そのプログラムは誰のモノか。中小現場で起きたトンデモ契約
コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の482
知らなかったは通じない
前回に引き続き「契約」の話。紹介する事例は「極論」レベルの珍事件ですが、「契約」の大切さを知る絶好のケーススタディ。とりわけ、独自のWordPressデザインやPHPを用いてサイトを構築しているWeb屋に発注する際の「心得」を紹介します。
中小企業のWeb界隈において、契約を巡るトラブルは少なくありません。その多くは「口約束」が理由です。肝心要の合意がないまま話が進み、不振の果ての犯人捜しと責任の押しつけあいにも似た感情が、状況を悪化させる悪循環。サイトが成功していれば、些細な行き違いは円満に解決できることもありますが、予め契約内容を確認しておけば避けられた事例がほとんどです。
もちろん、そのための専門知識も必要です。素人のサイトオーナーにはハードルが高いとはいえ、踏み出す先が「ビジネス」なら「知らなかった」の言い訳は通じません。
今回のポイントは「プログラムは誰のモノか」。
きっかけは閑古鳥の相談
事例先を「占い」のマッチングサイトとします。いつものことですが「仮」の話であり、思い当たる節があっても気のせいです。
サイトオーナーが相談に訪れたのは1年ほど前。フル装備の軽自動車ほどの費用を投じてWeb屋(制作会社)に発注し、独自のシステムを構築したものの閑古鳥が鳴くばかり。どうしたものかという相談です。
オーナーにWebの専門知識はありません。それどころか、普段はろくにWebを利用せず、SNSも身内とのLINEのやりとりがせいぜいとのこと。この手の相談は多いのですが、事態は想像を絶する困難に直面します
客に伝わらなければ意味がない
まず、サイトについての意見を求められたので、「説明不足」「独りよがり」と指摘していきます。
サイトオーナーやWeb担当者が知っていても、お客に伝わらなければまったく意味がありません。ときに屋上屋を架すことになっても、説明は尽くして過ぎることはありません。発注したWeb屋は「プログラマ」を名乗っており、どうやらコンテンツについてのノウハウは不十分なようです。
Web屋が得意分野とするプログラムのミスも指摘します。サイトはPHPで構築されており、プログラムミスとはパラメータの不一致。専門的な説明は省きますが、トップページの「スライドショー」と「グローバルナビ」に表示される星占いの間で引き渡されるパラメータが不一致のため、それぞれの表示結果が異なっていました。
その他にも問題は山積。ただし、どれも容易に修正できる内容ばかりなので、閑古鳥対策の前に基本的な整備を完了させるべきだとアドバイスし、この日は終了します。
ボイコット宣言
「(Web屋が)何もやってくれない」と悲痛なメールが届いたのは、最初の相談から半年以上過ぎた夏の始まりだったでしょうか。
保守・管理の年間契約を結び、その費用を前払いしているとのことですが、「詳細な文章と掲載位置が指示されないと作業できない」と、説明不足の改修を事実上のボイコット宣言。さらにパラメータの間違いは、本来はプログラマの落ち度のはずが修正指示は放置され、手が加えられたのは3回目の指示の後、私がアドバイスしてからは半年後のことです。
すでに不信感しかなく相談は業者を変えたいとのこと。サイトオーナーの主張は2点。
- すでに支払った額の返金は求めない
- (自分で修正するために)サーバーのアクセス権が欲しい
真っ当な要求に思えますが、Web屋の反論はこうです。
- サーバーにアクセスされて改変されたら動作保証できない
- PHPというプログラムで動作しているので素人には手が出せない
- 修正はこちらのできる範囲でやっているから文句をいわれる筋合いはない
- オーナーが何を言っているかわからない
実際のメールのやり取りを箇条書きでリライトしましたが、原文はもっとひどい内容。素人相手と高を括っているのは明らかです。
プログラムの権利は誰のモノか
オーナーは弁護士にも相談を持ちかけており、最終的な解決の糸口は見えていますが、関係が決定的に断絶することは明らか。徹底抗争がサイトオーナーの利益につながるとは考えられない状況であり、なるべく穏便に済ませたいのが心情です。
本件で最も頭を抱えたのは独自開発したプログラムの「所有権」と「使用権」について。一般論として、独自のソフトウェアやプログラム開発を依頼したときには、納品と同時に所有権が発注主に移ります。一方、プログラムやサービスの使用許諾に則って使用する権利を得る場合もあります。前者が紙の書籍、後者が電子書籍のイメージです。
さて、本件の場合はどうでしょうか。一般常識で判断すれば、サイトの納品と同時にサイトを動かすプログラムの所有権も発注者へと引き渡されるのではないか……と想像できますが、口約束では曖昧であり、法律となると話は別(実際には著作権の問題も絡みます)。
あらかじめ契約書や申込書に明記されているなり、きちんとした「契約」がされているのであれば問題ありません。それが「契約」というものですが、確認できたオーナーの所有権はドメインだけでした。
どちらに転んでも徒労に終わる争い
Web屋の経験から、オーナー側の不信を買えば契約続行は不可能です。後は銭金の話だけで、それもできるだけキレイに別れた方が、悪い噂を立てられないだけ「トク」なのですが、そもそも論でビジネスの常識を踏まえていないような人物(Web屋)相手に無理は禁物。
サーバーの管理も任せている現状、破れかぶれで「Delete」キーを押されれば、システムそのものが消え去ってしまいます。まるでシステムを人質とした脅迫産業です。
そんなことをすれば、民事訴訟による「損害賠償」の対象になり、「一般論ながら勝てる案件だ」と弁護士が断じるほど非はWeb屋にありますが、待っているのは法廷闘争。仮に勝ってもない袖は振れぬと開き直られれば徒労に終わります。これがビジネスの現実です。
極端な事例ながら、PHPに限らずプログラムで動作するサイトでは起こり得る事案です。過去の判例を見る限り、プログラムの創造性が論点になるようですが、プログラムに限らず、Web屋が独自開発した「テンプレート」なども同じです。サイトリニューアル時にオーナーがシステムに手を入れたことで、著作権が争われた例もあります。
特に契約終了後の継続利用の可否は事前に確認しておくべきで、「口約束だけ」にはご用心。契約書とまではいかずとも、最低限メールなどの文章には残しておくべきです。
今回のポイント
サイトやプログラムの権利確認は必須
契約終了後の約束は契約の前に
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