ディスプレイ広告の価値を高めたのはアドテクノロジーの進化
ディスプレイ広告の価値を高めたのはアドテクノロジーの進化
媒体社の「売りたい広告枠はたくさんある」という要望に応えるために導入されたのが、今回のテーマである「プログラマティック広告」だ。
すでに検索連動型広告ではオークション形式による取引が導入されており、広告主側も媒体側も満足する値付けが実現できていた。そのため、「ディスプレイ広告の取引でも同様にこのオークションの仕組みが導入できないか」となるのは自然な発想である。
しかし、単に同じ仕組みをディスプレイ広告に適応すればよいかというと、そう簡単ではない。
検索連動型広告は「ユーザーのニーズが検索クエリで明確にわかる」という魅力があるため、広告主としては「高い値段を出しても買いたい」という思惑が働く。ところが、一等地以外にある多数のディスプレイ広告には、そういった広告主にとっての利点が存在しない。
そうした枠でも広告価値を担保するためには、「値引きをするか」「成果に応じて広告費を支払うアフィリエイト取引にするか」だが、いずれにしても媒体側の譲歩があって成り立つ取引だ。これでは広告主と媒体の双方が満足する取引とはいい難い。「一等地にない広告枠であっても、適切な広告価値を付与する」にはどうしたらいいのだろうか?
そこで出てきた答えが、「検索連動型広告と同様にユーザーのニーズがわかれば、広告主が価値を感じてくれるはず。ディスプレイ広告でもユーザーのニーズがわかる仕様にする」ことだった。
では、検索クエリなしで、どのようにユーザーのニーズを汲めばいいのか。その課題を解決したのが、一連のアドテクノロジーである。もともと考え方としては2005年ごろから存在はしていたが、当初はユーザーニーズの判定精度が低く、普及しなかった。テクノロジーの進歩で2008年ごろから徐々に精度が高まり、その結果として2010年ごろにアドエクスチェンジを経由したプログラマティック広告の取引が本格化していくこととなる。
ディスプレイ広告のターゲティング対象が「枠(場所)」から「人」へ
アドネットワークを介して広告を配信するときには、cookieを介して、「その広告がどこのURLで掲載されたか」という情報を取得できる。このURLの中身を読み解けば、そのユーザーが見ているページ、つまり興味関心がわかる。これを、「オーディエンスデータ」という。
たとえば、自動車関連のページをよく見ている人は車に興味があるだろうし、化粧品のページを多く見ている人は美容に関心があり、おそらく女性だろう。そうした情報を収集していくのだ。多種多様な広告枠からデータを集めれば、判断の材料が増えるため、ユーザーの属性を推測する精度も高まっていく。
アドネットワーク事業者は、こうして集めた情報をもとに、「ユーザーごとに興味関心のフラグが立った大量のオーディエンスデータ」を持つことになる。それにより、たとえば自動車メーカーの広告主に対してなら、「自動車に興味があるユーザーだけに広告を表示する」という形で広告「配信枠」を販売できるようになった。これを「オーディエンスターゲティング」というが、これこそが、ディスプレイ広告にとって非常に大きな転換だったのである。
それまでは、「自動車関連のWebページにある広告枠です」という形で販売するしかなかったため、販売できる枠には限りがあった。一方で、「過去に自動車関連のページを見たことがあるユーザー」に対して広告を出すならば、配信先の広告枠自体は自動車関連のWebページである必要はない。車とはまったく関係のないWebページであっても、クライアントのニーズを満たせる。すなわち、広告を表示する場所による広告枠の制限がなくなり、配信できるボリュームが一気に増えることになるわけだ。
このことを、「ターゲティングの対象が『枠』から『人』になる」という。この「枠から人へ」という言葉は、2013年ごろのインターネット広告業界で非常によく語られていた。
満を持して登場した「プログラマティック広告」
ここまでの経緯を、専門用語を交えていったん整理してみよう。
予約型の取引形態から始まったインターネットのディスプレイ広告は、媒体が増えることで取引が煩雑になり、この煩雑さを回避するためにバルク買いであるアドネットワークを介した取引に変化していった。
ところが「アドネットワークが買い付けない余剰在庫の広告枠もマネタイズしたい」という媒体側の希望があり、「こうした余剰在庫をオープンな市場に流し、オークション形式で広告主が買い付ける」という仕組みができた。人の興味関心で広告を表示するには、その人がページに訪問するごとに瞬時に処理を行う必要が出てくる。このリアルタイムでのオークションによる取引のことを、RTB(Real Time Bidding)という。
また、媒体側の在庫を集めてオークションに流すプラットフォームを、供給側ということでSSP(Supply Side Platform)と呼び、広告主側の在庫をオークションで入札して買い付けるプラットフォームを、需要側ということでDSP(Demand Side Platform)と呼ぶ。
こうした広告配信を実現するためのデータを集めるときにポイントになるのが、「オークションでの売買の対象となる広告枠のページの情報を、ユーザーのIDとセットで記録する」ということである。これは主に買い付け側(広告主)のDSPが行うことが多く、それによって、DSPは「ユーザーが何に興味を持っているのか?」という情報(オーディエンスデータ)を集めることができる。
こうしたオーディエンスデータが、これまでは単に広告を表示するための場所にすぎなかった「枠」に、「人」の興味関心の情報を掛け合わせる材料となる。これにより、もともとは余剰在庫だった広告枠に大きな価値を与えることになるのだ。
オークションを介した広告枠の売買は、ユーザーが広告(を掲載しているWebページ)を表示するごとに瞬時に行われるので、当然人力で制御することはできない。そのため、たとえば、広告主が「入札金額の上限は広告表示1回当たり0.2円」、「1日の予算上限は10万円」など、事前に条件を設定して、自動的に売買が行われる仕組みが作られた。
こうした仕組みのことを、「あらかじめ決められた条件に従って=プログラマティックに」買い付けることから、プログラマティック広告と呼ぶ。
歴史的な経緯から振り返ってきたことで、非常に長い説明を経てしまったが、以上が「プログラマティック広告とは何か?」という問いに対する答えだ。
隆盛を極めるプログラマティック広告。しかし……
プログラマティック広告による取引は、当初はあくまで余剰在庫の対処からスタートしたが、オーディエンスデータを用いた広告配信は広告効率が非常に高いため、多くの広告主がこの取引形態を選ぶようになった。同時に、媒体側も「バルクでアドネットワークに卸すよりも、オーディエンスデータを掛け合わせたほうがより高い値付けで売れる」ということで、オークション取引での在庫の提供を始める。こうして、インターネット広告取引におけるプログラマティック広告の占める割合は2010年ごろから年々高まっていった。
電通が毎年発表している「2017年 日本の広告費」によれば、2017年のインターネット広告媒体費1兆2,206億円のうち、運用型広告は9,400億円と媒体費の8割近くを占めるまでに成長している。この運用型広告というのは、検索連動型広告も含むオークション形式で取引される広告の総称である。厳密には細かい定義の違いによって諸説はあるものの、プログラマティック広告は、ほぼ運用型広告とイコールといって良く、プログラマティック広告の隆盛が見て取れる。
こうして「枠から人へ」というキーフレーズのもと、オーディエンスデータを用いた広告枠の自動買い付けの仕組みであるプログラマティック広告は、ディスプレイ広告の取引において、なくてはならないものへと成長してきたのだ。
しかし、最近ではこの動きにいくつか揺り戻しが見られる。後編ではこれからのことについて、「プログラマティック広告の発展に伴う課題と揺り戻し」を説明したい。
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