[対談]長見明氏×奥谷孝司氏(後半):マーケティングデータをどうブランディングに活かしていくか?
デジタルマーケティングで得られる多種多様なデータは、どのようにブランディングに活かせるのか? ネット企業ならではの独自のブランディングは可能か? スターバックスコーヒージャパンの長見明氏と、ネット通販でブランディングに取り組んでいるオイシックスの奥谷孝司氏に語り合ってもらった。
マーケティングもブランディングも、顧客の頭の中が主戦場
――ブランディングをやるのに、データはどれぐらい重要ですか?
奥谷あった方がいいんですけど、なくてもいい(笑)。
長見トレンド(推移)データ、現状がどう変わったのか、というデータは見ています。
奥谷データを見るのは、本来、予測するとか、兆しを感じるためであって、過去がどうだったかを見るためというのは、あまり意味がない。良品計画の場合、社内で販売データの話ばかりするので、顧客データを見てほしくて、あえてそのことをすごく言っていたというのはあります。オイシックスは完全に逆なので、データを見てくださいと言う必要がそもそもありません。
オイシックスに入ってすごく面白いなと思うのは、買い物という意味でのデータはたくさん持っているので、知らないお客さんというのはいません。どこどこに在住の誰々さんというのは、少なくとも分かっている。むしろ今のオイシックスで言うと、お客様を見ないという行為をどれぐらいできるかが課題です。プロダクトアウト型の野菜をもっとブランド化するにはどうすればいいかがテーマになってくるかな。スターバックスも無印良品も、お客様を見なくてもいい会社が見ているから強い。オイシックスも比較的それに近くて、ポテンシャルはメチャクチャ持っています。
――販売データというのは、POSデータで、何がいつどこでどれだけ売れたか、お客様のデータというのは、どこに住んでいてどんな年齢の人で、どういう検索をしてきたのかとか、サイト上でどういう行動をしたかとか、そういうようなデータですか?
奥谷まあそうですね。たとえば無印良品で言えば、MUJI passportを提示するのは年に5、6回とか、そんなものなんですけれども、その前後にいっぱい検索をしていたり、クチコミをしていたりするわけです。オイシックスでも、当然、どのページを見ているかとか、提案した商品の何を買っていて、何を外しているかとか、そういうデータがある。あとは、ネット通販企業なので、そこへアンケートをして、家族構成や趣味嗜好データなどの取得が体系的になってくれば、買い物以外の情報も見られるということになります。
――リアル店舗だと、奥さんが旦那さんを連れてきて、これ買おうよ、あの人がいいって言ってたのよ、みたいな会話をして、奥さんが旦那さんに買わせているみたいなのは、店舗の人は見えるんですよね?
奥谷もちろん見えますけど、課題は、見たからどうなのかという話です。CRMを使えばワンツーワンができるとも言えるけれども、ポイントやクーポンを発行しないと来店してくれないという仕組みにしてしまうのもちょっと怖い。
オフラインの買い物というのは、お客さんを全部知る必要はまったくなくて、体験が重要だとすると、体験して良ければ、マーケティングは必要なくなる。体験がしっかりブランドへの信用として蓄積されていれば、立地を重視してお店を出して、店を開けたら黙ってお客が来るという、以前からある消費者とブランドの関係における真理なのかもしれません。今のようなデジタルマーケティングを活用して消費者を知る時代より前からそうなっているわけです。
長見マーケティングもブランディングも基本は、人の頭の中が戦場だと思っています。マーケティングが、よりデータを使った定量的なアプローチであるのに対して、ブランディングは、人の記憶にどれぐらい入り込めるか、みたいなアプローチになっている。
ブランディングって、マーケティングとの関係でいうと、差別化の1個の方法だとも言えます。ブランドって擬人化されて語られることが多いですよね。ブランドの評価や、ブランドのランキングを見ていると、たいていはブランドを擬人化して評価している。イノベーティブか、新しい感じはするか、自分とのフィット感は?などです。
そういうブランドの評価は、論理的なマーケターから見るとナンセンスに見えるかもしれませんが、最後は、差別化という同じところに行こうとしている。
2番手、3番手企業のブランディング戦略とは?
――ナンバーワン企業のブランディングには迫力があるかもしれませんが、2番手、3番手の企業はどうしたらいいでしょう?
奥谷いずれにしても売れないと企業は成長しないし、ブランドも育たない。まずはみんなでマーケティングをやる。そのマーケティングプロセスで、最終的に残った体験の澱、記憶の残像みたいなものが、いかにいいものになっているかというのが、ブランドとして差別化できるかどうかのポイントです。
ブランドは急には作れない。成長しているときのマーケティングプロセスにおいて、何をお客さんに残してきたのかということによって、今が定義されている気がするんです。やり方は、扱う商品やサービスによって全然違いますが、1歩1歩の歩みというのはものすごく大事だろうなと思うんです。
――奥谷さんは、コンバージョンや数字を否定しているわけではないんですよね?
奥谷全然。必要だから。そのこともちゃんと分かってるつもりです。ただし、それだけやっていてもダメ。ブランドの時代がもう1回来ています。ネットの中でどうやってブランドを作っていくのか、それをマーケターやネット業界の人が、もう少し分かってほしい。
長見ブランディングのこういう話を、同じ感覚でしてくれる人が、ネット業界に少ないように感じています。僕はネット業界のイベントに登壇させていただくこともあるのですが、そこで疎外感を感じることがある。ものすごく優秀な最適化ツールがあれば、ドンドン使えばいい。ただ、最適化がゴールというのは、ブランディングをしていこうという会社からすると、本筋ではない、というのが本音なんです。
奥谷最適化イコールブランディングではない。僕が通販の会社に入って改めてつくづく思うのは、みんなネットをコンバージョンの場だと言っている。ネット企業側は、ネットのトラフィックは全部定量化して、データで顧客を分析し、コンバージョンを増やすことには熱中するけれども、定性的にどうだったかということにはあまり興味がない、なぜなら売れることがすべてだから。ブランドの話にはならないわけです。だけどもったいない。
今、お客さんとネットでつながることによってのブランディングができる可能性があるのに、なぜできないかというと、コンバージョンだけの話に収斂しがちだからです。データを分析する、売上も伸ばす、それもやったうえで、ブランドという無形資産の戦いに身を投じたい、空中戦をちゃんとやりたい。そうしないと企業は強くならない。
長見黎明期のネット業界を例えると、大航海時代や西部開拓時代のようだったと思うんです。ひたすら未開の地を探しに行く。そこで、誰よりも早く、みんなが使えるサービスを作り上げて巨万の富を得る(笑)。でも、そういう時代も一段落したようにも見えます。次はやっぱり差別化の勝負になるんじゃないかなと思うんです。
ものやサービスが飽和している中で新しいものを創り出していくのは、リアルの世界でマーケティングやブランディングをやっている人にとっては普通のこと。ネットの世界も、似たようなサービスが乱立するようになってきていますから、リアルの世界で戦ってきた人から学ぶことで、もっともっと新しいものが生まれるんじゃないかと思うんです。リアルの世界も知っている僕や奥谷さんのような人が、ネットの世界の若い人たちにできることはたくさんあるでしょうし、伝えるべき事もあるんじゃないかな。そのキーワードの1つがブランドであるのば間違いないと思います。
奥谷だからこそ、これからはブランドの時代だと思っています。ますますブランドが重要になる。ただ、どうやったらブランドが新しくできていくのか、できてくるプロセスはこれまでとは全然違っているでしょう。昔は、消費者側と企業側で圧倒的に情報格差があったので、テレビで大量にCMを投下してブランドを形成していくという方法が主流でした。もちろんこれからもそういうやり方はありだし、残っていくとは思いますが、ネットからはお客さんと企業が一緒に作り上げていくブランドというのがたくさんできていくんじゃないかと思っていて、そういうブランドがこれから強くなると思っています。
ブランドをどう設計し、浸透させていくか?
――ブランドはあらかじめ設計できるのでしょうか?
長見最初からすべて思いどおりに設計できるとは思いませんが、ある程度のトライ&エラーの後であれば、設計(デザイン)していくことは可能だと思います。スターバックスでも、こういうブランドを作るんだということが明文化されています。
奥谷定量的ではなくて定性的な何かを信じられる企業になれるかどうか。こういう取り組みってオイシックスっぽくないとか、スターバックスっぽくないからこういうキャンペーンはしないとか、こういうコミュニケーションはしないとか。実際は、各人の思いはバラバラなんだけど、なんとなく不文律はある。オイシックスも今まさにそういう物ができつつあるという感じがします。
――ブランドの軸がぶれないようにし続けるためには、社内の特定の誰かが主導する必要があると思うのですが、スターバックスやオイシックスにはそういう役割の人がいるんでしょうか?
長見はい。まず、創業者であるハワード・シュルツは象徴的な存在で、その他に、キーパーソンが何人かいます。組織が大きくなってくると、ブランドの軸を担う人が複数人いないと成立しません。創業者が残した言葉などをよりどころに、それを組織の共通理解にしていくような人が、キーのポジションに何人かいないといけない。現場の人間が、個人個人でブランドやフィロソフィーを考えて努力するというだけでは難しいですよね。
奥谷オイシックスでは代表取締役社長の高島宏平が、2000年の創業以来、15年間ブランドを作り上げてきていますが、今すごく、変わろうとしている。僕は、その今変わりつつあるところに、たまたま入って、それを垣間見ています。
前にいた無印良品は、あえてアンチブランドという方向性を打ち出して、クリエイターやアドバイザリーボードをいろいろ配し、最初は赤字だったけれど、やめずに続けたらうまく成長できた。しかし、おもしろいもので、アドバイザリーボードが言うものだけがブランドかというと、それだけだと絶対会社は潰れる。「目先の売上よりも、無印というブランドにふさわしいと思う商品を作ること大事」みたいなことを言う人も出てくる。それだけでは無理だと考えて、Webの中でMUJIブランドを認知させたり、顧客を知ったりすることで、売上を伸ばそうという人も出てくる。
そういうものとのバランスがあって、ブランドは進化していく。顧客がどんどん判断していき、結果的にブランドが強くなる。創業メンバーの言葉を金科玉条としてそれにもとづくことばかりやってたら、何のイノベーションも起こらない。ときには今までやったことのない事に挑戦するみたいなこともしないと、変わっていかない。そうやってブランドというものは進化するものなんじゃないでしょうか。
[終わり]
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