サッカーW杯、ネット中継を支えるアカマイのCDN|大量アクセスでも落ちない舞台裏を聞いた

「FIFA ワールドカップ カタール 2022」を生中継する「ABEMA(アベマ)」。大量アクセスでも落ちずにキレイな映像を届ける仕組みを提供するアカマイに話を聞いた。

熱戦が続くサッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会で、全64試合を無料で生中継するインターネットテレビサービス「ABEMA(アベマ)」。その中継を支えているCDN(コンテンツ・デリバリー・ネットワーク)を提供しているのが米国Akamaiの日本法人、アカマイ・テクノロジーズだ。連日の大量トラフィックをさばく取り組みを、同社のシニアプロダクトマネージャー伊藤崇氏に日本代表第3戦を直前に控えたタイミングで緊急にうかがった。

記録的な数字に跳ね上がる

「記録的な数字に跳ね上がっています」。世界的なイベントに携わっているにもかかわらず、落ち着いた低音ボイスで伊藤氏は答えた。「世界的なサッカーイベント」の具体的なアクセス数は大会終了後にまとめて発表する予定で、途中経過は明らかにできない。ただ6月に東京ドームで行われた格闘技イベントをABEMAが有料配信した際に観測した配信トラフィックは、最高値で毎秒4.5T(テラ)ビット(テラは1兆)を記録しているが、どうやら今回はそれを上回っているようだ。

サッカー日本代表はこれまで、第1戦のドイツ戦(11月23日)と、第2戦のコスタリカ戦(11月27日)が行われた。伊藤氏は「一般論として、注目度は後の試合ほど高まる。また、サッカーなど観戦スポーツの特徴として試合結果がわかる後半の方が注目度は高い」と話し、尻上がりにアクセスが高まっていることがうかがえる。なお、ABEMAは11月27日のABEMAの視聴者数が1,400万人を超えて、開局史上最高を更新したと29日に発表している。

グローバルチームで横串を刺す

アカマイは、ABEMAを運営するAbemaTV(アベマティーヴィー)の親会社、サイバーエージェントと15年以上の協力関係にある。ABEMAでは、格闘技イベントも11月の「世界的なサッカーイベント」の中継配信を見越して、動きの速いスポーツ中継に耐えられる高画質配信や、複数のカメラ映像を選べる「マルチアングル配信」を試してきた。高画質になればデータ量が増え、多くの視聴者がアクセスしてサーバーが落ちるリスクがある。こうしたことがないよう入念に準備してきた。

「大きな国際イベントではグローバルイベントチームが組織される。(ABEMAのような)各プラットフォームに対応する担当チームに加え、グローバルイベントチームが横串を刺して、全体の統括を行う」と伊藤氏は説明した。日本ではABEMAがW杯をネット配信しているが、世界各国のテレビ局やコンテンツプロバイダーもそれぞれW杯を配信している。アカマイは世界に配置したサーバー群の配信プラットフォームをクラウド上に展開して、各国に分散するプロバイダーのネットワークからコンテンツを配信している。また、プラットフォームの監視を行うチームは、世界のタイムゾーンをカバーしており、アジアではインドに置かれている。

CDNで負荷分散する基本的な仕組みは

ところでCDNとは何なのか。今更聞けないCDNの基本を伊藤氏にたずねた。

CDNは、コンテンツのあるオリジナルのサーバー(オリジン)にアクセスが集中する負荷をうまく分散してスムーズに配信する仕組みだ。アカマイが各地に配置したサーバーからコンテンツを配信する。「たとえば10万人が求めるコンテンツがあるなら、アカマイが代表してオリジンにアクセスして入手して各拠点に配信する。ユーザーは自分の近い場所にあるアカマイのサーバーを通じてそのコンテンツを視聴する」と伊藤氏はCDNの基本概念を説明してくれた。

もう少し詳しく説明すると、データを分散保持する「キャッシュ」で配信が速くなる。初回はオリジンサーバーにアカマイが取得に行き、同時にエッジのサーバーにキャッシュを保持する。2度目以降はエッジ上のキャッシュから配信する。キャッシュによる代理応答でオリジンの負荷を軽減する(図を参照)。

キャッシュデータを分散保存することで速くなる

伊藤氏は、この仕組みを配送にたとえて説明するそうだ。荷物を限られた配送拠点から大量のトラックで配送するだけでは、途中経路が詰まるし、ユーザーに届くまでの時間もかかる。頼みの高速道路も工事や事故、年末商戦などでトラックの台数が増えて渋滞していることもある。そこで各地に配送拠点を置き、事前にその拠点に荷物を用意しておいて、各戸にはその拠点から配達する。各戸に対する適切な配送拠点も状況に応じて設定する。アカマイは世界各地の津々浦々にサーバーを設置し、ユーザーに最短経路でコンテンツを届けている。

オリジンにある動画コンテンツに世界中からアクセスが集中するのを防ぐ。簡単に言うけれど、オリジン側とアカマイのCDN側の結合設定が間違っていればオリジンにアクセスが行ってしまう。権利関係で配信できない国があるし、スマートフォンやタブレット端末、PC、テレビを同じ仕組みで提供する場合と、デバイスによって変えている場合もある。無料か有料かなど、さまざまな設定をコンテンツプロバイダーと共に念入りに調整して設定しなければならない。

アクセスは想定の範囲内

W杯のアクセスは、これまでの大きなイベントの経験値から予測。半年以上前から負荷をシミュレーションして本番に臨んだ。「よくアカマイ側は大丈夫なのかと言われるけれど、各国の人口や、ISP(インターネット接続業者)ごとのトラフィック分布などから負荷を想定して、(コンテンツプロバイダーが達成したい)ビジネス目標にそって準備する。お客様との密な連携により、事前に想定したレンジの範囲内に収まるよう調整している」と伊藤氏は説明した。「想定外のアクセスが来て大変だ!」という事態にはなっていないそうだ。

ただ画質や映像の絵作りにアカマイが直接関わることはなく、そこはコンテンツプロバイダーが決める領域となる。目安は、たとえば①フィールドの芝がきれいに見えること、②ボールを蹴る足の動きがきちんと見えること、③高い画質で映像配信が維持されコンテンツ視聴に集中できること――などがポイントになる。エンジニアリングのリソースをどこまでかけるのかにも関わり、伊藤氏は「まさに職人芸の世界。技術力がものを言う。アカマイはお客様が作った映像を滞りなくユーザーに届ける部分で、イベントを支えている」と解説した。

非番のエンジニアもリモートで支援

日本代表は12月2日午前4時(日本時間)から1次リーグE組最終戦に臨み、決勝トーナメント進出をかけてスペインと対戦する。自国が関わる試合ではW杯担当のイベントチームだけでなく、自主的に立ち会うエンジニアが増える。「何かクリティカル(危機的)なことが起こった時に、原因や影響範囲を特定して対策に何ができるかを瞬時に判断する。それぞれの分野に詳しい人の知恵があれば早く決断できる。多くの人に見守ってもらったほうがいい」と話す。出社して業務に当たる人はもちろん、リモートで自主的に見守るエンジニアが大一番を支えている。

伊藤氏は、アカマイで長くプロダクトマネジメントに関わってきた。今回のW杯は、感謝祭翌日の11月25日の一斉セール「ブラックフライデー」と、それに続く「サイバーマンデー」のコマースイベントなどとも重なって、実は現場では気の抜けない日々が続いていたそうだ。

インターネット配信でW杯が当たり前のように見ることができる時代になった。その裏でCDNを提供しているアカマイは、ネットを利用する多くの人たちへの知名度は必ずしも高くはない。けれども知っている人は知っている、まさに“ザ・裏方”。アカマイが「デジタル戦略を支える唯一無二のデジタルプラットフォーム」とアピールするように、12月2日早朝のスペイン戦だけでなく大会最終日の決勝までスムーズな高画質配信を支えてほしい。

伊藤崇(いとう・たかし) 氏
アカマイ・テクノロジーズ合同会社シニアプロダクトマネージャー

国内SIerでパッケージソフトウェア開発、B2Bシステムの上流工程、アーキテクト、プロジェクトマネジメントを担当。2009年にアカマイ入社。複数の大手EC、メディア企業の大規模配信の技術コンサルティングや運用支援に従事。15年からプロダクトマネジメントとなり、現在は東アジアエリアでWeb・動画配信・エッジアプリケーション製品群のマネジメントを担当。

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