Web進化論はネットからリアルへ、ベンチャー企業の変化にみるこれからの10年
コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の444
リアルへ続々と
「アトムからビットへ」とは、インターネット黎明期から喧伝されているスローガンで、クリス・アンダーソン氏が2009年に著書『Free』で引用し再び注目を集めました。
すべてのものが、「アトム=原子」から「ビット=電子」に置き換わるというアジテーションに、「それじゃあ食べるものはどうするんですか?」と小学生並みの屁理屈で噛みついていたものです。
その屁理屈が、予言となるかもしれません。ネット通販大手のAmazonは、現地時間の2015年11月3日、お膝元のシアトルにリアルの本屋「Amazon Books」をオープンし、その後も出店を続けています。今月2日には、Amazonにも出店するショッピングモール会社のCEOが「最大400店舗」の出店余地があると表明します。
これらの動きに、これから10年の「トレンド」を見つけた気がするのです。それは「ベンチャー企業」の変化にも現れています。
ベンチャーの入れ替わり
Amazonの動きはビットからアトム。つまり「ネットからリアル」です。自動運転技術のグーグル、電子決済のSquare、配車システムのUberなど、次々とネットからリアルへ進出しています。ほんの数年前まで話題の中心だったITベンチャーが、Twitter、Facebook、GROUPONといった、ネット空間でサービスを提供する企業ばかりだったことと比べると別世界です。
先に私が屁理屈をこねた理由は、「アトムとビット=リアルとネット」という線引きでした。両者は対立するものではなく、補完し、拡張するものだと考えているからです。その点、昨今の米国ITベンチャー企業のリアルへの進出は、ネットを活用して現実を手助けし、さらに拡張させようとしています。異論がないどころか、近く訪れる「未来」にワクワクしています。
同時に「ネットのみの限界」も見え始めています。それを代表するのが「ネット通販」です。
ネット通販の永遠のコスト
「ECはトランザクションコスト(中間マージン)をゼロにする」とは、急成長中だった楽天の三木谷浩史氏と、当時の総務大臣だった竹中平蔵氏の雑誌の対談で、両者が同意した見解です。ECとは電子商取引で、全体のベクトルとしては間違いではありませんが、楽天が関与するネット通販には「送料」と言う限界があり、どれだけ中間マージンをカットしても、お客さまの手に届けるためのコストが残されます。
アベノミクスの効果はいまだ見えませんが、送料だけは年々インフレにシフトしています。ネット通販市場の成長は、配送業者の労働を純増します。人力頼みのビジネスモデル上、少子高齢化で困難となっている人員(ドライバー)確保のためにも、運賃値上げは必定です。今はまだ「利用者側」から見て、さほどの影響はないように見えますが、物流上の配送単価は上昇しており、さらに極度な値上がりをすれば、リアル店舗との価格差がなくなる可能性は否定しきれません。ネット通販企業が自社内でどれだけ努力しても、「送料」という不確定要素を切り離せないということです。
なお、無線小型航空機「ドローン」による「宅配」は、実現すればコストダウンも期待できますが、季節風が吹き、ウサギ小屋が並び、「電線」が走る日本の街並みでの導入は、現時点の技術レベルでは困難でしょう。
世界のネット通販可能市場
海外市場に目を移しても、「ネット通販」には壁が待っています。ざっくりといって、ネット通販が普及するには、次の4つの条件が必要だからです。
- ネットの普及
- 物流システムの整備
- 金融(決済)システム完備
- 安全
1~3は言わずもがなとはいえ、4の安全が約束されている国は多くありません。
貪欲でいこう!
近所を走る宅配便のトラックは、届け先が停車位置のすぐ近くなら、荷台の扉を閉めず駆けていきますが、戻ったら荷台が空になっているワイルドな国は少なくないでしょう。日本では、着払いを現金で受け取るドライバーはもちろん丸腰ですが、強盗から見れば「金とカギ」をもったカモです。トラックは逃亡の足となり、戦利品です。
世界の総人口からみたときの「ネット通販」の成長余力はまだまだあっても、いますぐ普及する国は限られてくるということです。そのまま、SNSなどのネットサービスにも通じます。強盗はともかく、「広告」に頼る多くのグローバルネットサービス企業にとって、貨幣価値の違いから「収益を上げられる国」というのは限られているのです。
「急成長がない。なら別の分野も開拓」と考えるのが、成功と成長に貪欲なベンチャー企業。Amazonやグーグルたちが「リアル」に足を踏み出すなら、そこに儲けのネタが眠っている……と考えるのは無謀でしょうか、貪欲でしょうか。
あらためることで気づく
さらに国内ECの雄「楽天」が発表した2015年12月期決算では、流通総額と売上高は過去最高を更新したものの、国内ネット通販における伸び率の鈍化が伝えられています。出店料無料で追撃するヤフーの影響もあるとはいえ、伸び率の鈍化はネット通販が普及したが故のジレンマです。それはネット通販市場の、さらなる激化を意味します。
もっとも、国内に限っても、ネット通販の成長余力はまだまだ多く、一般的なネット通販業者の伸びしろは残されています。ただ、数歩先行く米国ITベンチャーが、次々と「リアル」へと舵を切っていることは、頭の片隅にいれておくべきでしょう。
わかったつもりで、整理できていなかったのがSquareやUberの存在です。どちらも「どこでもネットにつながる環境を前提に設計されているWebサービス」だったことです。かつてのネットサービスは、自宅やオフィスといった「閉ざされた環境からネット(世界)とつながる」ものでしたが、今は場所も時間も問わずに「あるのが当たり前」です。つまり、掛け値なしにネットが現実を補完し、拡張する時代になっていたということ。文字にすれば当たり前のことながら、改めて文字にしてみて「トレンドの変化」だろうと感じたのです。
次回はネットからリアルに誘導した事例を紹介する予定です。最新トレンドではなく、いわば「ローテク」ですが。
今回のポイント
ネット通販はすでにレッドオーシャン
リアルがWebの主戦場になるかも
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