私の本棚

「Webなんて仕事にならないよ!」そんな時代に生田さんを支えた本とは?

「Web担当者に喝!」の著者生田昌弘さんが、さまざまな人生の転機に読んでいた本を紹介!

今回、「私の本棚」にご執筆いただいたのは、『Web担当者に喝!』を連載いただいていた生田昌弘さんです。幼いころから本がお好きだったという生田さん。これまで経験されたさまざまな転機に支えてくれた本をご紹介いただきました。(編集部)

生田さんと本棚
キノトロープの生田昌弘さんと本棚。生田さんがもっているのは、クレメント・モックとのインタビュー記事を掲載した書籍(詳細は後述)

人生の転機には、いつでも本があった

人には、たぶん人生の中で多くの転機があるでしょう。先輩や仲間からのアドバイス、音楽、映画など、さまざまなものがその転機を支えてくれると思います。私の場合は、それが本でした。

幼いころから、人と話すことが苦手で、自宅にこもることが多かった私は、自然と自宅にある本を端から読んでいくことになります。2歳年上の姉が購入した本、父親が購入した本、小学生の頃に頼んで買ってもらった「世界の文学全集」等々。ひたすら本を読んでいる、そんな子供でした。

生田さんの本棚
キノトロープのオフィス内にある生田さんの本棚の一部。主に、現在読んでいる本を置いている

人生を変えた、本との出会い

SF小説が友だちだった幼き日々

幼いころから、本以外の友だちがいないような子供でした。人と喋ることができなくて、引きこもりになっていた私に生きる力を与えてくれたのは、五木寛之さんの『さらばモスクワ愚連隊』や筒井康隆さんの『アルファルファ作戦』『霊長類 南へ』でした。特にハヤカワ文庫のSFが大好きで、今でも『アルファルファ作戦』は手元に保存してあります。

紹介本1と2
『さらばモスクワ愚連隊』五木寛之:著(左)、『アルファルファ作戦』筒井康隆:著(右)

生き方を変える力をもらった中学時代

中学生になって、私自身に転機が訪れます。それは、『優良児的青春を殺虫する毒薬に関する狂気の考察』(岸田淳平:著)という本との出会いです。相変わらず、生きることがつらい人生を送っていた私に、衝撃を与えてくれました。

当時の私は、生真面目で頑固なオヤジからの教えを実行できず、それが大きな負担となっていました。しかし、この本は「肩の力を抜いて、ダメダメに生きていく」それでいいんだということを教えてくれました。それが私には、何よりの衝撃だったのです。たぶん今私が生きているのは、この本との出会いがあったからかもしれません。

紹介本3
『優良児的青春を殺虫する毒薬に関する狂気の考察』岸田淳平:著

天職を見つけた高校時代

高校生になってから訪れた転機は、やはり1冊の本との出会いでした。本といっても写真集ですが、リチャード・アベドンの『ポートレート』です。

当時の私は、すでに写真を撮り始めており、写真に関してある程度の知識があったため、リチャード・アベドンは、ファッションカメラマンとして認知していました。しかし、あまり興味のない分野だったので、この本もたまたま手にして、偶然見ることになります。

感想は、「写真ってどんだけ、人の心を動かせるんだ」の一言に尽きます。この本との出会いが、「カメラマンになるんだ」と、岡山の片田舎の高校生に決意させました。

紹介本4
『PORTRAITS(ポートレート)』Richard Avedon(リチャード・アベドン):著

東京に出てきたつらい時代

カメラマンになるために、東京に出てきたのですが、世の中はそんなに甘くありません。何度か、田舎に帰ろうかと思いました。そのたびに、電話越しに聞く、母の励ましの声に支えられて、カメラマンになることをあきらめませんでした。

そしてここでも、本に支えられていました。それは、児童書関連の仕事で出会った書籍、灰谷健次郎さんの『兎の眼』です。灰谷さんの作品は、それ以外も読ませていただきました。すべての人にとって、生きる支えになるのではないかと思います。

紹介本5
『兎の眼』灰谷健次郎:著

Webで生きていこうと決めた時代

そしてWebの会社を起業するときに読んでいた小説が、ウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングの『ディファレンス・エンジン』です。

この中に出てくる造語「KINOTROPE(蒸気映写機)」が会社の名前になります。この本は、当時販売されていた単行本の表紙の写真撮影にかかわっていたという繋がりで、たまたま手元にありました。いまとなっては、何か運命を感じる出会いだったと思っています。

紹介本6
『ディファレンス・エンジン』ウィリアム・ギブスン/ブルース・スターリング:著 黒丸尚:訳

Webの仕事を始めた当時(1993年)は、当然Webの本などありませんでした。1996年ごろに出版されたデビッド・シーゲルの『Creating Killer Web Sites』と彼のWebサイト「High Five」は、私だけでなく、当時Web制作に携わっていたすべての人に、感動と力を与えていたと思います。

キノトロープで、1998年に初めて出した書籍『素敵なホームページデザイン』の序文をデビッド・シーゲルにお願いして書いてもらったことは、私の中では、いまだに忘れえぬ思い出となっています。

紹介本7と8
『Creating Killer Web Sites』David Siegel(デビッド・シーゲル):著(左)とデビッド・シーゲルに序文を書いてもらった『素敵なホームページデザイン』(右)

さらにもう1人、Web制作に携わる当時の私たちにとって神のような存在だったのがクレメント・モック(アップルの元チーフデザイナー)です。彼の書籍『Webデザイン・ビジネス』は、当時キノトロープが模索していた情報デザインに明確な答えをもたらしました。

2000年に監修に携わり出版された『Web年鑑2001』で、クレメント・モックにインタビューができたこと、そしてその内容がクレメント・モック自身のホームページ(もうないですが)に掲載されたこと、これにはうれしすぎて感動しました。

紹介本9と10
『Webデザイン・ビジネス』クレメント・モック:著 林亨:監修(左)と クレメント・モックへのインタビュー記事を掲載した『Web年鑑2001』(右)

『Creating Killer Web Sites』と『Webデザイン・ビジネス』、この2冊の本は、当時まだ貧乏だったキノトロープに、希望を与えてくれた本だといっても過言ではありません。

「Webなんて仕事にならないよ!」「誰がそんなもの使うの!」、そんな声が聞こえてくる時代の中で、「事業を継続する」ことを決めた、そんな転機の本になりました。この2冊の本が無ければ、もしこの2人を知ることがなければ、たぶんキノトロープは存在していなかったでしょう。

個人商店から会社になる時代

会社が少し大きくなってくると、どの会社でも起こるのが組織の問題。特に制作者のみが集まったキノトロープでは、当時ここに大きな問題を抱えていました。そんなときに出会ったのが、大橋禅太郎さんの『すごい会議』です。

大橋さんとはそれ以前から交流があり、私は彼の写真の師匠だと自負しておりました。そんな彼がある日、キンコーズでプリントした私家版の『すごい会議』を届けてくれました。この書籍は、会議のやり方を変えるためのメソッドを紹介している本なのですが、私の中では会社そのものを変えるOSのように思えました。

この本が、キノトロープ第2章への転機になったことは、間違いのない事実です。本人には言っていませんが、ほんとはすごく感謝しています。

紹介本11
『すごい会議』大橋禅太郎:著

これからも、私に大きな転機が何度か訪れることでしょう。そのたびに、たぶん私の手元には本があるのだろうと想像しています。そんな本と出会えることを夢見て、今日も新しい本を読んでいます。

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