【レポート】デジタルマーケターズサミット2019 Summer

企業のデジタルトランスフォーメーションには何が必要か?

日本企業のデジタル化を進めるためには一体何が必要なのか。海外事例を紹介しながら、解決策を奥谷氏と清水氏が熱く議論した。

企業のデジタル化は急務である。しかし、なかなかデジタル化が進まない。そこには一体どんな課題があるのだろうか。

デジタルマーケターズサミット 2019 Summer」のオープニング基調講演に登壇した、オイシックス・ラ・大地の奥谷氏、電通アイソバーの清水氏は「無料ツールからの卒業 あなたの企業にデジタルを語れる経営層はいますか?」と題し、世界の先進事例を紐解きながら、「日本企業のデジタルシフトの障壁は何なのか? 私たちは、どうすべきか?」を考えた。

左から清水誠氏、奥谷孝司氏

「Adobe Summit 2019」での衝撃

今回の講演のきっかけとなったのは、今年3月に米国ラスベガスで開催された「Adobe Summit 2019」に、奥谷氏・清水氏が足を運んだことだった。サミットでは「デジタル時代におけるカスタマーエクスペリエンス(CX)」をテーマにして、さまざまなセッションが行われていたという。

オンライン・オフラインのCXを統一するには、それぞれで分断していた顧客情報の統合、つまり顧客IDの統合が不可欠であり、やはりサミットにおいてもその統合の重要性を指摘する声が多かった。ID統合は、言わば“王道”の手法だが、地味で近道のない作業である。

Adobe Summit(以下、アドビサミット)に参加する前は、米国ではすでに多くの企業においてID統合が完了し、その先の領域へ行っているのかとも考えていた。しかし、アドビサミットの講演を聞く限りはそうでもなく、米国でも「これから皆でやっていきましょう」といった感じのところも多かった。その点では、(日本がことさら遅れている訳ではなく)ホッとした(奥谷氏)

オイシックス・ラ・大地株式会社の奥谷孝司氏(執行役員 兼 COCO)

デジタルトランストーメーションを7年やり続けてV字回復

アドビサミットでは、米国の家電販売大手「Best Buy(ベストバイ)」の事例が紹介された。

同社は、Amazonの台頭によって一度は深刻な業績不振に陥ったが、デジタル化を推進。店舗サービスを改善して回復させた。サミットでは同社の社長が登壇し、デジタルの重要性を自らの口で語った点も、奥谷氏の印象に残っているという。

清水氏もBest Buyの事例は衝撃的だったと口を揃える。

Best Buyはデジタルトランスフォーメーション(DX)に約7年かけて、それが一段落したと説明していた。「ツールを入れてこれからやります」ではなく、作業が「終わった」過去形で語られていたのが印象的だ。また、経営トップがDXを“推進し続ける”には相当な覚悟・胆力が求められたのではないだろうか(清水氏)

電通アイソバー株式会社の清水誠氏(CAO)

清水氏は、さらに続ける。

ポイントは、トップが自ら進めたということ。日本では現場の担当者がデジタルを推進して、経営トップにわかってもらう流れが一般的。これだと限界もあるだろうし、Best Buyはこの真逆だった。下からトップを巻き込むのではなく、デジタル戦略はまさに経営そのものということなのだろう(清水氏)

奥谷氏も、日本企業には「経営トップが顧客体験を設計する」という発想が足りていないのではないかとの懸念を示した。清水氏も「経営者がCXを語るというイメージはほとんどない。売上・利益などの話ばかりになりがち」だと言及する。

Best Buyの株価回復ベースは、デジタルトランスフォーメーション推進のペースと重なる

スタートアップでもマーケティングツールにコストをかける

また清水氏は、経営者が「お客様が大事」「顧客志向を貫く」などと標榜しても、精神論やスローガン止まりで終わることが多いとも指摘する。中小企業であれば、経営者が現場に立ち、日常的に顧客と触れあうが、企業規模がスケールアップしていくとそれもなくなる。しかし、そうした経営者が再び顧客視点を得る上でも、CXの向上活動が有意義だと両氏の意見は一致した。

とはいえ、創業まもないスタートアップ企業にとっても、デジタルマーケティングは業績向上の重要な手段になりうる。清水氏がやはりサミットで興味深かった事例としてあげたのが、米国の学生向け教科書レンタルサービス「Chegg(チェグ)」。2014年にIPOを果たしたが、その当日に他社が競合サービスを発表するという事態に見舞われ、株価は低迷した。

教科書レンタルの「Chegg」は、スタートアップながらマーケティング投資を積極的に行い、業績アップを成し遂げた

スタートアップは規模が小さいため、マーケティング人員を割けない。また、プロダクトの開発に集中したいこともあり、使用するマーケティングツールについては無料版でお茶を濁すのではなく、高価なものを徹底的に使うこととし、業績アップに繋げた。

清水氏は「高価なツールの導入は一種の“踏み絵”的な効果があるのでは。稟議のレベルも高くなるし、企業規模に対して相対的に予算が多い以上、全社マターとなる」と説明。将来図をしっかり描いて導入することにはメリットもあるとした。なお清水氏は米国において約3年間、Adobe Analyticsの開発に従事したが、その際の印象として、スタートアップのほうがむしろ有償マーケティングツールの導入に期待が高く、迅速に決まることが多い、と語った。

清水氏によるサミットの要点

無印良品のデジタルトランスフォーメーションは今も続いている

米国のフィットネスクラブチェーン「24 Hour Fitness」のオムニチャネル戦略もまた、奥谷氏の関心をひいた事例だという。同チェーンでは2016年にまず戦略を立て、データ構造の見直し、パートナー選定、システム開発などを“段階的”に実施した。結果、チャネル統合までに4年近い期間をかけている。一朝一夕ではなく、長い時間をかけて目的を果たした。

私も他社のデジタル戦略の導入をお手伝いしているが、ピンポイントで1つの仕事を任されても上手くいかない場合が多い。上滑りしてしまう。全体の事業戦略の理解が深くなればなるほど、上手くいきやすい(奥谷氏)

奥谷氏はかつて無印良品(良品計画)において、デジタル戦略の立案・施行を担当していた。そこでは2013年の「MUJI passport」アプリ公開が1つの節目であったとはしつつも、実際にはその前の2000年から、ECサイト構築・メルマガ発行・Web解析などの施策が存在した。長年に亘って布石が打たれているからこそ、実行できた施策なのだ。

結果として、無印良品は2000年から約20年かけて、デジタルトランストーメーションに取り組み続け、いまだ終結した訳ではない。企業によってデジタル化の進捗に差はあれど、膨大な時間、そして人手が必要だという意識は誰もが持つ必要があるという。

そして、オムニチャネル化を果たした先には「コンテンツベロシティ」の問題が待ち受ける。コンテンツベロシティとは、コンテンツのクオリティを落とさずに素早くコンテンツを作るというニーズのことを指す。

つまり、顧客との接点がオムニチャネル化するということは、顧客に見せるべきクリエイティブコンテンツであるバナー、商品写真、動画、記事なども爆発的に増加する。一方、片手間で作ったコンテンツでは、それこそブランドイメージを損ないかねない。

いかにして高品質で、ブランドの理念に沿ったコンテンツを、ベロシティ(速さ)を維持して作るのか。そのためには、制作部隊を社内におくか、社外に委託かするかなど、経営戦略的な判断もまた求められる。

顧客体験にはPDCAよりBML

一方で清水氏は、PDCAに関するいち考察を披露した。マーケティングにおいては、Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)という4つのサイクルを回すことで、施策の改善を図っていく手法が一般化している。

しかしPDCAサイクルは、米国のマーケティング業界では意味がほぼ通じないのだという。「PDCAはもともと製造業の考え方。ペットボトルを作る場合、サイズを○○cmに収めるんだという具合に、答えが明確にある中で数値を追い込んでいくための手法」だと清水氏は言う。

対してマーケティングには、答えがない。そもそもどんな顧客を狙うかによって戦略はまったく異なるし、競合他社の動きは自社でコントロールすることもできない。

清水氏によれば、米国では「BML」がマーケティング界でよく用いられている。書籍「リーンスタートアップ」で提唱されている概念で、Build(構築)、Measure(計測)、Learn(学習)の3つからなる。

米国のマーケティングでは、PDCAよりもBMLが用いられているという

特徴として挙げられるのは、たとえばデータの扱い。PDCAでは投資対効果などを測定するため、訪問者数、CV率など“業績”系の数値を分析することになる。対してBMLのアプローチでは認知率、継続意向、満足度までをも含めて評価する。

BMLモデルとは
BMLにおける「Measure(計測)」の詳細。訪問者数やCV率だけでなく、顧客体験関連の指標も重視する
PDCA的なレポートの例
こちらはBML発想のレポート。顧客視点を重視

D2Cは台頭するか? マーケティングはストック型からフロー型へ?

奥谷氏はまた、今後の企業の方向性を占う事象として、「D2C(Direct to Commerce)」に言及した。

D2Cは一般的には、メーカーが顧客に対して直接、商品やサービスを販売するビジネスモデルのこと。奥谷氏は米国の眼鏡販売店チェーン「Warby Parker(ワービーパーカー)」を代表例に挙げた。同社は眼鏡のデザイン・製造から販売までを手がけ、米国市場で価格破壊を起こした存在とされる。

D2Cはそれほど新しい概念ではなく、インターネットとECサイトの普及ですでに一般化しているとも考えられるが、とはいえ特徴もある。第一にCategory Disruptor(既存カテゴリーの破壊)、第二にMobile/App Native、第三がMarketing is Growth(マーケティングを最重要視)である。

D2Cに共通する特徴

ここに奥谷氏が付け加えたのが「D2Cブランドはストック型マーケティングの実践者」であるという点だ。

今までのマーケティングにおいてはプロダクトアウト志向が強く、商品を販売する上で考えるべきは、どう製造して、どの場所で売るか。そのためにはどう値付けし、どのようにプロモーションするかが鍵であり、これを奥谷氏は「フロー型」のモデルと呼んでいる。

フロー型モデル

ストック型はフロー型の反対概念である。まずは魅力的な場所を作り、そこへ集まる顧客から製品・価格・プロモーションを発想する。スタート地点が製品ではなく場所だという点で大きく異なる。D2Cはこぞってフロー型を標榜しており、奥谷氏は「今後、フロー型のマーケティングは効かなくなるだろう」とも予測している。

ストック型モデル

日本企業のデジタルトランスフォーメーションのために

欧米にくらべ、日本企業のデジタルトランスフォーメーションは立ち後れているとも指摘される。ユーザーがこれだけスマートフォンを使い倒し、日夜ソーシャルに触れているにもかかわらず、である。

奥谷氏・清水氏は、ぜひ企業の経営陣こそがAdobe Summitに参加してほしいと呼び掛けた。

キーノートスピーチだけでも十分価値がある。あれだけの企業のCEOを講師に招き、それでいてフワッとしたところに落ち着かせず、体験談を語ってくれる。本当によい機会(清水氏)

なお、Salesforceやグーグルのイベントでも、同様の体験ができるだろうとも補足している。

清水氏は、日本企業がデジタルシフト化を進めるために“覚悟”すべきだと強調する。「もう本気でやるしかない。いち部署に任せておかず、本当にみんなでやるしかない。下手をすると会社単独ではダメで、業界としてやっていく必要があるかもしれない」

清水氏によるまとめ

奥谷氏は以下の図を示し、「優れた場」作りの重要性を改めて強調した。売上を上げる等の経営目標を達成するためには、もはやCXを抜きには語れない。だからこそ、顧客とつながる・つながり続けるための「優れた場」をオンライン・オフライン問わず用意しなければならない。そのためにブランドが提供すべき価値を改めて問い直す必要がある。それと同時に、顧客ID統合、顧客行動を分析するためのマーケティングツールの整備を疎かにすることはできないとしている。

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