EC総合支援のコマースメディアが、事業承継(M&A)に力を入れている。その背景には、日本のものづくりやブランドを次世代につなぎ、世界に向けても打ち出していきたい思いがある。事業承継を推進するため、フラクタの創業者で土屋鞄製造所の取締役などを歴任してきたブランディングの専門家、河野貴伸氏が新たにExecutive Aide Producerに就任した。コマースメディアは事業の継続に悩む企業に何を伝えたいのか、そして、事業承継推進によって何をめざすのか――。代表取締役の井澤孝宏氏と河野氏が対談した。聞き手は運営堂の森野誠之氏。
支援先企業への出資を皮切りに事業承継を本格化。得意領域の異なる井澤氏と河野氏で強力タッグ
森野氏(以下、森野):コマースメディアが事業承継に力を入れている経緯は?
井澤氏(以下、井澤):2年ほど前に、コロナ禍などで財政的に厳しくなった支援先企業から相談を受け、出資したことがきっかけだった。
また、実はコマースメディアは創業当初から自分たちで商品を作り、在庫を持って販売するビジネスも展開していた。しかし、支援事業の引き合いがあまりにも増えたため、一時的にストップしている。
会社規模も拡大してきたので、「事業承継を通じて、再度ものづくりの仕事にも力を入れよう」と考えたことも大きな要因。後継者不在に悩む経営者から「事業を辞めるくらいならコマースメディアが引き継ぐ」と承継したケースもあり、現在(2024年6月時点)は2社と1事業を引き継いだ。今後も承継する事業を増やしていきたい。
森野:一般的には事業を辞めるべきか悩む経営者が、他社へ容易に「お願いします」と依頼することはあまり考えにくい。井澤さんはどのようにして事業を承継するようになったのか。
井澤:事業承継やものづくりに尽力したい意向を周囲に話しているうちに、自然とそういった話が舞い込んでくるようになった。事業はEC・通販にこだわっているわけではない。承継したうちの1社は卸会社で、私自身も卸営業に出ている。もちろん、コマースメディアだけですべての企業を手助けできるわけではないので、自社の事業と合致するかどうかを大事に判断している。
コマースメディア 代表取締役 井澤孝宏氏
森野:コマースメディアが事業承継を進めるため、2024年5月にExecutive Aide Producerとして河野さんが参画した。経営者や事業責任者の参謀として、インターナル/エクスターナルブランディングを手がける役割だそうだが、どういったプロデュース支援をしていくのか。
河野氏(以下、河野):これまでのブランディングは企業に対する働きかけがメインだったが、今は人の方がより大事になってきている。
たとえば、コマースメディアという企業をブランディングする場合、企業をきれいに見せるのではなく、井澤さんが力を発揮できる状況を作り、なおかつ社員がそこにうまくリンクして動けるようにするのが重要ということだ。つまり、経営そのものを盛り立てていく応援団と言える。私自身、従来型のブランディングより、今はもっと人に寄った支援に最も重きを置いている。
森野:社内にしっかり入り込んでいき、経営者や従業員と密にコミュニケーションを取りながら進めていくとなると、確かに今までのブランディング支援のイメージとは違うように思う。井澤さんは以前から河野さんと交流があり、河野さんの得意とするブランディング支援を知っていたからこそ、参画してほしいと声をかけたのだろうか。
井澤:その通りで、河野さんが創業したフラクタも主にブランディングを手がけており、コマースメディアのミッションやバリューを一緒に作っていた時期もあった。河野さんはコマースメディアについてよく理解してくれている。また、河野さんと私の得意領域が異なることも、互いに補完し合える相性の良さがあると前々から考えていた。
河野:今までの経験から、経営者として組織を率いていく役目はあまり向いていないという結論に至った。だが、井澤さんはそれができる人。ならば、参謀として一緒に働いたらきっと楽しいだろうとシンプルに感じ、参画を決めた。
森野:すでにお2人の良い関係性が見て取れる。井澤さん、河野さんはECプラットフォーム「Shopify」が出てきたタイミングから「Shopify」を使い、発信もしていた。そのため、「コマースメディアがより『Shopify』関連事業を強化するのではないか」と想像する人も多そうだが、そうではなく、「事業承継の推進に向けて手を取り合った」ということか?
河野:井澤さんとの出会いのきっかけは「Shopify」だったにしても、今はコマースメディア社内で「Shopify」について聞かれることはほぼない。ものづくりやブランディング、採用・組織などの話題ばかり展開している。
ミリモルホールディングス 代表取締役/CEO 兼 コマースメディア Executive Aide Producer 河野貴伸氏
相性の良い企業とは――。商品・サービス・ブランドに、こだわりとプライドを持つ企業と手を組みたい
森野:事業承継とは、具体的に何をしていくのか。M&Aとは別物だろうか。
井澤:同じではあるが、「M&A」と聞くとこちらからいろいろとバリュエーションをつけて積極的に買収しにいくような印象を与えてしまう。それよりも、「事業承継」の文字通り、「会社を高く売却したい」ではなく、「続けてほしい」と考えている方々と私たちがタッグを組む形にしたいと考えている。そのため、あえて「事業承継」と言葉にするようにした。実際に今までのケースも、それが叶えられている。
森野:気になった企業には、井澤さんから声をかけているのか。
井澤:成約している各社は、ほとんどが先方からの声がけだった。各社のビジネスを理解することが重要なので、まずは対話をしっかり重ねていき、その後は財務状況を見ながらデューデリジェンスを実施し、コマースメディアから金額を提示して譲受・承継する流れとなっている。コマースメディアから無理に取得しにいっていないため、これまでの3例はとてもスムーズに進められた。
森野:コマースメディアの売り上げを伸ばすことを目的とした事業承継ではないからこそ、円滑に進められたことはとても納得できる。
運営堂 森野誠之氏
井澤:その通りかなと感じる。たとえば、ECであれば私は広告を無理に打って一気に売るのではなく、そのモノに自然と正しい価値を付けていくスタンス。これから先、承継した事業も自然と需要のなかでそのモノが伸ばせる領域を見極めていくことを大切にしたい。
森野:河野さんも承継した企業・事業に関わりながら、ブランド作りに取り組んでいるのだろうか。
河野:そういった面を期待されて参画したのも確かだ。以前、土屋鞄製造所に所属していた際に事業承継やM&Aに深く関わっていた。その経験にも期待していただいていると思う。当時は財務からものづくりまで、いろいろな業務に向き合わなければいけないことを身に染みて感じ、M&Aはすごく難しいと感じていた。土屋鞄はデジタルマーケティングの強さが際立っているが、もともと職人がとても多い会社。ただ、経営陣はものづくりに対して深く理解しているため、M&Aもすごく丁寧に進めている。そこで得た知見や経験が、私の人生に大きな転機をもたらしたと感じている。
そんな私の今の立ち位置としては、たとえばデューデリジェンスをするときに見えていないものをどうやって見極めるか、数字に出ていない部分をしっかり顕在化して検討材料にあげるかなど、比較的厳しい目で見る役目が期待されている。つまり、承継する事業の「伸ばしていくところ」という部分を支援しつつ、「現実的にこれが伸ばせるのか、価値を見出せるのか」というシビアな見方が必要とされる仕事が大半を占めている。
森野:これまで、河野さんがチェックして事業承継に至らなかった事例はあるのか。
河野:そういった事例はまだない。ただ、井澤さんの気持ちがものすごく高まっているときに、私ともう1人の事業承継を検討する担当者が、冷静に気になる点を指摘・確認しながら進めることはしばしばある。
井澤:私からすると、そこがとてもありがたい。創業社長というのはいろいろなことをやりたくなってしまう。それが会社を混乱させてしまうかもしれないと頭ではわかっていても、動いてしまう。そこに冷静に入ってもらえるので、すごく助かっている。
河野:私は逆に、社長はアクセルを踏んでいてくれる方が良いと考えている。M&Aの財務などを冷静に見る担当者側との衝突はどうしても起きてしまうものだが、そこに私が「ブランドとしてどうなのか」「ものづくりとしてはどうか」と介入することにより、フラットに議論できるようになっていると感じる。井澤さんが遠慮してしまうと、今度は他のスタッフが踏み込めなくなってしまい、事業承継自体が「なんとなくやらないといけない仕事」になりかねない。今は健全な良いバランスができていると感じている。
森野:河野さんの経験が、今のコマースメディアにすごくマッチしていることがよく伝わってくる。
河野:そうだとうれしい。井澤さんはすべての事柄をしっかり俎上に上げてくれるからこそ有意義な議論ができる上、私やもう1人の担当者からも、気になる点はすぐ井澤さんに意見することができている。経営者のなかにはすべてを俎上にあげない人もいるが、それでは私たちは何もできなくなってしまう。そのため、井澤さんの行動にはすごく感謝しているし、尊敬もしている。
商品やサービスそのものが良いことが大前提。ブランディングは「良いものを世の中に正確に伝えるための手段」
森野:井澤さんがコマースメディアの売り上げや規模ではなく、承継する事業を順調に続けていくことに主眼を置いているからこそ、そういった行動がとれるのだろう。
今後も事業承継してほしい企業からの相談が増えそうだが、どのような企業がコマースメディアと相性が良いのだろうか。
井澤:やはり大前提として、ものづくりやブランド作りをしている企業であれば、それを見極める河野さんと、経営・運営をする私で支援できるので、かなり相性が良いと思っている。
森野:こだわりのある良いものを作っていても、売り方に悩んでいる企業は多いかもしれない。
河野:私たちはものづくりをしている方々に対するリスペクトがベースにあるからこそ、力になりたい意思を強く持っている。そのため、ものづくりにプライドを持っている企業とは、きっとお互いに楽しく取り組めるだろうと考えている。
ブランディングやマーケティングをずっと手がけてきて思うのは、やはりプロダクトやサービスそのものが良くない限り、どれだけ化粧を施してもダメなものはダメ。ブランディングやマーケティングは、あくまでも良いものを世の中にわかりやすく正確に伝えるための大事な手段だからだ。
井澤:なので、事業承継を望む企業が通販をしているか否かはまったく関係ない。最近は、自社サイトすら持たない酒類の卸会社を承継した事例もある。プライドを持って卸商品をセレクトし、価値を作り上げてきた企業だったので、「ぜひ力になりたい」と思った。
単に業種・業態で相性を見るのではなく、商品・サービスへのこだわりやプライドを重視している。一緒に取り組んだときのイメージが湧く企業であれば、小売業や飲食店などの選択肢もある。こだわりの商品・サービスが“続いていく価値”を大事にしたい。
河野:少しおこがましいかもしれないが、井澤さんも私もどこかで「日本の将来を良くしたい」という思いがあり、長期的なROIで考えると、目先の売り上げなどではなく、持続させることが重要だと捉えている。
森野:確かに、国内には縮小した挙句、途絶えてしまったものも少なくない。それを憂いている気持ちや残したい思いが、お2人に共通していることがよくわかった。
日本のものづくりが世界に打って出られるように。“続ける価値”を共有できる文化を作り上げる
森野:コマースメディアとして、中長期的にどのような会社になりたいのか、ビジョンなどはあるのか。
井澤:日本はまだまだコマースメディアが従来から行ってきた「全体の支援」が必要な国だと思っているので、そのためのパワーをより付けていかなければならないと考えている。そのために、今は越境EC支援にも力を入れており、2024年からは「Global e」を使って日本の良いものを海外向けに販売する運営代行も始めたところだ。
「全体の支援」を強化しつつ、事業承継も大きく伸ばしていきたい。承継する社数や業種が増えれば、その分当社にはさまざまな情報や知見が集まるだろう。当然、当社だけで悩んでいるすべての企業を事業承継して支援できるわけではないので、集まった情報や知見を広めながら、“続ける価値”を共有できる文化を作り上げられればと思っている。
河野:コマースメディアがこれから行おうとしていることは、「事業承継」の言葉に留まらない、「事業承継のトランスフォーメーション(変革・革新)」なのだと思う。コマースメディアがその旗振り役になることで、日本のさまざまな企業が次々とトランスフォーメーションしていき、日本のものづくりが世界に対して打って出る動きも活発化すると期待できる。私はそれが長期的なコマースメディアのミッションだと捉えており、そこに沿ったビジョンから、組織体制や採用など多くのやるべきことを導き出して進めている。
森野:最後に、事業承継を検討している企業に向けて、お2人から一言ずつお願いしたい。
井澤:今は個人の転職も当たり前であるように、良くも悪くも簡単に辞められる時代になっており、“続ける価値”が作りにくくなってしまっている。
でも私は、「これをやり続けてきた」ということ自体が本当に素晴らしいと思っている。今後続けていくことへの不安や、コマースメディアと手を組むイメージを持っているような企業があれば、ぜひお話させていただけたらうれしい。
河野:コマースメディアの最大の強みは、その企業やサービスの見えていない価値を引き出せること。これまでも単にクライアント企業の運営代行をして売り上げを伸ばしてきただけでなく、長所を見出して売れる状態を作るところまで深く関わってきた。
事業承継にしても、「買ってほしい」ではなく、「コマースメディアに私たちの大切にしてきた商品・サービスを輝かせてほしい」と考えている企業と話がしたいと願っているし、私たちはそういった期待に応えられる会社だと自信を持っている。
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オリジナル記事:事業承継を推進するコマースメディアに、ブランディング専門家の河野貴伸氏が参画。日本の課題やめざす未来とは? 井澤代表と河野氏が対談
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