デジタルマーケターは、組織を変革する強い「リスクテイカー」になれ……恐れずに/Adobe Summit 2013レポート
Adobe Summit 2013の2日目の基調講演のテーマは、「Taking the leap(飛躍・躍進を成し遂げる)」だ。
ユーザーやテクノロジーの変化に企業が対応するには、変革が求められる。企業がその姿を大きく変え飛躍するには、リスクをとることが重要になる。そのリスクをとった者が成功を手にする。そうしたテーマで、実際にリスクをとって飛躍した4つの事例を、リスクテイカー当事者が語った。
ホスト役として登壇したアドビ システムズのジョン・メラー氏は、前日のセッション発表を振り返ってから、「テクノロジーの整備は進められている、次は、組織におけるコラボレーションの重要性が高い
」と語った。
もちろん、部署間の壁がある状態(サイロ)は、ある意味では重要な意味をもち、それがあることで守られるものもある。しかし時代は、個別最適よりも全体最適への視点を強化すべき段階に突入している。個々の専門領域で動いている組織を変革させていく必要があるのだ。
メラー氏は、恐ろしいリスクに挑みながらも成功したゲストの人たちを紹介し、実際に彼らがステージに上がって自分たちのストーリーを語っていった。
宇宙からのジャンプを支えたのは入念な準備
まず招かれた特別ゲストは、宇宙船から身を投げ出して、大気圏をフリーフォールし、パラシュートで着陸し、音速を超える記録をつくったフィリックス・バンガーナー氏だ。
このチャレンジは、レッドブルの大規模キャンペーンの一環でもある。「Red Bull Stratos」と名付けられたこの前代未聞の挑戦はライブストリーミングで歴代一位の記録更新をし、多くの人々を奮い立たせた。
彼の抱く大胆なビジョンをもとにさまざまな専門分野のメンバーがコラボレーションすることの価値が語られた。
前例のないチャレンジをすることに関して、バンガーナー氏は次のように語った。
悪夢のようなシナリオを意見する声も聞いたが、一歩先を考え、5年間に渡って準備を進めた。
音速の記録を超えることについて初めは誰も信じていなかったし、空軍や気象関係者や宇宙カプセルの製造会社も、初めは反対した。
しかし、コンセプトを共有し、さまざまな知識を習得し、対話を継続することで、このプロジェクトは実現したし、成功した。対話による共有がなければ、私は死んでしまっていたかもしれない。
だれも過去に行ったことがないジャンプは未知の次元だったのではないかと聞かれたバンガーナー氏が、次のように答えたのが印象的だった。
信頼できる専門家たちと入念に準備して進めていたので、そうは感じなかった。
死ぬ覚悟でいたというわけではなく、成功を見据えた行動をしたということだろう。
NASCARのオンライン・オフラインを通じたブランディング
続いて登場したのは、カースポーツのエンターテインメントを提供するNASCARのマーク・ジェンキンス氏。
NASCARで行った、ファンのエンゲージメントを高めるためのデジタル活用事例を、マーケティングコンサルティング企業セイピアン社のアラン・ウェクスラー氏とともに紹介した。
レスポンシブデザインのモバイル対応や仮想化レースという実験的なキャンペーンなどを通してブランディングを行っているという。これも1つのビジョンの実現事例である。
タブレットが登場して初めてのオリンピックでメディアはどう動いたか
次に、NBCユニバーサルのジュリー・デトラリア氏によって語られたオリンピックのマーケティング事例を紹介する。
オリンピックは、世界205か国を巻き込むビッグプロジェクトである。人々に感動を与えるこのスポーツの祭典は、NBCのようなメディアとしては失敗することができない重要な場だが、それでも彼らは毎回、新たな挑戦をしているのだという。
前回2012年開催のロンドンオリンピックは、テレビのみならずモバイルやタブレットで視聴され、あらゆる場所でその体験をする機会を作り上げたのだという。
iPadが発表されたのが2010年なので、2012年のロンドンは、タブレット端末が普及し始めてから初めてのオリンピックだったのだ。メディアとしては大きなチャレンジだ。
メディアとしてオリンピックの主役となる動画配信をタブレットにも対応させたNBCだったが、その結果はどうだったのだろうか。
リーチはテレビが依然として大半と圧倒的だが、デジタルはまた別の特徴をもっているのだという。それは、21回以上のフリークエンシーがあった閲覧者の比率が非常に高かったということだ。
エンゲージメントを育むことができるデジタルは、オリンピックにとっても重要性を高めており、顧客が求めているときに体験が得られるデバイス活用が特に重要であると述べられた。
ちなみに、最も視聴されたライブストリーミングは、水泳でもなく100メートル走でもなく、ドイツ選手ステファン氏の映像だったのだという(「Stephan Feck Diving」と検索してみてほしい)。
デジタルで大きな反響を得るのは、それぞれのユーザーが、オリンピックに対する体験の物語を私的につくることができるようなものなのです。
ボランティアからチャレンジしてNPOへ、
そしてビル・ゲイツの援助を得た青年
最後に、もう1人のリスクテイカーによる感動的なストーリーが語られた。
カーン・アカデミーをご存知だろうか。従妹のためにつくられたという小さな教育サイトが、今や世界中で視聴者数を伸ばしている。高度な教育を、いつでもどこでも無料で受けられる動画サイトである。
元はアナリストであったサル・カーン氏は、慈善事業の範囲で、メールで届くユーザーの要望の声に真摯に応えることに専念してサイトの拡充を図っていた。
ボランティアとして運営していたサイトだったが、ユーザーの期待が高まっていったことから、NPO法人として起業をし、24人のスタッフを雇った。家族の生活に不安もあったが、リスクをとって事業を飛躍させたのだ。
そうして貧困な地域でも無料で高等教育を受けられる環境を提供し続けていたカーン氏だったが、ある日ビルゲイツから巨額の援助の申し出があった。その電話を受けたときは本当に驚きだったとカーン氏は語った。
小さく続けることもできたカーン氏のサイトだが、リスクをとり、次のステップへと進んだことが、当初は想像もつかなかった成功につながったのだ。
最後にモンゴルの10歳の女の子が話す感謝の声がムービーで流れると、彼の功績を讃えるスタンディングオベーションが止まらなかった。
我々はこれらのエピソードをどのように受け止めるのがいいのだろうか。
古い慣習の組織を変革することは難しいかもしれない。それは、従来の方法でもうまくやってきた体験があるからだ。しかし、そういった組織の状態とは関係なく、ユーザーの期待値がますます高まっていることは、間違いない。
企業は、この変化に対して、インターネットを利用し始めたときから続けていた部分最適の流れから一歩抜け出して、全体最適への視点を強化するべきだろう。
たとえばマルチデバイス対応やアトリビューションといったトピックが重要になっているが、これらは実際には、さまざまな要素がからむ複合的な課題だ。適切に対応するには、担当者が1人でがんばるのではなく、複数人のスタッフで連携する必要がある。
データ解析からアクションへつなげるための組織における業務プロセスの統合化は、大きな課題となっている。サイロ(組織内の垣根)を乗り越えるためには、強い信念が必要だ。組織の姿を変えていくことを統合的に推進する「リスクテイカー」として企業の中で活躍していくデジタルマーケターの登場が待たれているのだ。
新たなパラダイムシフトに対応し、前例のないリスクにも果敢に挑戦する。そうしたことの重要性と価値を再認識するべきだと、示唆を与えるセッションだった。
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