世界中に数多あるマーケティング関連本。どれを読めばマーケティングが分かるようになるのか。何から読めばマーケティングを理解しやすいのかを見極めるのは大変困難です。
「いっそ、あのマーケターの本棚をのぞき見できたら良いのに……」
そんな願いを実現したのが、連載「マーケターの本棚」です。今回は、グローバルに特化した人材サービスとDXコンサルティング事業を展開するGLナビゲーションのCEOである神田滋宣(かんだ・しげよし)さんが、自分の考え方を刷新することになった1冊を紹介してくれました。
「ザ・昭和の営業」だった私
私のキャリアのスタートは営業でした。前職のリクルートでは3年間で19回の営業表彰を獲得しています。
当時の私の営業スタイルは「ザ・昭和の営業マン」。それこそ今のマーケターの“敵役”のように「データや数字やマーケティングなんて知らん!」というタイプだったのです。
そんな私が今では、GLナビゲーションのCEOとして営業やマーケティングのDX化も進めています。営業プロセスを数値化し、仮説を立てて施策を進め、結果をフィードバックするプロセスを大事にしているのです。
メンバーは、時に事実とデータを見ずに判断してしまうこともありますし、感覚で話してしまうこともあります。しかし私が熱心にデータや数字の重要性を話し続けた結果、徐々に「データに基づいて相関関係を考え、仮説を立てる」というカルチャーが醸成されてきました。
今回は私のおすすめ本を紹介しながら、私がなぜデータに基づくマーケティング組織を社内に作り上げていくようになったのかについてお話しします。
データ上は「プールを作る」と「銃を置く」のリスクは同じ?
『ヤバい経済学[増補改訂版]』
著者:スティーヴン・レヴィット/スティーヴン・ダブナー
訳:望月衛
この本はマーケティングの本ではありません。「いかに人はバイアスがかかった状態で物事を見ているか」という行動経済学に関する内容と、マクロに物事を見る「データ統計」という2つの側面から世の中の事象を見ていく内容が書かれた本です。
行動経済学では、行動を誘発するきっかけや誘因を意味する「インセンティブ」という概念が登場します。人は物事において「失うことを避けたい」というインセンティブは、「新しく得たい」というインセンティブの2〜3倍になるそうです。お金や時間をかければかけるほど「無駄にしたくない」という思いが強くなり、執着が生まれやすくなります。
そんな人間の行動傾向が、マクロのデータにおいてどのように反映されているのか。マクロとミクロを行ったりきたりしながら、さまざまな事例を基に因果関係を解き明かしていきます。
ビジネスでは「データに基づき、統計的に物事を考えよう」とよく言われます。ただしそれだと、因果関係と相関関係を混同して物事を捉えるケースが増えますし、数字にしっかり傾向が出ていても「肌感として納得がいかない」と間違った判断をしてしまうこともあります。
一例を紹介しましょう。米国において「銃で亡くなる人」と「プールで溺れて亡くなる人」の数は、実はほぼ一緒です。つまりデータ上では、家にプールを作ることは、家に銃を置くことと同じくらいリスクがあると言えます。
しかし人はそう感じません。そもそも人間は「自分でコントロールできないリスク要因」と比べて、「自分でコントロールできるリスク要因」を過小評価しがちです。そういうバイアスのかかった判断がなぜ起こるのかを、データで解き明かしていく過程は読み応えがあります。
数字に基づく判断が「絶対」ではない理由
私は営業でキャリアをスタートしましたが、多くの人と接していると1人ひとり個性や行動が違うことを実感します。しかしマーケティングでは、1人ひとり違う人たちを1つの“かたまり”として捉えます。そのため、ただ数字を漠然と見て「こうだ」と判断することに違和感があり「数字は絶対的なものではない」と感じていました。
そんなとき、この本を読んで衝撃を受けたのです。この本で、数字を表面的に捉えることの違和感や、自分が良い、正しいと思っていることでも「実は間違いかもしれない」と客観的に考えるようになりました。
ABテストで、Aのほうが優位と出たからといってAが正しいとは限りません。数だけで物事を判断すると大きな判断ミスにつながる可能性があるため、「なぜAのほうが良かったのか」を見極めることが重要です。
例えば「家にたくさんの本がある子どもの学力は高い」と聞くと「家にたくさんの本を置こう」となりがちですが、実は「親がそもそも勉強する家だから本が多く、子どもも親に倣って勉強するので学力が高い」とも考えられるのです。
人は合理的に動いていません。ちょっとしたインセンティブに左右されたり、認知バイアスがかかったりした状態で動きます。この事実は、マーケティングを考えるときにもポイントになります。自社のサービスや製品に対しても「これはみんなが買うはず」と思い込みがちですが、実際に人が「買う」という行動に一歩踏みだすにはいろいろな要因があるので、多面的に考えなくてはなりません。
この本を読んで、自分が何か決めるときに「本当にそれが正しいのか」と考えて、データを集めるようになりました。自分が見えていなかった相関関係を洗い出してそこから仮説を立てるなど、日々の業務や物事の判断にとても役立っています。
DX時代、自分の判断力や考え方にも「変革」を
私はこれまで、この本をきっかけに自分の考え方を変え、社内のマーケティングや営業DXを推進してきました。その結果、2022年には「2022 Adobe Marketo Engage Champion(※)」で、Marketing Executive of the Yearとして表彰していただきました。「昭和の営業」の代名詞だった自分がここまで変化したことに、自分でも驚いています。
その変化はこの本のおかげでもあります。また、当社の海外ビジネスインターンサービス「GlobalWing」の卒業生の多くが現在、グローバル企業のDXスペシャリストとして活躍しています。彼らにグローバル企業が進めるセールスDXについて教えてもらったことも大きな影響を与えてくれました。
当社ではDXコンサルティングの事業を展開していますが、DXのコアは「トランスフォーメーション」、つまり変革です。DXとは「デジタルを活用して行動を大きく変えること」であり、それは判断の仕方や考え方を変えることにつながります。
そんなDX時代に活躍している若手リーダーは、誰もが「データに基づいて多面的に考える」というスタイルを持っています。かつての私は自分の行動経験から物事を判断していましたが、彼らは過去の経験だけでなく、他の人の知見やデータを活かしながら物事を学び、判断するので学習スピードが非常に速い。これに刺激を受けました。
この本はマーケターだけでなく、全てのビジネスパーソンに読んでいただきたい1冊です。特に数字を扱う業務である会計や経営、マーケティング、営業などに関わる方はぜひ一読することをおすすめします。
※Adobe Marketo Engage Champion
アドビが年に一度、マーケティングオートメーションプラットフォーム「Adobe Marketo Engage」ユーザーの中から、マーケターとしての情熱を持ち、高い目標に向かってチャレンジし、ユーザーコミュニティやイベント参加を通じて社内外でマーケター市場の活性化に貢献したユーザーに贈呈する賞(2023年より「Japan Adobe Advocates」に名称変更)
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