企業のWeb戦略はどうすればつくれるのか/Web戦略会議セミナー事前座談会
数年先を見据えて企業活動に最大限に貢献するために、企業はWeb戦略をどのように立てていけばよいのか。答えを探るため、第1回セミナー「ビジネス成果をあげるためのWeb戦略」(アシスト、ロフトワーク共催)が3月1日に開催される。この記事では、セミナー講演者らによる座談会の様子をお届けする。
今、Webが経営の中で占める価値が大きく変化してきています。これからは、Webを“考える”ことができる企業と、できない企業で収益や将来性に大きな差が生まれる時代なのです。
この“考える”Webへのシフトの中においては、Webを広告や宣伝などの事業部のツールとしてだけでなく、企業経営全体の中で活用し、各事業目標をいかに達成するかという視点で戦略・投資をする必要があります。しかしそのためには、一体何から考え、何をすべきなのでしょうか。
そもそもWeb戦略は、可能なのか
●諏訪 まず全体として言えることは「Web戦略」という視点で戦略を作っている会社はまだまだ少ないということです。これまではマーケティング戦略の部分戦略、あるいは情報システム戦略の部分戦略として年間の計画を立て、あるいはシステム投資してきた企業がほとんどです。マーケティング戦略の一貫としてSEOを重視し効果を出している企業はありますが、企業としてコミュニケーション戦略全体をつくり、その上でWeb戦略をどうするかという視点でWebへ投資し、組織をつくっている企業は限られています。
●安田 組織運営を教科書的にみると、まず「理念」があり、理念を受けて「戦略」を定め、その戦略をもとに「戦術」を考えますよね。最上位にある「理念」は、その企業が目指す方向性やたどり着きたいところといった高次概念で、最後の「戦術」は具体的な手段。で、今回テーマになっている「戦略」は、長期的なプランといったところでしょうか。ですから、「Web戦略」というのは、「企業にとってのWebの位置づけの長期的なプラン」だと言い換えることができます。
しかし、そう考えると、現在のWebや企業を取り巻く状況で、そもそも長期的な視点で「Web戦略」を策定するというのは、現実的なものなのか、少し疑問が生じるのです。というのも、Webの世界は変化が非常に早く、その変化を受けて生じる消費者の行動の変化もスピードが速いですよね。実際、3年前にはFacebookがこんなに伸びているとはだれも想像していなかったし、5年後にFacebookがどうなっているのかという予測すら誰にもできない。むしろ予測することすら無駄というか、そんな状態で、たとえば5年スパン10年スパンの長期戦略を適切に策定できるものなのでしょうか。
●諏訪 そうですね、確かにそれはそうだと思います。だからといって「戦略はいらない」となると、システムや組織への投資ができない。どちらも1年ではなく、少なくとも3年くらいのスパンで考えなくてはいけない。Web戦略を考えるプロセスは投資のそれとイコールです。極端なことを言うと、短期的なプロモーションとSEOという「戦術」を繰り返すことが「Webマーケティング」になっていた企業が多くて、それでもなんとかなっていた状態が続いていたんです。Webの展開はここ10年すさまじかったし、下手な戦略をつくって大規模なシステム投資をして失敗してしまう企業も少なくなかったから、「結果として」その効果が見える短期的な戦術を繰り返す方がよかった企業も多いかもしれない。
しかし、たとえば2010年はFlashの没落年。トヨタのウェブサイト(トップページ)からFlashが消えたように、Flashを使ったプロモーションサイトがガクッと減った年です。それはただのデザインの表層的な問題ではなくて、Flashに対応しないiPhoneが勃興し、モバイルを含めたもっと大きな戦場になってきたことのあらわれなんです。Apple TVやGoogle TVも増える。安いスレート端末も家庭に増える。ソーシャルサービスを通じてサービスや物を買う消費者は増える一方。マーケティング戦略、情報システム戦略という企業の組織ごとの戦略ではなく、コミュニケーション戦略全体のもとでトリプルメディア戦略を考え、その下のオウンドメディア戦略、ソーシャルメディア戦略、ペイドメディア戦略を考えないと、いびつになるし投資を失敗してしまう。コミュニケーション戦略の失敗は企業の命運を左右します。
戦略がないことが当たり前になった時代に、改めて戦略を問う意味
●安田 実際のところ、「Web戦略」をちゃんと作るって難しいですよね。Webは重要なメディアですが、あくまでも企業がステークホルダーとコミュニケーションするためのチャンネルの1つに過ぎません。言ってみれば、「企業が何かを達成するための手段の1つとしてWebがある」状態です。たとえば「マーケティング戦略の中でWebをどう活用するか」というような切り口なら理解できる。Webというツールをどう使うかの話ですからね。でも、5年後すら見えない状況で、企業戦略全体にWebをどう関わらせていくのかの道筋を明確に作るって大変ですよね。そのためには、我々は何をすべきなんでしょうか。
●諏訪 確かにマーケティング文脈だと議論しやすい。「インバウンド」「売上」というわかりやすい指標があるし成熟もしているから。組織もできている。でも、それをもう1つ上の「コミュニケーション戦略」として議論してゆくフェーズに来ているんだと思うんです。“やらなくちゃいけない”ことがソーシャルメディア中心に多い。TwitterやFacebook、業種によってはFourSquareやソーシャルCRMもあるでしょう。ここは人や組織に投資をしなくてはいけない。一方でモバイルやテレビへの対応はシステム投資が欠かせない。自社サービスをつくる企業も増えるでしょう。どちらも3年単位で考えないと。
そこで1つ提案できることは、まずやらなくてはいけないことや投資したいこと、事業部からの「やってくれ」という要望を全部リスト化することだと思うんです。これはプロジェクトポートフォリオマネジメント(PPM)というCIOが担う標準的な手法の基本です。そう言うと当たり前に思うじゃないですか。でもこれが意外とやられていない。投資すべきプロジェクトの一覧がないんです。人とお金というリソースが有限ですから、やるべきことをまず確定できること、あるいは確定するべき役員に見せて判断してもらえることがWeb戦略を踏み出す第一歩です。
ソーシャルメディアと企業サイトの距離
●諏訪 やるべきことの一覧をつくる。それはつまり、選択肢をどれだけ捨てられるか、取捨選択をするということです。とにかく、2010年はTwitterの大爆発の年でした。いろんなウェブサイトがTwitterを導入しました。そして、それと同時に、「うちはTwitterやってんのか?」というのを経営者から言われて頭を痛めていたWeb担当者がすごく多かった年でもあったのではないでしょうか(笑)。
でもTwitterを始めるのは難しいんです。だって外部に発注できませんから。組織の話になると人事戦略やセキュリティポリシーにもかかわってくる。
Web担当者にとって2010年は、Twitterという黒船に振り回された年だったと思いますが「ガイドライン」をつくりソーシャルに良いステップを踏み出した企業も多かった。ガイドラインは内部向けのフレームワークで戦略づくりの1つと言えます。外注できるこれまでのプロモーションは、戦略決めも実行もソーシャル対応やシステム投資に比べるとやりやすいんです。ステークホルダーの数が少ないですから。
●安田 そうですね。Webを介してのユーザーとのコミュニケーションをどうするかという議論が、TwitterとかFacebook導入の是非を考えるうえで浮かび上がってきていますよね。単に「Twitterやる」「Facebookやる」だけでなく、何のためにソーシャルメディアでどうしていくかの戦略を立てるには、「ビジネスがわかるけどソーシャルメディアがわからない上司」と「ビジネスはまだよくわからないけどソーシャルメディアはわかる部下」の真ん中の人材が必要な時期でもありましたね。
●中田 もともと企業ではWebというものにお金かけていないんですよね。部長クラスの人にTwitterのことを話すと、やる必要があるというのは意外とわかっているものなんです。しかし、どうやっていけばいいかがわからない。コミュニケーションの概念そのものが理解しにくいというのもあります。そこをうまく引き出して形にしてあげると、ちゃんと機能してゆくはずなんです。とはいっても、BtoBのWebサイトでどう使っていくかはまだ議論の中ですね。
Web戦略で埋めるべき“差”
●安田 いまは変化が速いので、教科書で書かれたことを実行しているうちに時代が変わってしまう、そんな時代なわけです。そんな時代に意識したいのは、組織なんて、何かを達成するための手段でしかないということ。たとえばソーシャルメディア対応を広報部がやるのかマーケ部がやるのかといった議論がありますが、実際にはすでに「広報」「マーケ」という組織の切り方では対応しきれなくなっている面もあるんですよね。大切なのは「いまの組織がどんな構造になっているか」ではなく、「いまの時代の顧客と適切にコミュニケーションしていくには何をするべきなのか、それを実行するにはどんな組織にするべきなのか」といったこと。本当に望ましいのは、組織を超えて全スタッフが適切に考えて動くアメーバ経営的な状態ですよね(なかなかそうはいかないですが)。そして、そういった個別最適化をたばねるためにも、適切な全体戦略がないといけない。
●中田 企業Web担当者と、サービスプロバイダのスキルの差も広がってきています。先端的な知識と、実際に流通している知識にかなりの格差が生まれている。これも、1つのメディアやサービスが生まれて、それが古くなるまでのスピードが速くなったせいでしょうね。有識者はそのことを知っているから、何かが流行ったら、次に来るのは何かという思考になる。反面、一般的な人は「ついていけない」という感覚で立ち止まってしまう。
●諏訪 新しいことはとりあえずやってみないとわからないのも事実。「戦略つくれ」と言っておいてなんですが(笑)、戦略も「とりあえずつくったら」っていうことなんです。そんなに大上段に構えて40枚の事業戦略をつくるものではないんです。とりあえず「えいや」でつくってみて、情シスの戦略や考え、あるいはマーケティング部門の戦略や考えとどこらへんが違うかを付き合わせてみるだけでもいいかもしれない。ポイントは「学習」なんです。
戦略をきめる、実行してみる、「どうも予想していた感じにならないね」ってなるのが大切なんです。これはPDCAサイクルを回し始めたWeb担当者にはピンとくると思います。戦略は大きな「仮説」なんですよね。間違った結果になって、たとえば、いまいちなシステム投資をしてしまっても、次の投資戦略はもっと上手になるはずなんです。それを組織として繰り返せる企業とそうではない企業の間で、これからもっともっと差が生まれてくるのは間違いないと思います。
3月1日の第1回セミナーでは、さらに実践的なお話を、パネルディスカッションとともに展開していただきます。本日はありがとうございました。
- 開催日:3月1日(火)14:00~17:00(受付開始 13:30)
- 会場:株式会社アシスト 市ヶ谷セミナールーム(東京都千代田区九段北4-2-1 市ヶ谷東急ビル)
- 参加費:無料
- 定員:70
- 詳細・申し込み:https://www.ashisuto.jp/seminar/?id=5496
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