3M社が84か国のサイトでブランディングを統一したガバナンス手法とは?
[コラム]カスタマーエクスペリエンスで
道は開ける
~フォレスター・リサーチのWebサイト方法論
by ジョナサン・ブラウン
フォレスター・リサーチのシニア・アナリストであるジョナサン・ブラウン氏によるウェブコラム。
主にカスタマーエクスペリエンスとマーケティングの側面から企業のビジネスをサポートしているジョナサン氏が、企業サイトにおけるユーザー志向の考え方や方法論をさまざまな切り口で解説します。
ユーザーをうまくサポートするサイトにするには?
フォレスター・リサーチでは、あるWebサイトが良いどうかを評価する際に、「そのサイトがいかにうまくユーザーをサポートしているかどうか」という観点からのレビューをずいぶん前から行っています。Webサイトの担当者はシナリオデザインに基づいて、
- このサイトのユーザーはだれなのか
- ユーザーのゴールは何なのか
- ユーザーがそのゴールを達成するには、どのようにサポートすればいいのか
を常に考えていなければいけません。
しかし、たくさんの製品やサービスを提供しているグローバルな大企業の場合は、企業サイトのトップページを作るのに苦労する場合が多いようです。また、各国の子会社やビジネスユニットのサイトの管理を行うのにずいぶん苦労しています。というのも、「企業のトップページでは、どのお客様を優先するのか」「何のゴールを達成するためにデザインするのか」を決めるのが難しいからです。
また、各国の子会社やビジネスユニットがそれぞれ自らページをデザインすることで、さまざまなブランディングやデザインを用いてしまい、混乱が生じることがあります。いくつかの国で同じ製品を紹介しているのにブランドに統一感がなかったり、重複したマーケティングツールやプロダクトイメージを作ったりしているケースも少なくありません。このようにお金と努力の無駄が生じることがよくあります。
米国、ヨーロッパの大企業はもちろん、日本の大手企業からもよく聞く問題点としては、次のようなものがあります。
- どうやって適切なグローバルトップページを作ればいいのか
- 各国のページデザインを統一させながら、十分に柔軟性のあるガイドラインを各国のデザインチームに提供するにはどうすればいいのか
- 各国のコンテンツ作成やブランディングの効率をどうすれば向上できるのか
今回は、米国の大企業3M(スリーエム)社の事例を見ながら、上記の悩みを解決するいくつかのベストプラクティスを紹介したいと思います。
スリーエム社はいかにして
84か国のサイトでブランディングを統一したのか
3Mは、みなさんが日常的に使っているポストイットやスコッチテープなどのオフィス用品から、工場で使われているフィルタや接着剤にいたるまで、たくさんの製品やブランドを有する会社で、世界60か国以上に拠点を有し、約200か国で3Mの製品が販売されています。
そうすると、それぞれの国やビジネスユニットによってターゲット顧客は異なり、その顧客のニーズもとても異なるだろうことは容易に想像できます。各国のサイト担当者たちは、本社が提供していたコンテンツやテンプレートなどが、彼らのニーズに合っていないと本社にフィードバックしました。サイトガバナンスを変える必要があると感じた3Mは、3つのゴールを設定して、まずは各国のトップページのリニューアルに着手しました。
各国のユーザーのニーズに応じたサイトを作る
分析により、当時のトップページでは、トップページだけ見てあきらめている(直帰している)人が多いことがわかった。そこで、各国のデザイナーが作るサイトが、その国のターゲット顧客のニーズに合ったコンテンツを提供できるようにした。
3Mのブランドやブランドメッセージを世界中で統一する
国によって3Mの認知度は異なるが、世界共通で「3Mは革新的な技術や製品を提供し続ける企業である」ことを強調したかった。従来のサイトはデザイン性が悪く、3Mのイノベーションや環境への取り組みを十分にアピールするものではなかった。そこで、リニューアルでは、ページコンテンツのデザインだけではなく、ページのデザイン自体で3Mの伝えたいメッセージが各国のユーザーに届くようにした。
中心型アプローチを使うことで、コスト削減を図り、効率を高くする
従来、各国のデザインチームが彼らのニーズによってページのデザインを変えていた。それによって、3Mのブランドに悪い影響を与えていただけでなく、それぞれのページがケースバイケースで作られており、それを1ページずつ直すにはずいぶん時間とコストがかかった。特に小さな市場の場合、いきなり「サイトを一から作り直しなさい」と言われたら、その作業を行うための予算も能力も足りずに大変困ります。そのため、3M本社は、世界で統一して利用する1つのテンプレートを作り、提供した。同時に、そのテンプレートには、各国のニーズに応じてコンテンツや機能を入れることができるように柔軟性を持たせた。
では、この3つのゴールを実現するために、3Mはどのような活動を行ったのでしょうか? 3Mは、規制を作ることではなく、ガバナンスの“プロセス”に注目し、次の4つのステップに沿ってプロジェクトを進めました。
組織全体から信頼性を得るために、グローバル運営委員会(Global Steering committee)を設定。
できるだけ多くの意見を聞くために、世界各国のいろいろな部署のメンバーを1つのグローバル運営委員会に集めた。サイト担当者だけでなく、IT担当者やマーケティング担当者、ブランド担当者にも加わってもらった。参加メンバーは、彼らが担当している国やブランドを代表する責任を持ち、委員会は、サイトデザインのガイドラインを作成して評価したり、デザインオプションの許可を与えたりする責任を持った。
各国のユーザーのニーズやビジネスニーズを明確にする。
グローバル運営委員会は、組織の中に存在していたペルソナを評価したり、ウェブのデータ解析を行ったり、あるいは顧客からのフィードバックやコールセンターからのレポート、検索エンジンで使われているキーワードなどをすべて分析して、各国のユーザーのニーズや行動を理解した。それに加えて、特に重要な市場においては、競合社のサイトを評価したり、別の業界の代表的なサイトを評価したりした。そういった行動から、各国のユーザーがその市場にどのような期待を持っているのかを理解しようとした。最後に、委員会が各国のサイト担当者にもインタビューをした。これらの分析・評価によって、委員会はどの程度サイトのローカライゼーションが必要かを判断できた。
柔軟なデザインガイドラインを作って、みんなの協力を得る。
次のステップでは、グローバル運営委員会がデザインやテクノロジーのガイドラインを作った。目的はブランドを統一しながら、ローカライズを可能にすることだった。そのガイドラインを各国のサイト担当者が最初にレビューし、彼らにとってどれだけ大事でインパクトがあるかを聞いた。そして、彼らのフィードバックをもとに、委員会で再協議した。委員会の中にはサイト担当者も参加していたので、発言の際は「感情的な理由ではなくて、なぜそれが必要なのかを論理的に確かな証拠(ROIなど)をもって説明すること」が必要であった。
グローバル運営委員会が作ったガイドラインに基づいて、複数の国のデザイン会社にデザインコンセプトを作ってもらう。
結果として20社からデザインコンセプトをもらい、委員会がそのデザインをブラインドレビューし、最終的にその中から2つを選んだ。その2つのコンセプトをプロトタイプに落とし込み、A/Bテストを行った。つまり実際のユーザーの行動を見ながら、どちらのサイトが良いのかを評価した。その際に、クリック率などのデータだけでなく、ユーザーアンケートも行い、それらを総合的に判断してどちらのデザインが良いのかを判断した。どちらのデザインも既存のサイトよりは良かったが、どちらが良いのかは決着がつかず、2つのデザインから良いところをそれぞれ取って、ハイブリッドなデザインに決定した。
この4つのステップを踏み、3Mは今年に入って84か国のトップページをリニューアルしました。本社で基本のフォーマットを作ったので、各国の負担はずいぶんと減り、トップページの開発コストは少なく済みました。また、各国のホームページすべてを8か月以内でデザインすることができました。予定よりも1か月早い完了でした。
このリニューアルにより、84か国のそれぞれのサイトは、その国に最も適切なブランドを強調して、その国のユーザーにとって最も大事な製品を見せることができるようになりました。たとえば、以下の画面ショットを見てください。米国のサイトの場合、ページの真ん中のブランドエリアにはスポーツチームなどが載せてあります。香港の場合、同じエリアに香港人が好むアニメーションを使っています。ただし、リンクの位置、メニューの構造、ナビゲーションは統一されていることがわかるでしょう。
3Mは今後、同じプロセスを使って、トップページ以外のページもリニューアルしていくことを予定しています。グローバル運営委員会を使うことにより、コストを削減して、効率的かつ迅速な対応が可能となります。3Mでの次なるチャレンジは、グローバルランディングページの改善です。現在のランディングページは、ユーザーをうまくゴールに導いていないので、ユーザーのニーズに合う国や言語のサイトに自動的に行くようにすることを目指しているようです。
(ちなみに、GoogleやFacebookなどはユーザーの国や言語を判定して適切な振り分けをしていますが、私の場合、PCでは日本語を使えるようにしているために、イギリスにいても自動的に日本のサイトに移動されてしまって、英語のページになかなかたどり着けずイライラすることがあります。ちょっと珍しいケースかもしれませんが……。)
また、運営委員会にはもう1つの仕事が残されていると言っています。というのも、トップページがキレイになったことで、サイトの他のページが古く感じるようになってしまったということなのです。各ブランドのページをできるだけ早くトップページと同じようにブラッシュアップしなければいけないそうです。
日本の大企業が、この3Mの事例を見て学ぶべきことは何でしょうか。それは、「いきなりルールを決めようとするのではなく、各国の協力が得られるようなプロセスを作ることが重要」だということです。まずはコンセンサスを作って、各国の協力を得られる体制作りをするといいでしょう。
また、サイト全体ではなく1つの部分にフォーカスして(たとえば各国のランディングページ)、そこで成功事例を作って次につなげるというやり方もあるでしょう。フォレスターが今まで見てきたブランド統一やガバナンスのプロジェクトは、3年以上かかるケースが多いです。一歩一歩ステップを踏んでいくことが大切なのです。
今回ご紹介した3Mの事例は、私の同僚のロン・ロゴウスキィ(Ron Rogowski)が「3M’s Global Home Page Redesign: Collaboration That Delivered Business Results」というレポートにまとめていますので、関心のある方はぜひご覧ください。
実は今、私はロンと一緒に、ある大手企業のために、このようなプロジェクトを行っています。その企業は世界中に300サイトを持っていますが、それを減らしながらブランドを統一し、効率性を向上したいと考えており、それをフォレスターがサポートしています。
日本の自動車業界や家電業界、コンシューマ製品業界の企業にとっても、グローバルサイトのガバナンスの問題が非常に大きな課題だと思います。
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