2024年7月29日で創刊10周年を迎えた「ネットショップ担当者フォーラム」と共に、激動のEC業界を歩んできた人物の1人であるECマーケティング人財育成(ECMJ)代表取締役・コンサルタントの石田麻琴氏にインタビューを実施。EC事業者としてEコマースに携わった後、ECコンサルタントとして独立、多くの事業者を支援し続けている石田氏に、自身の10年間をビジネス面、パーソナル面それぞれから振り返っていただきました。
ECコンサルとして独立。厳しい時代を乗り越え「コツコツ継続する」ことの重要さを実感
――10年間のビジネス面の振り返りをお願いします。
石田麻琴氏(以下、石田氏):10年前の2013年、2014年頃は、独立してから2、3年目で、一番会社の売り上げが低くキツい時代でした。当初コンサルを依頼してくれた会社さんたちは「今新規顧客が取れる広告はどれなのか」といったダイレクトで最新の情報が欲しい方が多かったので、1、2年すると去っていく。別の独立した人のところに行ってしまうんです。
――その状態からどのように軌道修正していったのでしょうか?
石田氏:地道に営業活動を行って、1件、2件と少しずつクライアントを増やしていきました。振り返ると、一番厳しい状況を経てコンサルの仕方も変わりましたね。「今、こういう施策が刺さりますよ」といったコンサルから、「ネッ担」で連載している記事のような、もっと原理・原則的な考え方をする、データをきちんと見る、そういう方向にシフトしていきました。
これは起業した時と根っこの考え方は変わりませんが、コンサルの手法、クライアントに対する接し方など、細かい部分は変わったかもしれません。ECMJが何を大切にしているか、よりきちんと伝えるようになりました。
その結果、着実にクライアントが増えて、しかも契約を継続してくれるようになりました。今でも、2014年~2015年頃から契約を継続してくれている会社さんがいます。
僕、一番キツかった2013年から自社サイトにコラムを掲載していて、今2170回目なんです。当時、会社の役員に「何かを変えないと」と相談したら「毎日コラムを書け」と。「他の会社より、何か1つでもしっかりやることを作る」ということをめざしました。
その時期は毎月セミナーも開催して、新規のクライアントやクライアント候補の人に「こういうコンサルです」と説明もしていました。こうしたコツコツ地道なことを行うことで状況を良い方向に変えられたのかもしれません。
――石田さんは「コツコツやっていきましょう」とよく仰っていますね。
石田氏:「コツコツ続ける」が、ECMJのコンサルのテーマであり、イコール僕自身のテーマでもあって。最も重要なのはやはり「続ける」ことなんですよね。
2013年から続けているコラム(画像はECMJのサイトからキャプチャ)
苦労の連続で鍛えられたメンタルテクニック
――10年間で一番大変だったこと・苦しかったことがあったのは、2013年頃でしょうか。
石田氏:そうですね。僕は考え込みやすい性格で、実はネガティブな悩みや「こうなったらどうしよう」という不安が比較的多いタイプなんです。だから、当時はクライアントとの打ち合わせに行く度に「失敗したらどうしよう」「『コンサルは今年で終了』と言われたら売り上げが減る」などと考えがちでした。最近でこそ「大変で苦しいことばかりだ、辛い、不安だ、大丈夫かな」と思うのは止めるようにしていますが。
今回「大変だったこと・苦しかったことは何か」という質問をもらった時、考え込みやすいから苦しかったと感じたことが多かったのかな、と最初思ったのですが、じゃあ「10年間で“一番”大変だったことは何か」と改めて考えたら、何も思い浮かばなかった。そのとき、「自分には本当に大変だったことはなかった」ことに気付いたんです。
10年前に金銭面で苦しかったことがあるくらいで、よく考えてみるとそれ以外に大きな出来事はなかったのです。だから、当時自分が考えたり悩んだりしていたことは “まやかし”だと気付きました。
――大変だったと感じていたけれども、振り返ると“一番”大変だったことはなかった。
石田氏:ECMJは僕と2人の役員でスタートしたのですが、2016年に2人とも亡くなってしまいました。しかも半年くらいの間に。ただ、これは悲しい出来事だけれど大変・苦しいとは違う。
個々の案件や場面で本当にキツくて断ろうと思ったこともあるし、クライアントに謝罪すること、怒鳴られたこと、意図が上手く伝わらなかったことなど苦しいこともありました。けれど、後から考えるとそこまででもないなと。
比較的有名な話で「人は毎日6万以上のことを考えて、その内95%は昨日と同じことを考えている」「心配事の9割は起こらない」という言葉があって。日々の不安や悩みのようなネガティブなことが頭に浮かんだら、「それは昨日も考えていたことだし、ネガティブになるから止めよう」と横に押し出すということを始めました。面白いもので、やり始めたらそう考える習慣が身につき始めたんですよね。
――石田さんは物事をきちんと整理して、あまりネガティブな考えをしない印象があったので、意外でした。
石田氏:パートナーや外部役員はいますが、会社をほぼ1人で経営しています。やはり自分だけで仕事をしているとネガティブになりやすい。だから1人で仕事をする時の一番のポイントは、いかに気持ちを整理していくか。2024年10月で14期目を迎えますが、やっとそういったスキルを身につけられました。
僕は天才でもないですし、ずば抜けて得意なことがあるわけでもない一般人です。「人ができるけれど、やらないこと」をひたすら続けるしかない。そうしないと生き残れないからです。
とはいえ、悩みやネガティブな感情が湧き上がる瞬間はあるので、それをどういなしていくか。払いのけたり落ち込みを小さくしたりして底からのリカバリーを早くするようなメンタルテクニックは、たくさん悩んだからこそ身につけられたのかもしれません。
ECマーケティング人財育成 代表取締役・コンサルタント 石田麻琴氏
10年での成長とその秘訣、印象に残った出来事とは?
――10年前と比べて成長したと感じる点を教えて下さい。
石田氏:心の持ちようは成長できていますね。やはり物事を続けていることが成長につながっていると思います。ただ、10年前からあまり変わっていないこともあって。コンサルを続けていても、自分の強み・弱み、向き・不向きを考えて気持ちがブレそうになることもありますし、SNSを見れば他人が何をしているか可視化されてしまうので、影響を受けてしまいそうになることもあります。
――成長の秘訣はなんでしょうか。
石田氏:「『できている』得意なことを続けてきた」ということだと思います。得意な分野は無理せず意識せず自然と選んでやっていることですね。
たとえば、「ネッ担」で連載しているコラムは比較的入稿が早いほうじゃないかと思っています。僕は一緒に仕事している人からよく「遅れない、漏らさない」「期日を守る」と言われます。なぜきちんとスケジュール管理ができるのかというと、他人から催促されることが苦手だから。そのため、自分で前倒しのスケジュールを引いて、スケジュール管理と締め切りを守ることを続けてきた。これが得意なことでしょうね。
他に得意というか自然にできていることとして、所属している複数の業界団体ですべて役員のような役職に就いていて、運営の中心になることも多い。仕事以外でも、小中高校、大学、社会人それぞれのつながりが今でも続いているのですが、そういった人達との集まりで幹事をすることが多い。リーダーシップという言葉が的確かわかりませんが、音頭をとってコミュニティを作ることも得意かもしれません。
10年を振り返ると、得意なことだけ行ってきて、周りもそれをやらせてくれていた。無理に頑張らなくても、自然とできることをやり続けてきましたね。
「ネッ担」で連載している記事。約1か月に1回のペースで掲載している
印象深い出来事は「インスタントカートの普及」「Instagramの登場」
――EC業界のこの10年で起こった出来事で、印象深いことは何でしょうか。
石田氏:1つ目は「インスタントカート」の躍進・普及です。以前、あるカート会社の経営者の人達と話をした際、皆さん「『BASE』が登場した時は、インスタントカート型ネットショップがこんなに躍進するとは予想できなかった」と話していましたし、僕自身もそう思っていました。単純に「インスタントカートでショップだけ作りたい」と思う人が世の中にたくさんいることが想像できなかったんです。
インスタントカート型のショップ構築システムの登場はそこまで印象が強くありませんが、インスタントカート型ショップがこれだけ使われるようになったこと、自分が普及しないと思っていたコト・モノが世の中のニーズを捉えていたというのはすごいなと。
2つ目はInstagram経由で商品が売れるようになったことです。理由として、インフルエンサーやアンバサダーの登場、そして動画の活用があげられます。単なるSNSの1つであるInstagramや、インフルエンサー、動画がこんなにも商習慣、ECの変化に大きく関わってくるとは思っていませんでした。何回も「自分が理解できないことに取り組むことほど意味がある」と感じた経験がありますね。
ECの「個人化」「若年化」が進むと予想
――ECの未来や、10年後の展望について聞かせてください。
石田氏:印象に残っている出来事とつながっているのですが、これからさらに予想もしないようなものがくると思っています。今話を聞いても「ピンとこない」「意味がわからない」モノほど要注意ということです。周囲から「なぜそんなものに着目するのか」と思われたとしても、当事者だけが見えている未来があるのかもしれない。
今後は、個人化と若年化が進むでしょう。個人でもどんどんEコマースが可能になって、そのうえで若い人達がもっと商売できるようになっていく。今のD2Cのように商品作りも手軽になっていくでしょう。
10代のインフルエンサーが、InstagramのようなSNSを使って動画やライブコマースで、自分が作った商品を売っていくようになるのかなと。10年前と今のEコマースで何が違うかと言えば、個人的にはSNSと動画くらいだと思います。いずれも10年前も存在していたものですが、お客さまやEC運営者からの重要性や、取り組みやすさは大きく変わったかなと。10年後程度なら「今あるもの」の重要性や取り組みやすさが変わりそうですよね。
ビジネス面は30点でもプライベートは100点
――石田さんの10年間のパーソナルな部分にフォーカスしてお話を伺います。
石田氏:ちょうど10年前に結婚して、2015年に子どもが生まれました。プライベートはこれが大きいですね。ビジネスは自己採点したら30点くらいだと思っていて。自分が起業した時に思い描いていた状況とは違うし、思い描いていたことが実現するにはまだまだ時間がかかりそうなので。
ただ、プライベートは100点だと言えます。色々ありましたけれど、親戚含めて家族がとても仲が良い。さらに、気軽に集まれる友人もいて、飲みやゴルフに誘ってくれてかわいがってくれる先輩達や、慕ってくれる後輩もいる。これは本当に自慢なことですね。
ビジネスがもっと安定していて今のプライベート状況だったら、より幸せかもしれません。けれど、もしサラリーマンだったらプライベートがこんなに充実していないかもしれない。結局、今やれていることが自分にとってベストだろうなと思います。
オススメ書籍は人間を描くノンフィクション
――石田さんが今まで読んだ本のなかでオススメの書籍とその理由を教えて下さい。
石田氏:オススメというか好きな本ですが、直木賞作家・重松清さんの『世紀末の隣人』。犯罪を起こしてしまった人の背景・人生などを書いたノンフィクションで、内容はかなり重めです。
重松清氏の著書『世紀末の隣人』(画像は「講談社BOOK倶楽部」のサイトからキャプチャ)
もう1つは、沢木耕太郎さんの『敗れざる者たち』。沢木さんは『深夜特急』など旅行もののイメージもありますが、スポーツライターです。スポーツ選手の試合への準備から、試合に至るまでの過程を取材しています。実は学生時代に記者・スポーツライターをめざしていたこともあり、この本も非常に好きですね。
さらにもう一冊、芸人「浅草キッド」・水道橋博士さんの『お笑い男の星座』。これは芸能人や著名人の生まれ、過去といった背景を書いた本です。
僕はノンフィクションが好きで、この3冊は何度も繰り返し読んでいるお気に入りです。興味が出たらぜひ読んでみて下さい。
休日にハマっている暗闇フィットネスはマーケティングの最前線
――休日はどのように過ごしているのでしょうか。
石田氏:暗闇フィットネスジム「FEELCYCLE(フィールサイクル)」に5年通っていて、休日はこのプログラムの受講日程を優先して予定を決めています。暗闇フィットネス自体にハマっていることもありますが、「フィールサイクル」には今のマーケティングの面白さが詰まっていると感じています。
石田氏が通っている「FEELCYCLE」。暗闇のなかで自転車を漕ぐバイクエクササイズ
(画像は「FEELCYCLE」のサイトからキャプチャ)
ジムには「痩せたい」という目的意識や「運動が好き」という楽しみがある。ただ最近のジム会員は運動とその結果自体を楽しむこと以外に、「自分が何のプログラムを受けて、どんな感想を持ったか」ということをSNSに投稿しています。
「フィールサイクル」だけのSNSコミュニティもあり、そこでは会員同士が「このプログラムが面白かった」「こんなプログラムが新しく出た」といった情報交換を行い、それぞれが新しいプログラムを受講する。
SNSでつながって、情報交換をして、投稿して楽しむ。これはまさに最新のマーケティングです。どんな商売でも、これからはSNS上でファンやアンバサダー的な人達が盛り上がる“界隈”をいかにして作っていくかがカギになるでしょうね。
――休日にリフレッシュしながら学びも得ているのですね。
石田氏: 今は企業やブランドよりも、ユーザーの方がその企業やブランドを知っていて、発信力があることも珍しくありません。詳しいユーザーが発信した情報をSNSで見た別のユーザーが、フォローしてまたSNSに投稿して、盛り上がっていく。僕はマーケターでもありますが「フィールサイクル」から今の自然なマーケティングの流れや、拡大していく流れなどを学んでいます。
ちなみに「フィールサイクル」専用のXアカウントを持っています。入会して4か月後くらいにアカウントを作り、さまざまな投稿をして、色々な人と交流し飲み会も企画しました。
SNSに関連した話ですが、コンサルをしていると、複数アカウントを作る、専用アカウントで盛り上がる界隈があるということを理解できない経営者が多いと感じますね。やはり、今はユーザー側に立てないと商売はできないと思いますし、自分がユーザー側に立つことは重要だと思っています。
――ありがとうございました!
※このコンテンツはWebサイト「ネットショップ担当者フォーラム - 通販・ECの業界最新ニュースと実務に役立つ実践的な解説」で公開されている記事のフィードに含まれているものです。
オリジナル記事:“一番”苦しかったことは10年間で一度もない――コツコツ継続することで成長し続けるECMJ石田氏が語るEC業界と自身の10年 | ネッ担10周年、EC業界はどう変わった? インタビュー+取材で振り返る10年
Copyright (C) IMPRESS CORPORATION, an Impress Group company. All rights reserved.