コンペ不採用デザイン案を盗用された事例|著作権侵害のボーダーは?
書籍『クリエイターのための権利の本』の一部をWeb担向けに特別にオンラインで公開。
CHAPTER 5 契約・権利の所在
SECTION 05
コンペで採用されなかったデザインが勝手に使われた
Q.
クライアントに提案したデザイン案が採用されなかったのに、後日クライアントが無断で使っていたことが判明。これって料金を請求できますか?
典型的な紛争パターンなので要注意!
このケースのように、クライアントから提案を求められて提案したところ、「結局自分の案は採用されなかったのに、提案内容に類似した案をその後勝手に使用されてしまった」というのは典型的な紛争パターンです。ここでは、クリエイターがどの程度の具体的な提案をしたのか、クライアントは何を使用したのか、というケースバイケースの判断が必要になります。
アイデア自体に著作権はない
著作権法は、表現は保護するがアイデアは保護しない、とよくいわれます。アイデアは保護しないというのは、あるアイデアからは多様な表現が生まれる、そして多様な表現が生まれることが文化の発展になる、というのが著作権法の設計思想のためです。
広告写真ならば、被写体のポーズや背景の雰囲気などを提案しても、この程度のレベルでは著作権が発生するほどの具体的な表現とはいえず、抽象的なアイデアにとどまるでしょう。そして、クライアントがこの抽象的なアイデアを無断で使用して他の写真家に撮影を依頼したとしても、提案した写真家に著作権はない以上、著作権を理由に料金を請求したり、使用をやめさせたりすることはできません。一方、デザイン案で使われていた画像が「そのまま」使用されていたら、それは具体的な「表現」として保護されることになり、料金の請求や使用の禁止を求めることができるでしょう。
「表現」と「アイデア」の線引きは難しい
ただ現実には、「表現」と「アイデア」との間に明確な境界線を引くには難しいケースが多くあります。
具体的な例として、アイデアにとどまるとして著作権侵害が否定されたケースと、表現であるとして著作権侵害が認められたケースを見てみましょう。
著作権侵害が否定された裁判例①(ケイト・スペード事件)
米国の事件ですが、典型的な紛争パターンを示しており、日本でも同様の判断になると思われる事例を紹介します。
写真家のビル・ディオダートは、写真エージェントを通じてファッションブランドのケイト・スペードからポートフォリオ提出のリクエストを受けました。そのポートフォリオに含まれていたのが(図01)にある左の写真です。ポートフォリオは、ケイト・スペードのリクエストで1度返却された後にもう1度送られ再度返却されていました。その後、ケイト・スペードは別の写真家を起用して(図01)の右にある写真を撮影し、広告キャンペーンに使用しました。
裁判所は、2つの写真の共通点は、著作権で保護される要素ではないので、侵害ではないと判断しました。女性の足がトイレの下部から見えていて、ファッショナブルな靴やバッグが見えている、というレベルではアイデアが共通するにとどまる、という判断です。
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Bill Diodato v. Kate Spade,338 F. Supp. 2d 382 (S.D.N.Y.2005)
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なお、ケイト・スペードからは「ビル・ディオダートの著作物ではない」証拠として、ストックフォトから類似のセッティングによる写真が複数提出されたようです。
著作権侵害が否定された裁判例②(ステラ・マッカートニー事件)
次は、日本の事例です。ファッションブランド「ステラ・マッカートニー」の店舗を設計、建築した株式会社竹中工務店に対し、設計事務所が自らも共同著作者である、と主張して訴えた事件です。
施主は株式会社エーエイチアイという会社で、施主が設計事務所に外観デザインの監修を依頼したという経緯があります。施主の事務所で打ち合わせが行われた際に、竹中工務店の設計担当者と原告となった設計事務所の代表者も同席しましたが、竹中工務店の設計担当者は設計事務所の同席は聞いておらず初対面でした。その場で、設計事務所からは、外観デザインとして組亀甲柄を等間隔で同一方向に配置、配列するという設計資料と模型を用いて設計案の説明がなされ、設計事務所は、竹中工務店に対して共同設計の提案をしましたが、竹中工務店は断ったとされています。これ以前に組亀甲柄を等間隔で同一方向に配置、配列する案は出ていませんでした。その後、施主から設計事務所に対して監修費として210 万円の報酬が支払われています。
ステラ・マッカートニーの建物は、複数の賞を受賞し、評価されています。しかし、いずれの受賞についても建物の著作者は竹中工務店のみとされていました。これに対して、設計事務所が自分も共同著作者であり、自分の氏名が表示されていないのは氏名表示権を侵害するとして裁判に至りました。
結論としては、裁判所は、第一審、控訴審ともに著作権の侵害を認めていません。設計事務所の提案した外装スクリーンの上部部分に白色の同一形状の立体的な組亀甲柄を等間隔で同一方向に配置、配列する、というのはアイデアにとどまるとの判断です(図02)。
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- 知財高判平成29 年10月13日( 平成29 年(ネ)第10061 号)裁判所ウェブサイト〔ステラ・マッカートニー事件控訴審〕
- 東京地判平成29年4月27日(平成27 年(ワ)第23694 号)裁判所ウェブサイト〔ステラ・マッカートニー事件第一審〕
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一般社団法人日本空間デザイン協会主催の「DSA 日本空間デザイン賞2015」の「C 部門 商業・サービス空間部門」の入選作品、一般社団法人日本商環境デザイン協会主催の「JCD Design Award2015」の準大賞作品
著作権侵害が認められた裁判例(永禄建設事件)
永禄建設事件では、永禄建設株式会社の会社案内を作成するにあたり、デザイン事務所が文章と写真の組み合わせによって構成された会社案内企画案を提出したものの、金額面で条件が合わずに採用には至りませんでした。しかしその後、永禄建設が他社に依頼し、これに類似したレイアウトの会社案内を作成して、出版したために、デザイン事務所が著作権の侵害を主張して訴えました。
裁判所は、2 つの会社案内がともに24 頁で企業理念、業務内容、実績、企業の概要等の配列順序が同一である上、各記事に対しての配当頁数もまったく同一で、イメージ写真も類似のものを配置し、会社案内の余白の使い方も類似しているとして、著作権(編集著作権)の侵害を認めました。
ここまで似るとさすがに具体的な表現が共通するとされています。
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- 東京高判平成7 年1 月31日判時1525 号150 頁〔永禄建設事件控訴審〕
- 日経デザイン2002 年7 月号115頁に会社案内の一部の対比が掲載されています。
アイデアを保護するには?
過去の裁判例をみると、かなりクリエイター側に厳しいという印象があります。前述したように、著作権法でアイデア自体を守ることはできません。また著作物性がある場合も、裁判所の判断に沿って考えると、かなりの類似点がなければ著作権侵害とはされないことになります。このような現状で、表現やアイデアを保護しようとするのなら、何らかの工夫が必要です。
例えば、提案する段階で一定の対価を支払ってもらえるように交渉すること。そして、提案前に秘密保持契約を締結し、提案内容を契約上、秘密情報として扱うように約束しておくことが考えられます。
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コンペに提出した企画書やデザイン案などの著作権についてはP134も参考にしてください。
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三村量一「建築デザインの法的保護」コピライト682号(2018)2頁、17頁参照
- 提案する内容がある程度ラフな内容にとどまるときは、アイデアのレベルとして著作権では保護されないことに注意。
- アイデアレベルの提案を保護するには、秘密保持契約を締結し、提案内容を契約上の秘密情報として扱うことにするといった工夫が必要。
※Web担特別転載では掲載のないページの注釈も原文のまま掲載しています。指定のページやChapterご覧になりたい方は、書籍でご確認ください。
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