Conduct)を策定した。これは指南書ではなく「4Aメンバーの規定」のレベルの気合の入った書類だ。

4Aの立場は三面記事的に見れば「表に出てこない」立場に見えるが、今後しばらくの間、協会としてのコメントは控え、それよりも個々のケースを自主的に洗い直しする事を待つ事になる。4A協会の防御ラインとして、まずガイドラインは策定できた、という段階が上記だ。

28日のセッション登壇のマスターカードのグローバルメディア・バイスプレジデントは「広告主はベストのエージェンシーとして採用契約をし、エージェンシーもそのベストの結果を提供する立場だ。しかしエージェンシーのスタッフには、日々進化するデジタル環境に未熟な若手も存在する。玉ねぎの皮をむくように、管理職がひとつひとつ洗い直す義務もあるはず。」とした。

 今年のアドバタイジングウィークに参加来場者にとって、先週9月23日に電通が発表た「不適切」取引の話題は、ホットであり今年の大きな話題の一つだ。ちなみに、刻々と英文の表現が微妙に変化している。10月23日には電通の取引が「Inappropriate Operations(不適切なオペレーション)」であったのが、「irregularities(不正行為、不正直行為)」にシフトしている。

10月23日 Inappropriate Operations'
http://adage.com/article/special-report-advertising-week/ana-media-transparency-issues-solved-individually/306068/

10月28日 irregularities"
http://adage.com/article/special-report-advertising-week/ana-media-transparency-issues-solved-individually/306068/

現在ANAと4Aとの協会同士の立場は平行線のままだ。しかし、明るい方向としてANAのチェアマンは「何もドラマのような展開や、エージェンシー企業を告訴しようとしているのではない。」と述べた。「現在は答えの見えない平行線でも、きっとより良い着地点がみつかるはずだ」。

このコメントの引き金は、先週の電通側の「能動的な社内調査」の中間報告が大きい。ANA側は「大いなる第一歩」として賞賛している。一方でJPモーガンチェース銀行、GE等の自主的なエージェンシー取引の「見直し検証」も始まったとWSJが述べている(先日のブログ・エントリーでも紹介済み)。

ANAはスモールサイズの企業においても他人事と言わず、ANAのレポートの一読を勧めている。英文での一読も1時間程かかる量だが「一読に値する」と啓蒙している。

ANAのメディアトランスペアレンシー・レポート(英文)
https://www.ana.net/content/show/id/industry-initiative-recommendations-overview

WSJ出典:
http://www.wsj.com/articles/big-marketers-launch-audits-of-their-ad-buyers-1474567320

AD WEEKニューヨーク速報レポート その1  ~デジタルインテリジェンスNY榮枝から~

9 years 2ヶ月 ago

AD WEEK ニューヨークが開催されます。デジタルインテリジェンスNY代表榮枝からのレポートを速報で掲載します。

今年のOpening Galaは、何と、今年出来たばかりのワールドトレードセンター施設のOculusの「中」で行うと。

これはすごいです。JTB的には、観光ネタの目玉ですね。

写真ご覧ください。

IMG_5902.JPG オキュラスのグランドオープニングの時の イベントの模様です(榮枝撮影)。

おそらくこの自社オープニングにつづいての初の外部貸し切りじゃないかと想像します。

ちなみに、この「ドーム型」のこの施設、建設費ざっと4000億円です。
オリンピックの日本の国立競技場で、なにやらモメてた金額の倍(数倍)ですね。(これも税金使われてます)

そしてこの金額は新築された全米一番の建造物となった(541M)
ワンワールドの建築費と、ほぼ同額です。

それほど、すごーいドーム、という事で。
中に入っている店鋪は、有名ブランド精鋭ブランド総集めです。
アップルストアも当然あります。

続く

電通のネット広告不正請求問題(特に海外報道)に関して

9 years 2ヶ月 ago

 出遅れてしまったので、少し角度をかえて取り上げてみたいと思います。
 
 この件、どういう訳か海外メディアから報道され、そもそも日本の広告マーケットの不透明性を槍玉に上げているようだ。海外メディアの論調は、電通だけが悪いのではなく「日本ってそういう国」、「こういう取引が当たり前の国」というイメージに持っていこうとしている。

こうした中で、米国広告主協会(ANA)が、電通の「Proactive(プロアクティブ:自主的な発表)を歓迎・評価している報道もある。

 「米国広告主協会のVP ビル・ダガン氏は、電通が今週、トヨタアカウントのデジタルメディアの取引において「不適切な」請求があった事について「プロアクティブ(自主的に)」報告した事は、好ましい行為だとした。

http://adage.com/article/agency-news/ana-applauds-dentsu-mum-reports-major-marketer-audits/305981/

第三者のオーディットが入ってから発見されてしまうのではなく、プロアクティブに広告主に報告した事は、好ましい行為だとした。

 もちろんそもそもはクライアントからの指摘で発覚しているということなので、完全に自主的とは言えないかもしれないが、非常に積極的な実態解明の努力をされたとは思う。ただANAがこういうコメントを出すことには米国での背景もある。

 ANAはエージェンシーグループの「不透明さ」をこの2年調査し、レポートして指摘し続けているにも関わらず、WPPもオムニコムもピュブリシスもANAの調査結果や指摘には「遺憾」しか唱えてこなかった。
 この「不透明だ」対「知らぬ」という均衡状態に、最初に「自主的報告をした」電通にANAは「よくやった」と褒め言葉を与え、「これが最初の1社目だ。次は誰だ」と言いたいようだ。
 
 ANAの発表によれば、米国でも実際、JPモルガン銀行、GE、シアーズ、AT&T、オールステート保険、ウォールグリーン・ブーツ、アリアンツ、フィデリティー、ハイネケン、USセルラーなどがエージェンシー・ホールディングス企業との「契約内容」の見直し監査を個別に始めている。

 広告契約内容が不透明とされるのは、今回の電通の件が子会社の作業のなかで起こったのと同様に、ホールディングスの「子会社」での取引で起こっている事を広告主が関知できない契約になっているからだ。

 例えれば、WPPのメディアエージェンシーのグループMと契約しても、傘下のトレーディングデスクのXasisの中や、さらにその中のアドテクのAppNexusで何がどう取引されているかは、広告主は関知しない契約になっている。承知の上の契約のはずだが、その旧来の契約のひとつひとつを吟味し始めたのだ。

 デジタルメディアの取引が旧来の手売りメディアに比べて複雑で見えにくいというのは表面上の理由だ。不透明といわれる深部には、1)ホールディングス企業が企業買収を進めた結果、あらゆるマーケティングサービスを傘下に収め1本に集約したことから発生する不透明さと、2)「先買い締め、後売り」の利ざやを稼ぐアービトラージの方法が増えたことにから発生する不透明さが大きい。

 これは言い換えれば、「マーケティング全てを1社で集約する事業」を「アービトラージ」方式で先行して行った日本モデルに、欧米の方が近づいてきたと言える。

 海外メディアがこれは日本特有だと言いたいのには、日本モデルに近づいてきたメガエージェンシーの意向も反映しているかもしれない。そんななかでのANAのコメントである。
 

 しかし電通にとっては、ANAから歓迎のコメントが出ているのは「ケガの功名」かもしれない。透明性のある取引に改善したという「1番手イメージ」を世界に発信するチャンスではある。


 ただ、今後、本当にデジタル広告の運用の透明性を確保するには、第三者による配信設計とその精査と、買い付け運用そのものを分離するなどの仕組みが必要だろう。
 そうでなければ広告主自身がトレーディングデスクをインハウスに置くなど、人材難のなか少々ハードルの高い施策も考えないといけない。

 入札運用の管理画面を毎日広告主が見る意味をつくることで不正など起きようのない環境をつくるという手もある。

 そもそも従来の広告の「枠もの」の実施とそのレポートを週一で営業が紙でもってくるというパターンと、リアルタイムで入札運用していく「運用型広告」は文化的に相容れない。発注者である広告主が、リアルタイムで入札発注をかける仕組みでは、リアルタイムダッシュボードを「打ち手」の拠点とすることになる。

 今回のことは、広告の買い方、管理の仕方が新しくなっていく中での過渡期で、もし起きても(もちろん不正はそもそも起きてはいけないが)発覚しにくい状況を生んでいたとも言える。

 広告施策は「プランどおりに実施して、終わってから結果を見る」という従来型からリアルタイムで状況を把握しながらリアルタイムで「手を打つ」仕組みがメインになっていくだろう。

 前向きに考えるなら、今回のことを契機に、デジタル広告の実施管理が進化していくことを期待したい。ベムもこうしたことでデジタル広告の信頼回復に貢献したいと思う。

広告コストのアカウンタビリティ向上は結構な話ですが・・・。

9 years 3ヶ月 ago

広告コストのアカウンタビリティ向上は結構な話ですが、オーディットでそれをコストカット材料にするだけでは意味がないのです。


大企業が広告に使うコストについて、社内的にそのアカウンタビリティを求める動きは常にある。特にネット広告の効果指標が(部分最適だが)明確に感じられる分、マス広告特に巨額なテレビ広告の効果効率についてもっと精査せよとの動きも顕著になってきた感がある。ベムのところにも財務系の部署から視聴質によるテレビCMの本当の効果算出に関して問い合わせも入る。

しかし、ベムはこういうただコストカットのためだけに広告を目の敵にする財務管理系の人たちのお先棒を担ぐつまりはない。

「広告の買い付けを資材部・購買部にして効率を精査する」という、短期的に利益を出すためにコストカットしようというコンサルもいて、売上を上げるための広告投資をどう最適化するかという視点に欠けた、広告を単なるコストとして見る向きには賛同しない。

 ベムはむしろこうした単なるコストカッターから、宣伝部を守りたい。もちろん宣伝部が説明責任を果たせるように効果を立証するのだ。

 テレビCMの効果も、その本当の効果を詳らかにして、その強さと弱さをしっかり見極めると、実はテレビ広告はやはり使うべきだとなるはずと思っている。また逆に今しっかりテレビの本当の効果をしっかり把握しないと、テレビがだめになるのを早めてしてしまうと思う。

 テレビの効果はブランドによって違う。だから個別に「いくらだったら買っていい」という投資ラインがある。

 以前このブログでも書いたが、ブランドごとに買っていい額があるなら、それを入札応札で取引されるということもあっていい。ただそのためにはバイサイドが本当の効果をしっかり把握できないと価格を決められない。テレビ局もその方がパーコストを高く売れる気がするが・・・。

 すべての広告投資の直接・間接効果と、効果のタイムラグと、ブランディング効果(マーケティングの時間軸を長期にとった場合のROIの最大化)をどう数値化するかなど、企業ごと、ブランドごとに可視化することで、投資対効果を最大化することにならベムは最大限協力します。

 僕は宣伝部の味方です。

ネット企業は広告主となるとテレビCMのつくり方が分からないのかも

9 years 3ヶ月 ago

ゲームアプリやEC系ビジネスなどネットビジネスが広告主となってテレビ広告を大量に使うようになった。もちろんどのCMクリエイティブでどのくらいダウンロードされたかとか測定はしているものの、そもそもCMクリエイティブ開発には、ろくにクリエイティブブリーフもない感じで、いきなり出てきたアイディアベースのつくり方をしていると感じる。

 ベムが昔CM制作に携わっていた時は、かなり表現戦略上のRationaleというか思考回路も吟味されたものだ。だからKJ法だのラダー法などいろいろやってみた。まあ演繹的に作り込むのはそう簡単じゃない。
 クリエータもだいたい引き出しに入っているアイディアを使いたいから、表現戦略上のコンセプトで理屈をつくる僕のようなアカウントプランナーとは大概衝突する。クライアントにプレゼンの席で、「う~ん。アサツーさんのは、考え方はいいんだけどねぇ・・・。表現案がその考え方と違うというか・・・。変にジャンプしちゃってて・・・」とよく言われた。(笑)

 で、ネットビジネスの広告主のCMクリエイティブなんだが、やはりネットでCPAとかが指標で、ABテストとかばかりやっているから、「クリエイティブ」することがどうも分かっていないように思う。バナーみたいなものは既存のクリエイティブ素材の副産物として制作されてきたから、ネット専業代理店の人は撮影に行ったこともない人が多いだろう。
そもそもパソコンの画面上でしか思考していないように思う。

 ABテストをすると言っても、考えられる表現が100あるとしたら、レベルの低い99番目と100番目を比較して、「どっちがいいか」とやっているかもしれないよね・・・。

 クリエイティブというのは、いったん考えられる「表現」を1000本ノックで拡げられるだけ拡げ、そこから修練させるというプロセスを踏む。
 
 また修練させるロジックも、クリエイティブブリーフをつくって、そのフィルターを通ったものでないと成立しないわけで、「面白いからいい」という訳にはいかない。
 
 「ネットインプレッション」という最終的に視聴者に残るパーセプションを計算しつつ、ブランドメッセージの伝え方を企てる。

 そうした「ブランディング」を長年思考してきた者と、CPA思考とにはかなり距離があるようだ。

 ネット広告に関しては、重箱の隅をつつくような細かい最適化を追求する割には、テレビCM制作には大雑把というか、つくり方が全く分からないのかぁと思う。

 せっかくテレビ使うなら、テレビCMをどう作るかは、クリエイティブ開発にしっかりした思考回路を持たず、代理店任せにすると(というかこういうのは代理店のせいにしちゃいけなくて、広告主の能力が出るものなかので)、いくらABテストして最適化していると言っても、ABテストではなく、YZテストしてるかもしれないだけどね・・・。

日本では無理してCMOをつくるよりCDO設置がいい。

9 years 4ヶ月 ago

CMOを育てようというムーブメントが起きて久しい。しかし、日本企業でのCMO設置は相変わらず進んでいるとは言えない。
 その本質は、「日本ではマーケティングという考え方そのものが根づいていないこと」、それに尽きる。

・マーケティングが定義されていない。
・広告・販促のことをマーケティングと呼んでいる。
・そもそもマーケティングは営業がやっている。

 だから欧米流のCMOの機能など遠すぎてイメージすら出来ない。

「事業部ラインが求める売上利益よりブランド価値を優先する」というようなCMOの基本思考を述べられても経営トップからそんな思考がないし、経営トップがCMOの機能について腹落ちしていない。

 一方、デジタル社会は到来しており、企業の「デジタル変革」(デジタル・トランフォーメーション)が喫緊の課題と言える。

 「マーケティングは経営そのものだ」とまで言い切れる欧米企業と違って、マーケティングは広告・販促と考える日本企業にも等しく「デジタル変革」が急務となっている。

 であれば、ベムは無理してCMOを戴くよりも、会社のすべての分野の「デジタル化」を役割とするCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)を設置して、デジタルトランスフォーメーションを推進する方が分かりやすいのではないかと思う。むしろそういう大きな権限の中でないと、マーケティングのデジタル化でさえ出来ない。

 マーケティングを再定義する機会として、「デジタル変革」は最も都合のよいはずだが、そもそもマーケティングが定義されていない企業は、再定義が出来ない。
 マーケティングを云々している間にタイムアウトになるくらいなら、COO、CFOと並ぶくらいの大きな権限も持ち、すべての領域のデジタル化を使命とするCDOが大なたをふるう方がマーケティングのデジタル化は進むだろう。

 CMOよりCDOを置こう。

POEを単に職務分掌ための概念にしてはいけない。

9 years 4ヶ月 ago

2009年にWeb研セミナーにおいて私が「3つのメディア」として考え方を紹介したことを契機に、「トリプルメディア」という概念はかなり普及したと思う。
https://www.wab.ne.jp/wab_sites/contents/115

翌2010年には拙著「トリプルメディアマーケティング」が出版された。

この本では、企業のマーケティングメディアをペイド、オウンド、アーンドの3つに整理し直して、それらを有機的に連携することを提唱した。
改めて、WebやSNSの登場で、企業のマーケティングメディアを再整理して、施策検討の幅を広げないといけないと言った訳だ。
つまり、マーケティング施策検討に「気づき」を与えるために幅広く網羅するためにPOEの概念を使うのである。そしてその中から検討すべき施策があれば、それらを繋ぐことが重要である。何も全部やれということではない。だからそれらの施策の企画実施には出来れば同じ人、同じチームが携わる(ディレクションする)方がよい。

時々クライアントで目にする資料にPOEを縦軸に、潜在層施策からリテンション施策までをヨコ軸にしたマトリックスがあってそれぞれの箱ごとに施策と職務分掌が記入されていることがあるが、このマトリックスをそのまま組織編成という名のもとに分断してしまうことがあるようだ。

POEmatrix.jpg


私が提唱したのは、POEの輪が3つあるとして3つが重なるところにピンを打ってバラバラにならないようにしようという考えである。POEは施策検討の網羅性を担保するために行うのであって、POEに担当者を分けることを必然とはしていない。

poepin.jpg

 POEを職務分掌のための概念にしないほうがいいのだ。逆にPOEを俯瞰してコントロールできる人材が育たない。

そうは言っても大きな企業では、やることが膨大で役割分担しないといけない。

しかし、機能的な役割分担する上で、POEで分掌化するのがいいかどうかを考え直して欲しいのである。いちおうPOEを日本に紹介した張本人なので、やっとIMCの考え方でスルー・ザ・ラインを実現したのに、今度はPOEで分断するようになってしまっては、提唱者としてはなんだか責任を感じる。

 もし組織上の職務分掌としてPOEで分けるなら、3つのベクトルを合わせてのKPI設定と担当者の評価軸設定が必要である。POEのトータルディレクターがいて、そうした設定をしないといけないが、そもそもそういうことができる人材が育つには、POEが別々に機能する組織体制では難しくなってしまうのだ。


企業のオウンドメディア戦略は、自社ドメインに見込み客を集客するという従来モデルでは成立しなくなった。ソーシャルメディアも企業にとっては基本、ソーシャルCRMを踏まえて、カスタマーセンターと広報を同一部門に置くなど、パブリックリレーションとカスタマーリレーションがオーバーラップしてしまう今の時代に合わせた企業インフラ整備の問題である。

ある意味、Web担当やソーシャルアカウント担当という職務だけでは部分最適ばかりが進む。POE全体最適をディレクションできる職務とそのスキル開発を考えよう。

届かないパットは入らない。

9 years 4ヶ月 ago

テレビCMに関しては、他のマスメディアと比べれば従来からもかなり科学的なアプローチをしてきたと言える。リーチ、フリークエンシー、GRP・・・と確立した指標がある。しかし、人口減少社会となった現在、いくつかはそのまま使っていていいのかと首を捻りたくなるものも、そもそも「そんなんでいいのかな?」というのもある。

 例えばM1やF1の人口は10数年前の8掛けになってしまっているが、ずっとTARPというパーセンテージで指標化している。母数が減っているから同じパーセンテージでも到達人数が減っていることになるが、それでいいの?とか・・・、平均フリークエンシーはリーチした人の平均だし、その平均値で当たっている人がどのくらいいたかは把握しないままということが多い。
 フリークエンシー分布(つまり、ゼロ(未到達)は何人、1回は何人、2回は何人・・・)を到達実態として把握していないと意味がないのだが、どうもそうしたデータを見ないまま、適正フリークエンシーを議論しているケースがある。

 実態としては過少フリークエンシーとフリークエンシー過多に2極化しているので、実は7回とか8回の接触者は極めて少ないのだが、その回数を適正だと言ってみても、適正フリークエンシーに補正する「打ち手」を議論しないのであれば全くナンセンスだ。

テレビの到達力はまだまだ強力だ。ただそれは初速においてで、一定以上からどうしてもサチる。特にターゲットが若年層となると、デジタルデバイスと組み合わせないとリーチを獲得できない。

 まずはターゲットにどれだけリーチできるかを、テレビとデジタルを統合的に把握することから始めないと、ターゲット到達実態が分からないまま、認知や態度変容をうんぬんするのは順番が違うだろう。

 「届かないパットは入らない」と青木功も言っている。(笑)

 まず、ターゲットリーチ補完、そして認知効率を上げる施策としてのターゲットにおける適正フリークエンシーへの補正・補完、その次に態度変容効果(購入意向)を促進するためのデバイス別のコミュニケーション・・・と、進化させたい。

逃げ切り世代は、本当に逃げ切れるか

9 years 4ヶ月 ago

 サラリーマンでいると、年金の仕組みがどうなっているかの実際のところは、定年まじかになって講習を受けたりするころにやっと理解する場合が多いらしい。
 つまり、後輩たちが頑張ってその企業の業績を維持してくれないと、OBの年金も怪しくなることをそこで知るのだ。部下に厳しいおとうさんが、急に優しくなるらしい。(笑)

 ベムの同期もずいぶん早期退職で辞めていった。一般的には広告業界の構造転換にはギリギリ逃げ切れる世代だと、少なくとも本人たちは思っているらしい。
 しかしながら、実際には後輩たちの相当な努力と成果に頼らないと、悠々自適な年金生活も約束されないということだ。
 
 そう考えれば、退職するにせよ、この会社の将来価値のために自分は何を残せるのかをよく考えてみてほしい。
 
 定年まじかということはそれなりに高いポジションにいて、経営判断にもかかわることが多いだろう。そんな中、デジタル化によるビジネスの構造転換の話がもって来られることも多いはず・・・。しかし多くの僕の世代は、「どうせオレは関係ないし、面倒くさいし、リスクを背負って最後を汚すこともないし・・・」と思う人がほとんどだろう。

 でも前述のように、ちゃんと年金もらうためには、自分の会社がしっかりビジネスの構造転換に対応して生き残ることが前提なのだ。

 若い人が必死なのに、権限をもつおっさんたちが自分事化しないという悲劇は何とか避けたい。

 広告・メディア業界の僕と同世代の人たち、新しいビジネスへのチャレンジは決して自分には関係ないことではないのだよ!
 
 逃げ切れるという考えは甘い!

 今、しっかり変わる決断をしないと、有能な若手がみんな辞めて会社の業績がどんどん悪くなって、あるいは倒産にしたりすると、ちゃんと年金もらえないよ。

欧米エージェンシーの進化系報酬制度は日本にも来るか

9 years 4ヶ月 ago

久しぶりにデジタルインテリジェンスニューヨーク(榮枝代表)からのレポート抜粋です。


旧来のエージェンシーとは全く別の「新種のエージェンシー」が数多く登場した事により、依頼主(クライアント)とエージェンシーとの取引形態に変化が起こっている。

まずは「業態が違えば、それぞれにふさわしい報酬系がある」という大前提が存在する。例えばメディア扱いの無い「デジタル・エージェンシー」と、メディア・バイイングを行なう「メディア・エージェンシー」と、ECを管理しCRMのプラットフォームを走らせる「CRMエージェンシー」では報酬システムが違うのは想像つくだろう(図1はCRMエージェンシーが駆使する代表的なSaaSプラットフォーム例)。

gazo22.jpg

「コンサル系がエージェンシー業界にやってきた」とか、「M&Aが進行する」という変化の「結果」部分がこれほど溢れてしまうと、何が変化しているのか見えづらくなる。エージェンシー・ランキング表の塗り分け変化も見慣れてしまった。「エージェンシー」の呼び名も違和感を感じ始める。この変化を見極めるためにエージェンシーの(マーケティング・サービスの)「報酬は、どう課金されるのか」という切り口で整理した。


現在、エージェンシー(マーケティングサービス)に見られる報酬系の変化は下記の4つに集約される。

1)衰退したと思われたコミッション・ベースの報酬が、デジタル・エコシステムの中で復活している事

2)コスト積み上げ(Input)ベースから、バリューベース(Output)への関心移行
 (Fee-for-Serviceから、Value-Based Reimbursementへの移行)

3)インセンティブ(ボーナス)ベースのトライアルの増加

4)ビジネス結果(OUTCOME)を計測しやすいプラットフォーム・エージェンシーの登場
 (MA、SFA・CRMコンサルタント)


アクセンチュア・インタラクティブでは、
「風上のOracle and Microsoft などのmanagement software の管理・操作から
風下の end-to-end agency servicesまでを扱う」を業務領域とし、皮肉を言えば
雑誌やテレビの扱いだけは、やらないwと。

報酬は、 a rev share basis 「レベニューシェアモデル」

なので、彼らが採用「していない」報酬モデルは旧態の
「キャンペーン単位の受注」や、
「billable hours(合意された時給x時間)方式」や、
「月額リテーナー」方式でさえ、古くて使わない、と述べています。

採用するのはクライアントの「billable outcomes (ビジネスの結果)」だけに
連動するモデルを採用している。
(注:Outcomeはクライアントのビジネス結果、Outputはエージェンシーの行った事。彼らの課金モデルでOUTCOMEはキーワードです)

例えば自動車メーカーのクライアントの場合は
「何台売れたか」だけが我々の報酬に連動する報酬モデル、
( we only get paid on net new cars sold.)

と紹介しています。
MA、SFA/CRMのクラウド・ツールを扱う事が基準


この1)~4)の内容詳細は是非MADMANレポートをご購読いただきたいが、日本でも本格的なデジタルエージェンシー登場の年となっている今年、報酬体系の変化は必然かもしれない。

もう少し詳しくは引き続きこのブログでも書きます。

業態と人材

9 years 5ヶ月 ago

  「広告会社という業態を維持していていくためには、今の人材では立ち行かなくなった。」そう感じる関係者が多くなった。「業態」の維持というより、今の販売先と仕入先、つまりはポジション(立ち位置)の維持ということを言っているのかもしれない。消費者のコミュニケーション構造が変わり、クライアントの求めるものが変わった。広告主とは言うが「広告」が買いたいのではない。
 
  ベムには、マーケティングのデジタル化に関わるコンサル要請が多く来るが、このところ広告代理店の変革に関してのコンサル要請も増えている。

  そのほとんどが、今の「業態」を維持するためにはどう変革したらいいでしょうか?というものだが、「ポジション」を変えずにその会社を維持するためには人材のほとんどを入れ替える必要があり、日本ではそんなことをするより、その会社は潰して、まったく新しい会社で、新しい人材で始めるほうがずっと現実感がある。そもそも経営者がデジタル対応できない人材なのに、社員だけ「デジタル化に対応して生き残ろう」ということ自体無理があり、ずいぶん図々しい話だ。

 特にハウスエージェンシーに関しては、「知見とデータを社内に確保する」という大きなテーマを企業グループ内で実践する必要があり、本来ならデジタルマーケティングの「核」として機能することが求められる。「立ち位置」からしても、企業のインハウスマーケティングラボとして生き残るしかない。またメディアレップ型エージェンシーであれば、取引のオンライン化(プログラマティック化)の主導をしなければいけない。広告の「手売り」に限界があるのは誰が見ても明らかだ。ところが伝統的な古いタイプのハウスエージェンシーにはどうにもそうしたスキルがない。テクノロジーにもデータ分析にも弱い。
 
 さて、どうしたものか・・・。

 会社のポジションで今後もビジネスをするなら、人材を(経営者も含め)大量に入れ替えて、全く違うスキルをもつ人材を導入する。今の人材でビジネスを続けるなら、上記のような構想は新会社に任せて、既存のスキルとその競争力を最大限生かせる市場に開放する。つまり資本から離れる。そもそもその競争力もなくて、資本でだけ仕事をしていたなら、解散する。

 企業はハウスエージェンシーというものを考え直す時期だろう。

 従来型のハウスエージェンシーがない企業は逆に「インハウスマーケティングラボ」「インハウストレーディングデスク」機能、つまり企業グループ内のデータドリブンマーケティングを担う存在をイチからつくるチャンスである。
 新会社というものには、人材をハイブリッドにするチャンスがある。初めから新たなスキル開発を想定して、マーケターとデータサイエンティストをコンビにして仕事をする体制とかを組むことも出来る。

 今、食いつないでいる日々の仕事がある従来型のハウスエージェンシーをまったくスキルの異なるデータドリブンマーケティングを主導する集団に変えるのははっきり言って無理である。

 ということは、ハウスエージェンシーの生き残りだけを模索することにはほとんど意味はなく、その企業ないし企業グループのデータマーケティングをどう構想するかが先になければならない。

 規模はあまりに違いすぎるが、ウォルマートのラボはマーケティングテクノロジー会社を買収した。リテーラーは特に進んでいる。

 グループで多くの事業会社が展開している、または同じ商品カテゴリーでも多くのブランドを展開している大企業は、マーケティングラボをグループ内でPLを切り出して持つことが必然だろう。しかしそこには分析人材をどれだけ集められ、ビジネスを実践してきたマーケターとどう融合できるかのビジョンがないと成り立たない。

 「データを制する者がビジネスを制する」これは、「広告ビジネス次の10年」のサブタイトルだが、データがそのままビジネスを制するのではなく、データドリブンなマーケティング施策がビジネスを制するのである。つまりデータそのものには何の価値もなく、データをインテリジェンス化し、マーケティング施策の企画実施に反映させてこそ価値を生む。そこには今までにはないハイブリッドはスキル開発が絶対に必要である。

 新しいスキルには新しい器がふさわしい。

 「左脳でインプットして、右脳でアウトプットする」人を育成できる場としての「新会社」である。

 ベムは、新組織でも新会社でもその「器」のなかに入れるべき人材のスキルをしっかり、具体的に定義することが本当に大事だと思う。例えばデジタルインテリジェンスのコンサルではこれを非常に具体的に定義する。具体的に何ができる人がいるべきか・・・。そこが大事だ。

「グロス・アテンション・ポイント」

9 years 5ヶ月 ago

 デジタルインテリジェンスからGAP「グロス・アテンション・ポイント」の測定と指標化について昨日リリースした。

 テレビ画面注視率(アテンション・インデックス)をその投下CMすべてにおいて他仕上げた数値と言ったらいいだろうか。GRPと相当する注視率総計である。
 
 ベムは昨年から「視聴質」の測定や分析にトライしてきたが、極めて大きな金額が動くテレビ広告の世界を「最適化」する仕組みの構築を考えると、テレビCMの本当の効果をリアルタイムで把握して、リアルタイムの「打ち手」に繋げることに価値があると確信している。

 CMクリエイティブの「視聴質」を個別に測定、データ化して「最適化」の材料にしていこうという試みも重要だが、結局「テレビCMの本当の効果」とは、ターゲット(誰が)、タイミング(いつ:時期・曜日・時間帯)、どんなコンテンツと(どんな番組に挿入して)、どのくらい(量:GRP)というメディアプランニングの変数に、クリエイティブ力という変数を掛け算した結果である。

 「誰が」はブランド側としてはターゲットが明確でないといけないので、ここが変数として揺らいではいけないが、その他の変数を掛け合わせた結果としての「本当の効果」をリアルタイムにしかも競合ブランドのそれとの比較において、把握することの意味は大きいと思う。

 下記のグラフは、同一カテゴリーの商品の2つのブランドが、同時期にほぼ同量のGRPを投下したアクチャルGRPとそれぞれのGAPを示している。

GAP.png

 GRPが同量に関わらず、いわゆるアテンション率総量(GAP)は30%も相違がある。

 原因としては、クリエイティブ力の差が出たということになる可能性がある。

 もし、GRPは変わらないのに、GAPが落ち込んできたら、クリエイティブ素材の賞味期限が切れてきているので、素材差し替えをした方がいいということになるだろう。それも競合と比較してということも重要な要素である。

 マーケティングはある意味競合ブランドとの戦いでもある。「相手のあること」なのだ。ただ自社ブランドのキャンペーンが事前のプランどおりに執行すれば、目標が達成されるというものではない。そもそも一定以上のGRP投下を考えると、多くのブランドは適正量を超えている場合もあり、それでもやるのは競合ブランドよりサウンド量を大きくするためである。
 
 そこで競合との「戦い」ということでは、相手の状況をしっかり把握して、自社の「打ち手」を講じなければならない。「敵」を知り、「己」を知るということだ。

 相手の「山」に敢えてぶつけるのか、相手の「谷」につけ込むのか、同じ量、同じコストを使ってもどんなタイミングで投下するかは、常に「相手のあること」である以上、効果が違ってくる訳だ。

 その意味で、ダッシュボード上に自社及び競合のGRPとGAPを並べてリアルタイム把握することに大きな価値がある。

 さて、このGAPという指標、前述したように、メディアプランとクリエイティブ力の掛け算としての結果(実際の効果)と言える。

 これは、ブランド力、クリエイティブ力という広告主側の責任による結果であるので、テレビ局にギャランティさせるものではない。

 ベムは前回のブログにも書いたように、将来的には広告主がこうした実際の効果を把握しながら、適正な価格で、最適なポジションのスポット枠、番組枠を買い付けに行くという取引きが始まると思う。つまり入札応札による取引である。

 GRPが「何発打ったか」で、GAPが「何発当たったか」だとして、両方をしっかり見て「手を打つ」というのが大きなコストをテレビCMにかける広告主に求められることだろう。予算化はあるものの、実際にどこにどの程度お金をかけて、最も大きな効果を生み出すかを「運用」で行うことが今後の発想である。

 宣伝部は事業部からお金を預かって、最適なマーケティング効果にする(預かったお金をより大きな効果にする)ファンドマネージャーみたいなものである。株式を扱うファンドマネージャーは当然「損切り」をしてでも、売り買いして、最大化させる。同様に宣伝部も、「事前に最適なプランがあるのではなく、運用で最適にする」のだ。

 「運用」型の広告発注の知見とデータを社内に一回は取り込んでおかなければならない理由である。そこにデジタル広告だけでなく、テレビのデータが入るのは当然であり、GAPはそのひとつになると思う。

 詳細は、デジタルインテリジェンスにお問い合わせを。

テレビ広告のバイイングの未来

9 years 5ヶ月 ago

先日DIGIDAYにテレビのプログラマティックバイイングについて書いた。

http://digiday.jp/agencies/tv-programatic-buying/?platform=hootsuite

で、もっと話を付け加えておきたい。


そもそも日本でテレビスポットがGRP買い付けになったのは、コカ・コーラさんが始めた経緯がある。もちろん米国流を導入したということであるが、当然それまではタイムランク別に1本いくらだった。

 しかし人口動態の変化で今は、テレビスポットには今構造的に若年層に当たりにくいということと、フリークエンシー分布が過少と過多に2極分化するという問題点があり、選局、パターン選定、GRPという基本発注形式だけではこのあたりはクリアしにくい。

また昔からアクチャル達成率がままならない場合も多く、かく言うベムも昔クライアントさんから「お肉屋さんに行って、300gくださいと言って、300g分払って帰って、家の計りにかけたら200gしかなかったら怒るでしょ?」と言われたこともある。

このあたりは、アクチャルは保証しないことは分かっていても、GRPという従量課金であるが故に、保証されないことへの不満がいつまでもつきまとう。

米国では一部アクチャル保証もするらしく、その代わりに「補填分をテレビ放送でするかオンライン動画でするかはお任せ」というプログラムまである。
そのため、外資系の一部のクライアントからはアクチャル保証の要請は強い。

しかし、よく考えると、アクチャルを保証させられると、テレビ局は在庫管理が出来ない。
バイサイドからすると「アクチャルを保証せ~い。」は正当な主張かもしれないが、単にアクチャルが保証されればそれでいいのだろうか・・・。

そこでベムも考えてみるのだが、結局テレビCMの効果は、どう出稿したかとCMクリエイティブ力の掛け算である。ブランド力、クリエイティブ力はテレビ局がギャランティすべきものではない。またバイサイドによって見合うコストは違う。

ということは、将来的に最もリーズナブルなテレビCMの取引は、「バイサイドが視聴質を含めた「出稿プラン×クリエイティブ力」の本当の効果を把握しながら、適正な価格で入札する」ということになるのではないかと思う。

ベムが思うにCMの効果のためにはステブレはできるだけ少なくした方がいいし、番組もバラ売りする方が「いい値段」をつけてもらいやすくなるのではないかと思う。(昔と違って今の番組には1社提供のような番組提供価値が希薄で、ネットスポットの意味合いが強い。)

本格的なプログラマティックバイイングかどうかは別にして、1本1本、オンライン入札をかける仕組みがあってもいいように思う。

人気のこの番組直後のこのステブレなら1本300万円出してもいいという広告主はいっぱいいるはず。もちろんいきなり手売りをなくせと言っているのではない。大量出稿をするが故にパーコストを下げて効率的に買い付ける従来の方法もあっていいが、セルサイドから言えば、有限な枠をいかに上手に高く売るかを考えるのは当然で、そこは「入札応札」による価格形成が経済合理性をもつと思う。


さて、先日あるローカル局の人が訪ねてきたが、4K対応に関しては「ハイビジョン対応にちょっと毛の生えた程度で済みそうで安堵している」と言っていたが、その考えは甘いと言わざるを得ない。

アタラの有園氏が書いているように、確かに4K、8K対応はBSやネット配信で進み、独自コンテンツに強みのない、特にローカル局は存在意味が問われるだろう。

http://unyoo.jp/2016/06/year2030-5g-mobile/

いちおう制作能力の高いキー局は、放送波はどんどんコンテンツ・ディストリビューション手段のひとつになっていき、コンテンツごとにベストなディストリビューションを視聴者が選ぶことになるだろう。

4K、8Kまでの高精細に意味はないということを言う人もいるが、ベムはそうは思わない。実際にそこにいるかのような感覚を持たせる技術は特にバーチャルリアリティで進化しつつ、テレビ画面にも現実空間のような高精細画質が求められるようになる。

もう端から放送を受信しない大画面モニター(テレビと呼んでいいかどうかも分からない)ものも出ている。

視聴者がオンデマンドで視聴するコンテンツの方が注視されている訳で、そこでの広告価値も推して知るべしである。テレビ局が放送だけを事業モデルとして考える時代ではなく、広告の効果的なターゲット到達のためにもっと番組コンテンツとの連動を考えなければならないのだから、単に「放送での世帯視聴率」が取れる取れないで奔走する人ばかりではテレビ局の将来は危うい。

広告主とそのブランドが求めるターゲットとの親和性が高く、ブランドを訴求しやすいモードを形成できるコンテンツ開発をいっしょにしていくことが必要にある。

その昔「鉄人28号」の主題歌の最後に「グリコ、グリコ、グ~リ~コ~」と歌い込めれていたことをよ~く憶えているベムは、今一度ブランドと番組コンテンツがもっと融和した番組開発の時代が来ると思う。

それは、今関東地区で、若年層ターゲットでテレビスポットを出稿しても、ティーンと20代で男女どちらかがターゲットだと、そもそも人口で10%、リーチするターゲットの割合は7%台、ターゲットに当たるCMの表示回数は5%台になる。つまり20回に1回しかターゲットに当たらない。であれば、端からティーンや20代が観る番組コンテンツを局と開発して、多少視聴率が低かろうが、SNS連動やいろんな手段でターゲットへの拡散を企んだ方がいいのではないかと思う。

テレビCMの売り方・買い方も、デジタル化の波と視聴実態のデータによって変わってくるだろう。ベムはそれが、売る側、買う側 いずれにも決して不都合なことになるとは思わない。今より合理性が高くなるはずだ。変わることへの不安はあって当然だが、いい方向に変わることへの期待はもっともっとある。

ターゲットに強く刺さるCMはつくりにくくなった。

9 years 6ヶ月 ago

 広告業界に35年いるとCMの歴史をそれなりに辿って、その変遷をイメージしたりすることもある。最近とみに感じるのは、どうも「ターゲットに強く刺さるCMはつくりにくくなったのではないか」ということである。逆に誰にでも好感をもたれる最大公約数のCM、つまりネガティブな反応が少ないCMが受け入れられている。
 そのためには用意された設定での展開が視聴者も安心して受け入れられるので、シリーズものの好感度が高い。

 否定されない誰も受け入れるCM・・・、それが主流なのだ。

 しかし、それでターゲットに強く刺さるCM、つまりターゲットが自分事化して、単にCM認知だけでなく、態度変容を促す広告コミュニケーションとなっているのかが問われる。

テレビCMで尖がったコミュニケーションや、特定のターゲットだけが受け入れるものは難しくなった。テレビ番組のコードも厳しいように、CMもそうそうぶっ飛んだことはできない雰囲気だ。
 今、禁煙パイポのCMで、「コレで会社をクビになりました。」が出来るかどうか・・・。

 例のカップヌードルの「バカやろう」のCMも、これをポジティブに受け入れる視聴者・消費者はたくさんいた。ある意味オンライン動画からこのCMを浸透させていたら、まずネット世界でこのCMに対するポジティブな世論を形成してから、テレビオンエアしていたら、まず形成された世論の同調圧力で、特定のタレントの起用に対する批判的な評価はあまり拡散しなかったかもしれない。しかし、テレビではそもそもほとんど高齢層に当たる。

 「CMの認知はある程度獲得できるが、購入意向までには至らない。」これが今のTVCMの課題のひとつであろう。
 ただ、テレビではターゲット以外にも当たってしまう。ターゲットに強く刺さる文脈は、そうでない人には刺さらないか、下手をするとネガティブな評価となる。

 もしシャンプーのCMで、タレントを替えたとする。既存のタレントがCMに出ていたことで好感していた消費者が、「このタレントがCMをするなら私はもう買わない。」と思うかもしれない。CM訴求はある意味「諸刃の剣」になる。
 買っていてくれた人が広告を見たために「買わなくなる。」従来あまり見えていなかった、こうした広告の反作用も織り込む必要がある難しい時代になってしまった。
 許容してくれる範囲はどこまでなんだろう・・・。
 ターゲットが強く反応してくれるであろう文脈やコンセプトが分かっても、はたしてその訴求をだれもが観るテレビCMでしてもいいのだろうか・・・。

 そういう課題が今のテレビCMにある。

 さて、そうなると、デジタル広告にひとつの解決策がある。

 デジタル広告のターゲティング配信は、広告を当てたい人に当てるだけでなく、当てたくない人には当てないターゲティング配信でもある。

 テレビCMとの役割分担、使い分けの考え方に、このターゲットでない人、ないしそのクリエイティブにネガは反応をおこしそうな人には当てないというデジタルの強みを加えることができる。
 だからこそ、デジタルでターゲットに強く刺さるコミュニケーションをして、テレビCMとの相乗効果を生む構造を構築すべきなのである。

確認済み
2 時間 58 分 ago
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