内田佳奈の「あの人に会いたい」

「あと70年生きるんでしょ? 焦らず俯瞰するといいよ」佐藤尚之さんが、30代マーケターに伝えたいこと

「さとなお」こと佐藤尚之さんと内田佳奈さん(ライオン)との対談。顧客とのコミュニケーション戦略を考える内田さんがさとなおさんにリアルな悩みをインタビュー。
左から、内田佳奈さん(ライオン)、佐藤尚之さん

ライオンでマーケターとして活躍する内田佳奈さんが、今会いたいと思う人にインタビューする新連載。あなたがデジタル施策を考えるときのヒントになるかも……!

新連載のインタビュー相手として名前が挙がったのは、2月に『ファンベース』を上梓された「さとなお」こと佐藤尚之さん。

ふたまわり以上も年齢の離れたお二人ですが、実は内田さん、さとなおさんが主宰する「さとなおオープンラボ(以下、ラボ)」の卒業生(第5期生)という間柄。全10回、各回4時間以上、座学あり宿題ありグループワークありという過酷なコースを受講するなかで得たものが、マーケターとしての内田さんを大きく成長させたそうです。

さとなおさんのこれまでの経歴から、インターネット/SNSを通じたコミュニケーションのあり方、『ファンベース』の誕生秘話、さとなおさんから若手マーケターへのメッセージなど話が弾むインタビューとなりました。◎撮影:吉田浩章

※2017年募集の「さとなおオープンラボ」(9期の募集はすでに終了)
http://www.satonao.com/archives/2017/12/post_3596.html

マス広告の制作を経てネットへ。草創期の個人サイト運営が転機に

内田佳奈さん(以下、内田): さとなおさんのこれまでの経歴と、いま行っている活動について簡単にご紹介いただけますか。

佐藤尚之さん(以下、佐藤): 仕事と個人に分けて話しますね。仕事上のキャリアとしては、1985年に新卒で電通に入社してマス広告のクリエイティブ(制作)に携わり、ネット草創期の1996年頃、ウェブのクリエィティブ部門を自分で作りました。2011年に電通から独立して、現在のコミュニケーション全体を設計する仕事に自然に入っていったという感じです。

個人では1995年、Yahoo! JAPANもGoogle Japanもまだなかった頃に個人サイトを始めました。個人サイト以外でも、今でいう「食べログ」のような自腹でレストランをレビューする「ジバラン」というサイトを作ったり。その頃はインターネット全体が小さな村のようで、個人サイトは100くらいしかありませんでした。

「さとなお」こと佐藤尚之さん

内田: 電通に入る前は、電通でどのようなキャリアを積みたいと考えていましたか?

佐藤: いや、何も考えていませんでした(笑)。広告より、出版社で本を出す仕事がしたかったんです。ただ、当時のマスコミって面接が始まるのが他業界に比べて遅くて、同じゼミの仲間が全員就職先を決めるなかマスコミ志望の自分だけがまだで……で、出版社の面接が始まる前に電通からまず内定をいただき、ゼミ仲間から「まさか断らないだろうな」と。早く全員内定決定のパーティをしたいと(笑)。だから「電通なら出版だけでなくいろんなメディアを扱える」と自分を納得させて入社しました。贅沢な話ですが、バブル時代なので許してください。

内田: 余談ですが、さとなおさんが電通に入社されたとき、私、まだ生まれてなかったんですよ(笑)。

佐藤: うるさいわ(笑)。ちなみに、僕が入社したときは、デスク上に黒電話しかなく、ファクスもありませんでした。エクセルももちろんないから、紙と鉛筆と物差しで表を作ったり、企画書も手書きで作って、紙芝居のように説明したり。今じゃ考えられないでしょ。

内田佳奈さん

なぜ「時代はネット側に動く」と確信できたのか

内田: テレビCMなどのマス広告をやっていて、何がきっかけでインターネットに移ってきたのですか?

佐藤: 「阪神・淡路大震災」と「自分のサイトを運営していた」ことが大きいかな。

阪神・淡路大震災は1995年で、その頃僕は電通関西支社に勤めていて、阪神間に住んでいたので、被災したんです。住んでいた夙川は一番揺れた地域のひとつで、家の周りもぐじゃぐじゃでした。

当日の夜、一瞬電気が通ったのでテレビをつけたんですね。そしたら「東京でこのレベルの地震が起きたらどうなるか」という特集をやっていた。

テレビは、最大公約数の情報を伝えるメディアだから仕方がないとも思ったけれど、でも、地震当日の夜ですよ。現場ではまだ横で人が埋まっていたり、ようやく避難所ができかけたりしている段階なんです。「いま必要な情報はそれじゃないだろう」と。「マスコミは必要な人に必要な情報を届けられない」という怒りというか実感があって。

で、家具の中に埋まっていたMacintoshを掘り出してダイヤルアップでつなげて、当時の細い回線のなかでネットを見回ったら、とあるホームページで神戸から「いま現場はこんな感じで、こういう物資が必要だ」とか発信している人がいるのを見つけて、「これだ! 必要な情報を必要な人に届ける方法はインターネットだ!」と感じて、鳥肌が立ちました。

内田: すごい体験ですね。「自分のサイトを運営していた」ことはどう影響したんですか?

佐藤: 1月に被災して、避難生活から戻ってすぐ、見よう見まねで個人サイトを立ち上げました。1995年8月のことです。もちろん最初はアクセスが少なかったけど、少しずつ増えていき、1年くらいで当時としてはかなりの人気サイトになりました。毎日100通くらいメールが届くようになりました。

会社でマス広告を扱っていて、テレビCMや新聞広告で不特定多数の人に情報を届けることは素晴らしいと思う一方で、「受け手がそれをどう感じているか」が見えなかったわけです。それがインターネットだと、相手の反応がリアルタイムで見える。

たとえば、広告でも、企業が「この商品が最高ですよ」とテレビCMでトップダウン的に押し付けたとしても、ネット上では「そんなことないよね」と横で言い合っている姿が見えてしまうんです。今では当たり前なことですが、当時これはかなり衝撃的なことでした。

ですから1996年頃に「ネットは世の中の広告を確実に変える、だからウェブ部門を作ったほうがいい」と役員に自主提案して、ウェブのクリエイティブ部を急いで作ったんです。その当時は企業がオウンドメディアを持つこと自体がまだ珍しかったので、バナーとかしこしこ作っていました。「え、バナーって旗のこと?」みたいな質問を周りから訊かれながら、手探りでやっていました。

内田: ラボの講義でも言っていましたが、この当時、同僚からは「変態」と呼ばれていたとか(笑)。

佐藤: そうそう(笑)。一緒にテレビCMを作っていた同僚から、「そのネットって、何人に届けられるの?」と。私が「まぁ見てくれて千人とか二千人とかかな」と答えると、「CMで数百万人、数千万人に届けられるのに、お前一体なにやってんの!?」と言われたりしました。完全に変態扱い。

「それ(=ネットへの取り組み)、お前の給料分(成果が)出てるの?」とかもよく言われました。でも、「世の中はネット方向に動いていくはずだ」という信念だけは強くあって。だから、私は、「ネットは便利だ」ということで使い始めた人とはずいぶんスタンスが違うかもしれません。

「伝えたい相手を笑顔にする」ために必要なこと

内田: ラボの講義で繰り返し言われたのが、「伝えたい相手を笑顔にする」ということです。ライオンのような日用品メーカーは、1つひとつの商品単価が低いので、多くの人に買ってもらわないといけません。

ですから、最大公約数なことを求められるし、やろうとしてしまいます。けれど今の話を聞くと、「伝えたい相手を笑顔にする」ことの大事さが身にしみます。

佐藤: 相手の笑顔がリアルに見えるのがインターネットで、SNSは特にそうですよね。同じ地平に立ってやりとりする、対等なフラットな関係になるという感覚がある。

内田: 今、ソーシャルメディアのアカウント運用をしているのですが、まさにそれを体感しています。よくソーシャルの運用って「大変でしょう」とか「めんどくさそう」とか言われますが、めちゃくちゃ幸せな仕事だと思っているんです。

ソーシャルで投稿をすると、フォロワーさんから「いいね」があったり、リプライが来たり。企業の宣伝担当者とフォロワーさんという関係なんですが、そこだけの空気感ができるというか。広告を作っているだけでは得られないような幸せな経験です

でも、最近よく考えるんです。私たちがブランドと呼んでいるこの商品は、「本当は誰のものなんだろう」と。

佐藤: それはどういうこと?

内田: 商品企画を綿密にやることの裏返しとして、メーカー側が「ブランドは自分たちのものだ」と思っていることも多いように思います。たとえば、「この商品はこういうコンセプトのもとで作ったので、こう使ってください」というように。

でもソーシャルでコミュニケーションをとっていると、私たちが想定していなかったような使われ方、喜ばれ方をしていることがあります。だから、「商品は誰のもの何だろう」と考えさせられるというか。私が体感したことを社内の人にも多く理解してもらいたいんです。

佐藤: それは、教え諭してもきっと理解されない部分で、「ネット上で生活者と実際に触れあうこと」を体験してもらわないと難しいんじゃないかな。

本『ファンベース』に書いた施策でいうと、ファンミーティングを行う場所にそういう担当者を連れて行くと、「あぁ生活者はこう喜んでくれているんだ」「商品で相手を笑顔にするってこういうことなんだ」といったことがいきなり理解できるようになる。

佐藤: ところで、具体的に幸せな体験ってどんなことをがあったの?

内田: いっぱいあるんですが、特に印象的なことを挙げると3つですね。アカウントの運用をするなかで、定期的にキャンペーンを実施するのですが、「キャンペーンのプレゼントは何がいい?」とフォロワーさんに聞くと、「〇〇が欲しい」って返信してくれるんです。また、「キャンペーンのプレゼント品を箱詰め中です」とか投稿をすると、「ありがとう」「指を切ってない?」なんていう反応も返ってくるんです。まるで、知り合いのようなコミュニケーションですよね。

あと、フォロワー数が1万5千人を突破した時も、「あと20人なので、その瞬間をキャプチャーに撮ろうと思って、さっきから仕事が手に付かない」みたいなことを投稿したものの、1万5千人ちょうどのキャプチャーが撮れなかったら、フォロワーさんが画像をくださったりとか。

「3月のライオン」のコラボレーション企画をやった時には、3月のライオンのファンの方が泣いてくれたんです。「号泣した」「ライオンありがとう」って。ありがとうを伝えたくてリプライしてくれる。

今までの宣伝活動ではなかった経験で、ほんとに人の姿が見えて心が通じ合っためちゃくちゃ感動的な出来事でした。

こういう生活者とのつながりは、事業売り上げにどれくらい寄与するのか可視化することが求められがちだと思います。私もファンコミュニティの価値を立証したくて、登録者にアンケートを取ったことがあるんですよ。「この商品をまわりに紹介したことがありますか」「何人くらいに紹介しましたか」「そのうち誰か買ってくれましたか」と聞いてみたところ、回答者は平均5人に商品を紹介し、そのうち2.5人が購入までしてくれていたのです!

商品のことを話していなくても、こういうやり取りから自然とブランドに愛着を持ってくれるんです。これって本当にすごいことだと思うんです。

ファンベース的施策の実際

佐藤: そうだよね。でも、社内でそういう報告をすると「もっとフォロワーを増やそう!」とか、数の論理で言われるんじゃない?(笑)。

さっきのプレゼントの話でも、人と人とのリアルなコミュニケーションで考えれば、「プレゼント何が欲しい?」って相手に相談するのって、普通のことだし、当たり前なことなんだよね。でも、メディアを介した企業の情報発信や商品宣伝という位置づけになると、その普通ができなくなる。成果とか売上が求められて効率いいテクニックみたいなものに頼りだす。みんなやった方がいいとは、どこかで思っているのにできなくなる、みたいなことが起こる

そういうところ、多くの人が悩んでるよね。ラボのメンバーからも「生活者と地道におつきあいするような企画を、社内や上司に通せない」という悩みをよく相談されます。だから、「どうしたら上司を説得できるのか」「数字にどのようにつながると言えばいいのか」というようなメンバーが抱える悩みを解決できる本として、『ファンベース』を書きました。

内田: 実は、『ファンベース』の初稿を読ませてもらったんです。さとなおさんが、「これはみんなが社内でファンに対する施策を実施しやすくするために書いている本だから、上司が読んだ時にファンベースの必要性をわかってもらえるようなものにしたい。そういう目線で校正してくれ」と言ってくれたので、みんなでいろんな意見を書いて戻しましたよね。

※さとなおオープンラボの受講生を中心としたコミュニティ「4th」(フォース)。メンバーは約400人いらっしゃるそうです。

佐藤: コミュニティ4thに「初稿を読んで意見くれる人いる?」と声掛けしたら、200人くらい手をあげてくれました。ありがたいですね。でも、200人が赤を入れて返してくるので、書いている方としてはもう地獄みたいな状況でした(笑)。

わりとマジで「この人たちに届けばいい」と思っていたので、実は自費出版でもいいかなと思っていました。ただ、それだと上司に対する説得力が減るので、書店に並ぶ書籍のほうがいいな、と。だから部数を売りたいわけじゃないんです(笑)。「自分がよく知っている400人が悩んでいる、それを解決できる本を作りたい」というのがこの本が生まれるきっかけです。それに自分の知っている400人悩んでいるならば、その後ろには4千人、もしかしたら4万人は悩んでいる人がいるだろうとも思った。

コミュニティをどのようにとらえ、運営するか

内田: 「さとなおオープンラボ」ってさとなおさんにとってどんなものですか?

佐藤: ラボは、ボクのいままでの「知見」や「型」を、必要とする人に共有する場ですね。1クラス12名の少人数制で、1期につき2~3クラスあり、現在9期です。卒業生が400人近くいます。

共有したいことがたくさんあるので、かなりきついカリキュラムになっています。ただ、その結果、ラボ生たちがとても仲良くなるという副産物があって、だったらきちんとコミュニティにして運営してみよう、と作ったのが「4th」(フォース)というコミュニティです。

生活仲間としてのファミリー、遊び仲間としてのフレンズ、仕事仲間としてのワークメイツ、それに次ぐ4番目の目的仲間が集う場ということで、「4th」という名前をつけました。

内田: それにラボの受講生はみんな、めちゃくちゃ仲よくなるんですよ。課題とかもたくさん出て、グループワークで最後は徹夜も続いて。そんな苦労をしたら仲よくなりますよね(笑)

内田: さとなおさんにとってコミュニティ(4th)にいる人たちの存在ってどういうものですか?

佐藤: 尊敬していますよ。違う職種で、違う業界で、違う人生観や経験を持った人たちの集まりなので。「さとなおオープンラボ」では僕が広告コミュニケーション業界で得たことを共有する立場になるけど、広告以外については僕の持っていない知見がみんなにはたくさんあるわけです。そこに関しては本当に、年齢に関係なくフラットに敬意を持って接しています。「同志」くらいな感じで。

今度事務所を渋谷に引っ越すのですが、新しいところはそば屋だった一軒家をみんなで改築して、一階をカフェスペース的な、集まれる場所にしようとしています。二階はイベントスペース。セミナー的な「夜ラボ」や、「トライブ」と呼んでいる部活みたいなものも30くらいあって活発に動いているのですが、それらの催しなど、いろいろなことをやっていく予定です。自分も「寮父さん」的な感じで常駐しようと思っています。

内田: 私もここ(さとなおオープンラボ/4th)で学んだことを大事にしながらマーケターとして成長していきたいな、と考えています。と同時に、流れが早く、最先端のものがすぐ古くなってしまう環境のなかで、私も自分よりもっとうまくできるテクノロジーネイティブやSNSネイティブのような人たちがいずれ出てくるので、そのときにはその人たちをサポートする側に回ることを今から考えています。

焦らずに生きてほしい ~若手マーケターたちへのメッセージ

内田: 私のような30代前半のマーケター、あるいは奮闘していた30代のさとなおさん自身に言葉をかけるとしたら、どんな言葉になりますか? その言葉がきっとみんなの明日への活力になると思うので、ぜひ聞かせてください。

佐藤: 30代、みんな悩んでるよね。30代にとって今の世の中、相当「生きにくい」と思います。特に会社内で揉まれている30代は大変。上の世代からは「昔の成功体験」を押し付けられ、自分では「違う」と思っていても組織のなかではなかなか変えられない

だから会社内では古い考えに合わせつつ、一方で外の激しくも新しい流れには敏感でないと置いて行かれる。やってられないよね。そんな毎日を、外で起業してキラキラしている同年代と比べて、焦って眠れない夜もあると思う。

でも、「焦らずに、人生を長い目で見て生きて欲しい」というのが一番伝えたいことかな。うっちー(内田さん)もきっときついことが多いと思うけれど、自分の人生を長い目で見て欲しい。

そのためには「俯瞰して物事を見ると良い」と、57歳的には思います。人生100年時代、(内田さんは)あと70年くらい生きるんでしょ? あと70年をどう生きて行くかという俯瞰のプランニングを1回することが必要だと思う。長いよ~、70年(笑)。マーケターであるなら、その70年をどう全体構築するか、を考えて欲しいと思います。

100年というロングタームでロードマップを引く。そうすると焦りはなくなります。だって30代でピークを迎えたら、あと70年下り坂だよね? だからもっとピークを後ろにもっていくように考え直すようになる。

内田: 気をつけます、私は生き急ぐほうなので……(笑)。

佐藤: 本人も急くし、まわりもスピードを要求する、その気持ちもわかる。それに起業したり人気者になったり、早熟でキラキラしている人たちが身の回りにも多いと思うけど、一生キラキラできるわけじゃないし、競馬でも先行逃げ切り型はいつかだんだん落ちてくる。早熟ってつらいんです。そういう例を周りでたくさん見てきた。

なので、周りの全速力で突っ走っている人たちと自分を比べず、焦らずに自分のペースでやっていってほしいと思います。馬群の少し後ろくらいからゆっくり行ったほうが全体がよく見えるし、今の時代、ゴール自体が変わるからね。先頭を走ってるといつの間にかコースアウトしている場合もある。

僕個人としては、30代を含む若手たちが動きやすいように、元気になりやすいように、疲弊しないように、セーフティネット的に「コミュニティ」を運営していきたいと思っています。僕の世代はキミたちを支える側。遠慮せずそういうものを利用して、この社会を長い目で笑顔にしていってほしいですね。

内田: とても貴重なインタビューありがとうございました!

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